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 乙女ゲームのシナリオ上のことなら、異世界にやって来て、恋に落ちて、最後は恋人のいる異世界に残ることを選ぶか、自分の世界に帰ることを選ぶか、さんざん経験してきたことです。

 それも、選択肢直前でセーブしてやり直せばいいのですもの、最初にどちらのエンディングを見るかくらいの悩みだけで、深くは考えずにどちらかを「選ぶ」ことができたのです。

 それが、セーラ様にとっては現実の出来事になっていて、恋をすれば将来どちらにしても辛い選択をしなければならなくなりますから、無意識にでもそれを避けようとなさるかのように、セーラ様は帰ることをいちばんの目標に、そうして自分自身の恋心とは距離を置いているように見えました。

 セーラ様のそんな様子に、前世の記憶にあるいくつかの「帰還エンド」の切ない神シナリオを思い出して勝手に胸がギュッとなっていたところ、わたくしはスカーレット様の投げかけた言葉を迂闊にもまともに受け取ってしまいました。


 ────どうしてエンディミオン様ではダメなのか。


 いつものように何もわからない顔をするタイミングを完全に逃してしまいました。
 スカーレット様はスカーレット様で、言うはずではなかったことを勢いで口走ってしまった後悔を瞳に滲ませて狼狽えておりますが、そもそもが「エンディミオン様を絶対に好きにならない」宣言をしたセーラ様に対する反発でしたのに、ここにいる皆さま、わたくしが答えるべき問いと受け止めて疑ってもいないようです。

(わたくしに前世の記憶があって、殿下との婚約は破滅フラグだから、なんてまったく理由になりませんし、それ以上の答えとなると……)

 その答えを求められてしまえば、自然と他の攻略対象と思われる皆さまにも理由が当てはまってしまい、わたくしはお父さまに言われた言葉にも、早々に答えを出すことになってしまいます。

(それでもいいのかしら……)

 悪役令嬢の皆さまにも、ヒロインのセーラ様にも、わたくしが彼らの誰とも恋をする気持ちがないことを打ち明けてしまってもいいのではないかしらと、来たる破滅を回避するためならそれくらいしてしまってもいいのではというふうに気持ちが大きく揺らぎます。

 お父さまに言われたように、彼らひとりひとりを見直してみようと思っても今ひとつ二の足を踏んでしまうばかりで、最近では向こうから少し距離を取られたことに寂しさと同時に安堵も覚えてしまっておりました。

(考えれば考えるほど、自分の心にそういう気配が、蕾もないことに気がついてしまうのですもの……)

 わたくしは知っております。
 この胸に湧き上がり、甘く苦くまとわりついて離れない恋情を。
 かつてそれを味わったことがあるからこそ、殿下たちを見つめ直すたびに、そこに何もないことを知ってしまうのです。

 殿下たちにとても大切していただいてることは重々承知で、それでも思ってしまうのです。

(わたくしに恋をしてほしくはなかった……)

 わたくしにあるのは、最初からそれだけ。
 皆さまきっと、かつてのわたくしと同じように報われない恋心を持て余しているのだとしても、わたくしにはそれにお返しできるだけのものがないのです。

(あまりにもなさ過ぎて、どうやって恋をしていたのかわからなくなってきたところでしたし……そこへフォーリア様が現れたりしたから、なんとか恋心のほんのひとひらでも思い出せはしないかと誤作動を起こしていたようにも思えてきましたわ)


「……そうだよ、これじゃムリだよ」


 突然、唸るように呟いたセーラ様に、全員の目が向けられました。

「うん、ティアちゃんがエンディミオン様を選べない理由、わたしわかっちゃった……」

 スカーレット様に返す言葉どころか、ありとあらゆることを考え過ぎて黙ってしまったわたくしの代わりに答えを見つけてくれたとセーラ様は仰います。

 わたくしがいくら考えても言語化できなかったのに、セーラ様が気が付いた、わたくしがエンディミオン様を選べない理由とはなんなのでしょう。

「スカーレットちゃんは、ずっとそんな感じ?
 エンディミオン様一筋なのは、ティアちゃんと会ってから?会う前から?」
「はじめてお会いしたときには、もうだったように思いますけれど……」

 自分自身の恋愛には疎いていですのに、スカーレット様の事情にだけは聡く詳しいわたくしが答えると、やっぱりかぁ、とセーラ様はさらに頷きを深めました。

「考えてみて、スカーレットちゃん!
 ティアちゃんが、お友だちの好きな相手を奪うようなタイプの女の子にみえる?!」

 セーラ様に強く迫られて、狼狽えていたスカーレット様は目を瞬かせました。

「わたしの元の世界の学校の子にいたの!
 友だちとか、周りの子が好きになった相手ばっかり狙う子!
 マンガとかでもいるじゃん!そういうやなおじゃま虫キャラ!」

 ……待って待って。
 セーラ様、わたくしとそんなタチの悪い女を比較されても困ります。
 ちょっとそのケースとわたくしたちは違うような気がいたしますし。

 心の中で突っ込んでみても、セーラ様は止まりません。

「でもティアちゃんは違うじゃん!?
 ぜっっったい、友だちと好きなひとかぶらせないようにするタイプだよ!
 なんなら相手の幸せを思って身を引くほうなの!
 そんなティアちゃんが、目の前でスカーレットちゃんの恋心を見ているティアちゃんが、エンディミオン様を好きにならないのはもう当たり前じゃない?!
 そもそも数に入れない!!
 ティアちゃんはそういう子!!」

 ものすごい迫力の演説で、全員が「そうなのかも」と納得しそうな勢いです。

「その理屈で言うと、フェリックス様も数に入りませんわね……」

 完全に納得しかけているクラリーチェ様がそう呟くと、ヴィオラ様もなんとなくそわそわしだしました。
 クラリーチェ様ほどわかりやすくなくても、ヴィオラ様のシルヴィオ様へのささやかな思慕はわたくしたちには伝わっておりますし、ご自身の言動に少しばかり思い当たることもおありでしょう。

「ここにはいなくても、普段ルクレツィア様が仲良くなさっているご令嬢の中にも、ラガロ様を真剣に慕っている子もおりますわね」

 マリレーナ様が付け加えると、セーラ様は首を振りました。

「ラガロ様の場合、それより先にレオナルド様の養子こどもってだけで論外になると思う」

 セーラ様の持論は、ますます説得力を増していました。

 報われなかった初恋の相手の身内、しかも実母が初恋の相手の妻に収まっているのですから、……まぁ、よほどのことがないかぎり絶対に選ばない相手ですわね。

 わたくし、ややこしい恋愛は好まず、王道でわかりやすい関係が理想ですもの。
 一度は必ずややこしいイベントが起きそうなリオーネ家は、正直鬼門です。

「ほんとは王子様とお姫様の王道って感じでエンディミオン様の応援したかったんだけど、押してダメなら引いてみろ作戦もなんかちょっと思ってたのと違っちゃったし、スカーレットちゃんの必死な感じ見たらもうダメ!
 わたし、スカーレットちゃんを応援する!」

 帰りたいと切に語っていたセーラ様はどこへ行ったのか、スカーレット様の恋の応援をすると奮起した様子はかなり燃えていらっしゃるよう。

(押してダメなら、とかかなりド直球な作戦がされていたことにも驚きですけれど、あれがそうなら、失敗しておりますわね……)

 セーラ様の聞き捨てならない言葉もうやむやになる勢いで、どうやら当のわたくしだけが置き去りにされて皆さまご納得の答えが出てしまったようです。

「ほ、ほんとは、わたくしのせいなのではとは、気づいておりましたの……。
 わたくしがエンディミオン様の幸せを、邪魔してしまったのかしら……」

 ほとんど泣き声のようなスカーレット様を、セーラ様は勢いのまま慰めております。

「そんなこと考えちゃダメ!
 スカーレットちゃんがエンディミオン様を幸せにすればいいんだよ!」
「みこさま……」
「セーラって呼んでほしいな」
「セーラさま……。
 わたくしは、家族にはレティと呼ばれますの」
「レティちゃんだね!これから仲良くしてね!」

 ヒロインと悪役令嬢が、手に手を取り合って微笑みあっております。

(二人の仲を取り持つという当初の目標は、達成されましたのよね……?)

 釈然としない流れではありますが、終わりよければ、とも言いますし。
 わたくしはこの結論に水を差すことなく、黙って微笑んでいればよろしいわね。

「でも、そうなりますと、ティア様の恋のお相手はどなたになりますかしら……?」

 ベアトリーチェお姉さまが、わたくしを心配するように眉を寄せました。

 ステラフィッサ王国屈指のハイスペック男子がすべてダメなら、国内にはもうわたくしのお相手には不足のある方しかおりませんわね。
 いえ、わたくしが知らないだけでいるとは思うのですけれど。
 お父さまがあの四人を指名したことを考えると、お父さまのおメガネに適った方はいらっしゃらないということになります。

「そうでしたわ!
 その、何と言いましたかしら、聖国の従者の話でしたわね」

 ハタ、と思い出したようにスカーレット様がこちらに向き直りました。

「なんの話?」
「そもそも本日の集まりは、ルクレツィア様が見初めた方がいらっしゃるというのでそのお話を……」
「何それ知らない!わたしも聞きたい!」

 スカーレット様がかいつまんで説明した途端、セーラ様の目が爛々と輝きました。

 女子会は、まだまだ終わらなさそうです。






 

 

 
 

 


 
 



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