72 / 125
62
しおりを挟む
近衛の騎士服のまま現れたクラリーチェ様に思わず見惚れていると、マリレーナ様がパッと姿勢を正して、臨戦態勢に入りました。
「まあ、サジッタリオ近衛騎士隊長様、ごきげんよう。
毎日フェリックス様に会うお時間もないとお聞きしているくらいお忙しくていらっしゃるのに、ルクレツィア様のためにはお時間が取れましたのね」
最近クラリーチェ様とお顔を合わせる機会がめっきりと減り、どこかつまらなさそうにその舌鋒も鳴りを潜めていたのが、心なしかうれしそうにイキイキとマリレーナ様はクラリーチェ様をお迎えしております。
「ごきげんよう、マリレーナ様。
そうですね、先日サジッタリオ領で星の探索をお手伝いして以来、フェリックス様にはお会いしておりませんわ。
彼も国の大事にお忙しいでしょうから、どうかマリレーナ様も、学園にいる間などとくに労って差し上げてくださいね」
爪を立てた猫があっさりいなされるようでございました。
クラリーチェ様は以前のように対抗心をむき出しにすることはなく、マリレーナ様の言葉を素直に受け止められて、さらにはマリレーナ様に助言のような、それも結果的にはフェリックス様のためになることではありますけれど、そんな言葉を穏やかに返されました。
(これが成人女性の大人の余裕でしょうか……)
先日フェリックス様にお姫様抱っこされて赤面されていたのがウソのように、第一王女付き近衛騎士隊長の名に相応しい落ち着きようです。
マリレーナ様はクラリーチェ様の態度に鼻白んだようなお顔を見せましたが、何か言い返す前にクラリーチェ様の後に付いてきた人物の声が響いて、遮られてしまいました。
「温室ってはじめて来ましたけど、すっごく広いんですね!クラリーチェさんに置いていかれたら迷子になって二度と出られないかも!」
キャッキャっと楽しそうなこのお声は間違いなく。
「セーラ様?」
キョロキョロとはじめて入ったらしい温室を眺めながらクラリーチェ様に付いてきていたらしく、追いついた!とその背中からテラスに顔を覗かせたのは、星の巫女セーラ様でございます。
「ティアちゃん!
みなさんも、えっーと、ごきげんよう?」
慣れないながらもスカートの裾を摘んでご令嬢の真似事をされるセーラ様は、さすがに可憐なヒロインでございますわね。
「まあ、お上手ですわ」
わたくしは顔を綻ばせて小さく拍手をいたしまたが、正反対に、今にも舌打ちでも聞こえてきそうな、これ以上ない不機嫌顔になったのはスカーレット様です。
「ごきげんよう、巫女様。
どうしてクラリーチェ様とご一緒に?」
いちばん先に空気を読んだのはマリレーナ様です。
スカーレット様とセーラ様の間に入り、貴族令嬢らしからぬそっぽの向き方をしているスカーレット様をセーラ様の視界から隠しました。
「私がお誘いいたしましたの」
「そう!
ティアちゃんを探してたら、クラリーチェさんと会って、なんで学園にいるんだろうって思ったらティアちゃんとお茶会するって言うから」
「ぜひご一緒に、と」
どうやらサジッタリオ領で親睦を深めたようで、セーラ様とクラリーチェ様はとても親しげです。
その様子に今度はなぜかマリレーナ様のご機嫌が急降下した気配が伝わってきました。なぜですの。
「セーラ様は、わたくしを探していらっしゃったのですね。何かございましたか?」
「あのね、次に星を探しに行く場所といつ行くかが決まったから、早くティアちゃんにお知らせしようと思って」
とりあえず場の空気を保たせようと今度はわたくしが前に出ると、とっても予想外なお答えが。
「公爵家にお帰りになればアンジェロ様から聞けますでしょうに、わざわざ巫女様がなさらなくても」
やはりご機嫌を損ねたらしいマリレーナ様の、上手に棘をラッピングしたイヤミが飛び出してきました。
(巫女様に!イヤミなんて!
悪役令嬢まっしぐらになってしまいますわ!)
どうして皆さま心穏やかに過ごせないものでしょうか。
波風を立てたくないわたくしを嘲笑うように、空気を悪くするのはおやめくださいませ!
「誰がお伝えしてもかまいませんでしょう?
巫女様がルクレツィア様のことを慮ってのことでございますし」
クラリーチェ様が巫女様の肩を持つ発言をすると、マリレーナ様のお顔がさらに硬くなりました。
「まあ、巫女様、お心遣い感謝いたします。
それで、今度はどちらに?」
これ以上口論にならないよう、わたくしが間に入ります。
お願いですから、皆さま、仲良く!
悪役令嬢の立場を悪くするのは、自身の行いですのよ!
「それも大事なお話なんだけど、その前に、このお茶会ってティアちゃんのためにベアトリーチェさんが開いたんでしょ?
あの、わたしが参加しても大丈夫ですか?」
何か察するところがあったのか、しおらしい様子でセーラ様はベアトリーチェ様にお伺いを立てました。
確かにクラリーチェ様に誘われたからと言って、主催のベアトリーチェ様を無視するのはマナー違反ですわね。
「えぇ、もちろんですわ、巫女様。
歓迎いたします」
同世代のご令嬢の中でいちばんの淑女であられるベアトリーチェお姉さまは、このテラスの女主人の風格でセーラ様を温かく受け入れました。
主催のベアトリーチェ様が認めれば、スカーレット様もマリレーナ様も、セーラ様の参加に文句は言えません。
(さすがですわ、リチェお姉さま)
どうぞこちらへとテーブルへ誘う所作と、さりげなく控えていた学園付きの侍女に席を用意させる手腕と、すぐにでも立派な公爵夫人になれると思いますの!
空気の悪くなったテラスを清涼な風が吹き渡ったように、お姉さまのおかげでわたくしの気持ちも穏やかに戻りました。
奇しくも、こうしてヒロインと悪役令嬢(かもしれない)メンバーが勢揃いしたのですもの、お互いにハラを割っておしゃべりすれば、きっと誰も破滅しない道が見えるはず!
そんな絶好の機会は二度とないかもしれないと、わたくしは気合いを込めて、紅茶を一息で飲み干しました。
「まあ、サジッタリオ近衛騎士隊長様、ごきげんよう。
毎日フェリックス様に会うお時間もないとお聞きしているくらいお忙しくていらっしゃるのに、ルクレツィア様のためにはお時間が取れましたのね」
最近クラリーチェ様とお顔を合わせる機会がめっきりと減り、どこかつまらなさそうにその舌鋒も鳴りを潜めていたのが、心なしかうれしそうにイキイキとマリレーナ様はクラリーチェ様をお迎えしております。
「ごきげんよう、マリレーナ様。
そうですね、先日サジッタリオ領で星の探索をお手伝いして以来、フェリックス様にはお会いしておりませんわ。
彼も国の大事にお忙しいでしょうから、どうかマリレーナ様も、学園にいる間などとくに労って差し上げてくださいね」
爪を立てた猫があっさりいなされるようでございました。
クラリーチェ様は以前のように対抗心をむき出しにすることはなく、マリレーナ様の言葉を素直に受け止められて、さらにはマリレーナ様に助言のような、それも結果的にはフェリックス様のためになることではありますけれど、そんな言葉を穏やかに返されました。
(これが成人女性の大人の余裕でしょうか……)
先日フェリックス様にお姫様抱っこされて赤面されていたのがウソのように、第一王女付き近衛騎士隊長の名に相応しい落ち着きようです。
マリレーナ様はクラリーチェ様の態度に鼻白んだようなお顔を見せましたが、何か言い返す前にクラリーチェ様の後に付いてきた人物の声が響いて、遮られてしまいました。
「温室ってはじめて来ましたけど、すっごく広いんですね!クラリーチェさんに置いていかれたら迷子になって二度と出られないかも!」
キャッキャっと楽しそうなこのお声は間違いなく。
「セーラ様?」
キョロキョロとはじめて入ったらしい温室を眺めながらクラリーチェ様に付いてきていたらしく、追いついた!とその背中からテラスに顔を覗かせたのは、星の巫女セーラ様でございます。
「ティアちゃん!
みなさんも、えっーと、ごきげんよう?」
慣れないながらもスカートの裾を摘んでご令嬢の真似事をされるセーラ様は、さすがに可憐なヒロインでございますわね。
「まあ、お上手ですわ」
わたくしは顔を綻ばせて小さく拍手をいたしまたが、正反対に、今にも舌打ちでも聞こえてきそうな、これ以上ない不機嫌顔になったのはスカーレット様です。
「ごきげんよう、巫女様。
どうしてクラリーチェ様とご一緒に?」
いちばん先に空気を読んだのはマリレーナ様です。
スカーレット様とセーラ様の間に入り、貴族令嬢らしからぬそっぽの向き方をしているスカーレット様をセーラ様の視界から隠しました。
「私がお誘いいたしましたの」
「そう!
ティアちゃんを探してたら、クラリーチェさんと会って、なんで学園にいるんだろうって思ったらティアちゃんとお茶会するって言うから」
「ぜひご一緒に、と」
どうやらサジッタリオ領で親睦を深めたようで、セーラ様とクラリーチェ様はとても親しげです。
その様子に今度はなぜかマリレーナ様のご機嫌が急降下した気配が伝わってきました。なぜですの。
「セーラ様は、わたくしを探していらっしゃったのですね。何かございましたか?」
「あのね、次に星を探しに行く場所といつ行くかが決まったから、早くティアちゃんにお知らせしようと思って」
とりあえず場の空気を保たせようと今度はわたくしが前に出ると、とっても予想外なお答えが。
「公爵家にお帰りになればアンジェロ様から聞けますでしょうに、わざわざ巫女様がなさらなくても」
やはりご機嫌を損ねたらしいマリレーナ様の、上手に棘をラッピングしたイヤミが飛び出してきました。
(巫女様に!イヤミなんて!
悪役令嬢まっしぐらになってしまいますわ!)
どうして皆さま心穏やかに過ごせないものでしょうか。
波風を立てたくないわたくしを嘲笑うように、空気を悪くするのはおやめくださいませ!
「誰がお伝えしてもかまいませんでしょう?
巫女様がルクレツィア様のことを慮ってのことでございますし」
クラリーチェ様が巫女様の肩を持つ発言をすると、マリレーナ様のお顔がさらに硬くなりました。
「まあ、巫女様、お心遣い感謝いたします。
それで、今度はどちらに?」
これ以上口論にならないよう、わたくしが間に入ります。
お願いですから、皆さま、仲良く!
悪役令嬢の立場を悪くするのは、自身の行いですのよ!
「それも大事なお話なんだけど、その前に、このお茶会ってティアちゃんのためにベアトリーチェさんが開いたんでしょ?
あの、わたしが参加しても大丈夫ですか?」
何か察するところがあったのか、しおらしい様子でセーラ様はベアトリーチェ様にお伺いを立てました。
確かにクラリーチェ様に誘われたからと言って、主催のベアトリーチェ様を無視するのはマナー違反ですわね。
「えぇ、もちろんですわ、巫女様。
歓迎いたします」
同世代のご令嬢の中でいちばんの淑女であられるベアトリーチェお姉さまは、このテラスの女主人の風格でセーラ様を温かく受け入れました。
主催のベアトリーチェ様が認めれば、スカーレット様もマリレーナ様も、セーラ様の参加に文句は言えません。
(さすがですわ、リチェお姉さま)
どうぞこちらへとテーブルへ誘う所作と、さりげなく控えていた学園付きの侍女に席を用意させる手腕と、すぐにでも立派な公爵夫人になれると思いますの!
空気の悪くなったテラスを清涼な風が吹き渡ったように、お姉さまのおかげでわたくしの気持ちも穏やかに戻りました。
奇しくも、こうしてヒロインと悪役令嬢(かもしれない)メンバーが勢揃いしたのですもの、お互いにハラを割っておしゃべりすれば、きっと誰も破滅しない道が見えるはず!
そんな絶好の機会は二度とないかもしれないと、わたくしは気合いを込めて、紅茶を一息で飲み干しました。
11
お気に入りに追加
1,842
あなたにおすすめの小説

私はモブのはず
シュミー
恋愛
私はよくある乙女ゲーのモブに転生をした。
けど
モブなのに公爵家。そしてチート。さらには家族は美丈夫で、自慢じゃないけど、私もその内に入る。
モブじゃなかったっけ?しかも私のいる公爵家はちょっと特殊ときている。もう一度言おう。
私はモブじゃなかったっけ?
R-15は保険です。
ちょっと逆ハー気味かもしれない?の、かな?見る人によっては変わると思う。
注意:作者も注意しておりますが、誤字脱字が限りなく多い作品となっております。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

転生した世界のイケメンが怖い
祐月
恋愛
わたしの通う学院では、近頃毎日のように喜劇が繰り広げられている。
第二皇子殿下を含む学院で人気の美形子息達がこぞって一人の子爵令嬢に愛を囁き、殿下の婚約者の公爵令嬢が諌めては返り討ちにあうという、わたしにはどこかで見覚えのある光景だ。
わたし以外の皆が口を揃えて言う。彼らはものすごい美形だと。
でもわたしは彼らが怖い。
わたしの目には彼らは同じ人間には見えない。
彼らはどこからどう見ても、女児向けアニメキャラクターショーの着ぐるみだった。
2024/10/06 IF追加
小説を読もう!にも掲載しています。

このやってられない世界で
みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。
悪役令嬢・キーラになったらしいけど、
そのフラグは初っ端に折れてしまった。
主人公のヒロインをそっちのけの、
よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、
王子様に捕まってしまったキーラは
楽しく生き残ることができるのか。
悪役令嬢はモブ化した
F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。
しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す!
領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。
「……なんなのこれは。意味がわからないわ」
乙女ゲームのシナリオはこわい。
*注*誰にも前世の記憶はありません。
ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。
性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。
作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】転生したら脳筋一家の令嬢でしたが、インテリ公爵令息と結ばれたので万事OKです。
櫻野くるみ
恋愛
ある日前世の記憶が戻ったら、この世界が乙女ゲームの舞台だと思い至った侯爵令嬢のルイーザ。
兄のテオドールが攻略対象になっていたことを思い出すと共に、大変なことに気付いてしまった。
ゲーム内でテオドールは「脳筋枠」キャラであり、家族もまとめて「脳筋一家」だったのである。
私も脳筋ってこと!?
それはイヤ!!
前世でリケジョだったルイーザが、脳筋令嬢からの脱却を目指し奮闘したら、推しの攻略対象のインテリ公爵令息と恋に落ちたお話です。
ゆるく軽いラブコメ目指しています。
最終話が長くなってしまいましたが、完結しました。
小説家になろう様でも投稿を始めました。少し修正したところがあります。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。
《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる