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(ああ、うるさい───)

 勝手に人の頭の中でごちゃごちゃと。

 ───……を、探せ

 はじめは不明瞭だった声が、日増しに強く訴えてくる。

 ───……を、探せ、探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ

 手に入れろ、と。

 ヒトに指図をされるのは好きではない。
 自身が望むこと以外を強制される覚えはなく、従う謂われもない。
 その相手が、誰であろうと。

 ───ハジめノ……ハ、南南西ニ、墜チる

(声の思惑は知ったことではないが、南南西、ね)

 昼夜問わず響いてくる声に辟易するが、情報は有用だ。
 頭の中の騒音に眠れずに明けゆく空を眺めながら、頬杖をついた男は僅かに笑った。

(まずはお手並み拝見しようか)

 違わずに南南西に向かった一行に、男が教えることは、何もない。



***

「ティアちゃーん!見えるー??」

 ファウストが、わたくしの愛用の手鏡に、遠見の魔石と通信の魔石を組み込んだ映写機カメラを装着して旅立った当日の午後。
 楕円の鏡を取り囲む銀細工の枠は薔薇の蔦を描いていて、蝶の形を施したカメラがまるで花にとまるように付いているのを、これを一週間で作るのが匠の技かと感心して眺めておりましたら、蝶の羽にはめ込まれた魔石が順に光って、次いでセーラ様のお顔が手鏡に映りこみました。

「まあ、セーラ様っ」

 ニコニコと手を振っていらっしゃる鏡の向こうの巫女様に、わたくしも控えめに手を振り返しました。

「良かった~。ファウスト君、ちゃんとティアちゃんとお話しできるよ~」

 小さな鏡にはセーラ様しか写ってはおりませんが、その鏡の後ろにファウストがいるのだと目線でわかりました。

「ルクレツィア、見えるかい?」

 ファウストの返答が聞こえてくる代わりに、今度は殿下のお顔が鏡に映り、こちらもニコニコと手を振ってきます。

「はい、殿下。ごきげんよう」

 屈託なく笑うお二人は、鏡に映るためにかなり密接してお座りのようで、なかなかお似合いのお二人のように見えます。
 馬車の中、並んで座っていらっしゃるようで、向かいの席にファウストがいるのですわね。

「君にしばらく会えなくなるのかと気落ちしていたのに、こんなものを作ってくれるなんてファウストは本当に有能だね。
 これならいつでもどこにいても、君の顔が見られるし、話もできる」

 殿下は本当に嬉しそうに顔を綻ばせておりますが、犬の耳とか尻尾とか、そんなエフェクトがつけられる機能まではさすがについておりませんわよね?
 幻覚が見えたのはわたくしの気のせいのようで、セーラ様が半ば呆れているようなお顔をされているのが気になります。

「ティアちゃんにお見送りしてもらってから、エンディミオン様ったらどうしてティアちゃんは来られないんだってずーっとずーっとしょんぼりしてたんだよ。
 そしたらアンジェロさんが、ファウスト君がこんなの作ったよって教えてくれて、本当は目的地に着いたらってことだったみたいなんだけど、試運転もかねて、移動しながらの性能もチェックしたいからって貸してくれたの!」

 本当に出発ギリギリに作り上げていったので、殿下もこのビデオ電話機能についてはご存知なかったのですわね。

 セーラ様にまでそんなにわかりやすく態度に出されて、お兄さまが見かねて映写機カメラの最新機能を教えてしまわれるほどなんて、殿下、先が思いやられてしまいますわ……。
 学園の夏休みとオフシーズンにはもっと長い間お会いしないこともありますのに、その時はどうされているのでしょう。
 よくお手紙が転送魔法で届いておりましたけれど、返事をお送りする前に、次のお手紙が来ることがままありましたわね。

「最初に君の顔を見る権利をアンジェロから譲ってもらったけれど、ここは巫女に出てもらったほうが公平かと思って、同席してもらったんだ」

 先行しているフェリックス様とラガロ様を除き、殿下とセーラ様、シルヴィオ様、お兄さま、ファウストが王族用の馬車と公爵家の馬車に分乗して行かれましたけれど、今は公爵家の馬車にお兄さまとシルヴィオ様がいらっしゃるようです。
 どちらも四人と専属の侍従が乗ってゆとりのある馬車ですけれど、長旅用の馬車は少しサイズが小さめですので、全員でお顔を出すまでには至らなかったようです。

(誰に対して公平なのか、とは考えないようにいたしましょう)

 殿下は殿下なりに、側近の皆さまへの配慮をなさったようです。

「こんなスマホみたいなことできるなんて、魔法って便利だね!」

 魔法が便利というか、ファウストが天才というか、そもそもが伝わるのがわたくしだけなのですけれど、代わる代わる好きにお話になるお二人に、わたくしが口を挟む余地はございません。

「姉上」

 鏡の裏からくぐもったファウストの声が聞こえました。

「聞こえておりますか?」

 返事のないわたくしに、映写機カメラが正常に作動しているのか気になったのでしょう。

「ええ、ファウスト。変わりはなくって?」
「……出立からまだ半日と過ぎておりません」

 セーラ様が気を利かせてファウストのほうに映写機カメラを向けると、あまり映りたくないのか素っ気ない声で返されてしまいました。

(確かに、午前に出立してまだお昼過ぎですものね、殿下があまりにも長い間会っていないようなお顔をなさるから、わたくしもそんな気になってしまいましたわ)

 遠く離れた弟を気遣うような言葉は、今の場合、過保護過ぎる姉でしかありませんわね。
 学園の一年次も、わたくしだけ学校に通っている間、このくらいの時間ならファウストと離れていることは普通でしたもの。

(でもそれも、同じ王都にいて、家に帰ればすぐ会えるという前提でしたから、こんなに長い間ファウストと離れることははじめてのことですわ)

 いつもすぐ側にいるのがファウストですから、これはこれで姉離れ、弟離れの第一歩になりますかしら。

、ルクレツィアに会えていないんだよ。
 それだけで私はもうこんなに君が恋しくなるんだから、やはり家族とは感覚が違うものかな」
「殿下はずいぶん寂しがりでいらっしゃいますのね。セーラ様もファウストもお側におりますのに」
「そうだけど、君がいない」
「王都にお帰りになれば、学園でまたお会いできますわ」

 ……今日もすごい攻勢ですわね。
 巫女様にもファウストにも見守られているのは少々落ち着きません。
 殿下は恥ずかしげもなく言葉を重ねますけれど、返すわたくしのなんと気持ちの入らないこと。

「……はぁ、なかなか伝わらないものだな」
「まぁ殿下、きちんと伝わっておりましてよ?」

 こういうすれ違いを面白おかしくしたお芝居コントを、前世で見たような気がいたします。

「エンディミオン様ってば熱烈!だけどそれじゃティアちゃんにはダメな気がするよ~」

 セーラ様、そこでいらぬアドバイスをしないでいただきたいですわ!
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