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「エンディミオン様、だって、すごくお姫様みたいなんだものっ」

 興奮している巫女様の目はキラキラと輝いて、こちらを見ております。

(……これは計算ではありませんわね)

 わたくし、この目をよく見知っております。
 王妃陛下が、お母さまを見る目と同じですもの。
 王妃陛下の場合、これにもっと崇拝が入っておりますけれど。

「ごめんね、ルクレツィア。急に呼び出したりして。
 巫女、こういう時は、紹介されるのを待つほうがマナーに適いますから、少し、落ち着こう?」
「はーい」

 殿下に諭されて、ようやく巫女様の手が離れていきました。
 なんでしょう…………すでに疲れが。

 お父さまの仰っていたというのは、この距離感のことでしょうか。
 確かに、前世の世界は貴族社会とは無縁の生活ですし、巫女の振る舞いも前世の世界なら少しコミュ力が高いくらいで普通の範囲ですわね。
 
(けれどわたくし、ボッチでしたし。
 前世の記憶は、かつて女子高生だった頃のものはほとんどなくて、三十路の人間関係に枯れ切った中、ゲームと小説に明け暮れるだけの生活で、普通の範囲外におりましたのよ)

 公爵令嬢としては、ジョバンニ様という例外はおりますけれど、周囲はマナーに則った礼儀正しい方ばかりでしたから、この距離の詰め方は慣れませんわね。

 殿下ともすでに打ち解けているようですけれど、引き合わされたのはわたくしたちと一日と差もないようなお話だったと思います。

(これがヒロインのポテンシャル……)

 おそろしさに眩暈がいたします。
 この距離感で次々と攻略対象を籠絡するというのなら納得ですが、わたくしには到底マネできない振る舞いです。

「ルクレツィア、それにアンジェロ、ファウスト、「星護りの巫女」のセーラ・アマノ様だ。私とルクレツィアと同じ、16歳でいらっしゃるそうだ。
 こちらではない異世界からやって来られた、と言ってもどう説明すればいいのかわからないけれど、とにかく、そういうことらしい」

 異世界召喚。
 わたくしはすんなり受け入れられますけれど、殿下たちにとってはそうではないようです。
 殿下の説明に、お兄さまとファウストも、そのお顔に困惑の色が見て取れます。
 もちろん、家族にしかわからない範囲で、ですが。

「私もまだビックリしてるんですけど、別の世界に来るなんて、アニメかマンガかと思っちゃいます」

 目をくるくる回している巫女様の表現が正確に伝わっているのは、わたくしだけですわね。
 アニメもマンガも何のことやら、お兄さまと殿下の頭の上にハテナが。

「物語のよう、ということでしょうか?」

 唯一、天才枠攻略キャラクターのファウストが、その意図を読み取ることに成功したようです。
 さすがファウスト、できる子です。

「あ、そっか、アニメもマンガもないんだった……。えっとー、アナタは?」
「……ガラッシア家二男、ファウスト・ガラッシアと申します」
「ファウスト君!よろしくね!」

 パッと手を差し出され、お兄さまより先に名乗ってもいいのかと逡巡しながら自己紹介をしたファウストは、さらにその行為に時を止めてしまいました。

「巫女っ、こちらでは異性間での握手という行為はないと先ほども説明しただろう?」
「あ、そうだった!
 でもそれって不便じゃありません?
 どうやってこう、信頼とか、親愛?みたいのを表すんです?」

 心底不思議そうな巫女様ですが、何と申し上げたものか、悲壮感とか、そういうものがないのでしょうか。
 見知らぬ世界へ飛ばされてまだ四日目でしょうに、戸惑いとか、そういうものが見て取れないのです。

(海外に遊びに来たような感覚なのでしょうか?)

 まだ実感が湧いていないとか、夢の中のような、とか。
 そういう段階、ということでしょうか。
 王子殿下にも物怖じせず、自分とは異なる文化に不満を伝えるあたり、まだ16歳の少女、子どもなのだという気もいたします。

「私はアンジェロ・ガラッシア、二人の兄に当たります、以後お見知りおきを。
 ……こうするのが、私たちの親愛の表現でしょうか」

 そう言って柔らかく笑い、美しくボウ・アンド・スクレープを見せたのはお兄さまです。
 さすがお兄さま、最近本当にお父さまに似てきて、非の打ち所がありませんわ!

「!」

 あまりの美しさにか、巫女様は顔を赤らめて頬を押さえております。
 開いた口から声なき悲鳴が出ているようです。

「~~~ほんとうに、キレイ人しかいないんですねっ。公爵様もとびきり素敵でしたけど、まさかお子さんが三人もいるなんて思わなくて、でもでもっ、三人もすごくキレイで、お城ってすごい!!」

 悲鳴より先に、心のまま、思ったことが口から飛び出してきました。

(本当に、素直な方)

 いっそ微笑ましいくらい。

 殿下もお兄さまも苦笑しておりますが、それはとても好意的なものです。

(なるほどこれがヒロイン)

 この素直さは、貴族令嬢には出せないものですから、目新しく魅力的に映るのかもしれません。

(けれど!お兄さまにはリチェお姉さまがいるのです!そこは譲れません!)

 いくら可愛らしかろうが、お兄さまをクソヤローにするわけには参りません。

 お父さまにお願いして、まずはお兄さまの婚約者としてベアトリーチェお姉さまを紹介してもらって、お姉さまの慎ましく清楚な圧倒的な淑女の振る舞いを見せつけて、お兄さまはまず「ムリ」と判断いただくのがよろしいかしら。

 あとは徹底して、公爵家ではわたくしが巫女様のお相手を引き受ければ、お兄さまを守れますかしら。

 ちょっと距離感が近くて苦手なタイプではありますけれど、素直な可愛らしい方ですもの。
 がんばりましょう。
 お母さまは、どのように王妃陛下のお相手をしていらしたかしら。

(そうですわ、慈愛。慈愛の心。それで、巫女様を導くのですわ)
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