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「ティア」「姉上」

 朝食の広間を後にすると、お兄さまとファウストがそろって追いかけてきました。

「食が進んでいなかったけれど、心配ごとかい?」
「体調が優れませんか?」

 心配性で過保護な二人に、わたくしは笑って答えます。

「平気ですわ。巫女様やこれからのことを考えておりましたら、食べることを忘れてしまっただけですの」

 我ながらありえないような言い訳ですが、学園に入ってからは食が進まないことも多いので、ぼんやりしていて食べることを忘れてしまう、という体を装っております。
 食欲がない、なんて言ったら公爵家は大騒ぎになりますし、妖精は霞を食べて生きるものですから、ストレスで食べ物を受け付けなくなっているわけではありません。断じてありませんのよ。

「本当かい?最近はそんなことが多いようだけれど」

 もちろん、簡単に騙されてくれる兄弟ではありませんわね。
 お兄さまの言葉に、ファウストの灰紫の瞳も雄弁に気がかりを伝えてきます。

「はい。学園でも何かといただきもののお菓子を口にしておりますし、お腹が空きませんと、どうも食べようという気持ちを忘れてしまうみたいで……」

 困りましたわ、と返ってこちらが眉尻を下げて見せれば、お兄さまはそれ以上追及なさいません。

「はぁ……、私はティアが心配だよ。
 学園でもそばにいてあげられたらよかったのだけれど」
「いいえ、お兄さまはせっかくの学園生活ですもの、最後の一年、リチェお姉さまともっと有意義にお過ごしになられるとよろしいのですわ」

 お兄さまは今年で最終学年、来年の春には卒業してしまいます。
 それから一年、リチェお姉さまがご卒業されるのを待ってから、すぐにでもご結婚されるおつもりのようですので、学生時代の恋人気分を、今は存分に楽しんでいただきたいものです。

(それこそ星の災厄などに煩わされずに、できれば巫女様にお時間を割かれることもないほうがいいのですけれど)

 星の神の神託があり、「星護りの巫女」様がいらっしゃった以上は、公爵家嫡男のお兄さまも他人事ではいられないことはわかっております。
 それでもお二人の過ごす時間を大事にしていただきたいと思いますから、わたくしのことに気を取られてしまうのは申し訳ありませんわ。

「学園ではスカーレット様もおりますし、フェリックス様たちも殿下のところにいらっしゃって、わたくしのことも気にかけてくださりますから、それほどご心配なさらなくても……」
「それも心配のひとつだよ。
 フェリックスたちには私からもよく言っておくけれど、……殿下は、変わらないかい?」
「ええ、よくしてくださいますわ」

 お兄さまが確認されているのは、わたくしへの殿下の恋情についてだとは思うのですけれど、わたくしはあくまでとして接しているつもりで答えます。

 レオナルド様のご結婚以降、殿下との進展を、お兄さまも多少は期待するところのようですけれど、わたくしとしてはのままでいたいですし、スカーレット様を応援したい気持ちもあるのです。

 なかなかストレートな愛情表現を日々受けておりますが、強引には迫らず、わたくしが望むとしての適度な距離を保ちつつ、決定打を見せないあたり、殿下もかなり策士のような気がいたします。

 わたくしはハッキリと言葉にされないと気がつかないキャラクターでおりますし、殿下はわたくしとスカーレット様の友情にも多少なりと気を遣ってくださっているようですので、わたくしたちはなんとも複雑な三つ巴を展開し、甘酸っぱい少女マンガのような雰囲気がたびたび巻き起こります。

 わたくしが殿下の恋心に気がついて落ちるのか、殿下がわたくしを諦めてスカーレット様に振り向くのか、クラスメイトの皆さまは温かく見守るようなスタンスで、恋の先行きを案じてくださっております。

 ツンデレを発揮するスカーレット様に、わたくしがいじめられているような誤解をされる方も時にはいらっしゃるのですが、そんな時はわたくしからスカーレット様との距離を詰め、大好きなお友だちアピールをしてみせますので、スカーレット様の悪役令嬢化はそこまで深刻にはなっておりませんでしょうか。

 わたくしに大好きアピールをされ、スカーレット様もまんざらではないような素振りを見せますので、なぜそれが自分に向かないのか殿下はため息を吐きつつも、わたくしが日々学園で楽しく過ごせるよう、たくさんの配慮をしてくださっているのを知っています。

(エンディミオン殿下も、なかなか一途でいらっしゃるから悩ましいですわね。
 ここが乙女ゲームではなくて、殿下が攻略対象でもなくて、わたくしが悪役令嬢でなければ…………いいえ!いいえ!巫女様が本当にいらっしゃった以上、やはりこの世界は乙女ゲームでわたくしは悪役令嬢。ブレている場合ではありませんわっ)

 偶に流されそうになる自分を叱咤いたしませんと、あっという間に破滅してしまいそうです。

 破滅回避の後、お父さまとお母さまのように愛し愛されるような素敵な恋をして嫁ぐのが目標のはずでしたわ!

 初志貫徹!!
 
 ごく偶に、何某家のご令息に突然求婚されることもありますが、よく知りもしない方なので「ごめんなさい」をするか、殿下の側近三銃士の誰かがいらっしゃって「身の程を知れ」とばかりに追い払ってしまわれるので、新しい素敵な恋はかなり縁遠い状況ではありますけれど。

 側近三銃士の皆さまも、殿下に負けず劣らずがんばって愛情表現をしてくださってはおりますけれど、それもこれも巫女様が現れたのですから、ひとり、またひとり欠けていく未来も考えられます。

「…………気を引き締めないと」
「姉上?」

 思わずこぼした呟きに、ファウストが首を傾げて気遣わしげに顔を覗き込んできます。

「ファウストが入学して、わたくしも先輩になったのですもの、お兄さまにご心配ばかりかけていてはいけませんわね」

 ごまかすように奮起してみせるわたくしに、お兄さまもファウストも、顔を見合わせてしまいました。

「ファウスト、ティアのことをくれぐれも頼んだよ」
「はい、兄上」

 そこはわたくしにファウストを頼むところではありませんの、お兄さま。

(誰が欠けても、お兄さまもファウストが家族としてそばにいてくれたら、きっと大丈夫です)

 例え乙女ゲームのシナリオどおりになっても、家族であれば大丈夫などと、甘い考えかもしれませんが。

 対策は十分です。
 家族ごと、破滅を回避して幸せになるために、ストレスになんて負けてはいられませんわね。

「さぁ、そろそろ出かけようか」

 お兄さまがわたくしをエスコートするように手を差し出します。
 わたくしは迷わずその手を取りますが、ファウストはもう手を繋いではくれません。
 
 15歳となるファウストが、巫女様と恋に落ちてその手を繋ぐこともあるのかもしれませんが、姉らしく、温かく見守る決意も必要そうです。

(巫女様は、どんな方かしら)

 わたくしとお兄さまの後ろで、じっと手を見つめて考え込む義弟おとうとの様子に気が付かずに、わたくしの思考はまたふわふわと乙女ゲームの対策方法へ向かいます。



 乙女ゲームのヒロイン、「星護りの巫女様」とお会いできたのは、それからすぐ、三日後のことでした。








 
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