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「姉君ー!」
声がしたほうを振り向くと、ニコニコと駆け寄って来たのは、案の定、今日もスチームパンクひとしおのジョバンニ様です。
「どうしてあなたがここにいますの、ジョバンニ・カンクロ様」
しんみりしたムードをぶち壊すようなノーテンキそうなお顔と声の乱入に、スカーレット様のゴキゲンは急降下。
わたくしも、スカーレット様の手をそっと離して、気づかれないように涙をぬぐいました。
「どうしてと言われれば、父上につまらない用事を押し付けられなければボクは今ごろファウスト君と壮大な実験をしている最中だったのだけれど、ついでだから殿下のところに寄ろうかと思ったら姉君が見えたから、一言ごあいさつと思ったのだよ、ハイビスカス嬢」
「ワタクシの名前はスカーレットよ!なによハイビスカスってひとつも合ってないじゃない!!」
「ふむ、知らないのかね?
ハイビスカスというのは熱帯地方に咲く花で、真っ赤な大輪の花を咲かせる一日花、咲いたらその日のうちに枯れてしまう花なのだけれど……」
「そんなこと聞いているのではありませんわよっ」
キィーッ、とわかりやすくスカーレット様がヒステリックになっておりますが、これは悪いのはジョバンニ様ですわね。
どうどう、とクラリーチェ様がスカーレット様の興奮をなだめてくれています。
(でもスカだけちょっと合っておりません?)
出会い頭にしては出来あがっているお二人のやり取りがおかしくて、わたくし思わず笑ってしまいました。
「おやっ、姉君、何か楽しいことがありましたか?」
ジョバンニ様のご興味は「ハイビスカス」からすぐに移って、わたくしにとぼけた表情で訊いてくるものですから、余計におかしさが増してしまいます。
わたくしとおなじく今年で13歳になられるジョバンニ様は、出会った頃からそのまま身長を大きくしたようで、何ひとつ変わっておりません。
(いえ、最近メガネをかけるようになりましたわね)
シルヴィオ様とメガネキャラがかぶるという心配はひとつもございません。
銀縁の薄いフレームで、見たままのインテリメガネのシルヴィオ様に対して、ジョバンニ様の丸眼鏡はソバカスの浮く鼻の上にちょこんと乗っている小さなもので、帽子に乗っているゴーグルとメガネがダブっておりますし、ただでさえ設定が盛られすぎていたのにさらに事故渋滞を起こしている有様です。
コートの装飾も増え、ベルトに下がっている工具ポーチのようなものも拡充され、相変わらず独自の世界観で生きておられますわね。
「皆さまに、たくさん贈り物をいただいたところですの」
ジョバンニ様と話す時は、流れに身を任せてお話しをするのがコツですわ。
あちこちに飛ぶ話題は楽しいばかりですし、貴族令嬢らしく深く考えなくてもいい、というのも魅力ですわね。
(スカーレット様はいつも真に受けて消耗していらっしゃるから、もっと気を楽にお話しできれば楽しいのに)
心を落ち着けるようにそばにあったお茶をごくりと飲んでいる姿は、ちょっとだけ貴族令嬢らしさが抜け落ちていて、わたくしは好きですけれど。
「なんですの?」
ニコニコと見つめていたら、スカーレット様が気がつかれたようなので、わたくし思っていることをそのまま伝えることにいたしました。
「スカーレット様は、ジョバンニ様と相性がよろしいのかもしれませんわね」
「はぁあっ!?」
スカーレット様の本気の「はぁあっ!?」がお茶会のお庭中に響きました。
「どこをどう見てそうなりましたの!!?」
せっかく落ち着いたらしいところに、わたくし余計なことを申し上げたみたい。
(怒らせてしまいましたわ……)
ドレスにズコットのイチゴにも負けないほど、お顔を赤くして怒っていらっしゃいます。
(は!そうでしたわ。スカーレット様は殿下のことがお好きなのだから、ほかのご子息と相性が良いと言われて嬉しいはずがありませんわね)
わたくしとしたことが、うっかりしましたわ。
内省していると、当のスカーレット様の想い人でいらっしゃるエンディミオン殿下もやってきました。
「どうしたんだ、スカーレット嬢。そんなに声を荒げて」
お茶会から締め出されたはずの殿下もどうして戻っていらっしゃったのかしら、とは思いますけれど、ジョバンニ様がいらっしゃった時点で、本日の失恋パーティーは破綻しておりますのでよろしいのかしら?
(ちょっと騒がしいくらいが、わたくしも沈み込まなくていいですもの)
皆さまに温かく励まされ、泣いてしまうより、笑顔でいられるほうがきっと傷も早く癒えるはず。
そう思ってまたニコニコと微笑んでいると、キッとスカーレット様に睨まれてしまいました。
あの目は、「あなたがおかしなことを言うから、エンディミオン殿下に変に思われたじゃない」と言っておりますわね。
せっかく仲良くなれたと思いましたのに、これはわたくしが失言でしたわ。
どう挽回しようかと考えていると、
「姉君ーー!」
黙ってヒトの会話を聞いている方だとは思っていませんでしたが、いつの間にか遠くに走って行ったらしいジョバンニ様に、大きな声で呼ばれました。
「私はもう、ジョバンニの手綱を引くのは諦めようと思うんだ……」
「アンジェロ様は、よくがんばっていらっしゃいましたわ」
殿下の、いえジョバンニ様の後を追って来たアンジェロお兄さまが、ベアトリーチェ様に弱音を吐いて慰めてもらっております。
「アンジェロ、自分だけ逃避しないでっ」
「アイツ今度は何するつもりだ?!」
同じくフェリックス様とシルヴィオ様もやって来ましたが、ジョバンニ様の自由行動を静止するだけの力はなさそうです。
「姉君ーーー!!
いきますよーーーー!!!」
何が来るというのか、わたしの答えを待たずに、ジョバンニ様の号令で大きな風が起こりました。
その風に乗るように。
「まあ!」
わたくし、風になびく髪を押さえるのに精一杯で、口は開きっぱなしになってしまっていたかもしれません。
(たくさん、こちらに飛んでくる白い、あれは───飛行機、ですわ!)
もちろん、こちらの世界にはないものです。
木の枠と白い紙で作ったような、カンタンな模型のような。
どうしてそれが。
ジョバンニ様の風魔法に乗って、くるくると青空を旋回すると、たくさんの飛行機は、すーっとお庭の芝の上に次々と着陸しました。
「どうでした?!」
目をキラキラとさせて駆け戻ってきたジョバンニ様に、わたくしは思わず拍手喝采です。
「素敵ですわっ、すばらしいですわ!」
「これはなんだい、ジョバンニ?」
大興奮のわたくしと違って、「飛行機」をはじめて見る殿下たちは困惑気味です。
「今日は姉君に贈り物をする日のようだから、これをあげたら喜ぶかなと」
えへへ、と笑うジョバンニ様に、わたくしの気持ちはこれ以上ないくらい上がっております。
けれどわかっているのはわたくしだけ。
「贈り物というけれど、コレは、鳥?」
飛行機を持ち上げた殿下に、ジョバンニ様は大きく首を振りました。
「まさか!これは、今ボクが構想を練っている乗り物ですよ!」
「乗り物?これが?馬も何もいないけど?」
珍しいもの好きなフェリックス様でも、馬などの牽引する動物のいない乗り物については理解が追いついていないようです。
「将来的には馬車とも違う自走する乗り物も考えられたらいいですが、これは、飛ぶんです!」
「ヒコー……空飛ぶ乗り物ですわね!」
「さすがファウスト君の姉君は話が早い!
そうですこの鳥のような羽に魔石を動力源に風をまとわせ空を飛べる乗り物を作れないかと日々試行錯誤を重ねておりましてその実験用の模型を持ち歩いていたのがまさかこんなところで役に立つとは、いかがですか姉君、ボクからの贈り物は!」
ドヤ!と顔を輝かせているジョバンニ様に、ついていけているのはどうやらわたくしだけのようです。
周りの皆さまはポカンとして、呆気にとられているのでしょうか。
「……空を飛ぶ乗り物なんて、荒唐無稽にも程があるだろう」
すぐにシルヴィオ様が気を取り直したようですが、やはりまだまだこちらの世界では早すぎる技術のようですわね。
この世界、海を渡る船はありますけれど、海底にあるらしいダンジョンから魔物が出てくる時もあるそうですから、決して安全な航路ではございません。
それが空路になれば速度も上がるでしょうし、国同士の行き来もカンタンになると思うのですけれど、技術自体が未知ですから、安全面で見ても難しく思えますわね。
前世の世界でも、はじめに空を飛ぶ乗り物のことを言い出した方は馬鹿にされながらも飛行機を完成させたとテレビで見た気がいたしますから、ジョバンニ様もなるのかもしれませんわ、なんとか兄弟のように。
「そのよくわからない試作を贈られても、ルクレツィア嬢もこま……ったりはしないみたいダネー」
喜んで飛行機の模型をひとつ拾い、手に取っているわたくしに、フェリックス様の忠告も空振りに終わります。
「そもそも、今回のパーティーは殿方にはご遠慮いただいたはずですのに」
趣旨は「わたくしを励ます会」ですから、ジョバンニ様の行動は間違ってはいないのですけれど、スカーレット様にとっては間違いだらけの現状なのですわね。
「やっぱり蚊帳の外にされるのは寂しいよ」
仕切り直してまた締め出されないよう、エンディミオン殿下は、スカーレット様に対して犬のような甘やかさで押し切るつもりのようです。
またしても「んぐ」と貴族令嬢らしからぬ呻きをあげて、スカーレット様は押し負けそう。
「えーと、これはルクレツィア嬢のしつれ……元気づける会でいいのかな?」
失恋パーティーだとははっきり言えず、フェリックス様は言い換えてくださいました。
黙っていちばん後ろのほうに控えているラガロ様にも気を遣っているのでしょう。
何せ失恋の相手はラガロ様の義父で、その結婚相手は実母なのですから、女性陣から理不尽にも敵視されてしまう流れは自然といえば自然ですわね。
わたくしは、面白いのでとくにかばいだてもいたしませんけれど、ラガロ様は甘んじて非難を受けるおつもりのようで、本当に、あの夜からすっかりヒトが変わってしまったようですわね。
結婚式とそのあとの披露宴では、お互い話もする暇もありませんでしたし、その夜にはわたくしたちもリオーネ城をお暇して、城下の宿に一泊、そのまま王都へ向けて出発いたしましたから、本当に何があったのかは知りませんのよ。
イザイアから、わたくしに対して暴言があった、というお話しはお父さまにされたようですけれど、わたくしがいっさい気にも留めていないと言えば、お父さまは何かお考えのある素振りでしたが、詳しくはわたくしに話してはくださいませんでした。
ラガロ様に王城でお会いしても、スッキリとされたお顔立ちが目立つだけで、とくに絡んでも来ませんし。
(何を考えているのかはわかりませんけれど、それは今までと変わりませんわね)
イザイアもそばにいることですし、とくに心配することはないと、わたくしそう解釈しております。
フラグとかイベントとか、わたくしは知りません。知らないのです。
レオナルド様という防波堤のなくなってしまった今、そろそろ破滅フラグと溺愛フラグ持ちの皆さまについても本気で考えないといけないのですけれど、今日という日にまで頭を使うのはとても面倒ですわ。
スカーレット様たちの心配りをしっかり受け止めて、明日からの英気にいたしましょう。
「姉君、このズコット、美味しいですよ!」
ちゃっかりとお茶会のテーブルにつき、スカーレット様のズコットケーキを食べはじめているジョバンニ様に、シルヴィオ様の眉間にまた青筋が見えますけれど。
「せっかくですから、わたくしもいただきますわ」
その隣へ、わたくしもすとんと腰を落ち着けました。
最初から最後まで全部ジョバンニ様のペースですけれど、わたくしを元気づける、という点で誰よりも成功しているのはジョバンニ様ですもの。
そう思って、手ずから取り分けてくださったズコットケーキを受け取っていると、
「…………ジョバンニ、そういうのは、気を遣って殿下に譲るものだよ」
フェリックス様が、そんなふうに立場を失くしている殿下を気遣いますが、ジョバンニ様にはあまり意味がないように思うのです。
そう言う、「察する」とか「配慮する」ということと無縁そうですし。
ところが。
「目の前に傷ついた女性がいるんですから、誰かに気を遣っている場合ではないのでは?」
などと飄々とバクダンを落とすものですから、わたくし思わずケーキを取り落としそうになりました。
あまり世俗的なことにご関心がないかと思っていたジョバンニ様ですが、意外にもアレコレわかっていらっしゃったのでしょうか。
「ファウスト君に言われているんです。なんでもいいから、姉君が悲しそうだったら元気づけろって」
言う相手を間違えていないかしらと一瞬思いましたけれど、姉思いの義弟のすることにどうやら間違いはなかったようで、ファウストの確かさが極まっております。
「誰がしたって、姉君が元気になるのなら、ボクはそれでいいと思いますけどね」
なんて、あまりにもストレートな言葉を投げるものですから、フェリックス様も、殿下も、ついでにシルヴィオ様も何か刺さってしまったよう。
「ファウスト君が、ここにもいればなぁ」
そんなことは知らぬ気に、ジョバンニ様の思考はファウストへ飛んでいってしまったようですが、三人の背が静かに押されてしまったような気がするのは、わたくしだけでしょうか───?
声がしたほうを振り向くと、ニコニコと駆け寄って来たのは、案の定、今日もスチームパンクひとしおのジョバンニ様です。
「どうしてあなたがここにいますの、ジョバンニ・カンクロ様」
しんみりしたムードをぶち壊すようなノーテンキそうなお顔と声の乱入に、スカーレット様のゴキゲンは急降下。
わたくしも、スカーレット様の手をそっと離して、気づかれないように涙をぬぐいました。
「どうしてと言われれば、父上につまらない用事を押し付けられなければボクは今ごろファウスト君と壮大な実験をしている最中だったのだけれど、ついでだから殿下のところに寄ろうかと思ったら姉君が見えたから、一言ごあいさつと思ったのだよ、ハイビスカス嬢」
「ワタクシの名前はスカーレットよ!なによハイビスカスってひとつも合ってないじゃない!!」
「ふむ、知らないのかね?
ハイビスカスというのは熱帯地方に咲く花で、真っ赤な大輪の花を咲かせる一日花、咲いたらその日のうちに枯れてしまう花なのだけれど……」
「そんなこと聞いているのではありませんわよっ」
キィーッ、とわかりやすくスカーレット様がヒステリックになっておりますが、これは悪いのはジョバンニ様ですわね。
どうどう、とクラリーチェ様がスカーレット様の興奮をなだめてくれています。
(でもスカだけちょっと合っておりません?)
出会い頭にしては出来あがっているお二人のやり取りがおかしくて、わたくし思わず笑ってしまいました。
「おやっ、姉君、何か楽しいことがありましたか?」
ジョバンニ様のご興味は「ハイビスカス」からすぐに移って、わたくしにとぼけた表情で訊いてくるものですから、余計におかしさが増してしまいます。
わたくしとおなじく今年で13歳になられるジョバンニ様は、出会った頃からそのまま身長を大きくしたようで、何ひとつ変わっておりません。
(いえ、最近メガネをかけるようになりましたわね)
シルヴィオ様とメガネキャラがかぶるという心配はひとつもございません。
銀縁の薄いフレームで、見たままのインテリメガネのシルヴィオ様に対して、ジョバンニ様の丸眼鏡はソバカスの浮く鼻の上にちょこんと乗っている小さなもので、帽子に乗っているゴーグルとメガネがダブっておりますし、ただでさえ設定が盛られすぎていたのにさらに事故渋滞を起こしている有様です。
コートの装飾も増え、ベルトに下がっている工具ポーチのようなものも拡充され、相変わらず独自の世界観で生きておられますわね。
「皆さまに、たくさん贈り物をいただいたところですの」
ジョバンニ様と話す時は、流れに身を任せてお話しをするのがコツですわ。
あちこちに飛ぶ話題は楽しいばかりですし、貴族令嬢らしく深く考えなくてもいい、というのも魅力ですわね。
(スカーレット様はいつも真に受けて消耗していらっしゃるから、もっと気を楽にお話しできれば楽しいのに)
心を落ち着けるようにそばにあったお茶をごくりと飲んでいる姿は、ちょっとだけ貴族令嬢らしさが抜け落ちていて、わたくしは好きですけれど。
「なんですの?」
ニコニコと見つめていたら、スカーレット様が気がつかれたようなので、わたくし思っていることをそのまま伝えることにいたしました。
「スカーレット様は、ジョバンニ様と相性がよろしいのかもしれませんわね」
「はぁあっ!?」
スカーレット様の本気の「はぁあっ!?」がお茶会のお庭中に響きました。
「どこをどう見てそうなりましたの!!?」
せっかく落ち着いたらしいところに、わたくし余計なことを申し上げたみたい。
(怒らせてしまいましたわ……)
ドレスにズコットのイチゴにも負けないほど、お顔を赤くして怒っていらっしゃいます。
(は!そうでしたわ。スカーレット様は殿下のことがお好きなのだから、ほかのご子息と相性が良いと言われて嬉しいはずがありませんわね)
わたくしとしたことが、うっかりしましたわ。
内省していると、当のスカーレット様の想い人でいらっしゃるエンディミオン殿下もやってきました。
「どうしたんだ、スカーレット嬢。そんなに声を荒げて」
お茶会から締め出されたはずの殿下もどうして戻っていらっしゃったのかしら、とは思いますけれど、ジョバンニ様がいらっしゃった時点で、本日の失恋パーティーは破綻しておりますのでよろしいのかしら?
(ちょっと騒がしいくらいが、わたくしも沈み込まなくていいですもの)
皆さまに温かく励まされ、泣いてしまうより、笑顔でいられるほうがきっと傷も早く癒えるはず。
そう思ってまたニコニコと微笑んでいると、キッとスカーレット様に睨まれてしまいました。
あの目は、「あなたがおかしなことを言うから、エンディミオン殿下に変に思われたじゃない」と言っておりますわね。
せっかく仲良くなれたと思いましたのに、これはわたくしが失言でしたわ。
どう挽回しようかと考えていると、
「姉君ーー!」
黙ってヒトの会話を聞いている方だとは思っていませんでしたが、いつの間にか遠くに走って行ったらしいジョバンニ様に、大きな声で呼ばれました。
「私はもう、ジョバンニの手綱を引くのは諦めようと思うんだ……」
「アンジェロ様は、よくがんばっていらっしゃいましたわ」
殿下の、いえジョバンニ様の後を追って来たアンジェロお兄さまが、ベアトリーチェ様に弱音を吐いて慰めてもらっております。
「アンジェロ、自分だけ逃避しないでっ」
「アイツ今度は何するつもりだ?!」
同じくフェリックス様とシルヴィオ様もやって来ましたが、ジョバンニ様の自由行動を静止するだけの力はなさそうです。
「姉君ーーー!!
いきますよーーーー!!!」
何が来るというのか、わたしの答えを待たずに、ジョバンニ様の号令で大きな風が起こりました。
その風に乗るように。
「まあ!」
わたくし、風になびく髪を押さえるのに精一杯で、口は開きっぱなしになってしまっていたかもしれません。
(たくさん、こちらに飛んでくる白い、あれは───飛行機、ですわ!)
もちろん、こちらの世界にはないものです。
木の枠と白い紙で作ったような、カンタンな模型のような。
どうしてそれが。
ジョバンニ様の風魔法に乗って、くるくると青空を旋回すると、たくさんの飛行機は、すーっとお庭の芝の上に次々と着陸しました。
「どうでした?!」
目をキラキラとさせて駆け戻ってきたジョバンニ様に、わたくしは思わず拍手喝采です。
「素敵ですわっ、すばらしいですわ!」
「これはなんだい、ジョバンニ?」
大興奮のわたくしと違って、「飛行機」をはじめて見る殿下たちは困惑気味です。
「今日は姉君に贈り物をする日のようだから、これをあげたら喜ぶかなと」
えへへ、と笑うジョバンニ様に、わたくしの気持ちはこれ以上ないくらい上がっております。
けれどわかっているのはわたくしだけ。
「贈り物というけれど、コレは、鳥?」
飛行機を持ち上げた殿下に、ジョバンニ様は大きく首を振りました。
「まさか!これは、今ボクが構想を練っている乗り物ですよ!」
「乗り物?これが?馬も何もいないけど?」
珍しいもの好きなフェリックス様でも、馬などの牽引する動物のいない乗り物については理解が追いついていないようです。
「将来的には馬車とも違う自走する乗り物も考えられたらいいですが、これは、飛ぶんです!」
「ヒコー……空飛ぶ乗り物ですわね!」
「さすがファウスト君の姉君は話が早い!
そうですこの鳥のような羽に魔石を動力源に風をまとわせ空を飛べる乗り物を作れないかと日々試行錯誤を重ねておりましてその実験用の模型を持ち歩いていたのがまさかこんなところで役に立つとは、いかがですか姉君、ボクからの贈り物は!」
ドヤ!と顔を輝かせているジョバンニ様に、ついていけているのはどうやらわたくしだけのようです。
周りの皆さまはポカンとして、呆気にとられているのでしょうか。
「……空を飛ぶ乗り物なんて、荒唐無稽にも程があるだろう」
すぐにシルヴィオ様が気を取り直したようですが、やはりまだまだこちらの世界では早すぎる技術のようですわね。
この世界、海を渡る船はありますけれど、海底にあるらしいダンジョンから魔物が出てくる時もあるそうですから、決して安全な航路ではございません。
それが空路になれば速度も上がるでしょうし、国同士の行き来もカンタンになると思うのですけれど、技術自体が未知ですから、安全面で見ても難しく思えますわね。
前世の世界でも、はじめに空を飛ぶ乗り物のことを言い出した方は馬鹿にされながらも飛行機を完成させたとテレビで見た気がいたしますから、ジョバンニ様もなるのかもしれませんわ、なんとか兄弟のように。
「そのよくわからない試作を贈られても、ルクレツィア嬢もこま……ったりはしないみたいダネー」
喜んで飛行機の模型をひとつ拾い、手に取っているわたくしに、フェリックス様の忠告も空振りに終わります。
「そもそも、今回のパーティーは殿方にはご遠慮いただいたはずですのに」
趣旨は「わたくしを励ます会」ですから、ジョバンニ様の行動は間違ってはいないのですけれど、スカーレット様にとっては間違いだらけの現状なのですわね。
「やっぱり蚊帳の外にされるのは寂しいよ」
仕切り直してまた締め出されないよう、エンディミオン殿下は、スカーレット様に対して犬のような甘やかさで押し切るつもりのようです。
またしても「んぐ」と貴族令嬢らしからぬ呻きをあげて、スカーレット様は押し負けそう。
「えーと、これはルクレツィア嬢のしつれ……元気づける会でいいのかな?」
失恋パーティーだとははっきり言えず、フェリックス様は言い換えてくださいました。
黙っていちばん後ろのほうに控えているラガロ様にも気を遣っているのでしょう。
何せ失恋の相手はラガロ様の義父で、その結婚相手は実母なのですから、女性陣から理不尽にも敵視されてしまう流れは自然といえば自然ですわね。
わたくしは、面白いのでとくにかばいだてもいたしませんけれど、ラガロ様は甘んじて非難を受けるおつもりのようで、本当に、あの夜からすっかりヒトが変わってしまったようですわね。
結婚式とそのあとの披露宴では、お互い話もする暇もありませんでしたし、その夜にはわたくしたちもリオーネ城をお暇して、城下の宿に一泊、そのまま王都へ向けて出発いたしましたから、本当に何があったのかは知りませんのよ。
イザイアから、わたくしに対して暴言があった、というお話しはお父さまにされたようですけれど、わたくしがいっさい気にも留めていないと言えば、お父さまは何かお考えのある素振りでしたが、詳しくはわたくしに話してはくださいませんでした。
ラガロ様に王城でお会いしても、スッキリとされたお顔立ちが目立つだけで、とくに絡んでも来ませんし。
(何を考えているのかはわかりませんけれど、それは今までと変わりませんわね)
イザイアもそばにいることですし、とくに心配することはないと、わたくしそう解釈しております。
フラグとかイベントとか、わたくしは知りません。知らないのです。
レオナルド様という防波堤のなくなってしまった今、そろそろ破滅フラグと溺愛フラグ持ちの皆さまについても本気で考えないといけないのですけれど、今日という日にまで頭を使うのはとても面倒ですわ。
スカーレット様たちの心配りをしっかり受け止めて、明日からの英気にいたしましょう。
「姉君、このズコット、美味しいですよ!」
ちゃっかりとお茶会のテーブルにつき、スカーレット様のズコットケーキを食べはじめているジョバンニ様に、シルヴィオ様の眉間にまた青筋が見えますけれど。
「せっかくですから、わたくしもいただきますわ」
その隣へ、わたくしもすとんと腰を落ち着けました。
最初から最後まで全部ジョバンニ様のペースですけれど、わたくしを元気づける、という点で誰よりも成功しているのはジョバンニ様ですもの。
そう思って、手ずから取り分けてくださったズコットケーキを受け取っていると、
「…………ジョバンニ、そういうのは、気を遣って殿下に譲るものだよ」
フェリックス様が、そんなふうに立場を失くしている殿下を気遣いますが、ジョバンニ様にはあまり意味がないように思うのです。
そう言う、「察する」とか「配慮する」ということと無縁そうですし。
ところが。
「目の前に傷ついた女性がいるんですから、誰かに気を遣っている場合ではないのでは?」
などと飄々とバクダンを落とすものですから、わたくし思わずケーキを取り落としそうになりました。
あまり世俗的なことにご関心がないかと思っていたジョバンニ様ですが、意外にもアレコレわかっていらっしゃったのでしょうか。
「ファウスト君に言われているんです。なんでもいいから、姉君が悲しそうだったら元気づけろって」
言う相手を間違えていないかしらと一瞬思いましたけれど、姉思いの義弟のすることにどうやら間違いはなかったようで、ファウストの確かさが極まっております。
「誰がしたって、姉君が元気になるのなら、ボクはそれでいいと思いますけどね」
なんて、あまりにもストレートな言葉を投げるものですから、フェリックス様も、殿下も、ついでにシルヴィオ様も何か刺さってしまったよう。
「ファウスト君が、ここにもいればなぁ」
そんなことは知らぬ気に、ジョバンニ様の思考はファウストへ飛んでいってしまったようですが、三人の背が静かに押されてしまったような気がするのは、わたくしだけでしょうか───?
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