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その日のお茶会は、いつもと様子が違いました。
リオーネ領から王都へ帰り、今シーズン最初の「マナー教室」です。
ベアトリーチェお姉さま、スカーレット様をはじめ、ご令嬢の皆さまにわたくしはすっかり取り囲まれて、お兄さま以外の男性陣は蚊帳の外。
本日のご参加はご遠慮くださいと、お茶会の席から締め出されておりました。
とくにラガロ様へ向けられる女性陣の眼差しは辛辣で、
「たとえ直接は関係がないとは言っても、今はお顔を見たくありませんわ」
「ワタクシ、代わりに引っ叩いてしまいたくなるのをガマンしておりますのっ」
あちこちから散々な言われようです。
前髪を切ってさっぱりとしたお顔になっているのも、今は逆効果のようで、
「あ、あのようにっ、お顔がいいとは前々から思ってはおりましたけど、何もこんな時にいかにもお祝い事がありました、みたいなお顔なさらなくてもっ」
「あの隠しても隠せない、という具合がよろしかったのに、」
「でもやはり目の保養」
「あぁ、でもそれも今は憎らしい……!」
とくにラガロ様推しのご令嬢が憤懣やる方ないようで、ラガロ様のお顔をチラッと見て顔を赤らめては、それでも怒りの気持ちを抑えられず、感情の行き来にお忙しそうです。
「殿下にも本日は席を外していただきたいのです」
ベアトリーチェお姉さまが申し訳なさそうに殿下に丁寧に頭を下げると、
「え、わたしも?」
このお茶会の中心のはずの自分も追い出されるとは思っていなかったのか、戸惑ったようにエンディミオン殿下は声を上げます。
「どうしても、わたしもダメなのかな?」
食い下がるように、エンディミオン殿下にクリクリのファイア・オパールで見つめられ、ベアトリーチェ様の隣にいらしたスカーレット様は「んぐっ」と貴族令嬢らしからぬ声を発してしまいましたが、
「スカーレット様、しっかり……!」
とほかのご令嬢に応援されて
「いくら殿下といえども今日はご遠慮くださいませっ」
と、どうにか早口で捲し立てると、いつもの真っ赤なドレスを翻して背を向けてしまいました。
(スカーレット様なのに?)
心に反することをして何やら息苦しそうなスカーレット様の背を、マリレーナ様とクラリーチェ様が労わるように慰めております。
(はて?)
これはいったいどういうことなのでしょう。
「殿下たちは、私がお連れするよ」
事情をご存知のようなお兄さまが、ベアトリーチェお姉さまの髪にさらりと触れてから、エンディミオン殿下以下四名の困惑する男性たちをお茶会の席から追い立てていきました。
「さて、それでは」
クラリーチェ様の合図で、わたくしはお茶会のテーブルの所謂お誕生席に座らされました。
「これは、私たちからの気持ちですの」
マリレーナ様がそう言うと、席についたご令嬢たちが持ち寄った様々なものがテーブルの上に広げられます。
「これは、我が家のシェフが作ったカンノーリですのよ、ルクレツィア様がお好きと聞いて、レモンクリームにいたしましたわ」
「ワタクシがお持ちしたのはオレンジジャムのクロスタータでございます。
同じ柑橘でも今はオレンジのほうが旬ですから、どうぞこちらを召し上がってくださいませ」
我先にとわたくしの前に差し出されるのは、ステラフィッサの伝統のお菓子。
「あなたたちは何もわかっていらっしゃらないのね。こういう時は、目にも華やかなズコットですわ。
見なさい、この圧倒的な美しさを!」
スカーレット様までほかのご令嬢が差し出したお皿を押し退けて、周囲にふんだんにイチゴを飾りつけたドーム型のケーキを、ホールごとわたくしに押しつけました。
「甘いものばかりになっては飽きるかもしれないと思いましたから、私からは猪肉をはさんだサンドイッチを。
この猪は、私が仕留めましたのよ」
「まあっ、さすが射手家はひと味違いますわね。
オフシーズンは野山で猪を追いかけ回していらしたの?」
「では磯臭い魚領からは何をお持ちに?」
「海の向こうから取り寄せました、濃い緑のお茶を使用したチョコレートでございますわ。
野山ばかりのサジッタリオ領では、とても手に入りませんでしょう?」
「伯爵のお力ではなく、ご自分の力で手に入れてからそのように大きな顔をなさらないと、かえって下品になりますからお気をつけあそばせ、マリレーナ様」
なぜだか皆さん少しだけバチバチしながら──クラリーチェ様とマリレーナ様はいつものことですけれど、わたくしへの貢ぎ物合戦がはじまっております。
「あの……わたくしからは、花の、しおりを」
そんな喧騒の中、かき消えてしまいそうな声を一生懸命はりあげて、ミモザとポピーを押し花にしたしおりをくださったのはヴィオラ様。可愛らしい、癒やしですわ。
「ティア様、わたくしからはスノードームをお贈りさせてください。耳を澄ませると、水音が聞こえますの、きっと心が落ち着きますわ」
真打ちはリチェお姉さま!
手のひらより小さな透明の球体に、夜空を閉じ込めたような紺青の色水が揺れて、星のようにキラキラと落ちては浮かぶ水泡が瞬いております。
「まぁ、とても美しいですわ、お父さまの瞳のよう」
「アンジェロ様とご相談しながら、一から作ってみましたの」
「お姉さまの手作りですの?大切にいたしますわ!
けれど、今日はみなさま、どうしてこのような……」
だって、スカーレット様までわざわざ殿下を追いやってわたくしを囲む理由が本気でわかりませんのよ。
「ティア様、どうか元気をお出しくださいね」
ベアトリーチェお姉さまが、スノードームを持つわたくしの手に手を触れて、気遣わしげに包みこんでくれます。
「ワタクシ、本当に、いつかはあの方とルクレツィア様が結ばれると信じておりましたのに……」
いつもお茶会でわたくしのお話しを聞いてくださるご令嬢の皆さまが、先ほどまでは無理に明るく振る舞ってくださっていたようで、今はとてもお辛そうに顔を曇らせて、泣き出しそうなほどでした。
(ああ、そうでしたのね。これは、わたくしのための失恋パーティーなのだわ)
いつもお茶会でレオナルド様のお話しをしていたから、レオナルド様がご結婚された話をお聞きになって、皆さまわたくしのことを心配してくださっているようです。
(お友だちが、たくさんいるというのは、こういうことなのですわね)
皆さまのお心に、温かいけれど切ない気持ちになって、わたくしもまた込み上げてくるものがあります。
「スカーレット様が、今日のお茶会はルクレツィア様を励ます会にしましょうと、皆さまに声をかけてくださったのですわ」
ベアトリーチェお姉さまに話を振られ、皆さまがしんみりしている中少しだけ斜に構えていらしたスカーレット様は、まさかバラされるとは思っていなかったのか慌てたようにお顔をぷい、と逸らしました。
「スカーレット様が……」
意外と思っているのが声に出てしまったのか、チラリと横目でわたくしの顔を見たスカーレット様は、
「べつに……想う方に振り向いてもらえないお気持ちは、この中ではわたくしがいちばんよく知っていると思っただけですわ」
言いにくそうに、小さな声で吐き出しました。
ぶわり。
その途端、わたくしの目にはまた涙が溢れてきてしまいました。
(いやだわ、涙腺が弱く……)
「なっ、ちょっと!泣かせたくてこの会を開いたわけではありませんのよっ」
慌てたようになだめてくださるのが、とても嬉しくて。
「……スカーレットさまっ」
思わずいつかのようにその手をとって、抱きしめてしまいました。
ハラハラと涙を流しながら手を握り締めるわたくしに、スカーレット様は振り払おうという真似もなさらずに、仕方ありませんわね、と胸を貸してくださるおつもりのようです。
*
「何故私がこんな真似を」
茂みに隠れながらご令嬢たちの様子を伺っていると、シルヴィオが小さくぼやいた。
「だって気になるでしょ、ご令嬢たちがオレたち抜きで何するのか」
フェリックスは覗きに熟れていて、殿下、そんなに身を乗り出したら見つかりますよ、とわたしの身体を引き戻してくれた。
アンジェロは知っているのにあえて何も言わないのか、一緒に覗いたりはしないが、咎めもせず、後ろのテーブルで優雅にお茶を飲んでいる。
ラガロも覗きには加わらず、さりとてアンジェロとは微妙な距離感を保って、無防備なわたしたちの背後を守るように立っていた。
冬の間、自領に戻っていたラガロが王都に帰ってくると、今まであった陰鬱さが消えていた。
いつもその眼前を重く閉ざしていた印象がなくなって、騎士らしいさっぱりとした髪型に、準騎士の制服から正騎士に変わったせいか、よりたくましく精悍さが増したようだ。
この春、レオナルドがラガロの母親と結婚したというのは聞いたから、何か心境の変化があったのかもしれないが、それにしてもリオーネ領でアンジェロとも何かあったのか、怯えるまではいかないが、その動向を気にしているのがわかる。
(それも気になるし、ルクレツィアの様子も気になる)
レオナルドの結婚で気落ちしているのではと思っていたけれど、声をかける間もなくお茶会から締め出されてしまった。
スカーレットまで自分を締め出したのは意外だったが、ご令嬢たちに囲まれているルクレツィアは遠目に見ていても今日もキレイだ。
ヴィオラやベアトリーチェから何かを受け取って感激している眩しい笑顔と、不思議そうに周囲を見るときに見せた小首を傾げる癖も愛おしいなあと思う。
楽しそうな雰囲気に、どうして自分は参加してはダメだったのだろうかと考えていると、
(!)
不意に、ルクレツィアの目から涙が落ちるのが見えた。
見てはいけないものを見てしまったようで、思わずシルヴィオとフェリックスの顔を見上げる。
二人とも驚いているのか、目を見開いて固まっていて、わたしと似たり寄ったりだ。
どうしたらいいのか、ここから出て行って抱き寄せて慰めたりしてもいいものか、フツリと沸いた衝動は、それでも実行に移していいかわからない。
戸惑っている間に、ルクレツィアは泣きながらスカーレットに縋るようにその手を握った。
スカーレットも、いつもの彼女ならきっと跳ね除けそうなものなのに、労わるように彼女に手を預けたままだ。
(どうして、)
どうして、泣いているのか。
どうして、その手を取るのがわたしではないのか。
どうして。
(こんなところで、隠れて見ているんだろう)
ここは自分の王城で、自分のためのお茶会なのに。
何ひとつ、ままなることがない。
なんでも好きに思いどおりにしたいわけではないけれど、全部自分の立場のために用意された場所だからこそ、自分の意思だけでは好き勝手に動けない。
パキリ、と、隠れていた茂みの小枝が折れる音がした。
気づかないうちに握りしめていたのが、手の中で折れていた。
(あぁ、悔しいなあ)
ずっと、この距離から動けていない気がした。
ずっと、ルクレツィアに近づけない。
レオナルドのことがあったというのは言い訳で、こちらの心に近づいてこないルクレツィアに気づいていて、それを認めるのが怖いから踏み込むことをしてこなかった。
その、ルクレツィアが泣いているのに。
(わたしは隠れて見ているだけだ)
情けなさに、堪らなくなる。
ここから突き進んで、あの手をとれたら───
「殿下、何してるんです?」
ヒョコリと、目の前の景色と思考を遮ったのは、薄緑のクルクル猫っ毛だった。
その頭の上の大きなハットで、完全に視界は遮断されている。
「ジョバンニ」
「皆さんおそろいで楽しくイモムシの観察でも?」
茂みに三人身を寄せて、凝視していたはずもないのに、ジョバンニが示した先には確かにイモムシが乗る葉っぱが。
「うぅわっ」
それを見たフェリックスが面白いほどの反応速度で仰け反り、シルヴィオはそっと目を背けてメガネのブリッジを押し上げていた。
「ふむ、アレクサンドラトリバネアゲハの幼虫ですね。大きくなりますよ」
どうぞ、と葉っぱごと渡されて、思わず受け取ってしまったけれど、これの成長をわたしは見守らないといけないのだろうか。
「おや?あそこに姉君が。これはごあいさつしてこなければ!」
イモムシの扱いに困っている隙に、ジョバンニはルクレツィアがいることに気が付いたらしい。
アンジェロが静止する間もなく、駆け出して行ってしまった。
(彼は、いつだって自由だなぁ)
同じ年に生まれた彼は、立場を超えていつでも好きに振る舞っている。
第一王子の自分を差し置いて、いつだって気ままだ。
その背を羨望の思いで見ながら、わたしもここから踏み出さなければと、イモムシは自然に返し、ジョバンニの背を追いかけることにした。
リオーネ領から王都へ帰り、今シーズン最初の「マナー教室」です。
ベアトリーチェお姉さま、スカーレット様をはじめ、ご令嬢の皆さまにわたくしはすっかり取り囲まれて、お兄さま以外の男性陣は蚊帳の外。
本日のご参加はご遠慮くださいと、お茶会の席から締め出されておりました。
とくにラガロ様へ向けられる女性陣の眼差しは辛辣で、
「たとえ直接は関係がないとは言っても、今はお顔を見たくありませんわ」
「ワタクシ、代わりに引っ叩いてしまいたくなるのをガマンしておりますのっ」
あちこちから散々な言われようです。
前髪を切ってさっぱりとしたお顔になっているのも、今は逆効果のようで、
「あ、あのようにっ、お顔がいいとは前々から思ってはおりましたけど、何もこんな時にいかにもお祝い事がありました、みたいなお顔なさらなくてもっ」
「あの隠しても隠せない、という具合がよろしかったのに、」
「でもやはり目の保養」
「あぁ、でもそれも今は憎らしい……!」
とくにラガロ様推しのご令嬢が憤懣やる方ないようで、ラガロ様のお顔をチラッと見て顔を赤らめては、それでも怒りの気持ちを抑えられず、感情の行き来にお忙しそうです。
「殿下にも本日は席を外していただきたいのです」
ベアトリーチェお姉さまが申し訳なさそうに殿下に丁寧に頭を下げると、
「え、わたしも?」
このお茶会の中心のはずの自分も追い出されるとは思っていなかったのか、戸惑ったようにエンディミオン殿下は声を上げます。
「どうしても、わたしもダメなのかな?」
食い下がるように、エンディミオン殿下にクリクリのファイア・オパールで見つめられ、ベアトリーチェ様の隣にいらしたスカーレット様は「んぐっ」と貴族令嬢らしからぬ声を発してしまいましたが、
「スカーレット様、しっかり……!」
とほかのご令嬢に応援されて
「いくら殿下といえども今日はご遠慮くださいませっ」
と、どうにか早口で捲し立てると、いつもの真っ赤なドレスを翻して背を向けてしまいました。
(スカーレット様なのに?)
心に反することをして何やら息苦しそうなスカーレット様の背を、マリレーナ様とクラリーチェ様が労わるように慰めております。
(はて?)
これはいったいどういうことなのでしょう。
「殿下たちは、私がお連れするよ」
事情をご存知のようなお兄さまが、ベアトリーチェお姉さまの髪にさらりと触れてから、エンディミオン殿下以下四名の困惑する男性たちをお茶会の席から追い立てていきました。
「さて、それでは」
クラリーチェ様の合図で、わたくしはお茶会のテーブルの所謂お誕生席に座らされました。
「これは、私たちからの気持ちですの」
マリレーナ様がそう言うと、席についたご令嬢たちが持ち寄った様々なものがテーブルの上に広げられます。
「これは、我が家のシェフが作ったカンノーリですのよ、ルクレツィア様がお好きと聞いて、レモンクリームにいたしましたわ」
「ワタクシがお持ちしたのはオレンジジャムのクロスタータでございます。
同じ柑橘でも今はオレンジのほうが旬ですから、どうぞこちらを召し上がってくださいませ」
我先にとわたくしの前に差し出されるのは、ステラフィッサの伝統のお菓子。
「あなたたちは何もわかっていらっしゃらないのね。こういう時は、目にも華やかなズコットですわ。
見なさい、この圧倒的な美しさを!」
スカーレット様までほかのご令嬢が差し出したお皿を押し退けて、周囲にふんだんにイチゴを飾りつけたドーム型のケーキを、ホールごとわたくしに押しつけました。
「甘いものばかりになっては飽きるかもしれないと思いましたから、私からは猪肉をはさんだサンドイッチを。
この猪は、私が仕留めましたのよ」
「まあっ、さすが射手家はひと味違いますわね。
オフシーズンは野山で猪を追いかけ回していらしたの?」
「では磯臭い魚領からは何をお持ちに?」
「海の向こうから取り寄せました、濃い緑のお茶を使用したチョコレートでございますわ。
野山ばかりのサジッタリオ領では、とても手に入りませんでしょう?」
「伯爵のお力ではなく、ご自分の力で手に入れてからそのように大きな顔をなさらないと、かえって下品になりますからお気をつけあそばせ、マリレーナ様」
なぜだか皆さん少しだけバチバチしながら──クラリーチェ様とマリレーナ様はいつものことですけれど、わたくしへの貢ぎ物合戦がはじまっております。
「あの……わたくしからは、花の、しおりを」
そんな喧騒の中、かき消えてしまいそうな声を一生懸命はりあげて、ミモザとポピーを押し花にしたしおりをくださったのはヴィオラ様。可愛らしい、癒やしですわ。
「ティア様、わたくしからはスノードームをお贈りさせてください。耳を澄ませると、水音が聞こえますの、きっと心が落ち着きますわ」
真打ちはリチェお姉さま!
手のひらより小さな透明の球体に、夜空を閉じ込めたような紺青の色水が揺れて、星のようにキラキラと落ちては浮かぶ水泡が瞬いております。
「まぁ、とても美しいですわ、お父さまの瞳のよう」
「アンジェロ様とご相談しながら、一から作ってみましたの」
「お姉さまの手作りですの?大切にいたしますわ!
けれど、今日はみなさま、どうしてこのような……」
だって、スカーレット様までわざわざ殿下を追いやってわたくしを囲む理由が本気でわかりませんのよ。
「ティア様、どうか元気をお出しくださいね」
ベアトリーチェお姉さまが、スノードームを持つわたくしの手に手を触れて、気遣わしげに包みこんでくれます。
「ワタクシ、本当に、いつかはあの方とルクレツィア様が結ばれると信じておりましたのに……」
いつもお茶会でわたくしのお話しを聞いてくださるご令嬢の皆さまが、先ほどまでは無理に明るく振る舞ってくださっていたようで、今はとてもお辛そうに顔を曇らせて、泣き出しそうなほどでした。
(ああ、そうでしたのね。これは、わたくしのための失恋パーティーなのだわ)
いつもお茶会でレオナルド様のお話しをしていたから、レオナルド様がご結婚された話をお聞きになって、皆さまわたくしのことを心配してくださっているようです。
(お友だちが、たくさんいるというのは、こういうことなのですわね)
皆さまのお心に、温かいけれど切ない気持ちになって、わたくしもまた込み上げてくるものがあります。
「スカーレット様が、今日のお茶会はルクレツィア様を励ます会にしましょうと、皆さまに声をかけてくださったのですわ」
ベアトリーチェお姉さまに話を振られ、皆さまがしんみりしている中少しだけ斜に構えていらしたスカーレット様は、まさかバラされるとは思っていなかったのか慌てたようにお顔をぷい、と逸らしました。
「スカーレット様が……」
意外と思っているのが声に出てしまったのか、チラリと横目でわたくしの顔を見たスカーレット様は、
「べつに……想う方に振り向いてもらえないお気持ちは、この中ではわたくしがいちばんよく知っていると思っただけですわ」
言いにくそうに、小さな声で吐き出しました。
ぶわり。
その途端、わたくしの目にはまた涙が溢れてきてしまいました。
(いやだわ、涙腺が弱く……)
「なっ、ちょっと!泣かせたくてこの会を開いたわけではありませんのよっ」
慌てたようになだめてくださるのが、とても嬉しくて。
「……スカーレットさまっ」
思わずいつかのようにその手をとって、抱きしめてしまいました。
ハラハラと涙を流しながら手を握り締めるわたくしに、スカーレット様は振り払おうという真似もなさらずに、仕方ありませんわね、と胸を貸してくださるおつもりのようです。
*
「何故私がこんな真似を」
茂みに隠れながらご令嬢たちの様子を伺っていると、シルヴィオが小さくぼやいた。
「だって気になるでしょ、ご令嬢たちがオレたち抜きで何するのか」
フェリックスは覗きに熟れていて、殿下、そんなに身を乗り出したら見つかりますよ、とわたしの身体を引き戻してくれた。
アンジェロは知っているのにあえて何も言わないのか、一緒に覗いたりはしないが、咎めもせず、後ろのテーブルで優雅にお茶を飲んでいる。
ラガロも覗きには加わらず、さりとてアンジェロとは微妙な距離感を保って、無防備なわたしたちの背後を守るように立っていた。
冬の間、自領に戻っていたラガロが王都に帰ってくると、今まであった陰鬱さが消えていた。
いつもその眼前を重く閉ざしていた印象がなくなって、騎士らしいさっぱりとした髪型に、準騎士の制服から正騎士に変わったせいか、よりたくましく精悍さが増したようだ。
この春、レオナルドがラガロの母親と結婚したというのは聞いたから、何か心境の変化があったのかもしれないが、それにしてもリオーネ領でアンジェロとも何かあったのか、怯えるまではいかないが、その動向を気にしているのがわかる。
(それも気になるし、ルクレツィアの様子も気になる)
レオナルドの結婚で気落ちしているのではと思っていたけれど、声をかける間もなくお茶会から締め出されてしまった。
スカーレットまで自分を締め出したのは意外だったが、ご令嬢たちに囲まれているルクレツィアは遠目に見ていても今日もキレイだ。
ヴィオラやベアトリーチェから何かを受け取って感激している眩しい笑顔と、不思議そうに周囲を見るときに見せた小首を傾げる癖も愛おしいなあと思う。
楽しそうな雰囲気に、どうして自分は参加してはダメだったのだろうかと考えていると、
(!)
不意に、ルクレツィアの目から涙が落ちるのが見えた。
見てはいけないものを見てしまったようで、思わずシルヴィオとフェリックスの顔を見上げる。
二人とも驚いているのか、目を見開いて固まっていて、わたしと似たり寄ったりだ。
どうしたらいいのか、ここから出て行って抱き寄せて慰めたりしてもいいものか、フツリと沸いた衝動は、それでも実行に移していいかわからない。
戸惑っている間に、ルクレツィアは泣きながらスカーレットに縋るようにその手を握った。
スカーレットも、いつもの彼女ならきっと跳ね除けそうなものなのに、労わるように彼女に手を預けたままだ。
(どうして、)
どうして、泣いているのか。
どうして、その手を取るのがわたしではないのか。
どうして。
(こんなところで、隠れて見ているんだろう)
ここは自分の王城で、自分のためのお茶会なのに。
何ひとつ、ままなることがない。
なんでも好きに思いどおりにしたいわけではないけれど、全部自分の立場のために用意された場所だからこそ、自分の意思だけでは好き勝手に動けない。
パキリ、と、隠れていた茂みの小枝が折れる音がした。
気づかないうちに握りしめていたのが、手の中で折れていた。
(あぁ、悔しいなあ)
ずっと、この距離から動けていない気がした。
ずっと、ルクレツィアに近づけない。
レオナルドのことがあったというのは言い訳で、こちらの心に近づいてこないルクレツィアに気づいていて、それを認めるのが怖いから踏み込むことをしてこなかった。
その、ルクレツィアが泣いているのに。
(わたしは隠れて見ているだけだ)
情けなさに、堪らなくなる。
ここから突き進んで、あの手をとれたら───
「殿下、何してるんです?」
ヒョコリと、目の前の景色と思考を遮ったのは、薄緑のクルクル猫っ毛だった。
その頭の上の大きなハットで、完全に視界は遮断されている。
「ジョバンニ」
「皆さんおそろいで楽しくイモムシの観察でも?」
茂みに三人身を寄せて、凝視していたはずもないのに、ジョバンニが示した先には確かにイモムシが乗る葉っぱが。
「うぅわっ」
それを見たフェリックスが面白いほどの反応速度で仰け反り、シルヴィオはそっと目を背けてメガネのブリッジを押し上げていた。
「ふむ、アレクサンドラトリバネアゲハの幼虫ですね。大きくなりますよ」
どうぞ、と葉っぱごと渡されて、思わず受け取ってしまったけれど、これの成長をわたしは見守らないといけないのだろうか。
「おや?あそこに姉君が。これはごあいさつしてこなければ!」
イモムシの扱いに困っている隙に、ジョバンニはルクレツィアがいることに気が付いたらしい。
アンジェロが静止する間もなく、駆け出して行ってしまった。
(彼は、いつだって自由だなぁ)
同じ年に生まれた彼は、立場を超えていつでも好きに振る舞っている。
第一王子の自分を差し置いて、いつだって気ままだ。
その背を羨望の思いで見ながら、わたしもここから踏み出さなければと、イモムシは自然に返し、ジョバンニの背を追いかけることにした。
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