見ず知らずの(たぶん)乙女ゲーに(おそらく)悪役令嬢として転生したので(とりあえず)破滅回避をめざします!

すな子

文字の大きさ
上 下
19 / 125

18

しおりを挟む
「アンジェロ、ティア、ファウスト、こちらへ来なさい」

 悪役令嬢力の強いご令嬢に気を取られておりましたら、大人の皆さまで会話を楽しんでいらしたはずのお父さまに声をかけられました。

 赤いドレスのご令嬢含め、伯爵家の皆さまがこちらに向かっていらっしゃいます。
 
 リオーネ伯爵レオナルド様のお姿もありますから、十二貴族伯爵六家の方々にご挨拶をするのですわね。
 ということは、あのご令嬢も十二貴族の伯爵令嬢ということでしょうから、誰かしらの婚約者、ということも考えられますわね。
 それでしたらまず間違いなく新たなる悪役令嬢ということですから、ぜひ仲良くしていただきたいのですけれど、はじめからなぜかとても睨まれておりますのよ……。
 シルヴィオ様とは違って、完全に敵意を感じる視線です。
 少女マンガであれば、という効果音がついていそうな目力。
 かのご令嬢も可憐な風貌でいらっしゃいますから、キャンキャンと吠える小型犬を連想させて、わたくしにはどうにも憎めそうもないのですけれど。

 十二貴族の伯爵六家のうち、わたくしが面識のありますのが、リオーネ伯爵とジェメッリ伯爵です。
 今回いらっしゃっているのは三家のみのようで、リオーネ伯爵の他は皆さま存じあげませんから、あとの二家はどちらの伯爵様ですかしら。
 
(それにしても、なぜレオナルド様が?)

 今回はわたくしと同年代の子どもたちを招いた会ですから、ご結婚されていないリオーネ伯爵がいらっしゃるのは不思議に思えます。

 レオナルド・リオーネ様は、名実ともに、お父さまの大親友です。
 お父さまとお母さまの縁を取りもった恩人ですから、わたくしたち家族とはとても気やすい関係でございますの。
 普段、我が家に遊びにいらっしゃる際はもっと砕けたご様子で、わたくしたちのことをとても可愛がってくださるのですが、本日は蒼い髪をきっちりと整え、礼装用の白い軍服をまとっていらっしゃり、そのお姿はとても精悍です。
 風になびく濡羽色のマントは、裏地が金色で、騎士団を取りまとめるリオーネ家のみが着用することを許されております。
 ステラフィッサ国の第一騎士団の団長を務める方ですが、すらりと高い背に鍛え抜かれた体幹を感じさせる立ち姿は、筋骨隆々な騎士職の他の皆さまとは少々様子が違いますわね。
 貴族然としながらも、前線に出れば誰よりもお強いと言うのですから、筋肉だけでは強さは測れませんのね。

 そのレオナルド様のおそばに、黒髪の少年が従っておりました。
 体つきは大きいですが、年の頃はわたくしたちと同じでしょうか、いかにも武芸に秀でているような男らしい顔つきで、第一騎士団の準団員の制服を着込み、レオナルド様と同じく黒に金のマントを着用しております。

(ご子息がいらっしゃる話は聞いたことがありませんけれど……まさか隠し子?!)

 ご結婚もされていないうちに、庶子をもうけていらっしゃったのでしょうか。
 亡くされた婚約者を思われてずっと独り身を貫いていらっしゃると勝手ながら美談の幻想を抱いていたのですけれど、それは少し微妙な気もいたします……。

「ラファエル、三人にも紹介していいかな。
 この度縁戚から養子に迎えたラガロだ。
 仲良くしてやってくれるかい?」

 朗らかに笑い歩み寄っていらしたレオナルド様に対して、わたくしは心の中で即座に謝罪いたしました。
 微妙などと思って申し訳ございません。
 心のお友だちのチベスナも、今はいっしょに頭を下げております!

「歳はアンジェロのひとつ下かな」
「この度リオーネ姓を賜りました、ラガロと申します」

 ラガロ様はにこりともせず、重たげな前髪からは猛禽類のような金の瞳が見えました。

(これで騎士団長の息子枠の攻略キャラが埋まりましたわね!)

 絶対にいるとは思っておりましたの。
 でもレオナルド様にはお子様がいらっしゃらないから、レオナルド様ご本人が隠し攻略対象になるのかと(仮)を付けて勘繰っておりましたけれど、まさかの養子をお迎えになるなんて。

(生真面目、無愛想キャラというところですかしら?不器用な愛をシナリオ後半で怒涛の勢いで披露する情熱タイプですわねっ)

 そう思うと、不躾なほどの態度も微笑ましく思えます。

 お兄さまがご挨拶を返した後に、わたくしも略式のカーテシー再びです。
 想定外の攻略対象に出会ってしまいましたけれど、そろそろ驚くのも身構えるのも疲れてしまいましたので、ごく自然に笑顔でご挨拶をいたしました。

「ルクレツィアと申します」

 我ながら計算のない笑顔は破壊力抜群になってしまったように思うのですが、ラガロ様の反応は薄いもの。
 表情も変えぬまま、騎士の立礼のみで応えてきました。

(まあ、なんて武骨なのでしょう!)

 思わずわたくし、嬉しくなってしまいますわ。
 いかにもキャラクター設定通りの振る舞いなのですもの。

(これで、攻略対象はだいたい出そろった感じですわね)

 王子、公爵子息、その義弟、メガネの宰相子息、軟派な泣きぼくろ、体育会系騎士、それから闇属性、全部で七人、妥当なところでしょうか。

 まだ確定というわけではございませんが、ほとんど正統派な乙女ゲームと思ってよろしいですわね。
 各キャラクターのシナリオ如何では、もしかしてダーク系に陥ることも考えられますが、あのワンコ王子のルートなら、おそらく光属性のまま進むのではないでしょうか。

 お兄さまにはベアトリーチェ様がいらっしゃるので、ヒロインの巫女様には早々に諦めていただくしかありませんけれど、あとはどのような相関図か、改めて確認しないといけませんわね。

 クラリーチェ様がフェリックス様の婚約者として……と思っていたのですけれど、あらあら?

(いつの間にかフェリックス様の腕にもうお一方くっついていらっしゃるわ)

 それもクラリーチェ様とは正反対のタイプの、小さくて可愛らしい美少女が。
 ストレートの水色の髪を編み込んでハーフアップにした美少女は、プリンセスラインのドレスの似合う華奢なお姫様タイプですけれど、フェリックス様を見つめる瞳は潤み、桃色の唇がなんとも小悪魔的です。

(もう相関図が崩れてしまいましたわ……)

 強めの美少女と小悪魔な美少女を侍らせているフェリックス様は、さすがに泣きぼくろ……いえ軟派枠キャラということでしょうか。
 けれどお二人と同時に婚約が可能かというと、さすがにそんなお話は聞いたことがありませんから、ええと、これはどういうことなのでしょう。

 それからもうお一人、わたくしを強い気持ちで見つめていらした真っ赤なドレスのご令嬢は、消去法でシルヴィオ様かラガロ様の婚約者になるはずですが、ラガロ様は養子となって今回が初お披露目のようですし、シルヴィオ様でしょうか。
 それにしてもお二人の立ち位置は微妙に離れており、視線も交わさず、親密とはほど遠いように思うのですけれど。

 お父さまのご紹介により、赤いドレスのご令嬢はスカーレット様、アリエーテ家のご令嬢で、小悪魔なご令嬢はマリレーナ様、ペイシ家のご令嬢ということがわかりました。

 アリエーテ家もペイシ家も文官系のお家柄ですが、ご領地の産業が大きくステラフィッサ国に貢献しております。

 アリエーテ領は農作物の豊富なステラフィッサの台所で、ペイシ領は北東の海に大きな港を持ち、ステラフィッサ国と海向こうの東の国々との窓口となります。
 お母さまのお好きなお茶は、この窓口を通してしか手に入らないものです。

 改めてのご挨拶の場で、婚約関係を正式に紹介されたのはお兄さまとベアトリーチェ様だけでございました。

(まだご婚約されていないだけなのでしょうか、それとも)

 ……わたくしのせい??

 先ほどのシルヴィオ様とフェリックス様のご様子、わたくしと殿下の婚約が流れたことに含むことがおありということでしたけれど、王子殿下の婚約が決まらないと、そのほかも必然的に止まってしまうものなのでしょうか。
 もちろん、わたくしもその影響について考えないわけではなかったのですけれど、まさかほかの悪役令嬢までも婚約できないほどとは思い至りませんでしたわ。
 そう考えると、スカーレット様がわたくしを睨むのも頷けるような気がいたしますが、とりわけシルヴィオ様に想いがあるようにも見えませんでした。

(もう少し親交を深めないと、今ひとつ関係性が見えてきませんわね)

 己れの婚約回避だけを目標としておりましたが、結局シナリオがまったくわからないままな以上、それだけで済ませられるはずもありません。

 何が起こりえるのか、予想をして対策を立てるのには登場人物の皆さまのお心のうちを把握させていただかなければなりませんわね。

 わたくし、お友だちを作るのに否やはございませんから鋭意努力をいたしますが、スカーレット様、お心を開いてくださいますかしら。
 もしそうはならなくても、スカーレット様には必ずわたくしの目の届く範囲にいていただきたいものです。

(だってあまりに悪役令嬢力がおありなのですもの)

 公爵令嬢たるわたくしに、あれほどわかりやすく敵意を剥き出す気概のある方なので、残念な悪役令嬢としてはこの場の誰よりも満点の素質です。
 もしヒロインの巫女様がいらっしゃったときに、それこそ嫌がらせのようなことをされでもしたら困ってしまいます。
 わたくしの知らないところでそんなことをされ、それがわたくしのせいにされても困りますし、そもそも隕石から世界を救ってくださる巫女様なので、丁重におもてなししたいではありませんか。

 要注意人物として、今から首輪をつけておきたいところですわね。


(……はぁ、さすがに疲れてきましたわ)

 さすがに登場人物が増えに増え、これ以上はもうお腹がいっぱいとひと休みしたい心境に、いち早く気がついてくれたのはやはりファウストでした。

「ねえさま、あちらの噴水を見にいきませんか」

 人から離れて一息をつきたいわたくしには、願ってもないお誘いです。
 考えるだけ考えすぎたので、水の流れでもぼーっと眺めて癒やされるのもいいかもしれませんわね。

「そういたしましょう」

 ファウストに手を引かれて歩き出した、その時でございました。

「ファウストくーーーーん!!」

 どこからともなくファウストを呼ぶ大きな声が庭園中に響いたのです。

(また新手……?!)

 声の持ち主は、庭園の入り口から一目散にこちらへ駆け寄って来ました。
しおりを挟む
感想 121

あなたにおすすめの小説

私はモブのはず

シュミー
恋愛
 私はよくある乙女ゲーのモブに転生をした。   けど  モブなのに公爵家。そしてチート。さらには家族は美丈夫で、自慢じゃないけど、私もその内に入る。  モブじゃなかったっけ?しかも私のいる公爵家はちょっと特殊ときている。もう一度言おう。  私はモブじゃなかったっけ?  R-15は保険です。  ちょっと逆ハー気味かもしれない?の、かな?見る人によっては変わると思う。 注意:作者も注意しておりますが、誤字脱字が限りなく多い作品となっております。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

転生した世界のイケメンが怖い

祐月
恋愛
わたしの通う学院では、近頃毎日のように喜劇が繰り広げられている。 第二皇子殿下を含む学院で人気の美形子息達がこぞって一人の子爵令嬢に愛を囁き、殿下の婚約者の公爵令嬢が諌めては返り討ちにあうという、わたしにはどこかで見覚えのある光景だ。 わたし以外の皆が口を揃えて言う。彼らはものすごい美形だと。 でもわたしは彼らが怖い。 わたしの目には彼らは同じ人間には見えない。 彼らはどこからどう見ても、女児向けアニメキャラクターショーの着ぐるみだった。 2024/10/06 IF追加 小説を読もう!にも掲載しています。

このやってられない世界で

みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。 悪役令嬢・キーラになったらしいけど、 そのフラグは初っ端に折れてしまった。 主人公のヒロインをそっちのけの、 よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、 王子様に捕まってしまったキーラは 楽しく生き残ることができるのか。

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】転生したら脳筋一家の令嬢でしたが、インテリ公爵令息と結ばれたので万事OKです。

櫻野くるみ
恋愛
ある日前世の記憶が戻ったら、この世界が乙女ゲームの舞台だと思い至った侯爵令嬢のルイーザ。 兄のテオドールが攻略対象になっていたことを思い出すと共に、大変なことに気付いてしまった。 ゲーム内でテオドールは「脳筋枠」キャラであり、家族もまとめて「脳筋一家」だったのである。 私も脳筋ってこと!? それはイヤ!! 前世でリケジョだったルイーザが、脳筋令嬢からの脱却を目指し奮闘したら、推しの攻略対象のインテリ公爵令息と恋に落ちたお話です。 ゆるく軽いラブコメ目指しています。 最終話が長くなってしまいましたが、完結しました。 小説家になろう様でも投稿を始めました。少し修正したところがあります。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///) ※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。 《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》

処理中です...