見ず知らずの(たぶん)乙女ゲーに(おそらく)悪役令嬢として転生したので(とりあえず)破滅回避をめざします!

すな子

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「妹にそういう態度は関心しないよ」

 シルヴィオ様の挙動に対して、とてもとても圧の強いお兄さまの一声が響きました。

(あぁ、そんなに低いお声、ベアトリーチェ様が驚いてしまいますわ)

 きっと聞いたこともないような声音でしょうから、怖がらせてしまっていないでしょうか。
 そちらのほうが心配になってお姉さまを窺うと、お兄さまに引いてしまうようなご様子ではありませんが、ハラハラとしてお兄さまとシルヴィオ様を見比べております。

 そう、このような場で争い事はよろしくありませんものね。

 お兄さまはわたくしのために怒ってくださっておりますが、わたくしとしましては、いくら攻略対象とはいえ9歳の少年に睨まれたところでなんということもないのが正直なところ。
 いったいどんな心境なのかは気になりますが、お兄さまにかばっていただくほどではございませんの。

「お兄さま、きっとわたくしが気づかぬうちに失礼な振る舞いをしてしまったのですわ。
 シルヴィオ様、申し訳ありません。わたくし、はじめての登城ですから、至らないことがございましたのでしょう?」
「そういうわけではない!」

(び……っくりしましたわ。
 そんなに大きな声で否定なさらなくても)

 かなり食い気味にわたくしの気遣いは気遣った本人に斬り伏せられ、その声の大きさに驚いて肩が跳ねてしまいました。

「……いや、失礼。
 そういう、つもりではなかった」

 険しいお顔は少し和らぎましたが、声を荒げたことに落ち込んだのか、今度は目が合わなくなりました。

(情緒不安定ですの?)

 いけません。
 正統派乙女ゲームと思っておりましたが、こんなに感情の起伏が不可解で不安定なキャラクターがいるのは想定外ですわ。
 宰相子息はただのメガネ枠ではなくて、もしかして隠れヤンデレタイプという可能性もありますかしら。

「どうしたの、シルヴィオ。君らしくないね?」

 どうやら、フェリックス様が仰るにはこのシルヴィオ様は通常運転ではない、と。
 なおさらわかりません。
 答えを求めるようにお兄さまを見上げますと、わたくしを安心させるように肩を抱いてくださいました。

「フェリックスも人のことは言えないんだけれどね。
 おおかた、殿下の婚約について含むことがあるんだろう?」
「あー、わかっちゃった?
 だって、決まるものと思ってたし」
「わたしも殿下も、一言もそんなことは言わなかったよ」
「ええー、否定もしていなかったと思うけど」

(要は、既定路線だったわたくしと殿下の婚約が流れたことで、何かお二人には物申したいことがあるということかしら)

 どうして、と言うほどわたくし野暮ではございません。
 もちろんわからない振りはいたしますが、殿事態ですもの、影響が大きいのはまず間違いありませんわね。

 それにしたってシルヴィオ様の態度は奇妙ですし、フェリックス様もすでにクラリーチェ様とご婚約されているのでしたらあまり関係はないと思うのですけれど。

「私は、一目惚れというものは信じないんだが」

 唐突に、澱を吐き出すようにシルヴィオ様が話し出しました。
 本当に情緒が心配になりますけれど、先ほどからの苦々しげなお顔の理由がわかるのでしたら拝聴いたしましょう。

「王子殿下は貴女を婚約者に望まれたのではなかっただろうか」

 あら、わたくしが気づいていない(ていの)エンディミオン殿下の恋心を、第三者のシルヴィオ様が暴露してしまうような配慮デリカシーのない方には見えませんでしたけれど、それを言ってしまいますの?

「まさか、そんな恐れ多いことは仰いませんでしたわ。わたくしは殿下のご友人に望まれたのです」

 言葉を言葉の意味以上に受け取らないわたくしの天然スタンスをここで変えるつもりはありませんから、シルヴィオ様の発言に驚いた顔をして、まったく気がついていないフリを通すのですけれど。

「あの流れは……いや、貴女に説明をしても仕方ないか」

 わたくしがあまりに無垢で「わからない」顔をして見せたものですから、シルヴィオ様は貴族的な物事の経緯を説くのを諦めてしまわれました。
 それがよろしいかと思いますわ。
 とくに、ここにはおりませんが王子殿下にも矜持がおありでしょうから。

「殿下は……、いや、貴女は、殿下のことをどう思われたんだ?」

 なるほど、殿下目線のことをいくら他人が言っても仕方ないと気がついて、質問のアプローチを変えてきましたわね。
 やはりシルヴィオ様、理知的なキャラクターだと思うのですけれど。

「とても素晴らしい方だと思いましたわ」

 言っている内容はかなり凡庸で当たり障りのないものですけれど、にこやかに微笑んで言うことで、これ以上ないほどの賛辞に聞こえるようにお答えしました。

(これはいったい何の攻防ですの?
 シルヴィオ様はただならぬ緊張感を持っておりますけれど、わたくしに何を言わせたいのかしら?)

「公爵閣下と比べて?」
「お父さまでございますか?
 お父さまもとても素敵で素晴らしい方ですわっ」

 その件についてはかなり熱を込めて語りましょう。
 殿下の話題よりも目に見えてわたくしが華やいだせいか、またしてもシルヴィオ様のお顔は曇り顔。
 睨まれないだけマシにはなりましたが、いったいお父さまが素敵で何が不服と言うのです。

「公爵閣下は確かに素晴らしい方だが、貴女が殿下に対して、自分の父親を婚約したい相手の引き合いとして挙げたのはどうかと思う」

(シルヴィオ様はあんな顔をして、そんなことが仰りたかったのかしら?
 殿下がわたくしとのやり取りで目に見えて落ち込んでしまったのは可哀想ではございましたけれど、例え殿下のためとは言え、とってもという気がいたします)

 余計なお世話です、と面と向かって言い返さなかった自分を褒めてあげたいですわ。

 そんな強い言葉をルクレツィアは使いませんもの。
 ここはルクレツィアらしい流儀で、シルヴィオ様がご自分の仰ったことを後悔するようにして差し上げましょう。

「シルヴィオ様は、お父さまは理想的な結婚相手とは思いませんの?」

 シルヴィオ様はどうしてそんなことを言うのかしらと、それはそれは、心底、ただただ不思議そうな顔で申し上げてやりました。
 これっぽっちも自分がおかしなことを言っているとは思っていない、これ以上はない素直なでシルヴィオ様を見返すと、シルヴィオ様は「ン゛」と世にも奇妙なうめき声をあげました。

「そういうっ、ことの引き合いに、実父を出すのが可笑しいと私は言って……」
「でも、お父さまがいちばん素敵でございましょう?」

 うふふ、シルヴィオ様が何だか挙動不審に戻ってきましたので、畳みかけて差し上げますわ。

「ねえ、お姉さま」とベアトリーチェ様に同意を求めますと、お姉さまも「それはもちろんそうですわね」と素直に肯定してくださいました。

「それにはワタクシも同意いたします」

 クラリーチェ様まで挙手してくださいました。
 でも、本当にそうなのです。
 誰がどう見てもわたくしのお父さまがこの世でいちばん素敵なのです。
 そうして、ルクレツィア・ガラッシアに相応しい相手として客観的に想定されるのも、お父さまほどの人なのです。
 それが実父ですと、多少外聞の悪いことかもしれませんけれど、何せお父さまなのですもの。
 誰もこの「理想の相手」に文句のつけようもないはずなのですけれど、シルヴィオ様ったら、本当におかしなことを仰いますわ。

 女性陣が全員、あまりに屈託なくお父さまを推すものですから、シルヴィオ様はそれ以上何も言えなくなりました。うふふ、完敗ですわね。

「わかったかい、二人とも。
 ルクレツィアが言うのだから、父上もわたしも、ルクレツィアの望む相手と結婚してもらいたいと思っている」

 それが王子殿下ではなかったのは、申し訳ないとは思うけれど……。

 お兄さまも、内心では思うところはあるのですわね。
 もう三年も殿下のおそばに仕えているのですもの、それはきっとそうですわ。

 お二人のように、わたくしが王子殿下の婚約者になると思っていらした方は多勢いらっしゃるのでしょう。
 わたくしがシナリオをねじ曲げているのですから、その反動の大きさは火を見るより明らか。
 お父さまがどうにかしてくださるとは思うのですが、なんだかとても不安になってきましたわ。

「お兄さま、わたくし何か、おかしなことを申し上げましたかしら?」

 とてもとても不安だと顔に書いてお兄さまを見上げましたら、お兄さまはお父さまとよく似た優しい笑顔を浮かべて、大丈夫だよ、と頭を撫でてくださいました、
 ファウストも、励ますように手を握ってくれます。

「やはり王城に一人で参りますのはとても心細いですわ」
「そうだったね、ベアトリーチェにお願いをするんだったね」
「クラリーチェ様にもお願いしたいですわ」
「サジッタリオ侯爵にもお話してもらえるように、父上にお伝えするよ」

 お兄さまはわたくしの気持ちが晴れるようにと、とにかく甘やかしてくださいます。
 その反面、わたくしが不安になるようなことを仰ったシルヴィオ様には目が冷たくなっておりますけれど。

 お兄さまの視線を受けて、シルヴィオ様はどうにも決まりが悪い様子。
 でも何か、まだ心に苦いものが残っているようです。
 フェリックス様も、シルヴィオ様と似たようなご様子ですが、上手に隠していらっしゃいますわね。
 わたくしが三十路視点を持っているから気がついたことですけれど、これ以上、面倒なことは避けたいですわ。

 お二人は破滅フラグの攻略対象かもしれませんのに、遺恨を残すのは得策ではございません。
 かと言って、あまり距離を詰めるのも望みませんし……。

 妙案はないものかしらと内心頭を捻っておりましたら、どうにも、それを妨げるような何か強い思念を感じます。

(?)

 その強い思念のもとをたどるように視線を巡らせると、あら、新たなお客さまが。

 庭園の入り口近くにいらっしゃるのは、どうやら伯爵家の皆さまのようですけれど、その中のおひとり、どちらのご令嬢かしら、真っ赤なドレスを着た、ミルクティーのようなブロンドを巻き髪にした少女が、憎々しげな強い瞳でわたくしを見つめております。

(わたくしより悪役令嬢ではありません?)

 新たなる登場人物に、わたくし目が回る思いです。
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