見ず知らずの(たぶん)乙女ゲーに(おそらく)悪役令嬢として転生したので(とりあえず)破滅回避をめざします!

すな子

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 本来、王家から貴族の結婚は、家同士の契約です。
 当主やその意向を含んだ者が腹の探り合いを経て内々定を進め、段取りがついたら改めて正式な話し合いの場を設け、決まりごとを文書にまとめ公的に国に届出て、審査を受けて認められることで、はじめて婚約が成立します。
 これは、位の上のものから一方的に理不尽な婚姻関係を結べないようにという、下位貴族保護のための制度でもあります。
 とりわけ王族が強権を発動して、気に入った貴族家のご令嬢を自分勝手に召し上げることができないようにするためのものだと、お父さまから伺いました。

 ですので、内々定を進めようにも、ガラッシア家当主であるお父さまがのらりくらりと打診をかわし続ければ、わたくしの婚約は誰とも進められないのです。
 いくら王家といえど強引にわたくしを王子殿下の婚約者に据えることはできず、どうにか外堀から埋めようという動きがあったらしいのを、今日までお父さまが跳ね除けていたようですが、いよいよ王妃陛下が、爆弾を落としてくださいました。

 要は、公の場で、「子供同士の口約束」という形の既成事実を作ってしまおうという魂胆のようです。

 ここで王子殿下がわたくしに婚約を申し込み、わたくしが頷いてしまえば、婚約は成ってしまうでしょう。
 まして公衆の面前で、王家に恥をかかせるようなことをガラッシア家がするのか、というところまで見越していらっしゃるような気がいたします。

(こんなことになるのではとは思っておりましたけど、本当に王族って怖しいですわね……)

 シナリオの強制力なのか、それとも王妃陛下の手腕を称えるべきでしょうか。

 わたくしの心のチベットスナギツネは、ルクレツィア本体の動揺を宥め、冷静に状況を判断します。
 元のシナリオがわからない以上、どんな破滅が待ち受けているのかもわからないのですもの、せめて婚約回避だけは成さなければなりません。
 こういう展開も想定しておりましたから、もちろん対応は考えております。

 王妃様に話を向けられ、わたくしはそれはもうニッコリと、お母さま由来の笑顔を浮かべました。

「まぁっ、王子殿下からお声がけいただくなど、きっとその素敵なご令嬢にとっては幸運なことですわね」
「そう思うだろうか」

 わたくしの華やいだ応えに王子殿下は期待を大きくしたようで、勢い付いてこちらへ一歩前進されました。
 
(あぁ、申し訳ありません王子殿下。
 その先を言わせるつもりはありませんの)

 ここは秘技「」を発動いたします!!

「王子殿下、素敵なご令嬢を見つけられた時には、ぜひわたくしにもお教えくださいね。お友だちとして、微力ながらも何かお力添えさせていただきたいですわ」

 空気を読まず、言葉の裏があるとも知らない顔をして、自分のこととはカケラも思わない善意100パーセントの気持ちで「貴方の恋を応援します」という無邪気で残酷な宣告をいたしました。
 貴方の恋を応援する、ということは、貴方のことをこれっぽっちも異性として意識していないですよ、ということと同じことになります。
 そしてわたくしは、これをお友だちの恋のお手伝いができることを純粋に喜び楽しみにするていを貫くことで、より一層、言葉の意味を強めたのです。

(あらら……王子殿下がわかりやすく固まってしまいましたわ)

 勇気を持って何かを言いかけていたのでしょうけれど、先手を打ったわたくしの勝ちですわ。

(まぁ、お顔を見ただけで落ちた恋など、ヒロインが現れた時にあっさりと反故にされそうですもの、そんな不誠実な告白自体、受けたいとは思いませんわね)

 まだ幼いうちにこんな振られ方もないでしょうけれど、淡い初恋は淡いまま、消えてしまうのがお互いのためと存じます。

「……ルクレツィア嬢、貴女は、貴女もまだ婚約者はいないのだろう?
 どんな相手が理想だろうか?」

(あらあら、本当にめげない方……必死な様子は可愛らしいですけれど)

 そう、可愛らしいとは思うのです。
 けれどその可愛らしいは、あくまで、幼い子どもを見ている感想でしかないのです。

 精神年齢が三十路+αなもので、さすがに8歳に恋人としての魅力は感じられません。
 前世に少年趣味はなかったようです。

「わたくしの理想、でございますか?」

 先ほどの一言で一気に消沈した王子殿下の最後のあがきと申しますか、未来に繋がる蜘蛛の糸を掴もうという必死さを感じる問いかけに、わたくしはお父さまを見上げました。

(申し上げてよろしいのかしら?)

 この問いに持つ答えは、ひとつしかありません。
 これを公に言うことに躊躇いがないわけではございませんけれど……。

 お父さまは、眩いばかりの笑顔で強くわたくしに頷いてくださいました。
 なんとなく、隣でお兄さまがため息をついたような気がいたします。
 ニコニコと笑顔を絶やさないお母さまと、人形のように表情が変わらないファウストが何を考えているのかはわかりませんが、お父さまが「良い」と仰るなら、きっと大丈夫なのでしょう。

「わたくしは、お父さまのような方が理想ですの」

 恥ずかしそうに頬を染めて、わたくしはここ一番にはにかんでみせました。

 月のようなお父さまに、太陽のような王子殿下。
 正反対のタイプですわね。
 まして世界一美しいお父さまですから、王子殿下は、わたくしのためにそこまでに至る覚悟はございますかしら?

「またガラッシア公爵なの……」

 王妃様は、何かこのやり取りに既視感を覚えたらしく、一度お母さまを見て、それから深くため息をつきました。
 
 王子殿下は、わたくしの表情に一瞬気を取られたものの、言葉の内容が咀嚼できた瞬間にお父さまを見上げました。
 それにお父さまは勝ち誇ったように(わたくしにはそう見えました)悠然と微笑み返し、王子殿下に足りない何もかもを示して見せるようでした。

 おとなげない、とは申しません。
 だってこんなに美しくて全てを持っているというのに、娘の愛情すらも必死で勝ち得ようとする可愛らしいヒトなのですもの、8歳の殿下が敵うはずもありません。

「公爵の、どのようなところが……」

 そこまで食い下がっていただけるのですか?
 王子殿下、少しだけ見直しました。
 けれど。

「どのような、と申されましても……困りましたわ……。考えたことがございませんでした。
 ずうっと、お父さまとお母さまのようになることに憧れておりますから、結婚するのならお父さまのような方、と決めておりますの」
 
 王子殿下が蜘蛛の糸さえ掴めないよう、わたくしの答えはひどく曖昧なままですが、そのくせ意思は固く、はっきりとしておりますから、「そうか……」と王子殿下はすっかり肩を落としてしまいました。

「そろそろ、お時間でございます」

 そう年老いた侍従が王妃陛下に伝えたのは、わかりやすく落ち込んでしまった王子殿下への助け舟だったのでしょうか。
 これ以上不憫な姿を見るのが忍びない、という思いもあったかもしれませんわね。

 もちろん、謁見待ちの行列はわたくしたちがはじめですから、これ以上の長居もご迷惑になります。
 この後、大人と子どもに分かれた社交の時間が設けられているため、わたくしたちは「白鳥デネブの庭」の第二庭園に場所を移します。

「それでは、御前を失礼いたします」

 侍従に促され、またお作法どおりに戻ったわたくしたちは、お父さまのご挨拶を合図にその場を辞しました。



(ふう……とりあえずの危機は去りましたかしら?)

 第二庭園の東屋に腰を落ち着け、わたくしは緊張を解きました。
 王子殿下のめげなさは少々驚きましたが、あそこまで言えば諦めてくださいますでしょう。
 それを天然を装ってやり通した自分を誉めてあげたいくらい。
 王家との関係に角が立つのは望みませんし、お父さまが婚約を頑なに避けるのは、ちょっと浮世離れしている娘可愛さと温かく受け入れられれば重畳です。

「ねえさま、大丈夫ですか?」

 先ほどまでピクリとも動かず、お人形のようだったファウストのお顔に、こちらを慮る表情が浮かんでいます。
 ファウストもこう見えてかなり緊張していたのだと思います。
 それでもわたくしのことをずっと気遣ってくれていたのです。

「ファウストがいてくれましたから、平気です」

 隣に座るファウストのシルバーブロンドを撫ぜると、やっぱり喉を鳴らす猫のような顔になります。
 これは家族にしか見せないお顔なのだわ。
 肩で切り揃えた癖ひとつない真っ直ぐな髪は、ガラッシア家のふわふわの髪質の中では異質ですけれど、王妃陛下、王子殿下への受け応えは堂々としており、血の繋がりのないこと、元の血筋への中傷が実はそこかしこで囁かれていたのですけれど、そんなものは決して彼の品格を損なうものではございません。

「二人とも、とても素晴らしい振る舞いだったよ」

 お父さまにも褒められて、ファウストは嬉しそうです。

「あの写真というものもソフィア様にとても気に入っていただけましたから、本当にファウストちゃんはすばらしいわ」

 お父さまに同意しながら、お母さまも感極まったように目元が少しだけ潤んでおります。

「そのお話ですが、やはり一度は二人を殿下の元にお連れする必要がありますね」

 婚約話はほとんど核心にもならないうちに打ち消しましたが、そのくだりはやはり有効ですわよね。

「それはベアトリーチェお姉さまもごいっしょですよね?」
「勝手に彼女の名前を出して、気を悪くしないかな」
「わたくしもいっしょに謝りますから、やはりお願いできませんでしょうか……」

 不安げな顔をすれば、アンジェロお兄さまが断ることはありません。
 言葉を尽くして、ベアトリーチェお姉さまにお願いいたしましょう。

「それだけどね、ティア」

 お父さまは何か良いことを閃いたように、わたくしに提案しました。

「もう少し人が多ければ、ティアも安心するのではないかな?」
「?」
「ティアは友だちを欲しがっていただろう?
 だから、もっとたくさんのご令嬢に、エンディミオン殿下のとして王城に上がってもらうんだよ」
「リチェお姉さまのほかに、わたくしにもお友だちができますの?」
「そうだよ。お父さまに任せておきなさい」

 王子殿下のお友だちが、わたくしのお友だちに?
 お父さまの仰ることは雲をつかむようでよくわかりません。
 それでも任せておけと仰るのですから、良いようにしてくださるのでしょう。

(お父さまのこういうところが、理想といえばいちばんの理想ですわね)

 わたくしの幸せを願って、すべてに優先して、力の及ぶかぎり叶えてくださろうとする包容力。
 わたくしが娘だからそれは当然なのかもしれませんが、お母さまには、ただひたすらの愛でそれをなさるのです。

(そんなふうに愛してくださる方が、わたくしにも現れますかしら)

 王子殿下は、わたくしをいちばんに優先させることはできません。
 ステラフィッサ国そのものが、彼のいちばんでなくてはならないのです。

(気の毒といえばそうなのでしょうけど、王子に生まれついたものの宿命ですわね。
 あとは巫女様がいらっしゃれば、きっと救ってくださいますわ)

 柴犬のようなあどけなさでこちらを見つめたエンディミオン殿下のファイアオパールの瞳を思い出しました。
  AでもBでもCでもなく、エンディミオン殿下はきっと良い方なのだと思いました。

 薄らと申し訳ない気持ちでいると、お母さまの優しい手がわたくしの頬に触れました。

「ティアちゃんは、本当に王子殿下のお嫁さんにならなくてよかったのかしら」

 なんでも見通しているような、深く青い瞳が注がれます。
 お父さまの宙色に続くような、遠く果てしない青。

「わたくしは、お母さまみたいに愛されたいのですもの」

 意地を張る子どものような口振りになってしまいましたが、お母さまは笑って頷いてくださいました。

「それでしたら、今日これからの出会いが素敵なものになるように、おまじないをしてあげますわね」

 そう言って、わたくしの額に口づけをくださったお母さまのなんて圧倒的な女神力。
 本当に何某かの加護が宿っていそうです。
 
 これから、王妃陛下と王子殿下への謁見の済んだ他家のご令息、ご令嬢がこちらの庭園に続々とやってきますから、その中でも上手に立ち回れるよう、幾許かの勇気をいただけたような気がいたしました。





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