全てを手に入れたのに、生きることが苦しい

ヒカリサス

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5 その後の現実

試される世界 見たくないもの

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前田は一か月ごとの定期カウンセリング契約を結んでいる。
影が消えてからはじめての定期カウンセリングを迎えた。

「御神さん、私なんかこんな本を思わず買っちゃったんですが大丈夫でしょうか」
あいさつもそこそこに、前田は部屋に入った途端に御神に語りかけた。
なんとなく本屋へ行き、手に取って衝動買いした本だと言いながら前田は差し出す。
セッションが始まる前だったため、真守もいっしょに見ることができた。
ポワと統合されたのだから、自殺に関する本だろうと予測して目をやる。

「食人」についての本だった。

「面白いんです。けど、今までこんな本を選んだことなかったからなんか不思議で」
「そうね、ちょっと不安になる内容ね。
でも、今は自分自身に試されてる時期なの。
こういう、ふとした思いつきを大事に実行していけば、本当の自分が手に入るわ。
どんどん自分に合った欲求が出てくるから」

真守の頭の中に「いいの?」とお伺いを立てるポワの顔がよぎった。
御神の計画では、今後よっぽどの変化がない限り装置に入ってポワに出会うことはない。
装置の中で出会ったいろいろな造形物の中で、ポワはひときわ面白い人だった。
真守は少し寂しくなる。

「最近、うまく動けなくて失敗ばっかりしてるのに、まわりが喜ぶんです。
劣っている方がいいと言われてるようで腹が立つんです」
「まわりがね、千恵さんの役に立てるって喜んでるの。
そういったものも見えるようにしていくから安心してね」

前田は不満そうな顔をして話題を変えた。
「子供達が…二人いるんですけど、最近私の近くから離れないんです。
前は自分の部屋にこもってたのに。
カウンセリングはじめてから、前みたいにうまく動けなくなることが出てきて、リビングで休んでると近くで何かしはじめるんです。
手伝ってって言ってもヤダっていうから、腹が立って、恨みを込めて指でこうやって腕を弾いてやったんです」
前田は、人差し指と親指で輪っかを作って弾く仕草をした。
真守は想像する。
リビングで横になる母親。
そばを離れない子供。
とても微笑ましい光景だけれど、弾いた仕草を見て「痛そうだな」と思った。
「そうしたら、ものすごい剣幕で怒り始めて」
仁王立ちになって「お母さんのそういうところが違うって言ってるのよ」と怒り出したそうだ。
それを横で見ていた旦那が、「怒り方そっくり」と言って複雑な気持ちになったと語る。

「そんなひどい怒り方してるって自覚なくて。
カウンセリングを受けてから、どんどん完璧だった世界が壊れていくようで怖かったんですけど、私が思ってるより完璧じゃなかったみたいです」
前田は、力が抜けたように笑う。


その日のカウンセリングはそれまでが嘘のようにうまくいった。
真守は、カウンターキッチン越しにその姿を見守る。
「感情を見たくない自分」を受け入れた前田は、ボロボロと泣いた。

「みんないいって言うけど、こんな私見たくなかったです。
職場も、旦那も、子供も変」
「そうよ。みんな変態なの。私に続いて言ってみて」

こんなみっともない私が好きなんて、みんな変態だからこまっちゃう
こんなみっともない私が好きなんて、みんな変態だからこまっちゃう

「変態は嫌いです」
と言って前田は泣いた。
「前の自分の方がかっこよかったのに」
「今、最初と比べてどう?生きるの辛いかしら?」
「今はいろんな自分が出てきて忙しいです」
そうね、と御神は微笑む。
「これからもっと忙しくなるわよ」

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毎週月曜日朝5時に更新します。
読むカウンセリング御神玲香シリーズ
1話完結型。
どこから読んでも大丈夫なように作ってあります。
1 試運転     ~保護者会問題~
2 先生からの暴言 ~乗り越え方問題~
3 生きるは義務 我慢は正義
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