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37.取引
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口を半開きにしたまま、大きく空気を吸う。
胸の辺りが少し膨らむのを感じ、ゆっくりと息を吐く。
ただの呼吸だ。しかし、こんな当たり前のことですら、意識していなければまともにこなせない程、今の僕は憔悴し切っていた。
「カリム、日が暮れたわよ。」
「…日が?」
日が暮れたって。…ああ、やっと一日経ったのか。
…で、経ったら何かあるんだっけか。
「頭の方も少しフワフワしてるみたいね。…これじゃ置いて行くしか無さそうね。」
…置いて行く? また見捨てられるのか?
「ま、待ってくれ。」
止めようと手を伸ばし、シエルキューテの裾に指をかける。
しかし、その手を振りほどかれ、僕を置いてシエルキューテは出口へと向かっていった。
「大丈夫よ。…すぐに戻るわ。」
◇□◇□◇□◇
ここがダンジョン出入口の施設ね。強行突破でも良いけど、騒ぎを起こすとアルマが飛んで来そうで面倒よ。
顔も隠してるし、攫った人の服をかなり修正して着替えたわ。これで大人しくしていれば目立たない筈よね。
施設の中は、意外と人が集まってるのね。さっさとダンジョン内まで通り抜けてしまおうかしら。
「待ちなよ。そこのお嬢ちゃん。」
何なの、あの男。…私の事を言ってるのかしら。目立つ行動をした覚えは無いけれど…。
「何かしら。」
「はぁ、やっぱりバッジを着けて無いんだ。」
バッジ…? なんの事かしら。
「最近よ、魔物の動きが活発になってるのか知らんが人型の魔物が地上に出入りするようになったんよ。で、その一時的な対策としてこういうバッジを付けるようになったの。ダンジョンから出てきた時にバッジを付けていなければ魔物だってすぐに分かるからよ。」
一時的とはいえ適当な対策ね。その事を私みたいな魔物が知っていたら意味無いと思うのだけれど、まあいいわ。
「そのバッジはどこで配布されているのかしら。」
「そこの受付だけれど、やめといた方がいいよ。」
「そう、理由も聞いてもいい?」
「だって君、吸血鬼だろ。顔見せないとバッジくれないよ。」
「…じ、冗談が下手ね。」
何故…?! こいつ私の正体に気付いて居るの?
いえ、冷静に。そうよ。本当に冗談かもしれないわ。もし、仮にだけど、もし、冗談じゃないのであれば、ここでこいつを…。
「動揺してるの仕草に現れ過ぎてて面白いなぁ、シエルちゃんは。そう身構えんなよ、ここで殺り合うメリットはお互いに無い筈だろ? 久々に会ったんだ。ゆっくりお茶でも飲もうよ。」
…この口調、何処かで聞いた覚えが。というか、私の事をシエルちゃんなんて呼ぶのは、昔からあいつしか居なかったわね。
「誰かと思えば…、貴方随分前に死んでなかった? ビスク。」
「まあそうだね。誰が聞き耳立ててるか分かんないんだからさ。別の場所に移ろうよ。」
「悪いけど、先を急いでるの。殺り合う気がないなら早々に失せなさい。」
「なら、着いてきてくれたらバッジをあげるよ。どうせ必要になるでしょ。」
「バッジ…さっきの話が本当なら、確かに欲しいわね。」
「正直で良いよ。じゃあ決まりだ。」
◇□◇□◇□◇
ビスク、何を考えてるのかしら。お茶に毒でも混ぜる気? 流石にそこまで安直じゃないわね。…まあとにかく、バッジだけでも貰ってさっさとダンジョンに行きましょう。
「…貴方、魔王様から私の事は聞いていないの?」
「ぜーんぶ聞いたよ。いやぁ、びっくりしたなぁ。まさかあの堅物のシエルちゃんが裏切るなんて。」
「大丈夫なの? 私となんかゆっくりお茶してて、魔王様に貴方が怒られるでしょ。」
「さっき言ったろ、今殺し合うのはメリットが無いって。それに、敵になったシエルちゃんが心配する必要ないよ。どうせ魔王様はダンジョンの中しか見えない木偶の坊なんだから、バレやしないさ。」
昔と同じ、忠誠心は無しのままなのね。
「目的は、何が目的なの。」
「えー、うちのレミィを預かっててくれたお礼だよ。」
「嘘ね。私、貴方の狡猾さは買ってるのよ。お礼なんかで私に接触してくる訳ないわ。」
…動きが止まったわね。…少し考えてるのかしら。
「…ったく、わーったから殺意しまえよ。…元身内に取り入るのは難しいなぁ。お互い、腹の探り合いは無しにしようや。」
「なら早く目的を言いなさい。私は急いでるの。」
「交換条件だ。自我のない強めの吸血鬼を二三体作ってくれ。そしたらバッジをやるよ。」
私の吸血鬼を? 一体何に…。自我が無くて強い吸血鬼なんて、十中八九暴れさせる用よね。なにかの陽動に使う気なのかしら。
まあ、バッジが手に入れば何でもいいわ。
「分かったわ。人攫いはどうするの。」
「こっちで済ませる。路地裏で数分待ってろよ。」
胸の辺りが少し膨らむのを感じ、ゆっくりと息を吐く。
ただの呼吸だ。しかし、こんな当たり前のことですら、意識していなければまともにこなせない程、今の僕は憔悴し切っていた。
「カリム、日が暮れたわよ。」
「…日が?」
日が暮れたって。…ああ、やっと一日経ったのか。
…で、経ったら何かあるんだっけか。
「頭の方も少しフワフワしてるみたいね。…これじゃ置いて行くしか無さそうね。」
…置いて行く? また見捨てられるのか?
「ま、待ってくれ。」
止めようと手を伸ばし、シエルキューテの裾に指をかける。
しかし、その手を振りほどかれ、僕を置いてシエルキューテは出口へと向かっていった。
「大丈夫よ。…すぐに戻るわ。」
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ここがダンジョン出入口の施設ね。強行突破でも良いけど、騒ぎを起こすとアルマが飛んで来そうで面倒よ。
顔も隠してるし、攫った人の服をかなり修正して着替えたわ。これで大人しくしていれば目立たない筈よね。
施設の中は、意外と人が集まってるのね。さっさとダンジョン内まで通り抜けてしまおうかしら。
「待ちなよ。そこのお嬢ちゃん。」
何なの、あの男。…私の事を言ってるのかしら。目立つ行動をした覚えは無いけれど…。
「何かしら。」
「はぁ、やっぱりバッジを着けて無いんだ。」
バッジ…? なんの事かしら。
「最近よ、魔物の動きが活発になってるのか知らんが人型の魔物が地上に出入りするようになったんよ。で、その一時的な対策としてこういうバッジを付けるようになったの。ダンジョンから出てきた時にバッジを付けていなければ魔物だってすぐに分かるからよ。」
一時的とはいえ適当な対策ね。その事を私みたいな魔物が知っていたら意味無いと思うのだけれど、まあいいわ。
「そのバッジはどこで配布されているのかしら。」
「そこの受付だけれど、やめといた方がいいよ。」
「そう、理由も聞いてもいい?」
「だって君、吸血鬼だろ。顔見せないとバッジくれないよ。」
「…じ、冗談が下手ね。」
何故…?! こいつ私の正体に気付いて居るの?
いえ、冷静に。そうよ。本当に冗談かもしれないわ。もし、仮にだけど、もし、冗談じゃないのであれば、ここでこいつを…。
「動揺してるの仕草に現れ過ぎてて面白いなぁ、シエルちゃんは。そう身構えんなよ、ここで殺り合うメリットはお互いに無い筈だろ? 久々に会ったんだ。ゆっくりお茶でも飲もうよ。」
…この口調、何処かで聞いた覚えが。というか、私の事をシエルちゃんなんて呼ぶのは、昔からあいつしか居なかったわね。
「誰かと思えば…、貴方随分前に死んでなかった? ビスク。」
「まあそうだね。誰が聞き耳立ててるか分かんないんだからさ。別の場所に移ろうよ。」
「悪いけど、先を急いでるの。殺り合う気がないなら早々に失せなさい。」
「なら、着いてきてくれたらバッジをあげるよ。どうせ必要になるでしょ。」
「バッジ…さっきの話が本当なら、確かに欲しいわね。」
「正直で良いよ。じゃあ決まりだ。」
◇□◇□◇□◇
ビスク、何を考えてるのかしら。お茶に毒でも混ぜる気? 流石にそこまで安直じゃないわね。…まあとにかく、バッジだけでも貰ってさっさとダンジョンに行きましょう。
「…貴方、魔王様から私の事は聞いていないの?」
「ぜーんぶ聞いたよ。いやぁ、びっくりしたなぁ。まさかあの堅物のシエルちゃんが裏切るなんて。」
「大丈夫なの? 私となんかゆっくりお茶してて、魔王様に貴方が怒られるでしょ。」
「さっき言ったろ、今殺し合うのはメリットが無いって。それに、敵になったシエルちゃんが心配する必要ないよ。どうせ魔王様はダンジョンの中しか見えない木偶の坊なんだから、バレやしないさ。」
昔と同じ、忠誠心は無しのままなのね。
「目的は、何が目的なの。」
「えー、うちのレミィを預かっててくれたお礼だよ。」
「嘘ね。私、貴方の狡猾さは買ってるのよ。お礼なんかで私に接触してくる訳ないわ。」
…動きが止まったわね。…少し考えてるのかしら。
「…ったく、わーったから殺意しまえよ。…元身内に取り入るのは難しいなぁ。お互い、腹の探り合いは無しにしようや。」
「なら早く目的を言いなさい。私は急いでるの。」
「交換条件だ。自我のない強めの吸血鬼を二三体作ってくれ。そしたらバッジをやるよ。」
私の吸血鬼を? 一体何に…。自我が無くて強い吸血鬼なんて、十中八九暴れさせる用よね。なにかの陽動に使う気なのかしら。
まあ、バッジが手に入れば何でもいいわ。
「分かったわ。人攫いはどうするの。」
「こっちで済ませる。路地裏で数分待ってろよ。」
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