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33.尻に敷かれるタイプ

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 手鏡でふと、自分の顔を覗く。
 そこにはハンサムガイ所か、ハンサムな中年の姿も無く。写った者は、酷く顔の腫れた男だった。
 セナは殴り疲れたのか椅子に腰かける。それにしても、まだもう一人見知らぬ女性が居る。

あいおおおえいああえあんえうああの女性は誰なんですか。」

 上手く発声すら出来なくなっていた。

「《回復》。」

 回復が使えるなんて珍しい。顔の腫れも、全身の痛みも引いていった。

「で、今アルマはなんて言ったの? 私の方見て言ったんだから私に言ったんだよね?」

「は、はい。誰なのかなって…。忘れてしまって申し訳ございません。」

 この数分で上下関係というものを身体に叩き込まれた。文字通りに。

「ミィルよ。大体察してるかもしれないけど、アルマは私とも結婚してるわよ。」

「その、何故結婚に至ったのでしょうか…。俺…無知なる私めにお教え下さい…。」

「私の家にね。毎日手紙を送ってくる阿呆が居たのよ。全部手書きで、当たり障りのない事を長々と。」

 意図せずに固唾を呑み。その話を聞いた。

「それから、数日間付き纏われたのよ。行先行先で先回りして、偶然を装ってデートをしようとね。
 流石に怖くなって、目的を訊いたのよ。そしたら急にもじもじし出して告白されたの。結婚して下さいって。
 基本山篭りだから情報に遅れててね。二人も奥さんが居る事を知らなくて…。そのまま流れで…ね。」

「…良かった。思ったよりも酷くない…。」

「いや、十分酷いからな? アルマ、その湧いてる頭冷やしてやってもいいんだぞ?」

 三匹の猫に囲まれた鼠の気分だ。ミィルの眼差しからあの言葉は冗談では無いという意志を感じる。

「そういやアルマ。自分の愛娘を口説いたらしいな。ミーネから苦情が来たよ。」

「あ、いや。それは…娘とは知らなくて…。」

「私は優しいからね。感情的には殴ったりしないよ…。という訳で、歯食いしばれ。」

 理性的に殴ろうとしている…。

「…やっぱいいよ。」

 許された…のか? よ、良かった…。セナと違って、ミィルはまだ優しさを持ち合わせているみたいだ。

「殴った所でよね…。という訳で、これ以上浮気出来ないように、盲目か去勢。どっちがいいかな?」

 理性的に男として殺される…。
 なんだよ、この地獄の二択は…。

「どちらも、遠慮出来ないでしょうか…?」

「はぁ? アルマには聞いてないわよ。シルフィアさんとセナさんに聞いたの。」

 もはや発言権が息をしていない。

「盲目だと、いくらアルマ様と言えど不便でしょう。可哀想ですし、去勢で勘弁してあげましょう。」

「だね。去勢にしとこー。もう要らないし。」

 全て聞き終わった頃には、もう既に俺は部屋を飛び出していた。
 身の危険を感じて逃げ出したのだ。今夜は適当に宿でも取ろう。今の王城で寝泊まりしては、男としての沽券に関わるやもしれない。


◇□◇□◇□◇


「どうです。セナさん、ミィルさん。気が変わりましたか?」

 シルフィアがそう二人に話しかける。

「まるで昔に戻ったみたい。ここ数十年、ずっと笑えて無かったのに…さっきのあいつはニヤニヤヘラヘラと、ちょっと嬉しいな。」

「まあそうだね。アルマのやつ、サミアの事をずっと引き摺ってたし。」

 シルフィアは不気味に笑う。

「では、サミアの存在については隠蔽という事で宜しくて? 勿論、カリムという子供についても。」

 ミィルは頷くが、セナは戸惑う。

「サミアさんを裏切るみたいで…、私はどうも…。」

 冷たい視線をセナに向けるシルフィア。

「そう。私よりも赤髪の肩を持つのね。それも死人の。」

「い、いえ、そういう訳じゃ…。」

「ならどういう訳? はっきりと申し………いえ、ごめんなさい。詰め寄ってしまって。」

 悩みながらもシルフィアは後ずさる。

「セナさん、徹底隠蔽か打ち明けるか。明日までに決めておいてください。そういう訳で、今日は解散にしましょう。」

 そうして三人は、護衛を引連れて自室へと戻って行った。
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