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12.傀儡

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「すみません。」

 お姫様抱っこされながらシエルキューテにそう謝る。

「二回も不意打ちを外した上に、笑いそうになったから撤退したいだなんて、巫山戯ているのかしら。反省しなさい。」

 一回は当てた気がするんだが…。

「即死させれなかったのなら外したも同義よ。ポーションを三つも持ってるなら特にね。笑いそうになった方の弁解はあるかしら。」

「嫌だって…『父さん…助けて…』とか、最初の台詞でも吹きそうになったんだぞ。『見捨てるの?』とか限界越えてたんだって。」

 溜息をつくシエルキューテ。

「まあいいわ。それにしても、カリムの父親って本当に甘いのね。カリムごと私を殺せばよかったのに。意外と強くて少し怖かったわ。」

 シエルキューテが怖がるなんて、相当な実力あるんだな。でも…。

「無理だろ。憎悪と殺意を向けられても、説得を試みる馬鹿だぞ。あれに子供を殺す勇気と根性は無いよ。」

「それなら、カリムを人質にして武器を落とさせ、そのまま屠るべきだったかしら。」

「多分行けたかもしれないけど、考える時間を与えたくないんだよ。冷静になられると不味いからね。」

 とりあえず作戦続行だ。初手では殺りきれなかったが、このまま次の地点まで駆け抜けよう。どうせ後を追ってくる。

「後さ、シエルキューテ。」

「…何かしら。」

「今、生まれて初めてすごく楽しいんだ! 手伝ってくれてありがとう。」

「別にカリムの為じゃないわ、魔王様の命令だからよ。勘違い甚だしいわね。」


◇□◇□◇□◇


 吸血鬼を追い続けてどれ程経つだろうか、流石にここまで走らされると疲れてくる。

 ん? 景色がガラッと変わったな。しかもあの吸血鬼も居る。堂々と中央に待ち構えてる。

「ここの景色は綺麗でしょう。」

 確かに、地底湖と水晶によって幻想的にも感じるが、油断大敵だ。

「あら、お喋りはお嫌いかしら。」

 …カリムが見当たらない。何処だ。

「カリムを何処にやった。」

「追ったらどうなるかは言ったはずなのだけれど…、まあ敢えて言うなら…美味しかったわよ。」

 もぎ取られたかのような腕をチラつかせる。

「外道がッ!」

 頭に血が登り、猪突猛進と吸血鬼に対して真っ直ぐに走り差し迫る。
 いや待て、上から何か…殺気がッ!

「ゥグ…ッ!」

 上手く上体を逸らして即死は免れたが、脇腹に深く刃が突き刺さった。

「良い子ねポチ、良くやったわ。後でご褒美でもあげようかしら。」

 上から落ちて来たのは左手を欠損したカリムだった。
 痛みに耐えながら追撃を剣で防ぎつつ、ながらでポーションを飲む。残り一つか、それまでに仕留めたい。

「ごめんなさい…。でも…、身体が勝手に…。」

 カリムはそう言っていた。が、三度も同じ手をやられて気が付かない程、私は間抜けじゃない。

「もう…、つまらない演技はやめろよ、カリム。」

 敵二匹が少しの間、硬直する。その隙に距離をとった。

「何言ってるんだ…? 父さん…。まさか、母さんみたいに僕も…見捨てるの?」

「身体が動かない割には、自由に喋れるんだな。」

 カリムの表情が強ばる。

「最初は喋らされているとも思ったんだが、違うな。サミアの…母親の話を吸血鬼が知っている筈もない。
 そこで一つの結論が出た。喋っているのは本当にカリムだと。そうなると、不思議な点が一つだけ出てくる。
 それは、不意打ちの時に注意を呼びかけないことだ。声さえ掛ければ簡単に避けられる場面が多々あった。最初の所とさっきの所だな。それを何故かカリムは黙っていた。何故だ?」

 吸血鬼は明らかに動揺していた。

「…つまり、何が言いたいんだよ。」

「カリム…、やっぱりまだ俺の事を恨んでんだろ?」

 カリムは不敵に嗤った。

「ハハッ。やっと気が付いたんだ。糞野郎。」

 それに対して、吸血鬼は明らかに狼狽えていた。

「カリム、作戦を続けないのなら私は降り──」

 その瞬間、吸血鬼の胴体が真っ二つに斬られる。カリムによって。
 上半身が後ろに落ち、遅れて下半身も倒れた。

「あの屑は僕の手で殺す。傀儡はもう要らないよ。」

「その吸血鬼は、仲間じゃないのか…カリム。」

 首を傾げるカリム。

「仲間…? いやいや、利用してただけだし。元々斬る予定だったよ。というか、自分の嫁を見捨てるような糞野郎に言われたくないんだけどなぁ?」

 カリムは左腕を拾い上げてくっ付けて再生する。

「魔物になってしまった…いや、俺のせいか。…今からでも遅くない。無理矢理でも連れ帰って、きっと人間に戻してやるからな!」
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