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5.シエルキューテ

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「着いたわよ。」

 ここは吸血鬼に変身したり、初めて血を飲んだりしたあの部屋だ。
 正直、ため息しか出ない。

「魔王様に言われて嫌々だったけど、貴方を見に行って正解だったわ。」

「魔王様…?」

「そのくらい知ってるでしょ、勇者に討たれた存在よ。」

「だからだよ。勇者アルマに討たれて死んだはずだろ?」

「魔王様に死という概念は無いのよ。詳しいことは半端者の貴方には教えてあげないわ。悪く思わないでね。」

 なら話題を振るなよな。

「それと、魔王様からもう一つ聞いたのだけれど、貴方はステータスに関してどれほど知っているのかしら。」

「…ステータス? いや全然。ダンジョン内に入ると見えるようになる不思議なあれだろ。」

「そう。人間が想像以上に馬鹿という事が分かって安心したわ。」

「そのステータスも機密事項ってやつか?」

「ええそうよ。」

 なら話題を振るな。

 しかし、さっきから魔王様、魔王様って。もしや生きているのか? だとしたら、結構やばいんじゃ…いや、今の俺は魔物だから関係ないのか…。
 それと、ステータスについても言及してたな。何か隠してるのはあからさまだが、一体なんなんだろう?

 まあ、今現状じゃ考えても分からないな。

「さっきから、貴方元気が無いわね。」

「逆にこんな状況でよく元気があると思えたな。」

 育ての親を殺されて、育ての親に殺されかけて。
 仲間だったやつに裏切られて、復讐はしたけど気分が晴れる訳が無くて。
 いや、厳密に言うと復讐はまだ終わっていないか…。
 でもそんなの無理だし…これからどうしたら良いんだろうな。

「私に出来ることならなんでも言ってくれるかしら。」

「ある訳無いだろ。吸血鬼に何が出来るんだ。」

「生意気な子供ね。それと、私は吸血鬼ではなくシエルキューテと呼びなさい。」

 今更自己紹介か。しかも、僕だけが名前呼びを強制されるのか。

「お前だって──」

 いつものように口を摘まれる。

「お前じゃなくてシエルキューテよ。」

「…シエルキューテだって──」

 また口を摘まれる。今度は少し強めに。

「貴方は眷属なのだから敬称を付けなさい。」

「…シエルキューテ…様だって、僕のことを名前で呼ばないじゃないか。」

「確かにそうだったわね。カリム、これからはそう呼ぶわ。」

 …ん? 名前なんかを教えた覚えは無いぞ。

 こいつらが何を隠してるのか。…少し詮索した方がいいのかもしれない。
 どうせ僕には関係ないと俯瞰していたが、そうとも言いきれない可能性が浮上してきた。 

「なぜ僕の名前を?」

「あら、口を滑らせちゃったのかしら。でもまあ知っている訳は言えないわ。それだけよ。」

「さっきから、なぜ僕には教えてくれないんだ。」

「言ったじゃない。半端者だからよ。」

 半端者…?

「人間を捨てきれずに、魔物にもなりきれない。そんなカリムに全てを話すのはリスクがあるのよ。」

「どうしたら教えてくれる?」

 シエルキューテは少し悩む。

「…そうね。心から魔物になりなさい。人を殺しても何も感じないくらいにはね。」

 人なら…。

「人なら殺したぞ。リリスをな。」

「あれはダメよ。私怨と因縁が絡んでるじゃない。」

 ダメ…なのか…?

「私が言った人っていうのは、なんの罪も無い子供も含むのよ。それとも、カリムはそんな子供でも殺せるのかしら?」

「と言いつつ目の前の人間に同情して、お情けで生き長らえさせたのはどこの誰だよ。」

 シエルキューテは少し驚く、初めて面食らった様子を見た。

「…言うようになったじゃない。確かに、何故助けたのかしらね。」

「その助けた理由もお得意の黙りを決め込むのか?」

 言葉を詰まらせるシエルキューテ。いや、考え込むようにも見える。

「いえ、…これに関しては私にも分からないわ。」

 分からないのか…。さっきから謎ばっかりが低迷してるな。

「魔王様からお達しがあったわ。これ以上はカリムと話すな。と。」

「…それはいつ?」

「今よ。」

 ん。この部屋には僕ら二人しか居ないしな。もしや…。

「…もしかして、テレパシー的なやつか?」

「…それは秘密よ。」

 さっきから思ってたんだが、シエルキューテってなかなかのポンコツなんじゃないのか?

 ステータスについて何か知ってる素振り。
 生きている魔王。
 何故か僕の名前を知っている。

 これらの機密事項とやらを勝手に口から零し、何もしなくても勝手にボロを見せる。
 これからはシエルキューテにくっ付いた方がいいのかもな。これからも色々と情報を引き出せそうだ。
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