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親友と妹
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オルドレインには、無二の親友がいる。
その人物は、この国ルトワニア国の第一王子オースティンだ。
だが、彼には複雑な生い立ちがあり、その事で何処か弟王子ルドヴィックとも一線を引いている。親友であるオルドレインさえもその境界には踏み込ませないようにしていた。
しかし、唯一その彼の秘密の場所に容易に踏み込める者がいる。それが3才下の妹エレオノーラだった。
オースティンは気付いていないかもしれない、エレオノーラに向ける視線が柔らかい事にそこには熱を帯びたような瞳の揺らぎがあることにも……。
オルドレインは知っている。オースティンがどうしても譲れないものがあるとしたら、王位などではなく間違いなくエレオノーラに関する事だろう。
そう確信しながら、夜会での彼らの行動を見守っていた。
順調に時間を過ごせばオースティンは王太子となり、国王になる。それは誰もが知っている事なのだが、オースティンの秘密を知る者はそれが容易い事ではないことも分かっていた。
彼の秘密は彼自身の所為ではなく、彼の父親ルードリッヒ国王に責がある。
オースティンは王の庶子なのだ。
表向きは王妃の実子となっているが、本当はルードリッヒが在学中に出会ったガーベラ・ポエナ子爵令嬢との子供なのだ。
この国は一夫一妻制で、王家と言えど例外は認められていない。再婚は赦されるが、それにはいくつかの条件がある。
相手が子供が産めない場合において、王家でも離縁出来る事になっている。だが、実際に実行に移した愚かな国王はルドヴィックぐらいだろう。
ガーベラ・ポエナはオースティンを産んで直ぐに亡くなった。そして、秘密の名を彼に与えた。この事を知っている者は当時、仕えていた使用人らとオルドレインの父母、王妃カテリーナそして、ルードリッヒの両親、カテリーナの弟だけだった。
オースティンが自らその秘密を打ち明けたのは、エレオノーラだけで、オルドレインも後から知ったのだ。
当時は親友の自分にも黙っていたことが腹立たしかったが、今は寧ろその方が良かったと思っている。下手な気を使わずにすんだのだから。
オースティンがいつからエレオノーラを一人の女性として想う様になったのかは定かではないが、一目惚れ等と言う非現実的な事ではない。
5才のエレオノーラを伴って王宮に行くようになっても、オースティンは妹の様に想っていたことは事実だ。
恐らく、彼の中でその自覚が芽生えたのは、妹が10才の頃だとオルドレインは推察している。
何があったのかは詳しくは聞いていないが、オルドレインが見る限りその頃に親友オースティンの表情が明らかに作った様な笑みから温かみのあるものに変わっていったからだ。
15才になったエレオノーラと18才になったオースティンのダンスを見守りながら、オルドレインはこのまま二人が幸せになれる事を信じていた。
壊れたのは、王妃カテリーナが病に倒れてその枕元に4人の人間が呼ばれた頃からだった。
何やら物思いに沈む様になった親友をオルドレインは心配し、エレオノーラとのお茶会に行くときも哀愁を漂わせるようになって行く。
あんなに嬉しそうに、今にも駆け出しそうにエレオノーラの元に向かっていた親友は何処にもいなかった。
溜息を付きながらオルドレインに一言だけ、
「すまない……」
そう言って、何の弁解もせずに重い足取りのまま、エレオノーラの元に向かったオースティンをオルドレインは忘れる事が出来ないだろう。
その日、オースティンが閉めた執務室の扉の音がやけに重々しく感じたのは果たしてオルドレインだけなのだろうか?
他の側近達も嫌な予感を察知していたのか、皆険しい表情を浮かべていた。
数刻してオースティンが部屋に帰って来た時には憔悴しきっていて、血が滴る程、拳を握っていた。
侍従が慌てて「殿下、直ぐに手当てを致します」そう声を掛けたが、返事がない。
「皆、悪いが少し一人にしてくれないか…」
抑揚のない声で、そう言われて皆下がったが、オルドレインは扉の向こうから押し殺す様な声を聞いた。
それは、オースティンの嘆きの声だった。
未だかつて、人前でも涙を見せる事のなかったオースティンの泣き声をオルドレインは初めて聞いたのだ。
その後、声を掛けることなく公爵家に帰ると、エレオノーラも自室に籠って出て来ないと言うではないか。
何事かと父に訊ねると、
「オースティン殿下とエレオノーラの婚約は解消された。エレオノーラの新しい婚約者はルドヴィック殿下だ。そして、オースティン殿下の婚約者となったのは……メディア・ローガン侯爵令嬢だ」
その言葉にオルドレインは、言葉を失った。
どこをどうすればそのような事になるのか理解できない。
父だけはその理由を知っていた。
オルドレインがその理由を本当の意味で知る事になるのは、オースティンが川に転落して行方不明となった時だった。
そして、その知らせが届いた翌日に更なる悲劇が公爵家を襲った。
──エレオノーラが流産した。
王宮から急報が届いたのは翌日の正午を回った頃。
何も知らないオルドレインは、生まれる王子か王女の為の玩具を職人に依頼しようと招いていた最中だった。
その人物は、この国ルトワニア国の第一王子オースティンだ。
だが、彼には複雑な生い立ちがあり、その事で何処か弟王子ルドヴィックとも一線を引いている。親友であるオルドレインさえもその境界には踏み込ませないようにしていた。
しかし、唯一その彼の秘密の場所に容易に踏み込める者がいる。それが3才下の妹エレオノーラだった。
オースティンは気付いていないかもしれない、エレオノーラに向ける視線が柔らかい事にそこには熱を帯びたような瞳の揺らぎがあることにも……。
オルドレインは知っている。オースティンがどうしても譲れないものがあるとしたら、王位などではなく間違いなくエレオノーラに関する事だろう。
そう確信しながら、夜会での彼らの行動を見守っていた。
順調に時間を過ごせばオースティンは王太子となり、国王になる。それは誰もが知っている事なのだが、オースティンの秘密を知る者はそれが容易い事ではないことも分かっていた。
彼の秘密は彼自身の所為ではなく、彼の父親ルードリッヒ国王に責がある。
オースティンは王の庶子なのだ。
表向きは王妃の実子となっているが、本当はルードリッヒが在学中に出会ったガーベラ・ポエナ子爵令嬢との子供なのだ。
この国は一夫一妻制で、王家と言えど例外は認められていない。再婚は赦されるが、それにはいくつかの条件がある。
相手が子供が産めない場合において、王家でも離縁出来る事になっている。だが、実際に実行に移した愚かな国王はルドヴィックぐらいだろう。
ガーベラ・ポエナはオースティンを産んで直ぐに亡くなった。そして、秘密の名を彼に与えた。この事を知っている者は当時、仕えていた使用人らとオルドレインの父母、王妃カテリーナそして、ルードリッヒの両親、カテリーナの弟だけだった。
オースティンが自らその秘密を打ち明けたのは、エレオノーラだけで、オルドレインも後から知ったのだ。
当時は親友の自分にも黙っていたことが腹立たしかったが、今は寧ろその方が良かったと思っている。下手な気を使わずにすんだのだから。
オースティンがいつからエレオノーラを一人の女性として想う様になったのかは定かではないが、一目惚れ等と言う非現実的な事ではない。
5才のエレオノーラを伴って王宮に行くようになっても、オースティンは妹の様に想っていたことは事実だ。
恐らく、彼の中でその自覚が芽生えたのは、妹が10才の頃だとオルドレインは推察している。
何があったのかは詳しくは聞いていないが、オルドレインが見る限りその頃に親友オースティンの表情が明らかに作った様な笑みから温かみのあるものに変わっていったからだ。
15才になったエレオノーラと18才になったオースティンのダンスを見守りながら、オルドレインはこのまま二人が幸せになれる事を信じていた。
壊れたのは、王妃カテリーナが病に倒れてその枕元に4人の人間が呼ばれた頃からだった。
何やら物思いに沈む様になった親友をオルドレインは心配し、エレオノーラとのお茶会に行くときも哀愁を漂わせるようになって行く。
あんなに嬉しそうに、今にも駆け出しそうにエレオノーラの元に向かっていた親友は何処にもいなかった。
溜息を付きながらオルドレインに一言だけ、
「すまない……」
そう言って、何の弁解もせずに重い足取りのまま、エレオノーラの元に向かったオースティンをオルドレインは忘れる事が出来ないだろう。
その日、オースティンが閉めた執務室の扉の音がやけに重々しく感じたのは果たしてオルドレインだけなのだろうか?
他の側近達も嫌な予感を察知していたのか、皆険しい表情を浮かべていた。
数刻してオースティンが部屋に帰って来た時には憔悴しきっていて、血が滴る程、拳を握っていた。
侍従が慌てて「殿下、直ぐに手当てを致します」そう声を掛けたが、返事がない。
「皆、悪いが少し一人にしてくれないか…」
抑揚のない声で、そう言われて皆下がったが、オルドレインは扉の向こうから押し殺す様な声を聞いた。
それは、オースティンの嘆きの声だった。
未だかつて、人前でも涙を見せる事のなかったオースティンの泣き声をオルドレインは初めて聞いたのだ。
その後、声を掛けることなく公爵家に帰ると、エレオノーラも自室に籠って出て来ないと言うではないか。
何事かと父に訊ねると、
「オースティン殿下とエレオノーラの婚約は解消された。エレオノーラの新しい婚約者はルドヴィック殿下だ。そして、オースティン殿下の婚約者となったのは……メディア・ローガン侯爵令嬢だ」
その言葉にオルドレインは、言葉を失った。
どこをどうすればそのような事になるのか理解できない。
父だけはその理由を知っていた。
オルドレインがその理由を本当の意味で知る事になるのは、オースティンが川に転落して行方不明となった時だった。
そして、その知らせが届いた翌日に更なる悲劇が公爵家を襲った。
──エレオノーラが流産した。
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