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第一章
番外編 ※第一王子⑨
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俺がベアトリーチェを迎えに行く前に彼女が修道院送りになった事を知ったが、肝心の場所が入手できなかった。
アルカイドに商人を装って、フェリクス大公家の騎士達と一緒に四方から潜入する。
特殊な通信魔道具で連絡を取り合いながら、まず貴族が行く修道院を片っ端からあたった。
しかし、ベアトリーチェらしき人物はいなかった。貴族でなければ平民と段々訪ねて行く修道院の質が落ちていく中、年月だけが無情に過ぎて行った。
俺は次第に焦るようになった。
呪いのシミはどんどん広がりを見せている。
自分の命が残り少ない事を時間が無い事を指示している事が分かっていた。
彼女を探して二年が過ぎようとした時に弟が隣国の王女と婚姻した事を耳にする。
すんなり手放すぐらいなら、もっと早く彼女を自由にすればいいのにと俺の心は複雑になった。
せめて、拗れてしまったあの学園の時に彼女を婚約者という鎖から解き放てば、俺はその場で彼女をフロンティアに連れ帰っていただろう。
例え、彼女が俺を選ばなかったとしても、今の様に後悔などせずに済んだのではないかと思う様になっていた。
俺にとって彼女が幸せそうに微笑んでいるだけで、満足なのだ。
もし、俺に彼女と添い遂げるだけの時間があるのなら別だが、今の俺には明日さえも分からない。そんな男と一緒になっても彼女は結局一人になってしまう。
俺には彼女をそんな目に遭わせたくない。
必ず、フロンティアに連れて帰って、オーウェスト侯爵に会わせるのだ。そして、彼女の幸せを見届けたら、フロンティアを去ろうとまで考えが変わっていた。
それは、真冬の厳しい日だった。
もう春先だというのにまだ雪がちらついていた。
凍えそうな体を擦り合わせながら、俺は北に向かっていた。
もう、ここしかないだろうと。
まさか、一番厳しい修道院と言う名の監獄に送り込むなど想像も出来なかった。
王族を害したわけでもない。
何より、王宮の池は溺れる様な深さもない。そもそも余程の事が無い限り、子供の足でも立つ所で『殺人未遂』等起きる訳がないのだ。
俺はその事を考えても反省させる意味を込めて、貴族が送られる修道院に行ったと最初は考えていた。だが、それは大きな間違いで、ベアトリーチェを取り巻く様々な思惑が彼女を『悪女』として監獄擬きの修道院に追いやった。
明らかに彼女を排除する目的で…。
誰がそうしたのかは、なんとなく思い当たったが、そんな事よりもベアトリーチェの安全の方が先だった。
北の修道院は金の亡者のような院長だと聞いている。
金を渡せば、そこそこの便宜を図ってくれるが、金がない者は酷い扱いを受けていると報告があった。
チェスター公爵家が落ちぶれた今、彼女の扱いは酷いものだろう。
急いで俺達が修道院に辿り着いた時には既に遅く、黒くシミが広がっている俺の顔を見るなり、院長は「化け物」と言って詰った。
剣を突き付け、少し脅すと院長はベアトリーチェの事を全て話した。
あまりに想像以上に酷い扱いに、レジェスを始め、大公家の騎士達は院長を八つ裂きにしようとしたが、それを止めた。こんな奴を切ったとしても死んだベアトリーチェは生き返らない。
それに俺の知っている彼女なら、実父の部下が自分の為に人殺しをすることを望まないだろうと思った。
止めた俺に対して俺を睨んでいたが、それよりも彼女の遺体を国王となった弟が連れて行った事の方が大事だったのだ。
俺は再び、王都に向かう事にした。
王都に着く前にもあちこちで不穏な種はまかれていた。
それが芽吹いて育つまでに時間はあまりかからないだろうと俺は予測した。
既に素通りした村や町でも暴動が起き始め、やがてそれは国中を巻き込んで大きな大火となるだろうことは分かっていたからだ。
長年の重い税に苦しんだ国民が何かに突き動かされるように、動き始めていた。
俺が王宮に辿り着いた時には既に王宮は火の海の様な状態だった。
宮殿の中は、逃げ惑う人々で混乱している。俺の様な者が侵入しても誰も気付かない程だった。
冷静に俺は弟の考えている事を想像した。
もし、俺なら彼女の遺体をどこに安置するだろうかと。
答えは直ぐに導き出され、一番安全な礼拝堂だろうと、足を急がせた。
僕が礼拝堂に入ると、弟は茫然としながら、虚ろな目で祭壇の前にある棺に花を供えていた。それがいつもの習慣のように…。
静寂だけがその場を支配している。
ここにいるのは俺と弟そしてベアトリーチェの遺体だけだった。
何も聞こえない状態なのに、誰かが俺をいや俺とベアトリーチェを呼んでいるような小さな声が聞こえてくる。
不意に生身の人間の声が聞こえてきた。
「どうした。僕を殺さないのか?」
「俺には関係がない。俺の欲し物は別にある」
「ここには何もない。あるのは国王の僕だけだ」
「違う。そんな物よりも俺にとっては何よりも必要なものだ。やっと見つけた」
部屋に入って来た俺は弟には見向きもしないで、ベアトリーチェの棺の方に向かった。
「やめろ!!それに触れるな!!汚い手で触るな!!!」
弟が叫んで必死に止めようとしていたがそれを無視して、俺は棺の蓋を開けた。
もう死んでから随分と経っているのに、あの時のままの姿で入っているベアトリーチェを見て、俺は微笑んだ。
ああ…やっと、会えた。
それが彼女の死後だったとしても俺は彼女に再び会う為に生きてきたのだと実感した。
「やっと会えたな。ベアトリーチェ。俺の…俺だけの…俺の為に選ばれた女だった。どうして、気付かなかった。あの時、どうして俺の手を取らなかった。そしたら、お前の運命も俺の運命も何もかも違っていただろう」
「な…何を言っている。彼女は僕の婚約者だった。初めから僕のものだったんだ」
「本当に…彼女は『レイノルド』の婚約者で、お前の婚約者でなかった。違うか。お前は所詮本物が帰って来るまでの身代わりに過ぎない者だった」
「な…どうして…それを知っているんだ。姿を見せろ!!」
弟が振り上げた剣先が俺の覆面を剥いだ。
「お…お前。ウィル・アルバーナか」
「ああ、そう言えばそう名乗っていたな。分からないか。まあ、俺も変わったからな」
随分と様変わりしたからな俺は。
黒い髪の境目までも分からない程、黒いシミが広がっている。
だが、俺の口元には確かにそれはあった。
俺が『レイノルド』だった時の証が、同じ場所に黒子があるのだ。
俺の身体からは呪いの霧が這い出ようと蠢いていた。まるで生き物様に…。
俺の悍ましい姿を目にした弟は俺を恐れ、嫌悪しているのが手に取るように分かる。
「お…お前は一体誰なんだ!いえーーー」
小刻みの震えるその姿は、何かを期待している様にさえ見える。
何を…それは俺にも分かっている。俺も長年待ち望んでいたもの…。安らかな死だ。
「俺が本物のレイノルドだと言えば分かるのか。やっと帰って来れた。もっと早くに帰りたかったが、呪いの解けていない姿では帰れなかった。すまない……」
ベアトリーチェに向けて放った謝罪の言葉を聞いて弟は複雑な表情を浮かべた。
弟に背を向け、ベアトリーチェを腕に抱いて、俺はその場を後にしようとした時、背中に鈍い痛みが走った。
殆ど同時だった。振り返って、俺は持っていた短剣で弟の喉を掻き切った。
鮮血が飛び散った祭壇。
致命的な傷を負ったはずなのに、俺は痛みを感じなかった。それよりも何かに呼ばれる様に弟をその場に残して達去った。
「…………」
俺は気付けば、始まりの場所…紫蘭宮に入っていった。
アルカイドに商人を装って、フェリクス大公家の騎士達と一緒に四方から潜入する。
特殊な通信魔道具で連絡を取り合いながら、まず貴族が行く修道院を片っ端からあたった。
しかし、ベアトリーチェらしき人物はいなかった。貴族でなければ平民と段々訪ねて行く修道院の質が落ちていく中、年月だけが無情に過ぎて行った。
俺は次第に焦るようになった。
呪いのシミはどんどん広がりを見せている。
自分の命が残り少ない事を時間が無い事を指示している事が分かっていた。
彼女を探して二年が過ぎようとした時に弟が隣国の王女と婚姻した事を耳にする。
すんなり手放すぐらいなら、もっと早く彼女を自由にすればいいのにと俺の心は複雑になった。
せめて、拗れてしまったあの学園の時に彼女を婚約者という鎖から解き放てば、俺はその場で彼女をフロンティアに連れ帰っていただろう。
例え、彼女が俺を選ばなかったとしても、今の様に後悔などせずに済んだのではないかと思う様になっていた。
俺にとって彼女が幸せそうに微笑んでいるだけで、満足なのだ。
もし、俺に彼女と添い遂げるだけの時間があるのなら別だが、今の俺には明日さえも分からない。そんな男と一緒になっても彼女は結局一人になってしまう。
俺には彼女をそんな目に遭わせたくない。
必ず、フロンティアに連れて帰って、オーウェスト侯爵に会わせるのだ。そして、彼女の幸せを見届けたら、フロンティアを去ろうとまで考えが変わっていた。
それは、真冬の厳しい日だった。
もう春先だというのにまだ雪がちらついていた。
凍えそうな体を擦り合わせながら、俺は北に向かっていた。
もう、ここしかないだろうと。
まさか、一番厳しい修道院と言う名の監獄に送り込むなど想像も出来なかった。
王族を害したわけでもない。
何より、王宮の池は溺れる様な深さもない。そもそも余程の事が無い限り、子供の足でも立つ所で『殺人未遂』等起きる訳がないのだ。
俺はその事を考えても反省させる意味を込めて、貴族が送られる修道院に行ったと最初は考えていた。だが、それは大きな間違いで、ベアトリーチェを取り巻く様々な思惑が彼女を『悪女』として監獄擬きの修道院に追いやった。
明らかに彼女を排除する目的で…。
誰がそうしたのかは、なんとなく思い当たったが、そんな事よりもベアトリーチェの安全の方が先だった。
北の修道院は金の亡者のような院長だと聞いている。
金を渡せば、そこそこの便宜を図ってくれるが、金がない者は酷い扱いを受けていると報告があった。
チェスター公爵家が落ちぶれた今、彼女の扱いは酷いものだろう。
急いで俺達が修道院に辿り着いた時には既に遅く、黒くシミが広がっている俺の顔を見るなり、院長は「化け物」と言って詰った。
剣を突き付け、少し脅すと院長はベアトリーチェの事を全て話した。
あまりに想像以上に酷い扱いに、レジェスを始め、大公家の騎士達は院長を八つ裂きにしようとしたが、それを止めた。こんな奴を切ったとしても死んだベアトリーチェは生き返らない。
それに俺の知っている彼女なら、実父の部下が自分の為に人殺しをすることを望まないだろうと思った。
止めた俺に対して俺を睨んでいたが、それよりも彼女の遺体を国王となった弟が連れて行った事の方が大事だったのだ。
俺は再び、王都に向かう事にした。
王都に着く前にもあちこちで不穏な種はまかれていた。
それが芽吹いて育つまでに時間はあまりかからないだろうと俺は予測した。
既に素通りした村や町でも暴動が起き始め、やがてそれは国中を巻き込んで大きな大火となるだろうことは分かっていたからだ。
長年の重い税に苦しんだ国民が何かに突き動かされるように、動き始めていた。
俺が王宮に辿り着いた時には既に王宮は火の海の様な状態だった。
宮殿の中は、逃げ惑う人々で混乱している。俺の様な者が侵入しても誰も気付かない程だった。
冷静に俺は弟の考えている事を想像した。
もし、俺なら彼女の遺体をどこに安置するだろうかと。
答えは直ぐに導き出され、一番安全な礼拝堂だろうと、足を急がせた。
僕が礼拝堂に入ると、弟は茫然としながら、虚ろな目で祭壇の前にある棺に花を供えていた。それがいつもの習慣のように…。
静寂だけがその場を支配している。
ここにいるのは俺と弟そしてベアトリーチェの遺体だけだった。
何も聞こえない状態なのに、誰かが俺をいや俺とベアトリーチェを呼んでいるような小さな声が聞こえてくる。
不意に生身の人間の声が聞こえてきた。
「どうした。僕を殺さないのか?」
「俺には関係がない。俺の欲し物は別にある」
「ここには何もない。あるのは国王の僕だけだ」
「違う。そんな物よりも俺にとっては何よりも必要なものだ。やっと見つけた」
部屋に入って来た俺は弟には見向きもしないで、ベアトリーチェの棺の方に向かった。
「やめろ!!それに触れるな!!汚い手で触るな!!!」
弟が叫んで必死に止めようとしていたがそれを無視して、俺は棺の蓋を開けた。
もう死んでから随分と経っているのに、あの時のままの姿で入っているベアトリーチェを見て、俺は微笑んだ。
ああ…やっと、会えた。
それが彼女の死後だったとしても俺は彼女に再び会う為に生きてきたのだと実感した。
「やっと会えたな。ベアトリーチェ。俺の…俺だけの…俺の為に選ばれた女だった。どうして、気付かなかった。あの時、どうして俺の手を取らなかった。そしたら、お前の運命も俺の運命も何もかも違っていただろう」
「な…何を言っている。彼女は僕の婚約者だった。初めから僕のものだったんだ」
「本当に…彼女は『レイノルド』の婚約者で、お前の婚約者でなかった。違うか。お前は所詮本物が帰って来るまでの身代わりに過ぎない者だった」
「な…どうして…それを知っているんだ。姿を見せろ!!」
弟が振り上げた剣先が俺の覆面を剥いだ。
「お…お前。ウィル・アルバーナか」
「ああ、そう言えばそう名乗っていたな。分からないか。まあ、俺も変わったからな」
随分と様変わりしたからな俺は。
黒い髪の境目までも分からない程、黒いシミが広がっている。
だが、俺の口元には確かにそれはあった。
俺が『レイノルド』だった時の証が、同じ場所に黒子があるのだ。
俺の身体からは呪いの霧が這い出ようと蠢いていた。まるで生き物様に…。
俺の悍ましい姿を目にした弟は俺を恐れ、嫌悪しているのが手に取るように分かる。
「お…お前は一体誰なんだ!いえーーー」
小刻みの震えるその姿は、何かを期待している様にさえ見える。
何を…それは俺にも分かっている。俺も長年待ち望んでいたもの…。安らかな死だ。
「俺が本物のレイノルドだと言えば分かるのか。やっと帰って来れた。もっと早くに帰りたかったが、呪いの解けていない姿では帰れなかった。すまない……」
ベアトリーチェに向けて放った謝罪の言葉を聞いて弟は複雑な表情を浮かべた。
弟に背を向け、ベアトリーチェを腕に抱いて、俺はその場を後にしようとした時、背中に鈍い痛みが走った。
殆ど同時だった。振り返って、俺は持っていた短剣で弟の喉を掻き切った。
鮮血が飛び散った祭壇。
致命的な傷を負ったはずなのに、俺は痛みを感じなかった。それよりも何かに呼ばれる様に弟をその場に残して達去った。
「…………」
俺は気付けば、始まりの場所…紫蘭宮に入っていった。
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