もう、あなたを愛することはないでしょう

春野オカリナ

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第一章

番外編 ※第一王子⑦

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 それから、俺とベアトリーチェは会えば挨拶をし、他愛のない会話をする仲になった。

 彼女を知れば知る程、どうしてそんな噂が飛び交うのか不思議でしかたがない。

 相変わらず、弟は大勢の人間に囲まれていたが、その中に婚約者であるベアトリーチェの姿はなかった。代わりにある女生徒が常に弟の傍にいる様になる。

 ジュリア・チェスター公爵令嬢。

 金色の髪を持つ少女はなんとなくフェリシアを思い起こせるのだろうか。弟はジュリアに対しては柔らかな表情を浮かべていた。

 その姿を見る度にベアトリーチェは憎々しげな苦悶の表情を見せる様になっていく。

 ああ…そうか。ベアトリーチェの感情にあれが反応しているんだ。

 ベアトリーチェが常に填めている母親の形見の指輪…彼女の醜い感情が浮き彫りになると、指輪から特殊な魔力が作用して見える。

 指輪には闇の精霊が眠っているとレオンハルトが言っていたな。ならば正式な契約をしていなくてもベアトリーチェの意志に従っているのだろうか。

 指輪の闇の精霊は、弟に魅了の魔法をかけようとしているようだが、弟の光の精霊がそれを阻んでいた。それは指輪の精霊が弟の精霊の対ではないからだ。

 拒絶された魔法は、光の精霊によって歪められ、捻じ曲げられて真逆の効果を発揮している。どんなにベアトリーチェが弟を恋い慕っても、彼女の想いは届かない。全て光の精霊によって嫌われていくように仕向けられている…。

 崩れて壊れそうな彼女を見ていられない…。憐れだとも、可哀相だとも思った。

 この想いは同情なのか憐憫なのか、それとも愛情なのか俺自身も分からなかった。

 それに、弟が連れているジュリアとかいう令嬢から何か妙なおかしな気配を感じていた。

 昔から俺は精霊や人の見えない影の様な物が時々見える。
 
 その所為で苦労する事も多かったが、今は良かったとさえ思える。ベアトリーチェが少なくとも俺の事を嫌っていないという事だけは分かるからだ。

 顔を会わす度にベアトリーチェは感情を抑えきれずにジュリアを詰った。しかし、冷静に話せばベアトリーチェの言っている事は理にかなっている。


 『婚約者のいる殿方に常に付き従うのはおかしい』


 感情的に怒鳴っているから、その声は罵倒にしか聞こえない。遠目に見ている高位貴族の中にはベアトリーチェの言葉を理解して、逆に弟やジュリアの行動を非難している者もいた。

 だが、腐っても王太子だ。未来の国王に面と向かって換言すれば、将来、自分の立場が危うくなると考えて、多くの者は口を噤んで、言うべき言葉を呑み込んだ。

 その結果、下級貴族を中心に高位貴族であるベアトリーチェを貶めても罪にはならないと勝手に判断した者達から容赦のない陰口や嫌がらせをベアトリーチェは受けていた。

 どっちが悪なのか…。そう問いたくなるような光景に吐き気さえ催した。その全ての原因が弟とこの国にあることだけは分かっている。

 父に彼女と出来るだけ関わらないように釘を刺されなければ、俺は彼女を今すぐにフロンティアに連れ帰って、自分の持っている全てで幸せにしたいと思っていた。

 いつもより遅く図書館に行くと、眠っている彼女の姿を見つける。

 起こさない様にそっと近づくと涙の痕が見えた。

 夢に見る程、悲しみに打ち鬻がれている彼女にそっと制服のブレザーをかけた。

 「…レイノルド様……」

 夢の中で見る程、弟を愛しているのか?俺では代わりにならないか。もし、元の姿に戻れたなら、君は俺を選んでくれるだろうか。

 そんな邪な心が俺を支配する。

 俺は彼女が目を覚ますまで、側で本を読むことにした。静かな図書館に彼女の寝息だけが俺の耳に心地よく響いてくる。

 ふと、何か視線を感じて隣に居る彼女を見ると、目が覚めた様で、

 「…サリナ……今日の朝食は…えっ、どうして…なんで…」

 寝ぼけていたのか、どうやら俺を侍女と間違えていたらしい。目が覚めてきて、俺だとはっきりと認識すると顔色が急に青くなった。次第に恥ずかしくなったのか、今度はまるで熟れた果実のように真っ赤に染まっていく。

 何とか言い訳をしようと考えてくるくると表情が変わっていく様子を眺めていた。

 ──可愛い…ああ…なんて可愛いのだろう。このまま彼女を腕に閉じ込めたらどんな顔を見せてくれるのだろう。驚くか…そして、怒りながら、俺を叩こうとするかも知れない。でも、きっとそんな姿も俺しか知らない彼女の一面なんだろうな。

 俺の中の独占欲が支配する。そしてそれと同時に弟への優越感に似た感情が湧き出た。

 弟に対しては本当の自分を出さずに、取り作った表面しか見せていないだろう。きっとこんな感情豊かな彼女を見た事はないかも知れない。

 もし、仮に見ていたとしても関係がない。今の彼女には俺以外に頼る者がいないのも現実なのだ。

 そうか、俺は彼女が好きなんだ。

 そんな単純な答えに辿り着いた途端、俺の中には醜い黒い感情が生まれた。

 彼女に愛されていながら、邪険に扱う弟に憎しみと妬みが入り混じった感情が…。

 もういいだろう。ウィルウッドが大切にしないなら、俺が奪っても…。

 例え俺に残された時間が少なくても、この環境から彼女を救い出して見せる。

 そう決心して、俺は彼女の現状をフロンティアのエドモンド・オーウェスト侯爵に伝えたのだ。


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