38 / 48
第一章
番外編 ※第一王子⑥
しおりを挟む
貴族学園に通う事になった俺は、幼い頃に会った少女の姿を探した。程なくお目当てに少女は見つかったが、同時に学園内の在り得ない光景を目の当たりにする。
「ふふ、あの方、今日も殿下に相手にされなかったようね。これなら婚約解消も時間の問題ではなくって」
「本当よね。公爵家に生まれただけで他国の血を引いている余所者なのに殿下の婚約者なんてずうずうしいわ」
「それにあの噂聞いたか?」
「どんな噂だ」
「例の殿下の妹君が亡くなられた件に公爵令嬢が関わっていたとか」
「まあ、在り得るよな。殿下に近付く令嬢を悉く排除していたものな」
「酷い者は、怪我までさせられたときいたぞ」
「本当かよ。ひでーな。殿下も何でまだ婚約者にしているんだ」
「それなんだけど、最近殿下にはお気に入りの令嬢がいるらしい」
「誰だよそれ」
「ほら、例の公爵家の妹さ」
「ああ、天使のような容姿で可愛いと評判の美少女か」
「そうそう、その令嬢だよ。たしか名前をジュリア様っていうんだって」
「ヒューッ、早く会ってみたいな」
「もうじき入学式があるからその時会えるさ」
「もしかしたら、殿下も妹の方に乗り返るつもりなのかもな」
「ありえる。どっちにしてもあの女はおしまいだよ」
ヒソヒソと囁くようにあちこちから似たような誹謗中傷を耳にした。
詳しく聞けば、ベアトリーチェは母の葬儀の後に父である公爵が喪も明けぬ間に、別邸に囲っていた平民の妻と庶子を引き入れたらしい。
王太子妃教育と学園を両立するだけでも大変な事なのに…。
俺があの時、レオンハルト閣下の訃報を知らせなければ、彼女の母は死なずに済んだかもしれない。なら、今の現状を作り出したのも俺の所為なのだと再び後悔した。
確かにいくつかの事柄は、客観的に見てもベアトリーチェの行いは褒められたものではない。
だとしても、何故、彼女だけが責められなければいけないのだろうか。
弟も同罪ではないか。
俺の中で、どんどんと弟への不信感が募っていく。
そんな時に学園の図書館で彼女の姿を見かけた。
学年が違うので、廊下をすれ違う事もままならない。
本来なら、婚約者である弟を訪ねてきてもいいのに、それすらもない。いや出来ない様だった。
弟の側近がそれを阻んでいる様で、見かける彼女は何時も一人でいた。
どうやら、図書館は生徒会室に行くために通る道順になっているらしく。時折頬を赤く染めて、焦がれる様な目線を弟に向けている彼女を見た。
不毛だな。
そんな一言が俺の頭を掠めた。
無意識に思い浮かんだ言葉は、自分に対してか彼女に対してか分からなかった。
ある日、図書館でいつもの様に陰から彼女を見守っているつもりだったが、後ろから柔らかな優しい声が聞こえてきた。
「あの…すみませんが、その棚にある本が取りたいんですが」
「ああ、すまない。邪魔になっていたのか」
「いえ、わたしが急に読みたくなったので」
少し下がって、彼女に場所を譲ると、少し高い位置にあり、一生懸命に背伸びして取ろうとしていた。
「どれだ。取ってやるよ。これか」
「その隣の本です」
「どうぞ」
「ありがとうございます」
そういってペコリと頭を下げた彼女は、噂されているような横暴で傲慢な令嬢には見えなかった。洗礼された淑女の様な雰囲気さえ醸し出しているのに…。どうしてそんな噂が先行しているのか不思議な程だった。
それから、数日経った頃、今度は俺に彼女の方から声をかけて来た。
「先日は有難うございました。これ、お礼です。良かったら使って下さい」
そう言って、俺に刺繍したハンカチを手渡した。
だが、そのハンカチを見て、俺は少し複雑な気分になった。
そこに刺繍されている花は蘭で国の象徴花だった。
そして何となくイニシャルを刺繍して糸を解いたような跡があった。
きっと、これは先ほど行われた行事の際に弟に渡そうとした物だったのだろう。
行き場を失くしたハンカチは結局俺の元に来た。
レイモンドの『R』それはかつての俺の名だ。
偶然とはいえ、彼女からその名を刺繍したハンカチを受け取る事になろうとは、想像してもなかった。
だが、それをきっかけに俺と彼女に接点が出来た事は間違いない。
それは、俺にとって束の間の幸せな時間だった事だけは間違いない。
「ふふ、あの方、今日も殿下に相手にされなかったようね。これなら婚約解消も時間の問題ではなくって」
「本当よね。公爵家に生まれただけで他国の血を引いている余所者なのに殿下の婚約者なんてずうずうしいわ」
「それにあの噂聞いたか?」
「どんな噂だ」
「例の殿下の妹君が亡くなられた件に公爵令嬢が関わっていたとか」
「まあ、在り得るよな。殿下に近付く令嬢を悉く排除していたものな」
「酷い者は、怪我までさせられたときいたぞ」
「本当かよ。ひでーな。殿下も何でまだ婚約者にしているんだ」
「それなんだけど、最近殿下にはお気に入りの令嬢がいるらしい」
「誰だよそれ」
「ほら、例の公爵家の妹さ」
「ああ、天使のような容姿で可愛いと評判の美少女か」
「そうそう、その令嬢だよ。たしか名前をジュリア様っていうんだって」
「ヒューッ、早く会ってみたいな」
「もうじき入学式があるからその時会えるさ」
「もしかしたら、殿下も妹の方に乗り返るつもりなのかもな」
「ありえる。どっちにしてもあの女はおしまいだよ」
ヒソヒソと囁くようにあちこちから似たような誹謗中傷を耳にした。
詳しく聞けば、ベアトリーチェは母の葬儀の後に父である公爵が喪も明けぬ間に、別邸に囲っていた平民の妻と庶子を引き入れたらしい。
王太子妃教育と学園を両立するだけでも大変な事なのに…。
俺があの時、レオンハルト閣下の訃報を知らせなければ、彼女の母は死なずに済んだかもしれない。なら、今の現状を作り出したのも俺の所為なのだと再び後悔した。
確かにいくつかの事柄は、客観的に見てもベアトリーチェの行いは褒められたものではない。
だとしても、何故、彼女だけが責められなければいけないのだろうか。
弟も同罪ではないか。
俺の中で、どんどんと弟への不信感が募っていく。
そんな時に学園の図書館で彼女の姿を見かけた。
学年が違うので、廊下をすれ違う事もままならない。
本来なら、婚約者である弟を訪ねてきてもいいのに、それすらもない。いや出来ない様だった。
弟の側近がそれを阻んでいる様で、見かける彼女は何時も一人でいた。
どうやら、図書館は生徒会室に行くために通る道順になっているらしく。時折頬を赤く染めて、焦がれる様な目線を弟に向けている彼女を見た。
不毛だな。
そんな一言が俺の頭を掠めた。
無意識に思い浮かんだ言葉は、自分に対してか彼女に対してか分からなかった。
ある日、図書館でいつもの様に陰から彼女を見守っているつもりだったが、後ろから柔らかな優しい声が聞こえてきた。
「あの…すみませんが、その棚にある本が取りたいんですが」
「ああ、すまない。邪魔になっていたのか」
「いえ、わたしが急に読みたくなったので」
少し下がって、彼女に場所を譲ると、少し高い位置にあり、一生懸命に背伸びして取ろうとしていた。
「どれだ。取ってやるよ。これか」
「その隣の本です」
「どうぞ」
「ありがとうございます」
そういってペコリと頭を下げた彼女は、噂されているような横暴で傲慢な令嬢には見えなかった。洗礼された淑女の様な雰囲気さえ醸し出しているのに…。どうしてそんな噂が先行しているのか不思議な程だった。
それから、数日経った頃、今度は俺に彼女の方から声をかけて来た。
「先日は有難うございました。これ、お礼です。良かったら使って下さい」
そう言って、俺に刺繍したハンカチを手渡した。
だが、そのハンカチを見て、俺は少し複雑な気分になった。
そこに刺繍されている花は蘭で国の象徴花だった。
そして何となくイニシャルを刺繍して糸を解いたような跡があった。
きっと、これは先ほど行われた行事の際に弟に渡そうとした物だったのだろう。
行き場を失くしたハンカチは結局俺の元に来た。
レイモンドの『R』それはかつての俺の名だ。
偶然とはいえ、彼女からその名を刺繍したハンカチを受け取る事になろうとは、想像してもなかった。
だが、それをきっかけに俺と彼女に接点が出来た事は間違いない。
それは、俺にとって束の間の幸せな時間だった事だけは間違いない。
10
お気に入りに追加
3,939
あなたにおすすめの小説

隠れ蓑婚約者 ~了解です。貴方が王女殿下に相応しい地位を得るまで、ご協力申し上げます~
夏笆(なつは)
恋愛
ロブレス侯爵家のフィロメナの婚約者は、魔法騎士としてその名を馳せる公爵家の三男ベルトラン・カルビノ。
ふたりの婚約が整ってすぐ、フィロメナは王女マリルーより、自身とベルトランは昔からの恋仲だと打ち明けられる。
『ベルトランはね、あたくしに相応しい爵位を得ようと必死なのよ。でも時間がかかるでしょう?だからその間、隠れ蓑としての婚約者、よろしくね』
可愛い見た目に反するフィロメナを貶める言葉に衝撃を受けるも、フィロメナはベルトランにも確認をしようとして、機先を制するように『マリルー王女の警護があるので、君と夜会に行くことは出来ない。今後についても、マリルー王女の警護を優先する』と言われてしまう。
更に『俺が同行できない夜会には、出席しないでくれ』と言われ、その後に王女マリルーより『ベルトランがごめんなさいね。夜会で貴女と遭遇してしまったら、あたくしの気持ちが落ち着かないだろうって配慮なの』と聞かされ、自由にしようと決意する。
『俺が同行出来ない夜会には、出席しないでくれと言った』
『そんなのいつもじゃない!そんなことしていたら、若さが逃げちゃうわ!』
夜会の出席を巡ってベルトランと口論になるも、フィロメナにはどうしても夜会に行きたい理由があった。
それは、ベルトランと婚約破棄をしてもひとりで生きていけるよう、靴の事業を広めること。
そんな折、フィロメナは、ベルトランから、魔法騎士の特別訓練を受けることになったと聞かされる。
期間は一年。
厳しくはあるが、訓練を修了すればベルトランは伯爵位を得ることが出来、王女との婚姻も可能となる。
つまり、その時に婚約破棄されると理解したフィロメナは、会うことも出来ないと言われた訓練中の一年で、何とか自立しようと努力していくのだが、そもそもすべてがすれ違っていた・・・・・。
この物語は、互いにひと目で恋に落ちた筈のふたりが、言葉足らずや誤解、曲解を繰り返すうちに、とんでもないすれ違いを引き起こす、魔法騎士や魔獣も出て来るファンタジーです。
あらすじの内容と実際のお話では、順序が一致しない場合があります。
小説家になろうでも、掲載しています。
Hotランキング1位、ありがとうございます。

ご自慢の聖女がいるのだから、私は失礼しますわ
ネコ
恋愛
伯爵令嬢ユリアは、幼い頃から第二王子アレクサンドルの婚約者。だが、留学から戻ってきたアレクサンドルは「聖女が僕の真実の花嫁だ」と堂々宣言。周囲は“奇跡の力を持つ聖女”と王子の恋を応援し、ユリアを貶める噂まで広まった。婚約者の座を奪われるより先に、ユリアは自分から破棄を申し出る。「お好きにどうぞ。もう私には関係ありません」そう言った途端、王宮では聖女の力が何かとおかしな騒ぎを起こし始めるのだった。

初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。
やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。
落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。
毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。
様子がおかしい青年に気づく。
ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。
ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
最終話まで予約投稿済です。
次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。
ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。
楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。

私の頑張りは、とんだ無駄骨だったようです
風見ゆうみ
恋愛
私、リディア・トゥーラル男爵令嬢にはジッシー・アンダーソンという婚約者がいた。ある日、学園の中庭で彼が女子生徒に告白され、その生徒と抱き合っているシーンを大勢の生徒と一緒に見てしまった上に、その場で婚約破棄を要求されてしまう。
婚約破棄を要求されてすぐに、ミラン・ミーグス公爵令息から求婚され、ひそかに彼に思いを寄せていた私は、彼の申し出を受けるか迷ったけれど、彼の両親から身を引く様にお願いされ、ミランを諦める事に決める。
そんな私は、学園を辞めて遠くの街に引っ越し、平民として新しい生活を始めてみたんだけど、ん? 誰かからストーカーされてる? それだけじゃなく、ミランが私を見つけ出してしまい…!?
え、これじゃあ、私、何のために引っ越したの!?
※恋愛メインで書くつもりですが、ざまぁ必要のご意見があれば、微々たるものになりますが、ざまぁを入れるつもりです。
※ざまぁ希望をいただきましたので、タグを「ざまぁ」に変更いたしました。
※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法も存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。
さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】
私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。
もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。
※マークは残酷シーン有り
※(他サイトでも投稿中)
私の愛した婚約者は死にました〜過去は捨てましたので自由に生きます〜
みおな
恋愛
大好きだった人。
一目惚れだった。だから、あの人が婚約者になって、本当に嬉しかった。
なのに、私の友人と愛を交わしていたなんて。
もう誰も信じられない。

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない
ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。
ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。
ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。
ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる