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第一章
番外編 ※第一王子③
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クレージュ公爵家は、フロンティアでも屈指の魔法医学の名門だった。
特に専門は呪いを受けた者の解呪方法と治療が専門。
俺も母も着いた途端、色々な質問や検査が行なわれた。
その結果、闇の精霊師なら母の精神をもとに戻すことができるかもしれないと言われ、俺は公爵のいう通り養子縁組をした。
ただ、狂った母を元に戻したい一心だったのだ。
母はクレージュ公爵領にある療養所に入り、俺は養子という名の実験体となった。
黒魔術の呪いを受けた者などそうそうはいないからだ。
公爵家の人間は良くも悪くも学者意識が高い。俺のことは貴重な研究材料ぐらいにしか思っていなかったのだろう。
なんども色々な薬や魔術を試したが、わかっているのは古代魔法をかけられていることだけだった。
しかし、エドモンド・オーウェストが古代語の魔術を一部解読できたことによって、俺の治療が少し前進した。今まで包帯で覆っていた黒いしみは小さくなり、心臓の上に咲いた薔薇のような形にまですることができた。
だが、それもわずかな負の感情に左右され、ちょっとした怒りや憎しみ、妬みといった黒いものが心に湧き出ると、心臓を締め付けるように痛んだ。
それは偶然だった。
目覚ましい発展を遂げたフロンティアの帝都を見て回った時、身分の高そうな人の財布を盗んだスリに足を引っ掛けて転ばした。
「坊主、助かったよ」
声を掛けて来たのは、赤毛の長身の体躯のいい男性だった。
「レディス、そのまま駐屯所に突き出してくれ」
「はい、レオンハルト閣下」
今、レオンハルトと言ったか?この人が…。
父ジルベスターが探していた人物だ。
もしかしたら、この人なら俺にかけられた呪いを解くことができるのだろうか。
「君の名は?」
「デミオンといいます」
「デミオン…か」
「なにか?」
俺の名前を聞いて何やら考え込むような素振りを見せた。じっと見つめるその翠の瞳は懐かしい人を思い起こさせる。
「なあ、坊主。剣術を習ってみないか?もしかしたら、才能があるかもしれないぞ」
「それなら、いつかあなたの元で雇ってもらえませんか?」
「えっ…働きたいのか」
「そうです。まとまったお金が必要なんです」
母の治療のために…。人を雇って闇の精霊師を探してもらわなくてはならない。その為には、大金が必要だった。
父も手は尽くしてくれているだろうが、あの女が王妃になった以上、いつまで続くか分からない。もしもの時の為にも金は持っていた方がいい。
俺の申し出を不審に思ったのだろうか。しばらく考えて、「取り敢えず、レジェスに習って才能が有れば」ということになった。
いつからにするかという話になり、早ければ早いほど俺にとっては都合がよかった。
だから、翌日から大公家に通うことになった。
「いいんですか?閣下」
「ああ、他国の王子がなぜ、金を欲しがるのかわからないが、なんにせよ近くで見張っていた方が、こちらも対処しやすいからな」
「そうかもしれませんが、一体何を考えているのでしょうか。あの国は…」
「さあな。俺達には到底理解できないがな」
レオンハルトは、立ち去ったデミオンを見送った。
可哀そうに…将来を嘱望され、期待された王子が一夜にして転落。その上、他国に静養という名の追放に等しい扱いを受けているのか。あの年で、既に自分の行きつく先を見越しているとは驚きだ。実に惜しいことだな。きっと王位を継げば、良き王になれるものを…。
レオンハルトが、そんな風に自分を評価しているとは知らない俺は、約束通り次の日から大公家に通うことになった。
レジェスを師匠と仰ぎ、彼の指導を受ける片手間、時々、大公閣下の執務室に呼ばれてフロンティアの歴史や精霊師についての勉強もさせられた。
何より彼の執務室に飾られている写真に写る銀色の髪をした美しい女性に目が行った。
「それが気になるか?」
不意に後ろから声をかけられて振り向くと、閣下が立っていた。
「すみません。不躾にじろじろと中を見まして」
「いやかまわない。それよりどうだ。美しい女性だろう。俺の妻なんだ」
妻と言われて疑問しか湧かない。
この屋敷には女主人がいるような気配は一切ないのだ。
「見かけたことはないですが…」
「ああ、今は遠くに行っているが、もうすぐ帰ってくるんだ。娘と一緒にな」
「娘…」
「そうだ。妻と同じ姿をしているらしい。瞳は俺と同じ翠の色だがな」
その言葉で思い出した。なぜ、この写真が気になったのかを。
あの少女に似ているからだ。
ベアトリーチェに…。
彼女に瓜二つなんだ。
もしかして…。
俺は期待した。
もし、彼女が大公の娘ならまた会えるのではないかと。
しかし、現実はもっと残酷で厳しいものだった。
大公が新しい遺跡の調査に向かって数日後、事故が起きて大公は岩盤の下敷きになって死亡したのだ。
訃報の知らせに驚く暇もなく、葬儀や跡継ぎの話が出ている。
悲しむ間もなく葬儀は盛大に行われた。
彼が残したものの中であの指輪が目に入った。
いつだったか。妻に送ろうと思うんだとはにかむ様な笑みを浮かべていた閣下の姿を思い出して、俺はそれと一緒に閣下の訃報をリリエンヌに知らせたのだ。
それが、大きな禍になるとは知らずに。
結果、リリエンヌは死んだ。
閣下の後を追うように…。
知らせを聞いたリリエンヌの兄で閣下の親友だったエドモンド・オーウェストは、アルカイドに飛んで行った。
妹の葬儀で出会った姪に「一緒に来るか」と尋ねたが、彼女は公爵家に残ると答えたらしい。
俺が余計なことをしたせいで、ベアトリーチェの未来が不穏なものになるとは知らなかったのだ。
「お前が余計なことをしたからリリエンヌ様は亡くなられたんだ」
レジェスに怒鳴られ殴られた俺は、とんでもないことをした事に気付いた。だが、そんなことは後の祭りだ。なかったことにはできない。
罪を償うにはどうすればいいのだろう。
鬱々とした日々を過ごしながら、俺は母の元を訪ねた。
相変わらず、俺が誰だかわからない彼女を俺は少しばかり羨んだ。
もしかして、俺があの状態ならこんな苦しい思いをしなくても済んだのではないかと。
それでも俺は与えられた生を生きていかなくてはならないのだと、自分の運命を呪った。
閣下が亡くなって大公家は皇家が管理することになった。
いずれ、その娘が帰ってきて後を継げるようにという配慮だったのだろう。
俺が15才になった時、転機が突然やってきた。
アルカイドに留学という名で国に帰ることが許されたのだ。
特に専門は呪いを受けた者の解呪方法と治療が専門。
俺も母も着いた途端、色々な質問や検査が行なわれた。
その結果、闇の精霊師なら母の精神をもとに戻すことができるかもしれないと言われ、俺は公爵のいう通り養子縁組をした。
ただ、狂った母を元に戻したい一心だったのだ。
母はクレージュ公爵領にある療養所に入り、俺は養子という名の実験体となった。
黒魔術の呪いを受けた者などそうそうはいないからだ。
公爵家の人間は良くも悪くも学者意識が高い。俺のことは貴重な研究材料ぐらいにしか思っていなかったのだろう。
なんども色々な薬や魔術を試したが、わかっているのは古代魔法をかけられていることだけだった。
しかし、エドモンド・オーウェストが古代語の魔術を一部解読できたことによって、俺の治療が少し前進した。今まで包帯で覆っていた黒いしみは小さくなり、心臓の上に咲いた薔薇のような形にまですることができた。
だが、それもわずかな負の感情に左右され、ちょっとした怒りや憎しみ、妬みといった黒いものが心に湧き出ると、心臓を締め付けるように痛んだ。
それは偶然だった。
目覚ましい発展を遂げたフロンティアの帝都を見て回った時、身分の高そうな人の財布を盗んだスリに足を引っ掛けて転ばした。
「坊主、助かったよ」
声を掛けて来たのは、赤毛の長身の体躯のいい男性だった。
「レディス、そのまま駐屯所に突き出してくれ」
「はい、レオンハルト閣下」
今、レオンハルトと言ったか?この人が…。
父ジルベスターが探していた人物だ。
もしかしたら、この人なら俺にかけられた呪いを解くことができるのだろうか。
「君の名は?」
「デミオンといいます」
「デミオン…か」
「なにか?」
俺の名前を聞いて何やら考え込むような素振りを見せた。じっと見つめるその翠の瞳は懐かしい人を思い起こさせる。
「なあ、坊主。剣術を習ってみないか?もしかしたら、才能があるかもしれないぞ」
「それなら、いつかあなたの元で雇ってもらえませんか?」
「えっ…働きたいのか」
「そうです。まとまったお金が必要なんです」
母の治療のために…。人を雇って闇の精霊師を探してもらわなくてはならない。その為には、大金が必要だった。
父も手は尽くしてくれているだろうが、あの女が王妃になった以上、いつまで続くか分からない。もしもの時の為にも金は持っていた方がいい。
俺の申し出を不審に思ったのだろうか。しばらく考えて、「取り敢えず、レジェスに習って才能が有れば」ということになった。
いつからにするかという話になり、早ければ早いほど俺にとっては都合がよかった。
だから、翌日から大公家に通うことになった。
「いいんですか?閣下」
「ああ、他国の王子がなぜ、金を欲しがるのかわからないが、なんにせよ近くで見張っていた方が、こちらも対処しやすいからな」
「そうかもしれませんが、一体何を考えているのでしょうか。あの国は…」
「さあな。俺達には到底理解できないがな」
レオンハルトは、立ち去ったデミオンを見送った。
可哀そうに…将来を嘱望され、期待された王子が一夜にして転落。その上、他国に静養という名の追放に等しい扱いを受けているのか。あの年で、既に自分の行きつく先を見越しているとは驚きだ。実に惜しいことだな。きっと王位を継げば、良き王になれるものを…。
レオンハルトが、そんな風に自分を評価しているとは知らない俺は、約束通り次の日から大公家に通うことになった。
レジェスを師匠と仰ぎ、彼の指導を受ける片手間、時々、大公閣下の執務室に呼ばれてフロンティアの歴史や精霊師についての勉強もさせられた。
何より彼の執務室に飾られている写真に写る銀色の髪をした美しい女性に目が行った。
「それが気になるか?」
不意に後ろから声をかけられて振り向くと、閣下が立っていた。
「すみません。不躾にじろじろと中を見まして」
「いやかまわない。それよりどうだ。美しい女性だろう。俺の妻なんだ」
妻と言われて疑問しか湧かない。
この屋敷には女主人がいるような気配は一切ないのだ。
「見かけたことはないですが…」
「ああ、今は遠くに行っているが、もうすぐ帰ってくるんだ。娘と一緒にな」
「娘…」
「そうだ。妻と同じ姿をしているらしい。瞳は俺と同じ翠の色だがな」
その言葉で思い出した。なぜ、この写真が気になったのかを。
あの少女に似ているからだ。
ベアトリーチェに…。
彼女に瓜二つなんだ。
もしかして…。
俺は期待した。
もし、彼女が大公の娘ならまた会えるのではないかと。
しかし、現実はもっと残酷で厳しいものだった。
大公が新しい遺跡の調査に向かって数日後、事故が起きて大公は岩盤の下敷きになって死亡したのだ。
訃報の知らせに驚く暇もなく、葬儀や跡継ぎの話が出ている。
悲しむ間もなく葬儀は盛大に行われた。
彼が残したものの中であの指輪が目に入った。
いつだったか。妻に送ろうと思うんだとはにかむ様な笑みを浮かべていた閣下の姿を思い出して、俺はそれと一緒に閣下の訃報をリリエンヌに知らせたのだ。
それが、大きな禍になるとは知らずに。
結果、リリエンヌは死んだ。
閣下の後を追うように…。
知らせを聞いたリリエンヌの兄で閣下の親友だったエドモンド・オーウェストは、アルカイドに飛んで行った。
妹の葬儀で出会った姪に「一緒に来るか」と尋ねたが、彼女は公爵家に残ると答えたらしい。
俺が余計なことをしたせいで、ベアトリーチェの未来が不穏なものになるとは知らなかったのだ。
「お前が余計なことをしたからリリエンヌ様は亡くなられたんだ」
レジェスに怒鳴られ殴られた俺は、とんでもないことをした事に気付いた。だが、そんなことは後の祭りだ。なかったことにはできない。
罪を償うにはどうすればいいのだろう。
鬱々とした日々を過ごしながら、俺は母の元を訪ねた。
相変わらず、俺が誰だかわからない彼女を俺は少しばかり羨んだ。
もしかして、俺があの状態ならこんな苦しい思いをしなくても済んだのではないかと。
それでも俺は与えられた生を生きていかなくてはならないのだと、自分の運命を呪った。
閣下が亡くなって大公家は皇家が管理することになった。
いずれ、その娘が帰ってきて後を継げるようにという配慮だったのだろう。
俺が15才になった時、転機が突然やってきた。
アルカイドに留学という名で国に帰ることが許されたのだ。
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