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第一章
番外編 ※第一王子②
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体中が熱を帯びたような痛みで襲われているのに寒くて仕方がない。手足も凍えている様な感覚が襲ってくる。
何度も夢の中で、黒い霧が母を俺を苦しめて殺しに来るのだ。
必死でもがきながら、苦しみに耐えていると微かに母の悲鳴が聞こえてきた。
「お願い、赦して…子供だけは助けて」
そんな言葉を何度も繰り返していた。
「エリノア…私だ。ジルベスターだ。私が分からないのか」
父の悲しそうな声が聞こえてきた。
どうやら俺と母は助かったらしい。
呪いを受けた俺は発熱してベッドの上でのた打ち回る苦しみを受けながら、宮廷魔術師たちの尽力で何とか命を繋けたらしい。
目が覚めた時には全身を包帯で撒かれ、髪も瞳の色さえも変わっていた。
まだ何かが這うような感覚だけは残っていて、
「呪いをなんとか封じ込める事は出来ましたが、正直言って後どのくらい持つかという判断はお答えできません」
「どうすればいい」
「フロンティアにいる賢者フロイト様とその弟子であるレオンハルト様ならなにか対策を講じる事が出来るかもしれませんが…何分未知な部分も多いですので…」
言葉を濁しながら、ジルベスターの問いに答えている魔術師は憔悴していた。
ここ何日か、寝ていない事は明白なほど顔色も悪かった。
父は直ぐにフロンティアに使者を送ったが、かの国は混沌の渦中にあり、無理は言えない状況だった。
国交を先に閉ざして様子を伺っていたのは、アルカイドの方なのだから。
王国が帝国に変わるかもしれない政変がフロンティアに起こると、近隣諸国はかの国との国交を控えた。その筆頭国が今更何の用だと言われても文句は言えない。
そんな状況で、何も好転することなく日々は過ぎて行き、代理のはずの『レイノルド』の名も弟ウィルウッドのものになって久しかった。
気が触れた母は相変わらず、部屋の隅で縮こまって人の気配に怯えて暮らしていた。
世話をしている侍女たちの目も以前と違って、まるで汚物を見る様な目で俺たちを蔑んだ。
何もかも全てが変わって、絶望という文字だけが心に刻まれていく日々…。それでも父はなんとか時間を作っては母と俺の元を訪れた。
しかし、それも臣下からの声に負けて、俺たちは静養という名の元にフロンティアの遠い親戚の元に送られることになった。
既に包帯も取れた俺の顔にはまだ、痛々しいほどの呪いの黒いシミが半身を支配していた。
その日は、10才の誕生日で本当なら俺の婚約者を選定する日だった。
皮肉なことに俺はその日に王宮を追い出されたのだ。
たまたま偶然、その庭の茂みで話をしている少女たちに出会った。
何を話しているのか分からなかったが、銀色の髪の少女が微笑んでいる様子に目を奪われた。
──似ている…。
あの時、突如現れた少女の姿と瓜二つな彼女…。
話がしたかったが、化け物の様な今の容姿の俺ではきっと怖がらせてしまうと、茂みに隠れて様子を伺っていた。
暫くすると、慌てた様子の弟がもう一人の金髪の少女に話かけていた。
「フェリシア、心配したよ」
「おにいちゃま」
弟を兄と呼んでいるという事は、あの子が宝石眼を持たない王女なのかと理解した。同時に憐みを感じたが今の自分と比べればどちらが憐れなのかと自嘲した。
「そろそろ、お時間です」
そう護衛の騎士から告げられて、俺はその場を去ったが、銀髪の少女の笑顔を忘れることが出来なかった。
さりげなく彼女の事を騎士から聞くと、
「ベアトリーチェ・チェスター公爵令嬢です」
そう教えてくれた。
何もなければ、彼女の婚約者は俺なのに。
そんな考えが頭を擡げたが、すぐに「呪われた身で」と思い直した。
呪いは黒い感情に敏感で、人を妬み、恨み、憎しみに反応しているようだった。俺のその感情を察知した呪いは俺の体をまた這いずり回り出した。
「うっ…」
「痛むのですか。苦しいですか」
騎士は俺に優しく声を掛けるが、言葉を返せるほどの余裕は俺にはない。
ただ、手で「大丈夫だ」と合図するより手立てはなかった。
そして、俺は母の遠い親戚であるフロンティアのクレージュ公爵家の門を叩いた。
何度も夢の中で、黒い霧が母を俺を苦しめて殺しに来るのだ。
必死でもがきながら、苦しみに耐えていると微かに母の悲鳴が聞こえてきた。
「お願い、赦して…子供だけは助けて」
そんな言葉を何度も繰り返していた。
「エリノア…私だ。ジルベスターだ。私が分からないのか」
父の悲しそうな声が聞こえてきた。
どうやら俺と母は助かったらしい。
呪いを受けた俺は発熱してベッドの上でのた打ち回る苦しみを受けながら、宮廷魔術師たちの尽力で何とか命を繋けたらしい。
目が覚めた時には全身を包帯で撒かれ、髪も瞳の色さえも変わっていた。
まだ何かが這うような感覚だけは残っていて、
「呪いをなんとか封じ込める事は出来ましたが、正直言って後どのくらい持つかという判断はお答えできません」
「どうすればいい」
「フロンティアにいる賢者フロイト様とその弟子であるレオンハルト様ならなにか対策を講じる事が出来るかもしれませんが…何分未知な部分も多いですので…」
言葉を濁しながら、ジルベスターの問いに答えている魔術師は憔悴していた。
ここ何日か、寝ていない事は明白なほど顔色も悪かった。
父は直ぐにフロンティアに使者を送ったが、かの国は混沌の渦中にあり、無理は言えない状況だった。
国交を先に閉ざして様子を伺っていたのは、アルカイドの方なのだから。
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気が触れた母は相変わらず、部屋の隅で縮こまって人の気配に怯えて暮らしていた。
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何もかも全てが変わって、絶望という文字だけが心に刻まれていく日々…。それでも父はなんとか時間を作っては母と俺の元を訪れた。
しかし、それも臣下からの声に負けて、俺たちは静養という名の元にフロンティアの遠い親戚の元に送られることになった。
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たまたま偶然、その庭の茂みで話をしている少女たちに出会った。
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──似ている…。
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話がしたかったが、化け物の様な今の容姿の俺ではきっと怖がらせてしまうと、茂みに隠れて様子を伺っていた。
暫くすると、慌てた様子の弟がもう一人の金髪の少女に話かけていた。
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「おにいちゃま」
弟を兄と呼んでいるという事は、あの子が宝石眼を持たない王女なのかと理解した。同時に憐みを感じたが今の自分と比べればどちらが憐れなのかと自嘲した。
「そろそろ、お時間です」
そう護衛の騎士から告げられて、俺はその場を去ったが、銀髪の少女の笑顔を忘れることが出来なかった。
さりげなく彼女の事を騎士から聞くと、
「ベアトリーチェ・チェスター公爵令嬢です」
そう教えてくれた。
何もなければ、彼女の婚約者は俺なのに。
そんな考えが頭を擡げたが、すぐに「呪われた身で」と思い直した。
呪いは黒い感情に敏感で、人を妬み、恨み、憎しみに反応しているようだった。俺のその感情を察知した呪いは俺の体をまた這いずり回り出した。
「うっ…」
「痛むのですか。苦しいですか」
騎士は俺に優しく声を掛けるが、言葉を返せるほどの余裕は俺にはない。
ただ、手で「大丈夫だ」と合図するより手立てはなかった。
そして、俺は母の遠い親戚であるフロンティアのクレージュ公爵家の門を叩いた。
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