もう、あなたを愛することはないでしょう

春野オカリナ

文字の大きさ
上 下
34 / 48
第一章

番外編 ※第一王子②

しおりを挟む
 体中が熱を帯びたような痛みで襲われているのに寒くて仕方がない。手足も凍えている様な感覚が襲ってくる。

 何度も夢の中で、黒い霧が母を俺を苦しめて殺しに来るのだ。

 必死でもがきながら、苦しみに耐えていると微かに母の悲鳴が聞こえてきた。

 「お願い、赦して…子供だけは助けて」

 そんな言葉を何度も繰り返していた。

 「エリノア…私だ。ジルベスターだ。私が分からないのか」

 父の悲しそうな声が聞こえてきた。

 どうやら俺と母は助かったらしい。

 呪いを受けた俺は発熱してベッドの上でのた打ち回る苦しみを受けながら、宮廷魔術師たちの尽力で何とか命を繋けたらしい。

 目が覚めた時には全身を包帯で撒かれ、髪も瞳の色さえも変わっていた。

 まだ何かが這うような感覚だけは残っていて、

 「呪いをなんとか封じ込める事は出来ましたが、正直言って後どのくらい持つかという判断はお答えできません」

 「どうすればいい」

 「フロンティアにいる賢者フロイト様とその弟子であるレオンハルト様ならなにか対策を講じる事が出来るかもしれませんが…何分未知な部分も多いですので…」

 言葉を濁しながら、ジルベスターの問いに答えている魔術師は憔悴していた。

 ここ何日か、寝ていない事は明白なほど顔色も悪かった。

 父は直ぐにフロンティアに使者を送ったが、かの国は混沌の渦中にあり、無理は言えない状況だった。

 国交を先に閉ざして様子を伺っていたのは、アルカイドの方なのだから。

 王国が帝国に変わるかもしれない政変がフロンティアに起こると、近隣諸国はかの国との国交を控えた。その筆頭国が今更何の用だと言われても文句は言えない。

 そんな状況で、何も好転することなく日々は過ぎて行き、代理のはずの『レイノルド』の名も弟ウィルウッドのものになって久しかった。

 気が触れた母は相変わらず、部屋の隅で縮こまって人の気配に怯えて暮らしていた。

 世話をしている侍女たちの目も以前と違って、まるで汚物を見る様な目で俺たちを蔑んだ。

 何もかも全てが変わって、絶望という文字だけが心に刻まれていく日々…。それでも父はなんとか時間を作っては母と俺の元を訪れた。

 しかし、それも臣下からの声に負けて、俺たちは静養という名の元にフロンティアの遠い親戚の元に送られることになった。

 既に包帯も取れた俺の顔にはまだ、痛々しいほどの呪いの黒いシミが半身を支配していた。


 その日は、10才の誕生日で本当なら俺の婚約者を選定する日だった。

 皮肉なことに俺はその日に王宮を追い出されたのだ。

 たまたま偶然、その庭の茂みで話をしている少女たちに出会った。

 何を話しているのか分からなかったが、銀色の髪の少女が微笑んでいる様子に目を奪われた。

 ──似ている…。

 あの時、突如現れた少女の姿と瓜二つな彼女…。

 話がしたかったが、化け物の様な今の容姿の俺ではきっと怖がらせてしまうと、茂みに隠れて様子を伺っていた。

 暫くすると、慌てた様子の弟がもう一人の金髪の少女に話かけていた。

 「フェリシア、心配したよ」

 「おにいちゃま」

 弟を兄と呼んでいるという事は、あの子が宝石眼を持たない王女なのかと理解した。同時に憐みを感じたが今の自分と比べればどちらが憐れなのかと自嘲した。

 「そろそろ、お時間です」

 そう護衛の騎士から告げられて、俺はその場を去ったが、銀髪の少女の笑顔を忘れることが出来なかった。

 さりげなく彼女の事を騎士から聞くと、

 「ベアトリーチェ・チェスター公爵令嬢です」

 そう教えてくれた。

 何もなければ、彼女の婚約者は俺なのに。

 そんな考えが頭を擡げたが、すぐに「呪われた身で」と思い直した。

 呪いは黒い感情に敏感で、人を妬み、恨み、憎しみに反応しているようだった。俺のその感情を察知した呪いは俺の体をまた這いずり回り出した。

 「うっ…」

 「痛むのですか。苦しいですか」

 騎士は俺に優しく声を掛けるが、言葉を返せるほどの余裕は俺にはない。

 ただ、手で「大丈夫だ」と合図するより手立てはなかった。


 そして、俺は母の遠い親戚であるフロンティアのクレージュ公爵家の門を叩いた。
しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

わたしにはもうこの子がいるので、いまさら愛してもらわなくても結構です。

ふまさ
恋愛
 伯爵令嬢のリネットは、婚約者のハワードを、盲目的に愛していた。友人に、他の令嬢と親しげに歩いていたと言われても信じず、暴言を吐かれても、彼は子どものように純粋無垢だから仕方ないと自分を納得させていた。  けれど。 「──なんか、こうして改めて見ると猿みたいだし、不細工だなあ。本当に、ぼくときみの子?」  他でもない。二人の子ども──ルシアンへの暴言をきっかけに、ハワードへの絶対的な愛が、リネットの中で確かに崩れていく音がした。

ご自慢の聖女がいるのだから、私は失礼しますわ

ネコ
恋愛
伯爵令嬢ユリアは、幼い頃から第二王子アレクサンドルの婚約者。だが、留学から戻ってきたアレクサンドルは「聖女が僕の真実の花嫁だ」と堂々宣言。周囲は“奇跡の力を持つ聖女”と王子の恋を応援し、ユリアを貶める噂まで広まった。婚約者の座を奪われるより先に、ユリアは自分から破棄を申し出る。「お好きにどうぞ。もう私には関係ありません」そう言った途端、王宮では聖女の力が何かとおかしな騒ぎを起こし始めるのだった。

私の愛した婚約者は死にました〜過去は捨てましたので自由に生きます〜

みおな
恋愛
 大好きだった人。 一目惚れだった。だから、あの人が婚約者になって、本当に嬉しかった。  なのに、私の友人と愛を交わしていたなんて。  もう誰も信じられない。

大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ
恋愛
あらすじ  王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。  魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。 登場人物 ・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。 ・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。 ・イーライ 学園の園芸員。 クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。 ・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。 ・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。 ・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。 ・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。 ・マイロ 17歳、メリベルの友人。 魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。 魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。 ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

隠れ蓑婚約者 ~了解です。貴方が王女殿下に相応しい地位を得るまで、ご協力申し上げます~

夏笆(なつは)
恋愛
 ロブレス侯爵家のフィロメナの婚約者は、魔法騎士としてその名を馳せる公爵家の三男ベルトラン・カルビノ。  ふたりの婚約が整ってすぐ、フィロメナは王女マリルーより、自身とベルトランは昔からの恋仲だと打ち明けられる。 『ベルトランはね、あたくしに相応しい爵位を得ようと必死なのよ。でも時間がかかるでしょう?だからその間、隠れ蓑としての婚約者、よろしくね』  可愛い見た目に反するフィロメナを貶める言葉に衝撃を受けるも、フィロメナはベルトランにも確認をしようとして、機先を制するように『マリルー王女の警護があるので、君と夜会に行くことは出来ない。今後についても、マリルー王女の警護を優先する』と言われてしまう。  更に『俺が同行できない夜会には、出席しないでくれ』と言われ、その後に王女マリルーより『ベルトランがごめんなさいね。夜会で貴女と遭遇してしまったら、あたくしの気持ちが落ち着かないだろうって配慮なの』と聞かされ、自由にしようと決意する。 『俺が同行出来ない夜会には、出席しないでくれと言った』 『そんなのいつもじゃない!そんなことしていたら、若さが逃げちゃうわ!』  夜会の出席を巡ってベルトランと口論になるも、フィロメナにはどうしても夜会に行きたい理由があった。  それは、ベルトランと婚約破棄をしてもひとりで生きていけるよう、靴の事業を広めること。  そんな折、フィロメナは、ベルトランから、魔法騎士の特別訓練を受けることになったと聞かされる。  期間は一年。  厳しくはあるが、訓練を修了すればベルトランは伯爵位を得ることが出来、王女との婚姻も可能となる。  つまり、その時に婚約破棄されると理解したフィロメナは、会うことも出来ないと言われた訓練中の一年で、何とか自立しようと努力していくのだが、そもそもすべてがすれ違っていた・・・・・。  この物語は、互いにひと目で恋に落ちた筈のふたりが、言葉足らずや誤解、曲解を繰り返すうちに、とんでもないすれ違いを引き起こす、魔法騎士や魔獣も出て来るファンタジーです。  あらすじの内容と実際のお話では、順序が一致しない場合があります。    小説家になろうでも、掲載しています。 Hotランキング1位、ありがとうございます。

公爵令息は妹を選ぶらしいので私は旅に出ます

ネコ
恋愛
公爵令息ラウルの婚約者だったエリンは、なぜかいつも“愛らしい妹”に優先順位を奪われていた。正当な抗議も「ただの嫉妬だろう」と取り合われず、遂に婚約破棄へ。放り出されても涙は出ない。ならば持ち前の治癒魔法を活かして自由に生きよう――そう決めたエリンの旅立ち先で、運命は大きく動き出す。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

本日より他人として生きさせていただきます

ネコ
恋愛
伯爵令嬢のアルマは、愛のない婚約者レオナードに尽くし続けてきた。しかし、彼の隣にはいつも「運命の相手」を自称する美女の姿が。家族も周囲もレオナードの一方的なわがままを容認するばかり。ある夜会で二人の逢瀬を目撃したアルマは、今さら怒る気力も失せてしまう。「それなら私は他人として過ごしましょう」そう告げて婚約破棄に踏み切る。だが、彼女が去った瞬間からレオナードの人生には不穏なほつれが生じ始めるのだった。

処理中です...