もう、あなたを愛することはないでしょう

春野オカリナ

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第一章

旅立ち

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 体に異常がないと判断されたベアトリーチェは、王宮の中庭でフェリシアや両親とお茶をしている。

 呪いを受けた事によってベアトリーチェは、髪と瞳の色が変化していた。

 銀色の髪は黒く、翠の瞳は灰色に変わった。

 だが、その瞳に宿る精霊との契約紋だけは残っている。

 記憶を失ったことで、多少の混乱はあったが、今のベアトリーチェは10才までの記憶しかない。

 回帰前の大人になったベアトリーチェは、彼女の心の中で鳴りを潜めている。

 楽しそうにフェリシアと子供らしい会話をしている二人を見るにつれ、リリエンヌもレオンハルトもこのまま記憶が無い方がベアトリーチェにとっては良かったのではないかと思えた。

 「ねえ、ベティ。フロンティアにいったら、なにをするの?」

 「そうね。まず、帝都を見て回りたい。伯父様やお父様に聞いた話では、この国にはないものがたくさんあるんですって」

 「へえ、じゃあ、シアといっしょにいこう」

 「そうね。まず、向こうに着いたら、次の日は帝都の観光なんてどうかしら」

 「いいーー。ぜったいにいきたい」

 「街中でパフォーマンス大会をしているところや大きな百貨店。それに有名な魔道具の玩具屋さんもいきたい」

 「まどうぐの…?」

 「そう、なんでも小さな箱庭の玩具が流行っているんですって」

 「箱庭…」

 尽きることのない二人の少女の話を聞きながら、リリエンヌは聖母の如き微笑みを浮かべている。

 その隣にはレオンハルトが難しそうな顔をして、二人を眺めていた。

 


 意識を取り戻したフェリシアは、どうして紫蘭宮に行ったのか覚えていなかった。それ以前に誰に会ったのかも覚えていない。

 結局、その後の捜査は打ち切られ、大きな謎を残したままとなった。5年前の事件と同じように……。

 

 お茶会も終盤に差し掛かった頃、ジルベスターとレイノルドがやってきた。

 「すまないが、王女のことをよろしくお願いする」

 「陛下、王女は我らがお守りします」

 ジルベスターは、レオンハルトに頭を下げた。他国に行くことになったフェリシアの為に、今まで仕えていた護衛騎士の数名と専属侍女3名がフェリシアと共にフロンティアについて行くことを命じた。

 フェリシアはレイノルドに抱きついて、

 「おにいさまも早くきてね。シアもいい子で待っているから」

 「ああ、僕が13才になったら、フロンティアに行くよ。その時まで、手紙を書いてくれ」

 「うん、わかった」

 フェリシアはレイノルドに笑いかけながら、別れを告げた。

 レイノルドの中に自分から離れて遠くに行く妹の早すぎる兄離れを寂しく思えた。

 「ベアトリーチェ嬢。妹の事をよろしく頼みます。それと…手紙でフェリシアの近況を知らせてくれたら嬉しいのだが…」

 「わかりました。王女様のことはお任せください。殿下のお越しをお待ちしておりますわ。それまでお元気で」

 ベアトリーチェはそう言うと、美しい所作で挨拶をした。

 記憶を無くしていてもやはり、どこか覚えている事はあるのだろう。ベアトリーチェはマナーや教養だけは失っていなかったのだ。

 「もう、そろそろ出発しよう」

 レオンハルトの呼び声が聞こえたベアトリーチェとフェリシアは、慌てて二人の元に駆けて行く。

 
 離れていくベアトリーチェを見つめながら、レイノルドは胸の奥が熱くなった。

 ベアトリーチェが最後に見せた微笑み。

 それは、一月前に、フェリシアと話していた時と同じものだった。

 そして一月後には、まるで知らない少女がいたのに、今またレイノルドの心をかき乱して去っていく。

 「君はどこまで僕を惑わせれば気が済むんだ。ベアトリーチェ嬢…」

 レイノルドの言葉は馬車に乗り込んだベアトリーチェには聞こえない。それを拾ったのは父ジルベスターだった。

 「レイノルド…いやウィルウッド。大公が機会を与えてくれた。もしもベアトリーチェ嬢がお前を好きになって、お前の求婚を受け入れてくれたら、その時は許してくれるそうだ」

 父に本当の名で呼ばれたのは何時ぶりだろう。

 レイノルドの心に希望の灯がともった。

 フロンティアに行って、君の心を掴んでみせるよ。待っててベアトリーチェ嬢…。

 レイノルドは心の中でそう誓った。

 

 馬車の中で楽しくお喋りをしながら、王宮を出ると、公爵家の家門が付いた馬車とすれ違った。

 中に誰が乗っているのかと、ベアトリーチェが窓から覗くと向こうの馬車の少女と目が合う。

 一応、社交辞令でぺこりとお互いに挨拶を交わし、また前を見てお喋りに興じた。

 
 「ふふ、いつかまたお会いしましょうね。お異母姉さまベアトリーチェ

 「何か言ったか。ジュリア」

 「いいえ、お父様。早く会いたいわ」

 「そうだな。初めての顔合わせだ。緊張するだろうが教えたとおりに挨拶するのだぞ」

 「はーーい。わかっています」

 「本当に大丈夫か」

 「ご心配なく…」

 そう言って、少女は持っている扇で口元を隠して天使の様に微笑んだ。

 全てを扇で隠したのだ。そう、全て・・……。

 青い瞳に仄暗い炎が揺れている事に、父ベンジャミンは気付くことはなかった。

 馬車は吸い込まれるように、王宮の門に入って行く。

 
 一瞬、誰かの嗤い声が聞こえた様な気がして、ベアトリーチェは遠くなった王宮の方を見る。

 だが、直ぐに気の所為だと左右に頭を振って否定した。

 

 港に着くと出迎えの船が待機していて、ベアトリーチェ達を歓迎してくれる。借り受けた王家の馬車を降りて、ベアトリーチェ達は、船に乗り込んだ。

 「さあ、出航だ」

 その掛け声で、船が動き出すと沖合に出て、近くに何もないことを確認した船長が、

 「上昇だ」

 「はい」

 その指示で、急に体がふわっとなった。

 「ほら、ベアトリーチェ見てごらん」

 窓を指さして、外を見るように指をさす。

 レオンが指さした方向には、ベアトリーチェが初めて見る様な景色が広がっていた。

 船は空高く舞い上がって、雲の中に入ろうとしていた。

 下にはアルカイドの王都や港町が小さく見え、ベアトリーチェの心を浮き立たせた。

 「さあ、もうじきフロンティアに着くよ。お帰りベアトリーチェ、リリエンヌ。そして、ようこそフェリシア王女殿下」

 フェリシアも一緒に着いてきた護衛騎士も侍女たちも、皆が外の景色と船に驚いている。

 ベアトリーチェはフェリシアと目を輝かせて、フロンティアのこれからの生活に胸を躍らせていた。


 雲の下に今度は大きな立派な建物が見えてきた。

 ベアトリーチェ達はやっとフロンティアに帰ってきたのだ。


 ──おかえり…


 誰かの祝福に似たような声が聞こえてきた気がした。

 もう、季節は夏に近付いていた。




 第一章 ー完ー



 
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