もう、あなたを愛することはないでしょう

春野オカリナ

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第一章

時を遡る魔法

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 目覚めたベアトリーチェは、次にレオンハルトに気付いて声をかけた。

 「お父様…わ…わたし見たんです」

 「無理に喋らなくてもいい」

 「いいえ…あの時に戻ったんだと思います」

 「戻った?」

 「はい」

 「魔法陣から黒い霧のようなものが出て…そして…レイノルド殿下と同じ顔をした男の子が…助けを求めていたんです。その子を庇う様に女の人が身代わりになるから赦してくれと何かに訴えているようでした」

 「まさか…夢でも見ていたのか」

 「違います。その証拠にあの傷ついた精霊を託されたんですから…自分の代わりにこの子を助けてと…」

 ベアトリーチェの脳裏にはまだあの時の光景が瞼に焼き付いて離れなかった。

 暗いあの部屋で、怪しく光る魔法陣。

 中央に俯せになっている幼い少年。

 子供の上に覆いかぶさって、迫りくる黒い霧から彼を守ろうとしていた女性。

 時折、稲光のような閃光が走ったかと思えば、女性が悲痛な悲鳴を上げていた。

 その度に悲しげに「母上、僕に構わずに逃げて下さい」と叫ぶ少年。

 「もう止めて!!この子の代わりにわたしが…罰を受けるから、赦して!!!」

 懇願する女性に黒い霧が纏わりつき、首を絞めている。

 女性の瞳孔が開いて、意識が無くなっていくのがわかった。

 誰かの嗤い声が昏い部屋中に響き渡っている。二人がもがけばもがくほど面白そうに…。

 高くなり低くなりして……。

 初めて見るその光景にベアトリーチェはなす術も無く立ち尽くしていた。

 その内、少年がベアトリーチェの方に手を伸ばしてきて、「この子を助けて」とか細い声を出していた。

 ベアトリーチェがその子の手に触れた瞬間、またベアトリーチェは元の場所に戻ってきた。その時、自分の掌の中にあの傷ついた精霊がいたのだ。

 「もしかしたら、ベアトリーチェは時を遡ったのか…」

 レオンハルトは、信じられない表情を浮かべていたが、逆にどこか合点もいっていた。

 あの空白の数分間、確かにベアトリーチェはあの部屋から消えていた。

 「古代魔法の中に時を遡る魔法があることは、俺も聞いたことがある。でも…まさか…そんな事が出来るのだろうか」

 レオンハルトがベアトリーチェから聞いた話を頭の中で整理している時、リリエンヌが急に大きな声を上げた。

 「ベティ!!」

 レオンハルトが呼んだ娘の方を見ると、先ほどまでは顔色も悪くなかったベアトリーチェが急に胸に手を遣って苦しみだしている。

 「誰か医者を…」

 その声で、傍に控えていた侍女が慌てて、部屋を出て行った。

 「レオン見て…」
 
 リリエンヌがベアトリーチェの手を見せると、手は真っ黒に染まっている。よく見るを何かが這い出していくようにベアトリーチェの首から顔、頭に向けて暗い筋の様なものが体中に伸びていった。

 そして、筋は太くなってベアトリーチェを飲みこもうとしている。

 黒いシミの様なものが動く度にベアトリーチェは苦しんでいた。

 「い…痛い。苦しい……い…息が…で……ない」

 苦しそうな我が子の様子にリリエンヌは涙を流しながら、

 「レオン助けて…わたしたちの子供を……」

 レオンハルトは、ベアトリーチェの体を見回したが、症状が病気によるものではない事だけは理解できた。

 「呪い…」

 もしかしたら、ベアトリーチェは時を遡った時に、その部屋で呪いの一部を貰ったのではないだろうか?そんな考えがふと頭に浮かんだ。

 まだ、解呪方法も分からない未知なる呪い。

 焦って、どうにかしようと治癒魔法をかけても何の役にも立たない。

 今の状況を少しでも改善しようと、手探りで呪文を唱える。

 それは偶然だったのか、レオンハルトの指輪が微かに光るとベアトリーチェの苦しそうな表情が和らいだ。

 指輪をベアトリーチェの左薬指に填めると、呪いのシミは伸縮しだし、薬指の方に集まり出した。そして、指には薔薇のような形の痣となって収まった。

 どうやら、取りあえず呪いは封じられたようだが、まだ顔色も悪く目覚めぬベアトリーチェをレオンハルトとリリエンヌは心配しながら見守っていた。

 医者がかけつけて診断し始めた時、ベアトリーチェが眼を開いた。

 身体には異常がないが、いくつかの質問をされ、ベアトリーチェは戸惑っている。

 

 ベアトリーチェは、呪いを封じられた時、一部の記憶も無くしていた。

 その記憶は、ベアトリーチェが回帰する前の記憶…。

 レイノルドとの記憶を全て失ったベアトリーチェ。

 レオンハルトとリリエンヌの目の前には、10才の娘が居るだけだった。 
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