もう、あなたを愛することはないでしょう

春野オカリナ

文字の大きさ
上 下
24 / 48
第一章

生贄の少女

しおりを挟む
 あれは、俺がまだ貴族学園に通い始めて2年経った頃、父の先代公爵に連れられて、家門が運営しているへレンズ商会に行った時のことだ。

 そこで紹介された孫娘のエレナに一目ぼれをした。

 彼女こそ俺にとっては女神のような存在。

 初めて会った時から、運命に導かれた様に俺はエレナに心酔した。そのことが両親の耳に入り、貴族の娘でないエレナを公爵家に迎え入れないと言われた。

 俺はエレナしか妻に迎える気が無い。それでもまだ、結婚までに期限がある。ずるずると関係を引き延ばしている内に、俺の耳におかしな噂が飛び込んだ。

 それは「第三妃オパール様」に関すること。

 伯爵家の娘だが、庶子の生まれの彼女は正統な貴族の青い血を持っていない為に王太子殿下に冷遇されている。

 という物だったが、俺はドキリとした。

 考えて見れば、俺たちの関係もそうだ。いくら美しくて女神のような存在のエレナだが、出自は平民だ。何処かの下級貴族の養女にして戸籍を偽っても、彼女の血には貴族の尊い青い血は流れていない。

 もし、仮に両親が折れて彼女を公爵家に迎えいれられたとしても、子供には平民の血が流れている。

 それに次の王太子の婚約者には、俺の家から娘を出さなくてはならない。

 俺とエレナの娘にそんな思いをさせたくない。だから、俺は替え玉を作ることを考えた。

 王太子ジルベスター殿下が、慣例を変えたいと言った時に、多くの者が反対した。その中の一人が俺の父だった。

 高位貴族からの反対に遭えば、殿下も折れるしかなかったんだろう。

 父は家門の繁栄の為の決断だったのかもしれないが、今の俺にとっては不都合な判断だ。

 何度も両親から貴族令嬢との見合いを持ちかけられたが、俺の条件に合わない。頭の中は愛しいエレナのことにしかなかった。

 もう国内に目ぼしい令嬢がいなくなった頃、俺は新しい商会の活路をフロンティアに求めていくことになった。

 それは偶然だった。

 フロンティアの夜会で見つけた「銀の妖精姫」と呼ばれるリリエンヌを…。

 エレナとは違った雰囲気を持つ彼女に魅かれた訳ではないが、興味が湧いた。

 身近にいた他の貴族に聞いてもリリエンヌは、俺が求めていた従順で大人しい箱入り娘の様な令嬢。しかも見目もかなり美しい。その噂通り銀色の髪に青い瞳は男達をさぞかし虜にしただろう。

 俺は、商会の人間を使って、リリエンヌの事を探らせた。すると、彼女の叔父はかなりの放蕩息子だったらしく、今もかなりのギャンブルでの借金を抱えて困っているという情報を得た。

 叔父に商会の者から、アルカイドの貴族が花嫁を探しているという話を聞かせた。

 その叔父はこちらの狙い通り、俺にリリエンヌを借金の肩代わりの形に差し出した。

 本来なら契約を持ちかけるつもりだったが、リリエンヌの体調にある疑惑が芽生えた。


 ──もしかして、この女は妊娠しているんじゃないか? 


 侍女に命じて、リリエンヌの食べ物の嗜好や日中の様子を聞いて、医師にも診察させた。

 既に2ヶ月を過ぎていると言われ、俺は神が俺に味方したと大いに喜んだ。

 俺はリリエンヌに、

 「妊娠していることは知っている。だが、子供は産めばいい。お前とは白い結婚だという事を周囲に悟られるなよ」

 「はい…子供さえ無事に産めれば…わたしはそれで構いません」

 リリエンヌは、俺の提案に忠実だった。

 きっとリリエンヌは腹の子の本当の父親の事を思っているんだろう。そんな事は関係がなかった。ただ、こちらの思惑通りに動いてくれればそれで良かった。

 表無向きは、本当の夫婦の様に振る舞い。俺の私生活に踏み込みさえしなければ…。

 リリエンヌを連れて帰ると、隣国の伯爵令嬢で家門の多くに「精霊師」を排出していることを話すと、父は上機嫌になって「よくやった」と喜んだ。

 母の方も礼儀正しく美しいリリエンヌを大層気に入って、新しい女主人の為の部屋まで自身が用意した。

 二人の様子を見て俺は複雑な気持ちになった。

 これがエレナなら二人は、こんな事はしないだろう。貴族か平民かというだけでなんという差なんだ。

 と両親に失望した。

 リリエンヌの妊娠を知らせると、母はリリエンヌに産着を縫ってわたし、使用人らには彼女の健康に気を配る様、注意した。

 そして、父は密かに俺を書斎に呼んで、「リリエンヌが懐妊したのなら、閨の相手はできないだろう。郊外にエレナを住まわせて、囲えばいい」と仄めかした。

 俺は父の許しが得られたと、エレナを郊外にある別邸に住まわせた。

 「いずれ、君を正式な妻に迎えるが、まずはあの女に娘を産ませなければならない。それまで不自由だろうが耐えてくれ」

 愛するエレナにそんな言葉を言いたくはなかったが、これは仕方がないことだと自分に言い聞かせた。

 そして、国王となったジルベスターに二人の王子が誕生した。

 翌年にリリエンヌがベアトリーチェを出産した。

 リリエンヌが出産した後、俺は殆ど屋敷に帰らなくなっていた。待望の身代わりが生まれたのだ。もう体裁をとり作る必要も無くなった俺は自由だった。

 リリエンヌには決められた時以外にベアトリーチェへの接近を禁止した。その方が何れ子供だけを取り上げて、屋敷から追い出すのに都合がいいからだ。

 下手な情が湧いて、ベアトリーチェをフロンティアに連れて行かれた困るからな。

 程なく愛するエレナも妊娠した。幸せだった。愛するエレナと生まれてくる子供を楽しみにしながら待つ時間は、何物にも代えがたいものだった。

 この国、アルカイドでは生まれてから2年までに神殿で洗礼を受けさせなければならない。

 洗礼と同時に出生届も受理される事になっている。

 俺はエレナの子供が男子なら問題が無いが、もし女子なら…。と不安に駆られていた。

 その日は子の誕生を祝うかのように季節外れの花が満開になっていた。予感が的中したように娘が生まれたが、誰にも知られない様にこっそりと育てることにした。

 エレナは不満を口にしたが、これも娘の将来の為だと言えば納得した。

 エレナが産んだ俺の天使…ジュリアと名付けて大切に育てた。

 神殿には、ジュリアを連れて行き、俺は出生届を出したのだ。しかし、俺はその時、失念していたのだ。ベアトリーチェの出生届も出せば良かったのに、俺はジュリアの名前をベアトリーチェとして出してしまった。

 後で王家に調べられても良い様に……。

 一方で、ベアトリーチェには厳しい教育を課した。

 いずれ、王家に差し出す生贄として…。

 ベアトリーチェが王太子の婚約者に決まれば、後はリリエンヌと離縁して、フロンティアに送り返せばいい。その後で、本物の妻と娘を公爵家に迎えいれる。

 計画は順調に進んでいる。

 所がその頃、王家の醜聞が貴族の間で広まっていた。

 王家の醜い諍いの話が…。

 ──第一王子が呪われて、それを呪ったのが現王妃となったオパールではないかと。

 そんな黒い噂が密かに貴族達の間で流れていた。

 王妃オパールが産んだ王女が宝石眼を持たない初めての王族だということも。

 やはり庶子の子供はどこか欠陥があるのではと皆が囁く。

 俺には生贄ベアトリーチェがいる。あの娘がいる限り、俺の大切な娘ジュリアは守られる。

 そうなるはずだった。

 あの従順なリリエンヌがまさか、兄エドモンドに手紙を書いて知らせるとは思わなかった。

 何処で間違えたのだろう。

 俺の計画は完璧だったはずだ。

 「つまり、お茶会に来ていた令嬢は別の者で、本物の令嬢は参加していないというわけか。なら仕方がない。元々公爵家の令嬢は一人だけだ。本物の令嬢を明後日、レイノルドに会せるように」

 陛下の抑揚のない声が応接間に響き渡る。

 ベアトリーチェが生まれてから10年、やっと本当の妻と娘を正式に迎えられるはずだったのに…。

 俺の計画は成就寸前で破綻した。

 家門を潰さない為には、本当の娘ジュリアを差し出すしかない。

 別の選択肢は残っていなかった。

 俺は項垂れて、別邸にいるエレナとジュリアを思い浮かべた。

 最愛の妻と愛娘。

 彼女たちのこれからのことを考えると俺は、自分の行動がいかに愚かだったのかと後悔した。

 最初からエレナを妻に出来なければ別れれば良かったのに…。

 妻にしたいのなら、公爵家を出れば良かったのだ。

 地位や富を手離したくなかった俺は、他人の子供を実の子と偽った。

 実の娘ジュリアの身代わりに王家に差し出そうとした偽物ベアトリーチェはもういない。

 王家への生贄になるのは、俺の娘に決まってしまった。

 今の俺にはこれから、ジュリアにベアトリーチェがしてきた教育をしなくてはならない。いやそれ以上かもしれない。果たして、ジュリアに耐えられるだろうか。

 もし、耐えられなくて別の者が選ばれれば、ジュリアの未来は閉ざされる。

 年の離れた男の後妻になるか、修道院に行くしかなくなるだろう。

 長く薄暗い王宮の回廊が、この先の自分たちの未来を暗示しているかのように、俺は憂鬱な思いで王宮を後にした。

  
しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

【完結】期間限定聖女ですから、婚約なんて致しません

との
恋愛
第17回恋愛大賞、12位ありがとうございました。そして、奨励賞まで⋯⋯応援してくださった方々皆様に心からの感謝を🤗 「貴様とは婚約破棄だ!」⋯⋯な〜んて、聞き飽きたぁぁ! あちこちでよく見かける『使い古された感のある婚約破棄』騒動が、目の前ではじまったけど、勘違いも甚だしい王子に笑いが止まらない。 断罪劇? いや、珍喜劇だね。 魔力持ちが産まれなくて危機感を募らせた王国から、多くの魔法士が産まれ続ける聖王国にお願いレターが届いて⋯⋯。 留学生として王国にやって来た『婚約者候補』チームのリーダーをしているのは、私ロクサーナ・バーラム。 私はただの引率者で、本当の任務は別だからね。婚約者でも候補でもないのに、珍喜劇の中心人物になってるのは何で? 治癒魔法の使える女性を婚約者にしたい? 隣にいるレベッカはささくれを治せればラッキーな治癒魔法しか使えないけど良いのかな? 聖女に聖女見習い、魔法士に魔法士見習い。私達は国内だけでなく、魔法で外貨も稼いでいる⋯⋯国でも稼ぎ頭の集団です。 我が国で言う聖女って職種だからね、清廉潔白、献身⋯⋯いやいや、ないわ〜。だって魔物の討伐とか行くし? 殺るし? 面倒事はお断りして、さっさと帰るぞぉぉ。 訳あって、『期間限定銭ゲバ聖女⋯⋯ちょくちょく戦闘狂』やってます。いつもそばにいる子達をモフモフ出来るまで頑張りま〜す。 ーーーーーー ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。 完結まで予約投稿済み R15は念の為・・

隠れ蓑婚約者 ~了解です。貴方が王女殿下に相応しい地位を得るまで、ご協力申し上げます~

夏笆(なつは)
恋愛
 ロブレス侯爵家のフィロメナの婚約者は、魔法騎士としてその名を馳せる公爵家の三男ベルトラン・カルビノ。  ふたりの婚約が整ってすぐ、フィロメナは王女マリルーより、自身とベルトランは昔からの恋仲だと打ち明けられる。 『ベルトランはね、あたくしに相応しい爵位を得ようと必死なのよ。でも時間がかかるでしょう?だからその間、隠れ蓑としての婚約者、よろしくね』  可愛い見た目に反するフィロメナを貶める言葉に衝撃を受けるも、フィロメナはベルトランにも確認をしようとして、機先を制するように『マリルー王女の警護があるので、君と夜会に行くことは出来ない。今後についても、マリルー王女の警護を優先する』と言われてしまう。  更に『俺が同行できない夜会には、出席しないでくれ』と言われ、その後に王女マリルーより『ベルトランがごめんなさいね。夜会で貴女と遭遇してしまったら、あたくしの気持ちが落ち着かないだろうって配慮なの』と聞かされ、自由にしようと決意する。 『俺が同行出来ない夜会には、出席しないでくれと言った』 『そんなのいつもじゃない!そんなことしていたら、若さが逃げちゃうわ!』  夜会の出席を巡ってベルトランと口論になるも、フィロメナにはどうしても夜会に行きたい理由があった。  それは、ベルトランと婚約破棄をしてもひとりで生きていけるよう、靴の事業を広めること。  そんな折、フィロメナは、ベルトランから、魔法騎士の特別訓練を受けることになったと聞かされる。  期間は一年。  厳しくはあるが、訓練を修了すればベルトランは伯爵位を得ることが出来、王女との婚姻も可能となる。  つまり、その時に婚約破棄されると理解したフィロメナは、会うことも出来ないと言われた訓練中の一年で、何とか自立しようと努力していくのだが、そもそもすべてがすれ違っていた・・・・・。  この物語は、互いにひと目で恋に落ちた筈のふたりが、言葉足らずや誤解、曲解を繰り返すうちに、とんでもないすれ違いを引き起こす、魔法騎士や魔獣も出て来るファンタジーです。  あらすじの内容と実際のお話では、順序が一致しない場合があります。    小説家になろうでも、掲載しています。 Hotランキング1位、ありがとうございます。

ご自慢の聖女がいるのだから、私は失礼しますわ

ネコ
恋愛
伯爵令嬢ユリアは、幼い頃から第二王子アレクサンドルの婚約者。だが、留学から戻ってきたアレクサンドルは「聖女が僕の真実の花嫁だ」と堂々宣言。周囲は“奇跡の力を持つ聖女”と王子の恋を応援し、ユリアを貶める噂まで広まった。婚約者の座を奪われるより先に、ユリアは自分から破棄を申し出る。「お好きにどうぞ。もう私には関係ありません」そう言った途端、王宮では聖女の力が何かとおかしな騒ぎを起こし始めるのだった。

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。

やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。 落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。 毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。 様子がおかしい青年に気づく。 ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。 ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 最終話まで予約投稿済です。 次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。 ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。 楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。

私の頑張りは、とんだ無駄骨だったようです

風見ゆうみ
恋愛
私、リディア・トゥーラル男爵令嬢にはジッシー・アンダーソンという婚約者がいた。ある日、学園の中庭で彼が女子生徒に告白され、その生徒と抱き合っているシーンを大勢の生徒と一緒に見てしまった上に、その場で婚約破棄を要求されてしまう。 婚約破棄を要求されてすぐに、ミラン・ミーグス公爵令息から求婚され、ひそかに彼に思いを寄せていた私は、彼の申し出を受けるか迷ったけれど、彼の両親から身を引く様にお願いされ、ミランを諦める事に決める。 そんな私は、学園を辞めて遠くの街に引っ越し、平民として新しい生活を始めてみたんだけど、ん? 誰かからストーカーされてる? それだけじゃなく、ミランが私を見つけ出してしまい…!? え、これじゃあ、私、何のために引っ越したの!? ※恋愛メインで書くつもりですが、ざまぁ必要のご意見があれば、微々たるものになりますが、ざまぁを入れるつもりです。 ※ざまぁ希望をいただきましたので、タグを「ざまぁ」に変更いたしました。 ※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法も存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

私の愛した婚約者は死にました〜過去は捨てましたので自由に生きます〜

みおな
恋愛
 大好きだった人。 一目惚れだった。だから、あの人が婚約者になって、本当に嬉しかった。  なのに、私の友人と愛を交わしていたなんて。  もう誰も信じられない。

処理中です...