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第一章
生贄の少女
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あれは、俺がまだ貴族学園に通い始めて2年経った頃、父の先代公爵に連れられて、家門が運営しているへレンズ商会に行った時のことだ。
そこで紹介された孫娘のエレナに一目ぼれをした。
彼女こそ俺にとっては女神のような存在。
初めて会った時から、運命に導かれた様に俺はエレナに心酔した。そのことが両親の耳に入り、貴族の娘でないエレナを公爵家に迎え入れないと言われた。
俺はエレナしか妻に迎える気が無い。それでもまだ、結婚までに期限がある。ずるずると関係を引き延ばしている内に、俺の耳におかしな噂が飛び込んだ。
それは「第三妃オパール様」に関すること。
伯爵家の娘だが、庶子の生まれの彼女は正統な貴族の青い血を持っていない為に王太子殿下に冷遇されている。
という物だったが、俺はドキリとした。
考えて見れば、俺たちの関係もそうだ。いくら美しくて女神のような存在のエレナだが、出自は平民だ。何処かの下級貴族の養女にして戸籍を偽っても、彼女の血には貴族の尊い青い血は流れていない。
もし、仮に両親が折れて彼女を公爵家に迎えいれられたとしても、子供には平民の血が流れている。
それに次の王太子の婚約者には、俺の家から娘を出さなくてはならない。
俺とエレナの娘にそんな思いをさせたくない。だから、俺は替え玉を作ることを考えた。
王太子ジルベスター殿下が、慣例を変えたいと言った時に、多くの者が反対した。その中の一人が俺の父だった。
高位貴族からの反対に遭えば、殿下も折れるしかなかったんだろう。
父は家門の繁栄の為の決断だったのかもしれないが、今の俺にとっては不都合な判断だ。
何度も両親から貴族令嬢との見合いを持ちかけられたが、俺の条件に合わない。頭の中は愛しいエレナのことにしかなかった。
もう国内に目ぼしい令嬢がいなくなった頃、俺は新しい商会の活路をフロンティアに求めていくことになった。
それは偶然だった。
フロンティアの夜会で見つけた「銀の妖精姫」と呼ばれるリリエンヌを…。
エレナとは違った雰囲気を持つ彼女に魅かれた訳ではないが、興味が湧いた。
身近にいた他の貴族に聞いてもリリエンヌは、俺が求めていた従順で大人しい箱入り娘の様な令嬢。しかも見目もかなり美しい。その噂通り銀色の髪に青い瞳は男達をさぞかし虜にしただろう。
俺は、商会の人間を使って、リリエンヌの事を探らせた。すると、彼女の叔父はかなりの放蕩息子だったらしく、今もかなりのギャンブルでの借金を抱えて困っているという情報を得た。
叔父に商会の者から、アルカイドの貴族が花嫁を探しているという話を聞かせた。
その叔父はこちらの狙い通り、俺にリリエンヌを借金の肩代わりの形に差し出した。
本来なら契約を持ちかけるつもりだったが、リリエンヌの体調にある疑惑が芽生えた。
──もしかして、この女は妊娠しているんじゃないか?
侍女に命じて、リリエンヌの食べ物の嗜好や日中の様子を聞いて、医師にも診察させた。
既に2ヶ月を過ぎていると言われ、俺は神が俺に味方したと大いに喜んだ。
俺はリリエンヌに、
「妊娠していることは知っている。だが、子供は産めばいい。お前とは白い結婚だという事を周囲に悟られるなよ」
「はい…子供さえ無事に産めれば…わたしはそれで構いません」
リリエンヌは、俺の提案に忠実だった。
きっとリリエンヌは腹の子の本当の父親の事を思っているんだろう。そんな事は関係がなかった。ただ、こちらの思惑通りに動いてくれればそれで良かった。
表無向きは、本当の夫婦の様に振る舞い。俺の私生活に踏み込みさえしなければ…。
リリエンヌを連れて帰ると、隣国の伯爵令嬢で家門の多くに「精霊師」を排出していることを話すと、父は上機嫌になって「よくやった」と喜んだ。
母の方も礼儀正しく美しいリリエンヌを大層気に入って、新しい女主人の為の部屋まで自身が用意した。
二人の様子を見て俺は複雑な気持ちになった。
これがエレナなら二人は、こんな事はしないだろう。貴族か平民かというだけでなんという差なんだ。
と両親に失望した。
リリエンヌの妊娠を知らせると、母はリリエンヌに産着を縫ってわたし、使用人らには彼女の健康に気を配る様、注意した。
そして、父は密かに俺を書斎に呼んで、「リリエンヌが懐妊したのなら、閨の相手はできないだろう。郊外にエレナを住まわせて、囲えばいい」と仄めかした。
俺は父の許しが得られたと、エレナを郊外にある別邸に住まわせた。
「いずれ、君を正式な妻に迎えるが、まずはあの女に娘を産ませなければならない。それまで不自由だろうが耐えてくれ」
愛するエレナにそんな言葉を言いたくはなかったが、これは仕方がないことだと自分に言い聞かせた。
そして、国王となったジルベスターに二人の王子が誕生した。
翌年にリリエンヌがベアトリーチェを出産した。
リリエンヌが出産した後、俺は殆ど屋敷に帰らなくなっていた。待望の身代わりが生まれたのだ。もう体裁をとり作る必要も無くなった俺は自由だった。
リリエンヌには決められた時以外にベアトリーチェへの接近を禁止した。その方が何れ子供だけを取り上げて、屋敷から追い出すのに都合がいいからだ。
下手な情が湧いて、ベアトリーチェをフロンティアに連れて行かれた困るからな。
程なく愛するエレナも妊娠した。幸せだった。愛するエレナと生まれてくる子供を楽しみにしながら待つ時間は、何物にも代えがたいものだった。
この国、アルカイドでは生まれてから2年までに神殿で洗礼を受けさせなければならない。
洗礼と同時に出生届も受理される事になっている。
俺はエレナの子供が男子なら問題が無いが、もし女子なら…。と不安に駆られていた。
その日は子の誕生を祝うかのように季節外れの花が満開になっていた。予感が的中したように娘が生まれたが、誰にも知られない様にこっそりと育てることにした。
エレナは不満を口にしたが、これも娘の将来の為だと言えば納得した。
エレナが産んだ俺の天使…ジュリアと名付けて大切に育てた。
神殿には、ジュリアを連れて行き、俺は出生届を出したのだ。しかし、俺はその時、失念していたのだ。ベアトリーチェの出生届も出せば良かったのに、俺はジュリアの名前をベアトリーチェとして出してしまった。
後で王家に調べられても良い様に……。
一方で、ベアトリーチェには厳しい教育を課した。
いずれ、王家に差し出す生贄として…。
ベアトリーチェが王太子の婚約者に決まれば、後はリリエンヌと離縁して、フロンティアに送り返せばいい。その後で、本物の妻と娘を公爵家に迎えいれる。
計画は順調に進んでいる。
所がその頃、王家の醜聞が貴族の間で広まっていた。
王家の醜い諍いの話が…。
──第一王子が呪われて、それを呪ったのが現王妃となったオパールではないかと。
そんな黒い噂が密かに貴族達の間で流れていた。
王妃オパールが産んだ王女が宝石眼を持たない初めての王族だということも。
やはり庶子の子供はどこか欠陥があるのではと皆が囁く。
俺には生贄がいる。あの娘がいる限り、俺の大切な娘は守られる。
そうなるはずだった。
あの従順なリリエンヌがまさか、兄エドモンドに手紙を書いて知らせるとは思わなかった。
何処で間違えたのだろう。
俺の計画は完璧だったはずだ。
「つまり、お茶会に来ていた令嬢は別の者で、本物の令嬢は参加していないというわけか。なら仕方がない。元々公爵家の令嬢は一人だけだ。本物の令嬢を明後日、レイノルドに会せるように」
陛下の抑揚のない声が応接間に響き渡る。
ベアトリーチェが生まれてから10年、やっと本当の妻と娘を正式に迎えられるはずだったのに…。
俺の計画は成就寸前で破綻した。
家門を潰さない為には、本当の娘を差し出すしかない。
別の選択肢は残っていなかった。
俺は項垂れて、別邸にいるエレナとジュリアを思い浮かべた。
最愛の妻と愛娘。
彼女たちのこれからのことを考えると俺は、自分の行動がいかに愚かだったのかと後悔した。
最初からエレナを妻に出来なければ別れれば良かったのに…。
妻にしたいのなら、公爵家を出れば良かったのだ。
地位や富を手離したくなかった俺は、他人の子供を実の子と偽った。
実の娘の身代わりに王家に差し出そうとした偽物はもういない。
王家への生贄になるのは、俺の娘に決まってしまった。
今の俺にはこれから、ジュリアにベアトリーチェがしてきた教育をしなくてはならない。いやそれ以上かもしれない。果たして、ジュリアに耐えられるだろうか。
もし、耐えられなくて別の者が選ばれれば、ジュリアの未来は閉ざされる。
年の離れた男の後妻になるか、修道院に行くしかなくなるだろう。
長く薄暗い王宮の回廊が、この先の自分たちの未来を暗示しているかのように、俺は憂鬱な思いで王宮を後にした。
そこで紹介された孫娘のエレナに一目ぼれをした。
彼女こそ俺にとっては女神のような存在。
初めて会った時から、運命に導かれた様に俺はエレナに心酔した。そのことが両親の耳に入り、貴族の娘でないエレナを公爵家に迎え入れないと言われた。
俺はエレナしか妻に迎える気が無い。それでもまだ、結婚までに期限がある。ずるずると関係を引き延ばしている内に、俺の耳におかしな噂が飛び込んだ。
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伯爵家の娘だが、庶子の生まれの彼女は正統な貴族の青い血を持っていない為に王太子殿下に冷遇されている。
という物だったが、俺はドキリとした。
考えて見れば、俺たちの関係もそうだ。いくら美しくて女神のような存在のエレナだが、出自は平民だ。何処かの下級貴族の養女にして戸籍を偽っても、彼女の血には貴族の尊い青い血は流れていない。
もし、仮に両親が折れて彼女を公爵家に迎えいれられたとしても、子供には平民の血が流れている。
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何度も両親から貴族令嬢との見合いを持ちかけられたが、俺の条件に合わない。頭の中は愛しいエレナのことにしかなかった。
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それは偶然だった。
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エレナとは違った雰囲気を持つ彼女に魅かれた訳ではないが、興味が湧いた。
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俺は、商会の人間を使って、リリエンヌの事を探らせた。すると、彼女の叔父はかなりの放蕩息子だったらしく、今もかなりのギャンブルでの借金を抱えて困っているという情報を得た。
叔父に商会の者から、アルカイドの貴族が花嫁を探しているという話を聞かせた。
その叔父はこちらの狙い通り、俺にリリエンヌを借金の肩代わりの形に差し出した。
本来なら契約を持ちかけるつもりだったが、リリエンヌの体調にある疑惑が芽生えた。
──もしかして、この女は妊娠しているんじゃないか?
侍女に命じて、リリエンヌの食べ物の嗜好や日中の様子を聞いて、医師にも診察させた。
既に2ヶ月を過ぎていると言われ、俺は神が俺に味方したと大いに喜んだ。
俺はリリエンヌに、
「妊娠していることは知っている。だが、子供は産めばいい。お前とは白い結婚だという事を周囲に悟られるなよ」
「はい…子供さえ無事に産めれば…わたしはそれで構いません」
リリエンヌは、俺の提案に忠実だった。
きっとリリエンヌは腹の子の本当の父親の事を思っているんだろう。そんな事は関係がなかった。ただ、こちらの思惑通りに動いてくれればそれで良かった。
表無向きは、本当の夫婦の様に振る舞い。俺の私生活に踏み込みさえしなければ…。
リリエンヌを連れて帰ると、隣国の伯爵令嬢で家門の多くに「精霊師」を排出していることを話すと、父は上機嫌になって「よくやった」と喜んだ。
母の方も礼儀正しく美しいリリエンヌを大層気に入って、新しい女主人の為の部屋まで自身が用意した。
二人の様子を見て俺は複雑な気持ちになった。
これがエレナなら二人は、こんな事はしないだろう。貴族か平民かというだけでなんという差なんだ。
と両親に失望した。
リリエンヌの妊娠を知らせると、母はリリエンヌに産着を縫ってわたし、使用人らには彼女の健康に気を配る様、注意した。
そして、父は密かに俺を書斎に呼んで、「リリエンヌが懐妊したのなら、閨の相手はできないだろう。郊外にエレナを住まわせて、囲えばいい」と仄めかした。
俺は父の許しが得られたと、エレナを郊外にある別邸に住まわせた。
「いずれ、君を正式な妻に迎えるが、まずはあの女に娘を産ませなければならない。それまで不自由だろうが耐えてくれ」
愛するエレナにそんな言葉を言いたくはなかったが、これは仕方がないことだと自分に言い聞かせた。
そして、国王となったジルベスターに二人の王子が誕生した。
翌年にリリエンヌがベアトリーチェを出産した。
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リリエンヌには決められた時以外にベアトリーチェへの接近を禁止した。その方が何れ子供だけを取り上げて、屋敷から追い出すのに都合がいいからだ。
下手な情が湧いて、ベアトリーチェをフロンティアに連れて行かれた困るからな。
程なく愛するエレナも妊娠した。幸せだった。愛するエレナと生まれてくる子供を楽しみにしながら待つ時間は、何物にも代えがたいものだった。
この国、アルカイドでは生まれてから2年までに神殿で洗礼を受けさせなければならない。
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俺はエレナの子供が男子なら問題が無いが、もし女子なら…。と不安に駆られていた。
その日は子の誕生を祝うかのように季節外れの花が満開になっていた。予感が的中したように娘が生まれたが、誰にも知られない様にこっそりと育てることにした。
エレナは不満を口にしたが、これも娘の将来の為だと言えば納得した。
エレナが産んだ俺の天使…ジュリアと名付けて大切に育てた。
神殿には、ジュリアを連れて行き、俺は出生届を出したのだ。しかし、俺はその時、失念していたのだ。ベアトリーチェの出生届も出せば良かったのに、俺はジュリアの名前をベアトリーチェとして出してしまった。
後で王家に調べられても良い様に……。
一方で、ベアトリーチェには厳しい教育を課した。
いずれ、王家に差し出す生贄として…。
ベアトリーチェが王太子の婚約者に決まれば、後はリリエンヌと離縁して、フロンティアに送り返せばいい。その後で、本物の妻と娘を公爵家に迎えいれる。
計画は順調に進んでいる。
所がその頃、王家の醜聞が貴族の間で広まっていた。
王家の醜い諍いの話が…。
──第一王子が呪われて、それを呪ったのが現王妃となったオパールではないかと。
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王妃オパールが産んだ王女が宝石眼を持たない初めての王族だということも。
やはり庶子の子供はどこか欠陥があるのではと皆が囁く。
俺には生贄がいる。あの娘がいる限り、俺の大切な娘は守られる。
そうなるはずだった。
あの従順なリリエンヌがまさか、兄エドモンドに手紙を書いて知らせるとは思わなかった。
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「つまり、お茶会に来ていた令嬢は別の者で、本物の令嬢は参加していないというわけか。なら仕方がない。元々公爵家の令嬢は一人だけだ。本物の令嬢を明後日、レイノルドに会せるように」
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俺の計画は成就寸前で破綻した。
家門を潰さない為には、本当の娘を差し出すしかない。
別の選択肢は残っていなかった。
俺は項垂れて、別邸にいるエレナとジュリアを思い浮かべた。
最愛の妻と愛娘。
彼女たちのこれからのことを考えると俺は、自分の行動がいかに愚かだったのかと後悔した。
最初からエレナを妻に出来なければ別れれば良かったのに…。
妻にしたいのなら、公爵家を出れば良かったのだ。
地位や富を手離したくなかった俺は、他人の子供を実の子と偽った。
実の娘の身代わりに王家に差し出そうとした偽物はもういない。
王家への生贄になるのは、俺の娘に決まってしまった。
今の俺にはこれから、ジュリアにベアトリーチェがしてきた教育をしなくてはならない。いやそれ以上かもしれない。果たして、ジュリアに耐えられるだろうか。
もし、耐えられなくて別の者が選ばれれば、ジュリアの未来は閉ざされる。
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