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第一章

※ この罪は誰のもの

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 初夜の夜、ルシーラは僕の耳元でそれは甘く優しい言葉で囁いた。

 「ねえ、レイノルド様。知っています。フェリシア王女様が亡くなった訳を…」

 「どうして、そのことを君が知っているんだ」

 「だって聞いたんです。本人から」

 「本人?フェリシアは学園には通っていなかった」

 「いやだ。違いますよ。フェリシア様を例の場所に誘導した人物にですよ。誰だと思います」

 甘ったるい声でピンクブロンドの髪を指で弄びながら、クスクスと嗤う姿は魔女のようだった。

 「チェスター公爵令嬢だと知っている」

 「ええ、半分正解ですわ。でもチェスター公爵令嬢ってどちらでしょうねぇ」

 その言葉にハッとなった。確かに言われてみれば、証言したメイドもチェスター公爵令嬢とは言ったがベアトリーチェだとは言わなかった。まさか…。僕は嫌な予感がして、ルシーラの首を掴んで叫んだ。

 「いえ!!一体誰なんだ。僕の妹を死に追いやったのは!!」

 「く…殿下。手を緩めて…それでは上手く喋れませんわ」

 僕は首から手をのけた。

 「クスッ、ジュリア・チェスターですわ。なんでもそこに行けば宝石眼が手に入ると聞いたと伝えたそうですよ。デビュタントの日に…」

 「デビュタントだと」

 「ええ、偶々王宮のデビュタントの日に隠れるように様子を伺っていた憐れな王女様に最高のプレゼントを差し上げたのよと言って、わたくしに話しましたの。お馬鹿さんですよね。最悪の贈り物を最高だなんて、しかも王女様が亡くなっても彼女は罪悪感も無いのでしょうね。傷心の殿下に付け込んで異母姉の代わりになろうとしたんですもの」

 厭らしく赤い唇で耳障りなクスクスという嗤い声を上げ「今夜は楽しかったですわ」と寝室を出て行った。

 残された僕は、寝台で一人手を顔に当て、憎しみ、怒り、そして後悔で心の中はかき乱されていた。

 フェリシアの死にジュリアが関わっているとは思ってもいなかった。

 僕はもう一度、証言した者達を呼び出し、事実を確認した。

 多くの者はフェリシアとベアトリーチェが時々言い争う声を聞き、その言葉の端々に「紫蘭宮が」とか「行ってはいけない」という声を聞いていたと証言した。

 一番、肝心のメイドは僕に真実を話した。

 「確かにチェスター公爵家の二番目の令嬢が、フェリシア王女様と話している事を聞きました。内容はよく分かりませんが、そこに行けば王女様が欲しがっている物が手に入ると、それを王妃様の侍女が話しているのを聞いたので確かだと言っていました。どうかお願いです。嘘は申しておりません。命はお助け下さい」

 メイドは泣きじゃくりながら、僕に命乞いをした。メイドが公爵家の二番目の令嬢という言葉を言った時、僕は得心がいった。

 どうしてそんなことをジュリアが言ったのか。

 メイドが顔を覚えるぐらい、ジュリアは母に呼ばれていたのだ。その証拠にメイドは母の宮仕えの者だ。

 全て母の仕業だったのだ。最初は愛する夫の形代として、僕を愛していたのだろう。だが、成長するにつけて僕は父に似すぎてしまった。姿形だけでなく声までも。母の底なし沼のような執着が父から僕に移るのに時間かからなかった。

 父に見向きもされない現実から逃れる為に、段々夫に似てくる僕を手に入れる為にフェリシアを始末したんだ。ジュリアを利用して。

 ジュリアの性格なら親切だと思って教えたのだろう。憐れな境遇の王女を助けようという自分の中の正義という名の欲求を満たす為に…。

 そう言えば、ベアトリーチェにも母は辛く当たっていたな。普通でない妃教育を施されたベアトリーチェには、僕とフェリシアだけが救いだったんだろう。

 フェリシアに僕とベアトリーチェが必要だったように僕にもベアトリーチェとフェリシアが必要だった。僕たちはお互いを必要とした仲間だった。

 僕が久しぶりに母の元を訪ねると、母は嬉しそうに僕を歓迎した。

 「何故、フェリシアを殺したんです」

 「ふふふっ、だって邪魔なんですもの。わたくしのものを獲ろうとする者は皆いらないのよ。殺すのよ。だから、あの女、エリノアもレイノルドもフェリシアもそしてベアトリーチェもね。これからはずっと一緒よ。ウィルウッド。あなたは私の夫ジルベスターになるの。わたくしだけがあなたを本当に愛している。これで邪魔者はいなくなったわ。もう、わたくし達だけよ」

 その言葉に背筋が凍り付くのを感じた。

 「では、母上が紫蘭宮を呪わせたのですか。一体誰に、どうやって!!」

 「それは、言えないわ。だって契約ですもの」

 「契約?」

 僕はその言葉で、ある書物を思い出した。禁書の中でも一番、恐ろしい呪いの本。そこには悪魔と契約して人に呪いをかける方法だ。

 母は父一人を手に入れる為に、躊躇うことなく禁忌の術に手を染めたのだ。

 何を代償にしたのかは分からない。

 知りたくもなかった。

 久しぶりに会った母は、もう幼い頃のおぼろげな記憶の中の面影すら残っていない。痩せこけ、窪んだ目だけが爛々と光り、愛する者を捕らえて離さなかった。

 僕は結局、両親に愛されていなかった。父は兄の代わりを…母は父の代わりを…誰かの代わりでない僕自身を見てくれていたのは、あの二人だけだった。

 僕は、ベアトリーチェに関わる者達を処罰した。

 そして、何もかも終わった時、無性にベアトリーチェに会いたくなって、何日も馬で駆けて彼女のいる修道院に向かった。

 そこで、見た物は寂れた修道院の薄汚い埃まみれの部屋で、花嫁のベールを被った女性が横たわっている。

 最後に彼女を見たのは何時だったのか?

 裁判の時、彼女は狂ったようにジュリアを罵っていた。その姿があまりにも醜悪で、僕は彼女の顔をまともに見なかった。いや、目を逸らしたんだ。変わっていく彼女を見たくなくて、現実を受け入れたくなくって、逃げて逃げて逃げて、僕は彼女の執着から逃れる為に…。

 その結果はどうだろう。

 誰かが僕に話し掛ける。

 ──これがお前の望んだ結果だろう──「違うこんなことは望んではいなかった。」

 ──選択したのはお前だ──「違う。それしか選べなかった」

 ──それは本心か?本当に他に選択余地がなかったのか?お前は選べたはずだ。こうなる前にきちんと知るべきだった。そして、ベアトリーチェの許しを得るべきだった。


 僕は選択を間違えた。選んだ先の未来は絶望しか残っていなかった。

 彼女は幸せそうな笑みを浮かべている。傍に落ちていた手紙には、僕とルシーラが婚姻した事を知らせが書いてあった。これが誰の仕業か僕には分かっていた。

 冷たくなった痩せこけているベアトリーチェの遺体を抱き上げた時、彼女の指から枯れた花弁がひらひらと床に落ちて行く様は、咲き終わった花が散るように、ベアトリーチェの儚い初恋の終わりを告げているようだった。

 
 
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