もう、あなたを愛することはないでしょう

春野オカリナ

文字の大きさ
上 下
11 / 48
第一章

悲劇の王女フェリシア

しおりを挟む
 国王への謁見が済んで、ベアトリーチェ達は回廊を歩いていた。その後ろからひょこひょこと付いて歩く人物がいる。

 柱の陰からこちらの様子を伺う姿は小動物を連想させる。

 足を止めて、ベアトリーチェは柱の陰の人物に話しかけた。

  「フェリシア王女様そこで何をしていらっしゃるんです?」

 「ヒェーー」

 急に声を掛けられて吃驚したのか、おかしな声が聞こえてきた。

 「えへへへっ、あのね。シアはきょう、ベティが来るってきいて、いっしょにあそぼうとさそいにきたのよ。だから、いっしょにあそんでくれる?」

 首を傾げてベアトリーチェにお願いごとをいう少女はもう9才だというのに、未だに幼児言葉を喋っている。本来なら彼女は王族が受けるべき教育を施されて、令嬢達の手本となるべきだが、実の娘に興味の欠片も示さない王妃オパールの所為で、放置され続けていた。

 回帰前のベアトリーチェは、妃選びのお茶会で、偶然フェリシアに出会った。最初は自分と同じ迷子の貴族令嬢だと思っていたが、途中、慌てた様子で走ってきたレイナルドの言葉で、王女だと知ったのだ。

 レイナルドの婚約者に選ばれたベアトリーチェは不遇な王女の為に忙しい妃教育の合間をぬって、マナーや知識を教えた。フェリシアは、とても良い生徒で、ベアトリーチェも教えられたことを復習できたから、両方にメリットあるものだった。

 レイナルドとのお茶会にフェリシアをよく招待して、3人で仲良くお喋りをしたものだ。

 だが、フェリシアは死んだ。

 15才という若さで……。

 遺体は呪われた紫蘭宮と呼ばれる元第一妃の宮殿で見つかった……。

 護衛騎士や侍女たちが、いなくなったフェリシアを一晩中探したが見つからなかった。まさかと思い、紫蘭宮を見に行った騎士が発見した時にはフェリシアは、全身に黒い沁みの様な物が広がっていて、既に息をしていない状態だった。

 ───王女フェリシアは呪われた……。

 誰もがそう考えた。

 こうして、王族最初の宝石眼を持たない不遇の王女フェリシアは若い命を散らしたのだ。

 それはレイノルドにとっても衝撃的な出来事だった。レイノルドは2才下の同母妹をとても可愛がっていた。実母にいない者のように扱われている事を憐れに思っていたのかもしれない。

 ベアトリーチェにとってもフェリシアは、実の妹のような親しい友人のような特別な存在だった。

 二人の置かれた境遇がよく似ていたせいかもしれないが、不幸な境遇であるにも拘わらず、フェリシアは屈託のない笑顔でベアトリーチェの心を癒してくれた。

 王太子という重責ある立場のレイノルドにとっても、やはりフェリシアの無垢な存在は必要だったのだろう。

 そのフェリシアの死は、レイノルドとベアトリーチェの関係に大きな影を落とすことになったのだ。

 ある日、ベアトリーチェはレイノルドに問われた事がある。

 「君がフェリシアに紫蘭宮のことを話したのか?」

 「確かにお教えしたことはありますが…」

 「もういい。君はそんな人ではないと思っていたのに」

 ベアトリーチェはレイノルドが何を知りたかったのか分からない。

 『紫蘭宮に近付いてはいけませんよ。あそこには黒魔術の痕が未だに残っているそうで、危険な場所ですから絶対に近付かない様にしてくださいね。約束ですよ』

 そうフェリシアに言った事はあった。それは事実だ。

 あの時、フェリシアはいつもと同じ笑顔で『分かったわ。行かないと約束する』そう言っていた。そのフェリシアが何故、あの場所に行くことになったのか。今のベアトリーチェにも分からないまま。

 以前と変わらない笑顔のフェリシアを見ていると、ベアトリーチェはこれから彼女の身に起きる悲劇を思い出して、胸を痛めていた。
しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

【完結】純白のウェディングドレスは二度赤く染まる

春野オカリナ
恋愛
 初夏の日差しが強くなる頃、王都の書店では、ある一冊の本がずらりと並んでいた。  それは、半年前の雪の降る寒い季節に死刑となった一人の囚人の手記を本にまとめたものだった。  囚人の名は『イエニー・フラウ』  彼女は稀代の悪女として知らぬ者のいない程、有名になっていた。  その彼女の手記とあって、本は飛ぶように売れたのだ。  しかし、その内容はとても悪女のものではなかった。  人々は彼女に同情し、彼女が鉄槌を下した夫とその愛人こそが裁きを受けるべきだったと憤りを感じていた。  その手記の内容とは…

婚約者は妹をご所望のようです…

春野オカリナ
恋愛
 レスティーナ・サトラー公爵令嬢は、婚約者である王太子クロイツェルに嫌われている。  彼女は、特殊な家族に育てられた為、愛情に飢えていた。  自身の歪んだ愛情を婚約者に向けた為、クロイツェルに嫌がられていた。  だが、クロイツェルは公爵家に訪問する時は上機嫌なのだ。    その訳は、彼はレスティーナではなく彼女の妹マリアンヌに会う為にやって来ていた。  仲睦まじい様子の二人を見せつけられながら、レスティーナは考えた。  そんなに妹がいいのなら婚約を解消しよう──。  レスティーナはクロイツェルと無事、婚約解消したのだが……。  気が付くと、何故か10才まで時間が撒き戻ってしまっていた。

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり(苦手な方はご注意下さい)。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。

やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。 落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。 毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。 様子がおかしい青年に気づく。 ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。 ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 最終話まで予約投稿済です。 次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。 ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。 楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。

あなたが捨てた私は、もう二度と拾えませんよ?

AK
恋愛
「お前とはもうやっていけない。婚約を破棄しよう」 私の婚約者は、あっさりと私を捨てて王女殿下と結ばれる道を選んだ。 ありもしない噂を信じ込んで、私を悪女だと勘違いして突き放した。 でもいいの。それがあなたの選んだ道なら、見る目がなかった私のせい。 私が国一番の天才魔導技師でも貴女は王女殿下を望んだのだから。 だからせめて、私と復縁を望むような真似はしないでくださいね?

愛されない皇子妃、あっさり離宮に引きこもる ~皇都が絶望的だけど、今さら泣きついてきても知りません~

ネコ
恋愛
帝国の第二皇子アシュレイに嫁いだ侯爵令嬢クリスティナ。だがアシュレイは他国の姫と密会を繰り返し、クリスティナを悪女と糾弾して冷遇する。ある日、「彼女を皇妃にするため離縁してくれ」と言われたクリスティナは、あっさりと離宮へ引きこもる道を選ぶ。ところが皇都では不可解な問題が多発し、次第に名ばかり呼ばれるのはクリスティナ。彼女を手放したアシュレイや周囲は、ようやくその存在の大きさに気づくが、今さら彼女は戻ってくれそうもなく……。

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

処理中です...