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初めてのデート
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シェリーネは、ベルモット公爵夫人から指導を受けて、淑女としてのマナーを段々と身に付けていった。
ジュリアスは頑張っているシェリーネに何か贈り物をしようと考えたが、何がいいのか分からない。
侍女のカレンに聞くと、シェリーネは王都に長く住んでいるのに街に出かけた事が無いと言われた。
「シェリーネ。明日、街に出かけてみないか?」
「えっ…いいのですか?」
「ああ、たまには息抜きも必要だろう」
「嬉しい。街に行ったことがなかったので」
晩餐の時に、ジュリアスはシェリーネに街に行こうと誘った。
子供の様に嬉しそうに燥ぐ姿を見てジュリアスは微笑んだ。
侯爵領では、シェリーネに危害を加える者がいなかった為、気軽に出かけられたのだが、王都ではそうもいかない。
学園と家での往復すら厳重な警備が敷かれていた。
学園の殆どの学生が休日に人気のカフェに行ったり、最近できた雑貨屋で購入したものを身に付けている。シェリーネは羨ましそうにその様子を眺める事しか出来なかった。
街に出かけると、周りの人に迷惑がかかるので、シェリーネは諦めていた。
だから、ジュリアスの申し出が嬉しかったのだ。
予想以上に喜ぶシェリーネを見て、ジュリアスはこの間のデミオン侯爵夫人が言っていた言葉を思い出して、心が沈んだ。
──イフェリナ王太后が反対している…。
その言葉は本当だが、ジュリアスとシェリーネの婚約に国王と王太子は賛成している。寧ろ積極的に動いていると言った方がいいのかもしれない程だった。
体の弱かった前国王を支えてきたのは女傑と呼ばれたイフェリナ王太后、聡明で迅速な決断をしてきたはずの大叔母が婚約によい顔をしなかったのも事実。
祖父に何かしら言ってきているようだが、ジュリアスは何があってもシェリーネを手放す気は毛頭ない。
ジュリアスは、次の公爵家の会合で、イフェリナにはっきりと告げるつもりでいた。
──僕は、シェリーネ以外の者を妻にはしない。彼女を妻に出来ないのであれば、一生独身でいると。
ジュリアスの決心は固かった。
当日、シェリーネは町娘風のワンピースに茶色の鬘を付け、帽子を被った。ジュリアスは黒色の鬘を付けて眼鏡をかけている。
平民の服装をしていてもジュリアスは、素敵だわ。そうシェリーネは心の中で思った。
ジュリアスもいつもと違う様子に「かわいい」と思わず言葉に出してしまう。
真っ赤な顔をして恥らうシェリーネと女慣れしていないジュリアスの新婚夫婦のようなやり取りをエントランスホールで繰り広げていた。
家令のエドガーに「早く出立しませんと日が沈みますよ。坊ちゃん」と囁かれ、ジュリアスは「ゴホンッ」と咳払いをして、シェリーネをエスコートした。
「今日は、平民の格好をしているのだから、手を繋いで歩かないか」
「て…手をですか」
シェリーネは自分の手を見て、きちんと洗ったので汚れてはいないはずだと自分の手を見つめている。
出かける時はいつもグローブをしている。素手で、異性にふれたことないシェリーネはおかしな確認をしたのだ。
その内、馬車は大通りの手前で止まり、
「ここから、歩きながら見て回ろうか」
「はい」
ジュリアスが差し出した手にシェリーネは自分の手を重ねて、馬車を降りた。
勿論、護衛や侍女達も離れた所から彼らを静かに見守っている。
「どこに行きたい?」
「あ…のう…学園で流行っているものがありまして…雑貨屋に行きたいのですが」
「分かった。今、人気の雑貨屋があるって、ステーシアが言っていたな」
「ステーシア様から聞いたんですか」
「ああ、彼女の婚約者とステーシア、僕は幼馴染でね。王宮でよく会うんだよ」
「王宮で…」
「ステーシアの婚約者。イアン・ソルマック侯爵令息は王太子の補佐官だからね」
「イアン・ソルマックって、あの…」
「そう、あのイアンだよ」
「凄い方と幼馴染なんですね」
「凄いって程じゃあないよ」
「でも、学園を主席卒業されただけでも凄いのに、毎回試験で満点を取って、その上…」
「先生の問題ミスまで指摘したっていうアレだよね」
「はい」
イアン・ソルマック侯爵令息は、天才と呼ばれ、学園でも有名だった人。シェリーネが入学した時には既に王太子と卒業していてシェリーネも遠目に王宮の夜会でしか見た事が無い。
でも、イアンは伝説のように語り継がれている。
「話してみると意外と普通の人だよ」
「そ…そんな事はありません」
自分だって、「完璧な生徒会長」と呼ばれていたのに、そんな人達からしたら普通なのかも知れないが、自分とは違うとシェリーネは思ってしまった。
二人は取り敢えず、目的の雑貨屋に入って行った。
店内は、女性客好きそうな雑貨が並んであり、その中でも「コーム」と呼ばれる櫛が人気になっている。
バレッタの様に髪留めというより、簡単に髪を束ねて挿すだけのコームは手間いらずだと評判になっている。
夜会でも髪を結い上げて美しいコームを挿している貴婦人を見かける事が多い。
学園は、アクセサリーを持ち込めないので、バレッタやリボン、コームに婚約者や想い人の色を選んで付けている。勿論、男性から贈られた物が殆どで、そのお礼に刺繍をしたハンカチを渡して、お互いを意識し合っているのだが、残念ながらシェリーネはした事が無い。
だから、ジュリアスの色を纏ってみたくなったのだ。
銀の縁取りにアイスブルーの様な石で紫陽花の花を象ったコームを手にとって眺めていると、
「それが気に入った?」
「ええ…」
ジュリアスは、シェリーネの手からコームを取ると、店員にプレゼント用に包んでもらった。代わりにシェリーネは真っ白なハンカチを購入した。
白いハンカチを見つめて、シェリーネは図柄は何がいいのか考えていた。
目的の物を購入して、人気のカフェまで歩いた。その間、シェリーネは目に留まった物に興味を抱いては目を輝かせている。
そんなシェリーネの様子をジュリアスは「連れてきて良かった」と安堵する。
人気のカフェに着くと、丁度昼時だったので、二人はサンドウィッチやお茶を注文した。
「はい、これどうぞ」
ジュリアスは注文した食事が届く前に、さっき購入したコームをシェリーネに渡した。
「ありがとうございます。早速、明日から付けますね」
そういって微笑むシェリーネに気恥しくなって耳を触っているジュリアス。
その仕種を見て、シェリーネは「ふふっ」と笑ったのだった。
注文した食事に満足したシェリーネ達は、どちらともなく手を繋いで、元来た道を歩いて行く。
馬車の方に向かって…。
なんとなく落ち着かない二人は、時々お互いの目を会わせては逸らすという奇妙な行動をとっていた。
反対方向から来た男性にぶつかりそうになり、ジュリアスは「危ない」とシェリーネの身体を抱き寄せた。
──近い…。
息遣いが聞こえてくるような距離感。
シェリーネは、抱き寄せられたジュリアスの背に自分の手をそっと廻した。
「大丈夫だった?」
「ええ、なんともないわ」
そう言いながら、見つめる先のジュリアスの瞳に吸い込まれそうになるシェリーネ。
目が離せない。
トクンと胸が大き跳ねたような気がする。
シェリーネなのか。ジュリアスなのかは分からなかったが、暫しの間、二人は見つめ合ったままだった。
ジュリアスの後から人の声で、ハッとなって我に返った二人は、声の主の方を見た。
さっきシェリーネにぶつかりそうになった男性が、後ろの老婆にぶつかり、その拍子に籠の中のリンゴを落としたようだ。
「大丈夫ですか?おばあさん、これを」
「ありがとう。お嬢さん」
老婆は、リンゴを拾ってくれたシェリーネにお礼を言うと、顔を上げて、彼女の顔を見て驚いた。
「あ…あなた…おう…じ」
「どうなさったのです?」
「どうしたんだ」
あうあうと言葉に詰まる老婆を見て、訝しんだジュリアスは、近くにいた護衛に老婆を送るように指示した。
別の護衛らと馬車の方へ急ぐように早歩きになる。
老婆は、まだ何か言おうとしていたが、その声は届く事はなかった。
シェリーネは、馬車の中でも先ほどの老婆が気になって仕方がない。老婆は驚いた顔をしていたが、でも一瞬、懐かしい人でも見る様な不思議な表情を見せた。
何より言いかけた言葉がシェリーネの耳朶に残る。
確かに老婆は口にした。
……おうじと。
あれはどういう意味なのだろう。
楽しかった初めての外出は、老婆の言葉で掻き消された。
もう一度会えるだろうか。
シェリーネは、老婆に会って言葉の意味を知りたい気持ちで一杯になったのだった。
ジュリアスは頑張っているシェリーネに何か贈り物をしようと考えたが、何がいいのか分からない。
侍女のカレンに聞くと、シェリーネは王都に長く住んでいるのに街に出かけた事が無いと言われた。
「シェリーネ。明日、街に出かけてみないか?」
「えっ…いいのですか?」
「ああ、たまには息抜きも必要だろう」
「嬉しい。街に行ったことがなかったので」
晩餐の時に、ジュリアスはシェリーネに街に行こうと誘った。
子供の様に嬉しそうに燥ぐ姿を見てジュリアスは微笑んだ。
侯爵領では、シェリーネに危害を加える者がいなかった為、気軽に出かけられたのだが、王都ではそうもいかない。
学園と家での往復すら厳重な警備が敷かれていた。
学園の殆どの学生が休日に人気のカフェに行ったり、最近できた雑貨屋で購入したものを身に付けている。シェリーネは羨ましそうにその様子を眺める事しか出来なかった。
街に出かけると、周りの人に迷惑がかかるので、シェリーネは諦めていた。
だから、ジュリアスの申し出が嬉しかったのだ。
予想以上に喜ぶシェリーネを見て、ジュリアスはこの間のデミオン侯爵夫人が言っていた言葉を思い出して、心が沈んだ。
──イフェリナ王太后が反対している…。
その言葉は本当だが、ジュリアスとシェリーネの婚約に国王と王太子は賛成している。寧ろ積極的に動いていると言った方がいいのかもしれない程だった。
体の弱かった前国王を支えてきたのは女傑と呼ばれたイフェリナ王太后、聡明で迅速な決断をしてきたはずの大叔母が婚約によい顔をしなかったのも事実。
祖父に何かしら言ってきているようだが、ジュリアスは何があってもシェリーネを手放す気は毛頭ない。
ジュリアスは、次の公爵家の会合で、イフェリナにはっきりと告げるつもりでいた。
──僕は、シェリーネ以外の者を妻にはしない。彼女を妻に出来ないのであれば、一生独身でいると。
ジュリアスの決心は固かった。
当日、シェリーネは町娘風のワンピースに茶色の鬘を付け、帽子を被った。ジュリアスは黒色の鬘を付けて眼鏡をかけている。
平民の服装をしていてもジュリアスは、素敵だわ。そうシェリーネは心の中で思った。
ジュリアスもいつもと違う様子に「かわいい」と思わず言葉に出してしまう。
真っ赤な顔をして恥らうシェリーネと女慣れしていないジュリアスの新婚夫婦のようなやり取りをエントランスホールで繰り広げていた。
家令のエドガーに「早く出立しませんと日が沈みますよ。坊ちゃん」と囁かれ、ジュリアスは「ゴホンッ」と咳払いをして、シェリーネをエスコートした。
「今日は、平民の格好をしているのだから、手を繋いで歩かないか」
「て…手をですか」
シェリーネは自分の手を見て、きちんと洗ったので汚れてはいないはずだと自分の手を見つめている。
出かける時はいつもグローブをしている。素手で、異性にふれたことないシェリーネはおかしな確認をしたのだ。
その内、馬車は大通りの手前で止まり、
「ここから、歩きながら見て回ろうか」
「はい」
ジュリアスが差し出した手にシェリーネは自分の手を重ねて、馬車を降りた。
勿論、護衛や侍女達も離れた所から彼らを静かに見守っている。
「どこに行きたい?」
「あ…のう…学園で流行っているものがありまして…雑貨屋に行きたいのですが」
「分かった。今、人気の雑貨屋があるって、ステーシアが言っていたな」
「ステーシア様から聞いたんですか」
「ああ、彼女の婚約者とステーシア、僕は幼馴染でね。王宮でよく会うんだよ」
「王宮で…」
「ステーシアの婚約者。イアン・ソルマック侯爵令息は王太子の補佐官だからね」
「イアン・ソルマックって、あの…」
「そう、あのイアンだよ」
「凄い方と幼馴染なんですね」
「凄いって程じゃあないよ」
「でも、学園を主席卒業されただけでも凄いのに、毎回試験で満点を取って、その上…」
「先生の問題ミスまで指摘したっていうアレだよね」
「はい」
イアン・ソルマック侯爵令息は、天才と呼ばれ、学園でも有名だった人。シェリーネが入学した時には既に王太子と卒業していてシェリーネも遠目に王宮の夜会でしか見た事が無い。
でも、イアンは伝説のように語り継がれている。
「話してみると意外と普通の人だよ」
「そ…そんな事はありません」
自分だって、「完璧な生徒会長」と呼ばれていたのに、そんな人達からしたら普通なのかも知れないが、自分とは違うとシェリーネは思ってしまった。
二人は取り敢えず、目的の雑貨屋に入って行った。
店内は、女性客好きそうな雑貨が並んであり、その中でも「コーム」と呼ばれる櫛が人気になっている。
バレッタの様に髪留めというより、簡単に髪を束ねて挿すだけのコームは手間いらずだと評判になっている。
夜会でも髪を結い上げて美しいコームを挿している貴婦人を見かける事が多い。
学園は、アクセサリーを持ち込めないので、バレッタやリボン、コームに婚約者や想い人の色を選んで付けている。勿論、男性から贈られた物が殆どで、そのお礼に刺繍をしたハンカチを渡して、お互いを意識し合っているのだが、残念ながらシェリーネはした事が無い。
だから、ジュリアスの色を纏ってみたくなったのだ。
銀の縁取りにアイスブルーの様な石で紫陽花の花を象ったコームを手にとって眺めていると、
「それが気に入った?」
「ええ…」
ジュリアスは、シェリーネの手からコームを取ると、店員にプレゼント用に包んでもらった。代わりにシェリーネは真っ白なハンカチを購入した。
白いハンカチを見つめて、シェリーネは図柄は何がいいのか考えていた。
目的の物を購入して、人気のカフェまで歩いた。その間、シェリーネは目に留まった物に興味を抱いては目を輝かせている。
そんなシェリーネの様子をジュリアスは「連れてきて良かった」と安堵する。
人気のカフェに着くと、丁度昼時だったので、二人はサンドウィッチやお茶を注文した。
「はい、これどうぞ」
ジュリアスは注文した食事が届く前に、さっき購入したコームをシェリーネに渡した。
「ありがとうございます。早速、明日から付けますね」
そういって微笑むシェリーネに気恥しくなって耳を触っているジュリアス。
その仕種を見て、シェリーネは「ふふっ」と笑ったのだった。
注文した食事に満足したシェリーネ達は、どちらともなく手を繋いで、元来た道を歩いて行く。
馬車の方に向かって…。
なんとなく落ち着かない二人は、時々お互いの目を会わせては逸らすという奇妙な行動をとっていた。
反対方向から来た男性にぶつかりそうになり、ジュリアスは「危ない」とシェリーネの身体を抱き寄せた。
──近い…。
息遣いが聞こえてくるような距離感。
シェリーネは、抱き寄せられたジュリアスの背に自分の手をそっと廻した。
「大丈夫だった?」
「ええ、なんともないわ」
そう言いながら、見つめる先のジュリアスの瞳に吸い込まれそうになるシェリーネ。
目が離せない。
トクンと胸が大き跳ねたような気がする。
シェリーネなのか。ジュリアスなのかは分からなかったが、暫しの間、二人は見つめ合ったままだった。
ジュリアスの後から人の声で、ハッとなって我に返った二人は、声の主の方を見た。
さっきシェリーネにぶつかりそうになった男性が、後ろの老婆にぶつかり、その拍子に籠の中のリンゴを落としたようだ。
「大丈夫ですか?おばあさん、これを」
「ありがとう。お嬢さん」
老婆は、リンゴを拾ってくれたシェリーネにお礼を言うと、顔を上げて、彼女の顔を見て驚いた。
「あ…あなた…おう…じ」
「どうなさったのです?」
「どうしたんだ」
あうあうと言葉に詰まる老婆を見て、訝しんだジュリアスは、近くにいた護衛に老婆を送るように指示した。
別の護衛らと馬車の方へ急ぐように早歩きになる。
老婆は、まだ何か言おうとしていたが、その声は届く事はなかった。
シェリーネは、馬車の中でも先ほどの老婆が気になって仕方がない。老婆は驚いた顔をしていたが、でも一瞬、懐かしい人でも見る様な不思議な表情を見せた。
何より言いかけた言葉がシェリーネの耳朶に残る。
確かに老婆は口にした。
……おうじと。
あれはどういう意味なのだろう。
楽しかった初めての外出は、老婆の言葉で掻き消された。
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