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王宮裁判

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 鬱々とした季節がやって来た。

 その日は、晴天に恵まれ、気持ちのいい朝なのだが、シェリーネの心は外とは違って、沈み込んでいた。

 原因は分かっている。

 今日がセレニィーの王宮裁判の日だからだ。

 「準備はできた?」

 シェリーネの部屋を軽くノックをして、ジュリアスが扉を開いた。カレンに支度を整えられたシェリーネは全身黒の装束を纏っている。

 この国では、裁判に出席する者は黒の礼服でなければならない決まりがある。

 「じゃあ、行こうか」

 ジュリアスは、戸惑っていた。それはシェリーネに黒い衣装がピタリと嵌まっていて、とても美しかったからだ。しかし、黒は不吉の象徴として扱われている色が似あうなんて、お世辞にしても酷い言いぐさだ。だから、敢えて言わなかった。

 シェリーネの手を取り、馬車で王宮の隣にある裁判所に向かった。

 シェリーネは顔を覆うベールのついた帽子に黒のレースの手袋。ジュリアスもハットを被り、白い手袋を付けている。

 裁判所に着くと、既に多くの貴族で傍聴席が埋め尽くされていた。侯爵夫人に毒茶を贈って、殺そうとした前代未聞の事件に皆興味津々なのだ。

 シェリーネたちは予め指定された高位貴族専用の二階に案内された。

 半円形型の建物は、見えやすいように傍聴席は下から段々畑の様に広がっている。

 元々劇場だった建物を改築して裁判所にしただけの事はある。二階の傍聴席は、個室のバルコニー風の造りになっていて、カーテンも付いていた。外から誰がいるのかは分からない仕組みになっている。

 シェリーネがいる事も分からない。いくら髪を結い上げて帽子の中に隠していても、見れば誰なのか分かってしまう。

 厳重な警備が敷かれているとはいえ、悪辣な噂の標的にされる事は出来るだけ避けたいと思うのは当然だろう。

 傍聴席はがやがやとこの裁判の行く末を話している声でざわついていた。

 裁判官の「静粛に」という声で、一斉に騒然とした空気は一変して、厳粛な雰囲気になる。

 冒頭陳述で、事件のあらましを説明すると、加害者であるセレニィーが入って来ると、内はまた騒がしくなった。

 再度、裁判官の「静粛に」という注意が声が響いた。

 検察側の証拠や証人にも落ち着いた様子で淡々と答えているセレニィー。

 暫く会わなかったセレニィーは、少し窶れていたが、その愛くるしい美貌は健在だった。

 反省している様に見えたが、検察官がある人物の名前を出すと、怒り狂ったかの様に慟哭しだす。

 「計画は完璧だったはずよ。どこから漏れたの…。おかしいわ。こんなはずじゃあなかったのに…。ロゼリナは誰よりも幸せにならないといけないのよ」

 呪文のように口遊むその言葉は、セレニィーがロゼリナに幼い頃から聞かせていた言葉だった。
 
 何度も聞かせている内に、ロゼリナの中で蔓草のように絡み付いて、呪いの様に纏りついていたのだ。

 「娘の結婚に反対していたデミオン侯爵夫人に毒茶を贈った動機は、自分勝手で非道な行いです」

 「そうしないと、いけなかったのよ。どうして反対するのよ。あの忌々しい毒女エリーロマネの娘を排除して、私の娘がシンドラー侯爵家を継ぐのよ。その婿に選ばれたのに、何が不服なの!!」

 「国の法では婿養子であるアレン・シンドラー氏のの妾腹の子供は侯爵家を継ぐ事は出来ない。例えシェリーネ・シンドラー嬢がいなくても、血の繋がった親類筋から養子をもらった事でしょう」

 「そんなのおかしいわ。アレンと私の娘に資格が無いなんて、あの子の方が優秀よ。わたくし譲りの誰にでも愛される素晴らしい子よ。誰にも愛されないエリーロマネの娘等と一緒にしないで!!」

 「貴女は、反省もしなければ過ちを認める事もできない。どうしてそれほど、前女侯爵を恨むのですか?理解に苦しむところです」

 「だって、あの女はわたしにたかが子爵家の嫡男を紹介したのよ。わたしが望んでいたのは、高位貴族の令息と懇意にすることだったのに、おかしいでしょう。自分ばかりが良い思いをして、わたしのことを見下していたのよ」

 「それでは、証人、入って下さい」

 恰幅のよい、かなりの裕福な貴族だと身なりで分かる男性が入って来た。セレニィーは男性を見るなり顔色を変えた。

 「久しぶりですね。セレニィー・フォックス男爵令嬢…いや今はシンドラー侯爵夫人になったのかな。当時、わたしは、君に一目惚れをしていて、家の事情も知っていたから、シンドラー侯爵令嬢に間に入ってもらって君を紹介してもらったんだが。君は当時のわたしの身分から断った。今となってはよかったと思えるよ。君の様な悪辣な性根の女性を妻にしなくて済んで…。君が断った事を申し訳がないとシンドラー侯爵令嬢は別の令嬢をわたしに紹介してくれた。おかげで、今では陞爵して伯爵にまでなれた。亡きシンドラー女侯爵には感謝してもしきれない程の恩がある。事業がうまく行ったのも女侯爵が色々と手助けをしてくれたお蔭なのだ」

 男性はかつて、エリーロマネがセレニィーに紹介した子爵家の嫡男で、今では国内有数の貿易会社にまで発展している大富豪となっていた。

 もし、この男と結婚していたならセレニィーは、社交界で誰からも羨望の眼差しを向けられていた事だろう。しかし、現実は男は成功し、セレニィーは逆に転落する人生を送っている。

 全ての責任をエリーロマネの所為にして、尚も罪から逃れようとするセレニィーに傍聴席からも次々と死刑を求刑するよう野次が飛び交っている。

 裁判官が更に大きな声で「静粛に!!」と言ったが、収まりが付かない。暫し、休廷を挟んで再度、審議したが最早時間の無駄という結論に至った。

 既に証拠も証人も確証があり、本人もデミオン侯爵夫人に毒茶を贈った事は認めている。これ以上は引きのばす必要もない。

 その日の夕刻には判決が決まり、一応貴族ということで戒律の厳しい修道院に送られる事になった。

 ただ、エリーロマネを殺害した事だけは実証出来なかったのだ。

 アレンは、傍聴席で変わり果てた妻の姿を見て、かなり衝撃を受けていたのか終始無言で俯いていた。ロゼリナが先に領地の修道院に送られたことは、彼女にとっては幸いだったのかもしれない。

 実の母の醜い姿を見ずに済んだ事だけは…。


 シェリーネは、大きなため息を付いて、「これで終わったのね」と呟いた。

 寝台のサイドテーブルに飾ってあるエリーロマネの絵姿を撫でながら、

 「お母様…。残念ながら、お母様の死の真相には辿り着けませんでした」

 そう言って、一人涙を流したのだった。
        






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