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学園生活※ジュリアス視点
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ジュリアスが貴族学園2年生の時だった。
生徒会室から見える旧校舎の中庭で、木陰のベンチに座って昼食を摂っているシェリーネがふと目に入った。
彼女は何時もあそこで昼食を摂っているんだな。
一人でベンチに座っている彼女が気になって、窓から外を見る事が多くなっていった。
最初見た時は母親に全く似ていないんだと思っていたが、彼女の仕種や声が亡くなったあの人を彷彿させる。
その『宝玉の緋』と呼ばれる髪が風に靡き、陽の光を浴びて黄金に煌めく。
暫くして、迷い猫が彼女の足元にすり寄ってきて、彼女は猫に微笑んでいた。きっと「かわいい」と思っているんだな。
そんな彼女に好感を持っていた事だけは確かだろう。
毎日、僕は決まって同じ時間に生徒会室の窓辺から彼女を見つめる。
「なあ、毎日外の何を見ているんだ?」
不意打ちで声をかけて来たのは第二王子のエメック殿下だった。
3年生で生徒会長の彼は、次の生徒会長に僕を押してくれたので、今は引継ぎをしているところだった。
「別に何も見ていませんよ」
「誤魔化すなよ。あの子を見ていたんだろう。でも…」
「分かっていますよ。彼女には婚約者がいます。見守っているだけです。約束ですから…」
「約束…?誰と」
「そんなことまで教える義務はないでしょう。さあ、続きをしましょう」
「まったく、お前はまじめ過ぎだ。少しは息抜きも必要だぞ」
「そういう殿下は、さぼっていますよね」
「ち…違う。少し休憩していたんだ」
「そうですか。そう言う事にしておきましょう」
「本当にお前は小言が多い」
「それが副会長の務めでしたから」
「まあいい、さっさと片付けてしまおう」
「はい」
僕は、引継ぎ業務に入った。それでも彼女の寂しそうな微笑みが頭から離れなかった。
シンドラー侯爵家の内情は知っていた。
それでも手を差し伸べる時は、今ではないことだけは分かっていた。
彼女の視線の先に彼がいるからだ。
──セザール・デミオン。
だが、彼は知らない。知っていたなら婚約者を蔑にして、その異母妹と親交を深めようなどとは思わないはずだ。
この学園で知らない者がいない程、ある意味で有名になっている。
セザールとロゼリナが禁断の恋に落ちている。
その噂は、生徒たちによって親に伝えられ、王家の知る所となった。
「ところで、例の法案、今日の議会で可決したらしいぞ」
「本当か?ああ、知らぬは本人たちばかりってな」
「まさにその通りだな。もう水面下で多くの高位貴族が目の色を変えて、シェリーネ・シンドラーを狙っている。お前もうかうかとしていられないな」
「何のことだ」
「おいおい、今更とぼけるなよ。それとも自覚がないのか?いつも窓辺で外を見ている時、自分がどんな表情をしているのか」
「えっ…」
僕はエメック殿下に指摘されるまで、気が付かなかった。
「愛しそうに見つめているのに…まったくお前こっちの方面はからっきしだな。いつも女子生徒に「きゃあきゃあ」言われている癖に…」
不満げにエメック殿下は拗ねた表情を見せた。
そんなに分かりやすかったのだろうか。
学年が違うからいつの間にか、この時間彼女の所在を確かめるのが癖になっていた。
ジュリアスは、改めて考えているうちに恥ずかしくなって、片手で口を押えてエメック殿下から顔背けた。だが、隠しきれない耳は朱色に染まっている。
今、王宮では、新しい法案が可決された。
目的は勿論、シェリーネを取り込むためのもの。
今までは爵位とは別の称号を兼ねる事を禁じていた。
つまり、もし仮にシェリーネの様に女性が爵位を継承した場合、別の家門に嫁ぐことは出来ないのだ。
しかし、今日可決された事によって、家門の嫡女であっても一時的に他家に嫁ぐことが出来る様になったということだ。
これによって、王家は既にシェリーネを3つの公爵家のいずれかに嫁がせることを画策していた。
「なあ、話を戻すがもう、自分の気持ちを自覚したなら、早く手を打たないと他の奴にもっていかれるぞ」
「な…何のことでしょう」
僕は、エメット殿下の言葉に動揺した。
そんな事は分かっている。今通っている男子学生は虎視眈々とセザールの後釜を狙っている。
だが、今はまだ動けない。
好機は直ぐにやって来た。
シェリーネが何時のように一人でいる時に、「生徒会の手伝いをしてみないか」と誘ってみたのだ。
最近、図書室で過ごしたりして、帰宅時間をあの二人とずらしている事は場奥も知っている。女性が遅く帰ることはあまりにも危険だ。ましてやシェリーネは狙われている。
生徒会に居れば僕も大ぴらに彼女を気遣う理由が出来る。
シェリーネが生徒会の手伝いをし出してから、帰りは僕が侯爵家に送ることにした。
段々と彼女との距離を縮めていって、僕はある人物に手紙を出した。
その人物は、ガストン・シンドラー。
シェリーネの祖父だ。
今の現状を前侯爵に知ってもらい。彼女を侯爵家から救出するための内容を相談した。
そして、彼女は遂にセザールとの婚約を解消した。
僕は他の高位貴族が動き出す前に、卒業パーティーで彼女に「政略結婚」を持ちかけた。
傷ついた今の彼女にいくら「愛している。好きだ」と言ったところで、恐らく信じてはもらえないだろう。
だから、彼女に敢えて僕は「お互いに利益がある」という言葉を強調した。
僕の手を取って優雅に踊る彼女は、誰よりも美しかった。
瞼を閉じれば、昨日のようにその姿を思い出す。
彼女を抱きしめながら、
「あと少しだけ…」
そう言って、本当の気持ちを呑み込んだ。
もう少し待って、いつか必ずこの気持ちを話すから。
全部最初から君に伝えるから…。
──ずっと、君が愛おしかったのだと…。
僕は震える手で彼女を抱きしめ続けていた。
生徒会室から見える旧校舎の中庭で、木陰のベンチに座って昼食を摂っているシェリーネがふと目に入った。
彼女は何時もあそこで昼食を摂っているんだな。
一人でベンチに座っている彼女が気になって、窓から外を見る事が多くなっていった。
最初見た時は母親に全く似ていないんだと思っていたが、彼女の仕種や声が亡くなったあの人を彷彿させる。
その『宝玉の緋』と呼ばれる髪が風に靡き、陽の光を浴びて黄金に煌めく。
暫くして、迷い猫が彼女の足元にすり寄ってきて、彼女は猫に微笑んでいた。きっと「かわいい」と思っているんだな。
そんな彼女に好感を持っていた事だけは確かだろう。
毎日、僕は決まって同じ時間に生徒会室の窓辺から彼女を見つめる。
「なあ、毎日外の何を見ているんだ?」
不意打ちで声をかけて来たのは第二王子のエメック殿下だった。
3年生で生徒会長の彼は、次の生徒会長に僕を押してくれたので、今は引継ぎをしているところだった。
「別に何も見ていませんよ」
「誤魔化すなよ。あの子を見ていたんだろう。でも…」
「分かっていますよ。彼女には婚約者がいます。見守っているだけです。約束ですから…」
「約束…?誰と」
「そんなことまで教える義務はないでしょう。さあ、続きをしましょう」
「まったく、お前はまじめ過ぎだ。少しは息抜きも必要だぞ」
「そういう殿下は、さぼっていますよね」
「ち…違う。少し休憩していたんだ」
「そうですか。そう言う事にしておきましょう」
「本当にお前は小言が多い」
「それが副会長の務めでしたから」
「まあいい、さっさと片付けてしまおう」
「はい」
僕は、引継ぎ業務に入った。それでも彼女の寂しそうな微笑みが頭から離れなかった。
シンドラー侯爵家の内情は知っていた。
それでも手を差し伸べる時は、今ではないことだけは分かっていた。
彼女の視線の先に彼がいるからだ。
──セザール・デミオン。
だが、彼は知らない。知っていたなら婚約者を蔑にして、その異母妹と親交を深めようなどとは思わないはずだ。
この学園で知らない者がいない程、ある意味で有名になっている。
セザールとロゼリナが禁断の恋に落ちている。
その噂は、生徒たちによって親に伝えられ、王家の知る所となった。
「ところで、例の法案、今日の議会で可決したらしいぞ」
「本当か?ああ、知らぬは本人たちばかりってな」
「まさにその通りだな。もう水面下で多くの高位貴族が目の色を変えて、シェリーネ・シンドラーを狙っている。お前もうかうかとしていられないな」
「何のことだ」
「おいおい、今更とぼけるなよ。それとも自覚がないのか?いつも窓辺で外を見ている時、自分がどんな表情をしているのか」
「えっ…」
僕はエメック殿下に指摘されるまで、気が付かなかった。
「愛しそうに見つめているのに…まったくお前こっちの方面はからっきしだな。いつも女子生徒に「きゃあきゃあ」言われている癖に…」
不満げにエメック殿下は拗ねた表情を見せた。
そんなに分かりやすかったのだろうか。
学年が違うからいつの間にか、この時間彼女の所在を確かめるのが癖になっていた。
ジュリアスは、改めて考えているうちに恥ずかしくなって、片手で口を押えてエメック殿下から顔背けた。だが、隠しきれない耳は朱色に染まっている。
今、王宮では、新しい法案が可決された。
目的は勿論、シェリーネを取り込むためのもの。
今までは爵位とは別の称号を兼ねる事を禁じていた。
つまり、もし仮にシェリーネの様に女性が爵位を継承した場合、別の家門に嫁ぐことは出来ないのだ。
しかし、今日可決された事によって、家門の嫡女であっても一時的に他家に嫁ぐことが出来る様になったということだ。
これによって、王家は既にシェリーネを3つの公爵家のいずれかに嫁がせることを画策していた。
「なあ、話を戻すがもう、自分の気持ちを自覚したなら、早く手を打たないと他の奴にもっていかれるぞ」
「な…何のことでしょう」
僕は、エメット殿下の言葉に動揺した。
そんな事は分かっている。今通っている男子学生は虎視眈々とセザールの後釜を狙っている。
だが、今はまだ動けない。
好機は直ぐにやって来た。
シェリーネが何時のように一人でいる時に、「生徒会の手伝いをしてみないか」と誘ってみたのだ。
最近、図書室で過ごしたりして、帰宅時間をあの二人とずらしている事は場奥も知っている。女性が遅く帰ることはあまりにも危険だ。ましてやシェリーネは狙われている。
生徒会に居れば僕も大ぴらに彼女を気遣う理由が出来る。
シェリーネが生徒会の手伝いをし出してから、帰りは僕が侯爵家に送ることにした。
段々と彼女との距離を縮めていって、僕はある人物に手紙を出した。
その人物は、ガストン・シンドラー。
シェリーネの祖父だ。
今の現状を前侯爵に知ってもらい。彼女を侯爵家から救出するための内容を相談した。
そして、彼女は遂にセザールとの婚約を解消した。
僕は他の高位貴族が動き出す前に、卒業パーティーで彼女に「政略結婚」を持ちかけた。
傷ついた今の彼女にいくら「愛している。好きだ」と言ったところで、恐らく信じてはもらえないだろう。
だから、彼女に敢えて僕は「お互いに利益がある」という言葉を強調した。
僕の手を取って優雅に踊る彼女は、誰よりも美しかった。
瞼を閉じれば、昨日のようにその姿を思い出す。
彼女を抱きしめながら、
「あと少しだけ…」
そう言って、本当の気持ちを呑み込んだ。
もう少し待って、いつか必ずこの気持ちを話すから。
全部最初から君に伝えるから…。
──ずっと、君が愛おしかったのだと…。
僕は震える手で彼女を抱きしめ続けていた。
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