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最悪なお花畑の異母妹

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 翌朝、シェリーネとジュリアスは、シンドラー侯爵家を訪れた。

 事前に連絡が来ていたように、応接室には父アレンと異母妹ロゼリアの姿がある。

 憔悴しきったアレンとは違って、自分の母親がデミオン侯爵夫人殺害未遂の容疑で王宮の貴族牢に入れられたというのに、ロゼリアは以前の明るさを取り戻していた。

 その不自然な明るさにシェリーネは得体のしれない不気味さを感じ取っていた。

 長い沈黙の後に、デミオン侯爵家の面々が到着したと報告がくる。

 彼らを出迎えていたのは伯父のマリウス。

 今日の話し合いの内容は、セザールとロゼリナの事だという事は分かっている。

 セザールがロゼリアと結婚する為には平民になるしかない。仮にロゼリアと婚約を解消しても貴族の中では誰もその事を責めたりしないだろう。

 ロゼリアは罪人の娘なのだから。貴族として家の対面を考えたら、そんな娘との結婚など不利益以外のなんでもない。

 ましてや、彼女にはシンドラー侯爵家の血は一滴も流れていない庶子なのだ。

 しかも父アレンの実家は、アレンが不貞を犯した段階で、侯爵家に申し訳が立たないと爵位を早々に返上している。頼れる親族がいない彼らはこの家を追い出されば、路頭に迷う事間違いなしだ。しかし、そのアレンにシェリーネは温情をかけて、領地の代官としての職を紹介した。

 継母セレニィーの実家フォックス男爵家は、セレニィーを勘当している。それは、侯爵夫人を名乗ってからも変わらず絶縁状態だったのだ。

 だからこそ、憎かったのかもしれない。真実の愛を貫いた自分達を認めない全ての者が…。結果、実家を巻き込んだのだろうが、男爵は爵位を返上し、出国する許可を願い出ているとジュリアスからシェリーネは昨夜、聞いていた。男爵はこの事に関与していないと判断されている。セレニィーが独断で男爵家の名前を使ったようだと既に判明している。

 応接間の扉が開くと、デミオン侯爵、夫人、セザールそして最後にマリウスが入って来た。

 それぞれが席に着くと、儀礼的な挨拶を交わした後、デミオン侯爵が本題を切り出した。

 その内容を聞いてシェリーネは「やっぱりね…どこまでも愚かなセザール」と心の中で呟いた。

 初めは、奇異として喜んでいたロゼリアが急に冷めた口調になって、

 「いやよ。平民なんていや。わたしは侯爵令嬢なんだから、何も出来ないわ」
 
 「それはわかっているよ。だから、僕もやるし、出来る様に君もがんばろう」

 「なんで、わたしがこんな目に遭うの?おかしいでしょう。わたしはお姫様なのよ。幸せなお姫様でいなくちゃいけないの。お母様がそう言っていたわ。誰よりもお姉さまより幸せにならないと…」

 その言葉に居合わせた全員の顔が引き攣っている。シェリーネは子供の様に幼いロゼリナに、一体父と継母はどういう教育をしたのかと疑問に思った。

 「ロゼリナ、幸せの形は一つではないよ。侯爵家での贅沢な暮らしは約束できないが、君を誰よりも大切にして、幸せにすると約束する。だから、受け入れてくれ」

 セザールの懇願するような声でロゼリナを説得した。しかし、次の瞬間、それは見事なまで打ち砕かれた。

 「いやよ。なら、お母様が言ったように、わたしがジュリアス様のお嫁さんになればいいのよ。そしてセザール様はお姉さまと結婚するの。ふふふっ、とーってもいい案でしょう。それで皆が幸せになれるわ」

 夢見る様に胸でお祈りでもするように手を合わせて、瞳をキラキラと輝かせながら、ロゼリナは非現実的な事を口走っている。

 まるでそれが当然という様に…。

 アレンはロゼリナの言葉に頭を抱えて俯いてしまった。ジュリアスは汚物でも見る様な冷たい侮蔑と怒気を孕んだ目を向けている。

 セザールは一歩も微塵だにしなかった。彼の頭の中では、ロゼリナが受け入れて、辺境での新しい生活が待っていると信じて疑わなかったのだろう。

 真っ青な顔をして、茫然と口を開いていた。

 その姿にシェリーネは、どうして、こんな男を好きだと思っていたんだろうと疑問しか浮かばない。そして、ロゼリナとセザールの両方を見ながら「お花畑同士で案外お似合いなのかもしれない」と考えてたのだ。

 「まあ、黙って聞いていればなんて失礼な娘なの。由緒ある侯爵家からの申し出をこんな風に断るなんて、しかもマクドルー公爵家がどういう家門か知っての言葉なのかしら」

 ロゼリナの失礼極まりない言葉に憤怒を顕にアマーリエが攻撃する。

 「あなたの様な身分の様な者が簡単に王族の親戚であるマクドルー公爵家に入る事など不可能です。だから、反対したのよ。こんな頭のおかしな娘と関わりにならないようにと言ったでしょう」

 「あ…頭のおかしな娘ってわたしのことですか」

 「それ以外に誰がいるのです。流石、あの女の娘よね。今までどういった教育をされてきたのか程度が知れますわ」

 アマーリエの口は止まらなかった。どんどんエスカレートしていく。隣で聞いていたエリックも止めに入ったが、何かのアマーリエの中の何かのスイッチが入ってしまって、手におえない状態になった。

 段々、その言い争いは子供が言いあう様な低レベルなものにまで変化していくと、

 「侯爵令嬢と言っても仮のものよ。ここはエリーロマネの生家。由緒あるシンドラー侯爵家なのよ。平民同然の庶子が侯爵令嬢を名乗る事自体が王族を侮辱しているのと同義なのよ。いい加減弁えなさい!この小娘が!!」

 物凄い剣幕で捲し立てられ、ロゼリナは得意の泣き落としで、父アレンに助けを求めた。

 「ひどい。侯爵夫人はわたしの事を嫌いだから苛めるんですね」

 シェリーネはさっきから「嫌いだ。嫌だ」と「はっきりと嫌悪されているのに態々それを指摘する必要が何処にあるんだろうと、客観視していた。

 「苛める苛めないの問題ではないんだよ。侯爵夫人の言っている事は正論で、お前の選択は2つしかないんだ。セザール君と一緒になって、平民として身の丈にあった幸せを求めるのか。修道院に行くしか道は残されていない。だから聞き分けてくれ。大切なロゼリナに私は幸せになってほしいんだ」

 アレンが諭す言葉にも耳を傾けないロゼリナは、

 「もう、お父様もセザール様もいい。わたしは意地でもここを出ていかないわ」

 そう言って、応接室を飛び出した。

 慌ててその後をアレンとセザールが追っていく。

 「お待ちなさい。ロゼリナ」

 そう言ってシェリーネも続いた。

 ジュリアスとマリウスもシェリーネの後に続いて行った。

 エントランスホールから2階に上がる階段の上でロゼリナは二人に掴まった様で、何度も説得を繰り返すアレンたち、拒否し続けるロゼリナの言い争う声が、ホール全体に響いている。

 彼らの所まで、追いついたシェリーネは、

 「ロゼリナ。自分の言い分が正しいと常に思っているのでしょうが、貴女が言っている事は貴族として間違っているわ。貴女の母親は罪を犯した。侯爵夫人を殺そうとしたのよ。その罪で貴女も連座は免れない。だから、セザール様は平民になって、貴女と共に生きる事を選んだのよ。他の殿方ならきっと直ぐに切り捨てられたでしょうね。それだけ、貴女を大切に思っているから出来ることよ。申し出を受けなさい。それが貴方の最善よ」

 「いやよ。わからないわ。わたしは侯爵令嬢として幸せな一生を送れるって、お母様もお父様もいったじゃない。どうしてこんな事になったの。わたしのせいじゃない。こんなの私が望んだことじゃあない」

 「ロゼリナ。侯爵令嬢だというなら、尚の事、受け入れなさい。現実を…。それが貴族として生まれた私達の宿命なのよ」

 「いやったら、いやーーー。お姉さまなんて大っ嫌い!!!」

 ロゼリナは、シェリーネに掴まれた手を振り払おうとした。瞬間、シェリーネの身体が宙を舞った。

 階段の最上階から転落してるのだ。シェリーネは咄嗟の事に受け身も取れず、そのまま落下していた。

 死ぬかもしれない。

 シェリーネは覚悟を決めた様に、目を閉じた。

 その衝撃に備える様に身を縮めたが、背後から自分を支える二つの腕と片腕に強い痛みを感じて目を開けると。

 後ろからジュリアスとマリウスがシェリーネを抱きかかえる様に支え、セザールが手すりで体を支える様にして、落ちていくシェリーネの二の腕を掴んでいた。

 使用人らの悲鳴で、騒ぎを聞き付けたデミオン侯爵夫妻もその場に現れた。

 その異様な光景に何があったのかを知るには十分だった。

 落ち着いたロゼリナは結局、セザールとの婚約を解消し、シンドラー侯爵領にある修道院に送られることになった。

 シェリーネは落ちた時に足首を痛めたらしく、全治一週間の怪我を負った。

 侯爵夫妻は息子の所業に詫びを入れ、慰謝料を支払うと申し出たが、シェリーネは断った。もうこれ以上、彼らに関わりたくないというのが本音だったのだ。

 アレンはセレニィーの裁判が終わってから領地に向かう事になった。

 一連の婚約解消騒動は、一見落ち着いたかに思えたのだが、この後、世間を騒がす恐ろしい結末を迎える事になろうとは、この時、誰も予想しなかったであろう。

 

 
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