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本編 この度、記憶喪失の公爵様に嫁ぐことになりまして
安らぎ~アデイラ~
しおりを挟む──これで君は自由だ。好きな事をして残りの人生を送るがいい。
そう言ってラインハルト様は、王宮からわたくしを出してくれた。
あの日、毒を煽って倒れたわたくしをずっと見捨てずに看病してくれた侍女と共に、カメリア半島の静かな療養所にきている。
ここはレグナとは隣の領地にあたる場所だ。温暖な気候で観光地としても名高い場所。
きっと、素晴らしいエメラルドグリーンの海が広がっている事だろう。
心地よい風が潮風を運んでくるのが分かる。
「アデイラ様。あまり外の出られますとお体に障りますよ」
侍女のアニータの声が聞こえた。
わたくしは九死に一生を得たとはいえ、もう残りわずかな命となっている。あと3年持てばいい方かもしれない。
既に、あの時尽きた命だ。惜しくもないし、悔いもない。
ただ、目覚めた時にはラインハルト様から労いの言葉がなかったことだけが、わたくしの唯一の心残りだ。
自分で勝手にした事なのに、ラインハルト様にそれを褒めて欲しいなどと随分身勝手な思いだ。
それでもやはり、生き延びたなら彼の近くで残りの人生を過ごしたかった。
ある晴れた日、いつものようにテラスで外から入る潮風を感じていた。
すると、わたくしの手に小さな温もりを感じてふとその手に触れた。
「かぜがつよくなってきたから、かぜひくよ」
労わるな子供の声にわたくしは癒されるようにふふっと小さく笑った。
「体の具合はどうだ」
わたくしに声をかけてきたのは、まぎれもなく待ち望んだ方のものだった。
ラインハルト殿下……。
もう二度と会えないと思っていたのに、命の終わる時にまた会えるなんて…。
「このおねえさんはびょうきななの、とうさま」
とうさま…?
ああ、そうだ。彼は結婚している当然、子供が生まれてもおかしくない。
いつまでもあの時のままだと思っているのはわたくしだけなのだ。
姿を見たくてももうこの目は何も映さない。
だが、最後に声を聞けただけでも嬉しい。
「ああ、だが、彼女のおかげでお母様と結婚できたのだよ。いつも感謝している。今までありがとう、ご苦労だったな」
「いいえ、めっそうもない。わたくしが望んでした事です」
その言葉に偽りはなかった。同時に真実でもなかった。わたくしは、何時かラインハルト様との未来を望んでいたから、その場所を他の人に譲るつもりなどなかったのに……。
でも、こうして良かった。ラインハルト様の声で分かる。今、彼はとても幸せなのだと…。
それがわたくしの手で齎したものでなくてもかまわなかった。
わたくしの願いは叶ったのだから…。
ラインハルト様に褒めてもらえた。礼を述べてもらえた。それだけで、わたくしの長年の想いも報われる様な気がしたから…。
ああ、もうこれで思い残すことはない。
きっと、来世では幸せになってみせる。
誰よりも輝くような幸せを手に入れてみせる。
それがわたくしアデイラ・メイナードという女なのだから──。
その2月後、アデイラはこの世を去った。
時折、彼女の墓標には赤い薔薇が供えられている。
それは赤い髪の彼女を象徴しているような真紅の薔薇が一輪置いてあるだけだが、凛とした姿が生前のアデイラを思いだすようだと侍女は語った。
潮風に花弁が舞いながら、何処かへ風に乗って彷徨う姿は恋に破れて散ったようにも見えるのだった。
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