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番外編 この想いは永遠に…

プロローグ

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   バシッ!!

 頬を叩かれて痛みが走る。

 手を叩かれた頬に当て、叩いた相手を見やると彼女は目に涙を浮かべて私を罵った。

 「裏切者!!どうしてあの人を取ったの!大人しそうな顔をして取り入ったのね!!私の婚約者なのよ!その座に座るのは私だった。返して、返して、全部返してよ──っ!」

 彼女は泣きながら王宮の親衛隊に取り押さえられ、別の場所に連れて行かれた。

 「大丈夫ですか。姉上」

 「大丈夫かグレイシス」

 弟のロータスと幼馴染のドナルド・メイナードが声をかけてくれる。

 「私は大丈夫よ。それよりイランジェ様が…」

 「人の事よりまず自分だよ。ほらこれで打たれた頬を冷やして」

 水で冷やしたハンカチを私に渡してくれたのは幼馴染のドナルドだった。

 ドナルドは昔から優しい。まるで兄のような存在。

 私にも何が起こったのか分からない。

 ただ言えることは、私の愛する人は、永遠にいなくなったという事だけだった。

 ひと月前までは、私の周りは平穏な日常で溢れていた。

 でも、あの男が隣国サザーランドでの留学を終えて帰って来てから不穏な空気が漂っていた。

 ──第三王子コンラッド・ベイブルク殿下。

 彼は一年前にこの国に帰って来て、学園に編入してきた。

 王族特有の銀色の髪にアイスブルーの瞳は誰よりも冷たく感じる。

 筆頭侯爵バルボッサ家のイランジェ様はそんな彼を好ましく思っていた。

 彼女の家柄なら王太子エイバン様の婚約者にもなれただろうに、彼女はコンラッド殿下の婚約者に収まった。

 私の生家は同じ侯爵家でも特に突出した侯爵家ではなく、第二王子がお茶会で私を見初めて婚約しただけなのだ。

 私と第二王子オーウェン殿下は政略的な意図はない。だから、二人は自然と仲の良い婚約者同士でいられたのだ。

 それも去年までの話だ。

 コンラッド殿下が帰って来てから、全ての事が壊れて行った。いや本当は自分で壊す勇気がなかったのだ。見て見ぬふりをした結果、待っていたのは残酷な真実だけだった。

 知っていたのにそれに蓋をして、私は偽りの仮面を付けて素知らぬ顔を作っていた。

 そんな事をしてもいつかは終わりがくるというのに、私は夢を現実の置き換えて縋っていた。

 始まりは、定例のオーウェン殿下とのお茶会での出来事だった。

 いつも定刻にお茶席に来ている殿下が、その日は遅れてきた。妙な胸騒ぎがして、次の約束の日には早めに王宮に来ていた。

 つい悪戯心で殿下の部屋に立ち寄ろうとしたのがいけなかった。

 外で護衛に入室を拒まれたが、じき王子妃となる私の命には従うしかなかった。

 部屋に入ると殿下の姿はなかった。

 しかし、続き部屋の寝室から声が聞こえてきた。甘く強請るような女の声と興奮している男の声が…。

 どちらも聞き覚えがあるものだった。

 部屋の扉を開けると、ベッドの上には半裸の男女がお互いの唇を貪りあっている姿があった。

 咄嗟に私は、部屋から出て行こうとしたが、誰かにぶつかった。

 「あらら、やらかしましたね、兄上、品行方正だと評判の兄上は婚約者の前でこんな痴態を曝すなんて」

 その声で、オーウェン殿下と相手の女性は我に返った。

 「グレイシア…?」

 殿下の顔色が段々青くなっていくのが分かる。私の顔も悪くなっているだろう。

 相手の女性は殿下付きの侍女だった。殿下は年上の侍女との情事にかまけて前回のお茶会も遅れてきたのだろう。私はそんな事も知らずに殿下が忙しいのだと労いの言葉を掛けたのだ。

 何だかすべてが馬鹿らしくなってきた。

 自分が望んだ婚約だったくせに、堂々と自室に女性を連れ込んで浮気をした。しかも私と会う約束の日に。
 
 二人は一体いつからの関係なのか私は全く気付かなかったのだ。

 「今日は、これで失礼します。後日父から陛下にお話があると思いますので」

 私は部屋で狼狽えている殿下を見ることなく部屋から出て行った。

 泣きそうになる自分を押えるのが精一杯で、周りをみる余裕なんてなかったのだ。

 「待てよ。王宮といえど危ないだろう。馬車まで送ってやる」

 そう言ったのは、第三王子コンラッド殿下だった。先ほども絶妙なタイミングで現れたこの男の考えは私には理解しがたいものがあった。

 「ありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きます」

 私はコンラッド殿下にエスコートされて侯爵家に帰った。

 娘の早い帰りに母は驚きを隠せなかった。

 「一体、何があったの?」

 「それはお父様が帰って来てからお話しします」

 「そう、何だか疲れているのね。顔色が悪いわ。旦那様がお戻りになったら呼ぶから部屋で休みなさい」

 「そうさせて頂きます」

 私は、そのまま部屋に入って、着替えを済ませた後、ベッドに伏して泣いていた。

 どのくらいないていたのか分からないが、気付くと日は沈んで部屋には灯りが灯されている。

 「お嬢様。奥様と侯爵がお呼びになっております」

 メイドの言葉で、私はベッドからむくりと起き上がり、父の執務室に入った。

 しかし、そこには意外な人物がいた。

 第三王子コンラッド殿下がソファーに腰かけてこちらを見ている。

 そのアイスブルーの瞳を細めて……。

 凍り付くような冷たい視線が私は恐ろしかったのだ。
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