上 下
34 / 48
本編 この度、記憶喪失の公爵様に嫁ぐことになりまして

アンジェリカ

しおりを挟む
 私は死ぬ思いで出産したが、生まれたアンジェリカはとても元気に育っていた。

 今は乳母のロレイヌに教えてもらいながら、ゲップをさせているところだ。

 ゲフッ

 小さなゲップが出来た所で、

 「奥様、お上手でいらっしゃいます。さあ、アンジェリカ様を寝かせましょうね」

 そう言って、私のベットの隣のベビーベッドに寝かせた。

 普通の貴族は生まれた子供を乳母に世話を任せるのだが、私は自分で育てたかった。

 それは私もハルト様も両親から愛情を貰ったわけではない。母親からの愛情しか知らない。だから、私はこの子にはそうなって欲しくない。

 出来るだけ夫婦で育てたいのだ。

 だからハルト様もなるべく育児に参加してくれている。

 アンジェリカを産んでから、色々な事が分かった。

 陛下が政務の空いた時間にアグネス様と一緒にやってくるのだ。しかも何故かハルト様のいない時を見計らう様に。

 アグネス様のいう事には陛下は長年ハルト様と疎遠にしていたので何を話していいのか分からないそうだ。

 それに、陛下の初恋はグレイシア王妃つまりハルト様のお母様らしい。

 当時、第三王子だった陛下は、第二王子の婚約者だったグレイシア様に密かに恋心を抱いていたらしい。

 第二王子を愛していたグレイシア様は、自分の愛する人を殺した男を赦せなかったのだ。

 無理やり結婚してもグレイシア様の心は得られなかった。

 王位を略奪する際に側妃様のご実家が手を貸した事によって彼女を側妃に召し上げた。

 その後、グレイシア様が亡くなって、空虚な生活をしていた陛下は子爵領でアグネス様を見初めたらしい。

 アグネス様は亡きグレイシア様の面影があったようで、陛下は側妃イランジェ様から守る為にずっと王宮の奥深くにアグネス様を隠していた。

 そんなことをしても女の勘は鋭い。陛下を愛する側妃イランジェ様はずっとアグネス様を恨んでいた。

 だから、あんな凶行に及んだのだろう。

 あの夜会の後、側妃イランジェ様は毒を飲まされて死んだのだ。

 今となっては、誰も彼女の心中は分からない。

 そんな事を考えていると、ハルト様が部屋に帰ってきた。

 あららーっ、陛下と鉢合わせしちゃいました。二人とも見事に固まっていますね。

 すると、アンジェリカが突然泣き出したのだ。

 私は、ここぞとばかりに陛下にアンジェリカを渡した。

 なんとかあやそう必死になっている陛下を横目にハルト様が、

 「陛下、そんな危なっかしい手付きだと、アンジェリカが不安に思いますよ。貸してください」

 そう言って、陛下からアンジェリカを取り上げると、優しく体を揺らしながら、

 「ほら、アンジェ。父上だぞ」

 と笑って見せたのだが、

 「ケッ」

 と言う声が聞こえた。

 えっ?今の声って、まさかアンジェの声なの?

 私の心の声はだだ漏れだったようで、

 「どうやら、アンジェリカはジイジの所に来たいようだ」

 そう言って、ハルト様からアンジェリカを受け取ろうとした時に、

 「ケッ」

 またもや声が聞こえてきた。そして、ぐずぐずと泣き始めたアンジェリカを私が抱くと直ぐに泣き止んだ。

 「グフッ…」

 小さくハルト様が吹き出した。肩が揺れている。

 「そなたでも笑うのだな…」

 陛下の小さな呟きを私は聞き逃さなかった。

 ええ、ええ陛下。ラインハルト様も人間ですからね。笑いもすれば怒りもする。何の感情もないお人形ではないんですよ。

 そう思っていたんだけれど、またもやみんながこちらを見ている。

 「アシュリ―様。声に出ていますよ」

 アグネス様に耳打ちされて、

 しまった。やってしまった。恥ずかしくなって下を俯いていたら、

 「大丈夫だから、顔を上げて」

 ハルト様の声を聞いておずおずと顔を上げると、そこには希少価値の高い人物二人が笑顔を私に向けていたのだ。

 陛下とハルト様。

 やっぱり二人は親子だなあと思う。

 こんなやり取りが平穏な幸せなのだろうなあと私は実感していたのだった。
しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

我慢してきた令嬢は、はっちゃける事にしたようです。

和威
恋愛
侯爵令嬢ミリア(15)はギルベルト伯爵(24)と結婚しました。ただ、この伯爵……別館に愛人囲ってて私に構ってる暇は無いそうです。本館で好きに過ごして良いらしいので、はっちゃけようかな?って感じの話です。1話1500~2000字程です。お気に入り登録5000人突破です!有り難うございまーす!2度見しました(笑)

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

駆け落ちから四年後、元婚約者が戻ってきたんですが

影茸
恋愛
 私、マルシアの婚約者である伯爵令息シャルルは、結婚を前にして駆け落ちした。  それも、見知らぬ平民の女性と。  その結果、伯爵家は大いに混乱し、私は婚約者を失ったことを悲しむまもなく、動き回ることになる。  そして四年後、ようやく伯爵家を前以上に栄えさせることに成功する。  ……駆け落ちしたシャルルが、女性と共に現れたのはその時だった。

モブですが、婚約者は私です。

伊月 慧
恋愛
 声高々に私の婚約者であられる王子様が婚約破棄を叫ぶ。隣に震える男爵令嬢を抱き寄せて。  婚約破棄されたのは同年代の令嬢をまとめる、アスラーナ。私の親友でもある。そんな彼女が目を丸めるのと同時に、私も目を丸めた。  待ってください。貴方の婚約者はアスラーナではなく、貴方がモブ認定している私です。 新しい風を吹かせてみたくなりました。 なんかよく有りそうな感じの話で申し訳ございません。

そう言うと思ってた

mios
恋愛
公爵令息のアランは馬鹿ではない。ちゃんとわかっていた。自分が夢中になっているアナスタシアが自分をそれほど好きでないことも、自分の婚約者であるカリナが自分を愛していることも。 ※いつものように視点がバラバラします。

公爵家の家族ができました。〜記憶を失くした少女は新たな場所で幸せに過ごす〜

ファンタジー
記憶を失くしたフィーは、怪我をして国境沿いの森で倒れていたところをウィスタリア公爵に助けてもらい保護される。 けれど、公爵家の次女フィーリアの大切なワンピースを意図せず着てしまい、双子のアルヴァートとリティシアを傷付けてしまう。 ウィスタリア公爵夫妻には五人の子どもがいたが、次女のフィーリアは病気で亡くなってしまっていたのだ。 大切なワンピースを着てしまったこと、フィーリアの愛称フィーと公爵夫妻から呼ばれたことなどから双子との確執ができてしまった。 子どもたちに受け入れられないまま王都にある本邸へと戻ることになってしまったフィーに、そのこじれた関係のせいでとある出来事が起きてしまう。 素性もわからないフィーに優しくしてくれるウィスタリア公爵夫妻と、心を開き始めた子どもたちにどこか後ろめたい気持ちを抱いてしまう。 それは夢の中で見た、フィーと同じ輝くような金色の髪をした男の子のことが気になっていたからだった。 夢の中で見た、金色の花びらが舞う花畑。 ペンダントの金に彫刻された花と水色の魔石。 自分のことをフィーと呼んだ、夢の中の男の子。 フィーにとって、それらは記憶を取り戻す唯一の手がかりだった。 夢で会った、金色の髪をした男の子との関係。 新たに出会う、友人たち。 再会した、大切な人。 そして成長するにつれ周りで起き始めた不可解なこと。 フィーはどのように公爵家で過ごしていくのか。 ★記憶を失くした代わりに前世を思い出した、ちょっとだけ感情豊かな少女が新たな家族の優しさに触れ、信頼できる友人に出会い、助け合い、そして忘れていた大切なものを取り戻そうとするお話です。 ※前世の記憶がありますが、転生のお話ではありません。 ※一話あたり二千文字前後となります。

悪妃の愛娘

りーさん
恋愛
 私の名前はリリー。五歳のかわいい盛りの王女である。私は、前世の記憶を持っていて、父子家庭で育ったからか、母親には特別な思いがあった。  その心残りからか、転生を果たした私は、母親の王妃にそれはもう可愛がられている。  そんなある日、そんな母が父である国王に怒鳴られていて、泣いているのを見たときに、私は誓った。私がお母さまを幸せにして見せると!  いろいろ調べてみると、母親が悪妃と呼ばれていたり、腹違いの弟妹がひどい扱いを受けていたりと、お城は問題だらけ!  こうなったら、私が全部解決してみせるといろいろやっていたら、なんでか父親に構われだした。  あんたなんてどうでもいいからほっといてくれ!

目を覚ましたら、婚約者に子供が出来ていました。

霙アルカ。
恋愛
目を覚ましたら、婚約者は私の幼馴染との間に子供を作っていました。 「でも、愛してるのは、ダリア君だけなんだ。」 いやいや、そんな事言われてもこれ以上一緒にいれるわけないでしょ。 ※こちらは更新ゆっくりかもです。

処理中です...