【本編完結】この度、記憶喪失の公爵様に嫁ぐことになりまして

春野オカリナ

文字の大きさ
26 / 48
本編 この度、記憶喪失の公爵様に嫁ぐことになりまして

この思いに終止符を〜アデイラ〜

しおりを挟む
 わたくしの元に父がやって来て、

 「喜べ!アデイラ、殿下の記憶が戻ったと聞いたぞ!直ぐにレグナに迎え、殿下を口説き落としてこい」

 「お父様。殿下は既にご結婚なさっておられるのですよ。もうわたくしの出番はありませんわ」

 「いや、そうではない。デニーロ伯爵の話では、あの妻は身代わりだ」

 「どういう事なのですか?」

 「元々は伯爵の嫡子に来た話だったようで、代わりに庶子を行かせたと聞いた。庶子なら王子の妻に相応しくない。しかも第一王子だ。第四王子が病に倒れた今、誰もが第一王子を王太子に担ぎ上げたくてうずうずしている。我が家が一番に名乗りを挙げなくてはならない。伯爵家の娘と一緒にレグナに出立しろ」

 父は息巻いて、わたくしにそう命じた。

 わたくしが王宮に留まれるのはまだ王太子が決まっていないからだ。王妃が長く不在なこの国の王妃の執務をこなしている間は、皆が認めてくれる。だが、次の王太子が決まればここを出て行かなくてはならない。

 今の地位にしがみ付くことでしか自分の価値を見出せないわたくしは父の命に従ったのだ。

 それに、わたくしも知りたかった。あのラインハルト殿下を夢中にしている女を直にこの目で見たかったのかもしれない。

 記憶を失ってから、陛下が多くの女を送り込んでも誰一人ラインハルト様の心を動かすことはできなかった。だから安堵していた。

 わたくしのものにならないのなら誰のものにもならなければいいと、それはわたくしの願いで想いだったのだ。

 一緒に連れて行くことになったデニーロ伯爵令嬢ウルスラは、何とも言えぬ高慢な令嬢だった。わたくしを寡婦の身として蔑み、自分が殿下に選ばれることを疑わない愚かな娘だった。

 こんな思いあがった女の異母姉とは一体どんな女なのかますます興味が湧いてきた。
 
 もし、このような女ならわたくしがその座を取って代わろうと思っていた。

 だが、着いた公爵家の応接間でラインハルト様を見て直ぐに思い上がりだと気付いた。

 あの方のあんな顔を見たことがなかった。あのような目で見られたことも微笑まれた事もただの一度もなかった事に今更ながら思い知ったのだ。

 わたくしたちは政略で婚約しただけの間柄、わたくしは自分の想いを打ち明けることも無く、勝手にラインハルト様に押し付けただけ。そして、自らその隣を誰かに譲ったのだ。

 もうどんなに悔やんでも過去は取り戻せない。

 もしも、あの時違う選択をしていたなら、今ラインハルト様の隣にはわたくしがいたのだろうか。

 いや、そうはならないだろう。きっと過去に戻っても同じ選択をしたはずだ。

 何故ならそれがわたくしにとって最善の道だったからだ。

 ラインハルト様の意思を確認したわたくしは、帰路の途中で賊に襲われた。直ぐにレグナの自衛騎士達が駆けつけてわたくし達を領境に送り届けてくれた。

 これもきっとラインハルト様の指示なのだろう。

 密かに騎士達を配置して、賊を捕えるための囮にされたのだ。

 ああ、敵わない。ラインハルト様にとってわたくしはその程度の相手なのだ。あの方の傍にいる彼女に取って代わる日など永遠に来ない現実を突き付けられただけだった。

 ならば、わたくしも覚悟を決めなければならない。自分の人生の幕引きを……。

 最後まであの方の為に尽くすことがわたくしの最善であり、喜びなのだから。

 わたくしは王都に帰って直ぐにデボラ・カートン伯爵夫人を呼び出した。

 「昔話がしたい」

 そう招待状に書いて、お茶会の誘いをかけたのだ。

 後はこの証拠を渡すだけ、これでメイナード侯爵家は終わるだろう。一族の恨みはわたくしが背負っていくものだ。これがわたくしの選んだ道。

 事が終わればラインハルト様はわたくしに微笑んで「よくやった」と褒めてくれるだろうか。

 そうすればこの長年の想いも報われる。

 「殿下。カートン伯爵夫妻がお見えです」

 「通してちょうだい」

 「はい、畏まりました」

 「お久しぶりです。殿下。お元気ですか」

 「随分と会っていないわね。伯爵夫人もお変わりなくて良かったこと」
 
 他愛のない話をして、帰るときに「お土産よ。皆で分けてね」そういって茶菓子の箱を渡した。

 その箱には細工がしてある。下の段には父が行なった長年の不正の数々が記された証拠の書類がある。聡い彼女ならきっと気付くだろう。

 そして、確実にラインハルト様に渡すはず。

 これでいい。わたくしの役目は終わったのだ。後は、処罰を待つばかり。

 ああ、何だかホッとする。これでようやく全てが終わるのだと思うと心が和いで行くのがわかる。

 やっとわたくしもこの想いに終止符を打つことが出来るのだ。

 さようならラインハルト様。わたくしの初恋の王子様。貴方が幸せになれますように。

 そう祈りながら、わたくしは静かに毒を煽ったのだ。人生の幕を下ろす為に──。
 
しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

【完結】貴方の後悔など、聞きたくありません。

なか
恋愛
学園に特待生として入学したリディアであったが、平民である彼女は貴族家の者には目障りだった。 追い出すようなイジメを受けていた彼女を救ってくれたのはグレアルフという伯爵家の青年。 優しく、明るいグレアルフは屈託のない笑顔でリディアと接する。 誰にも明かさずに会う内に恋仲となった二人であったが、 リディアは知ってしまう、グレアルフの本性を……。 全てを知り、死を考えた彼女であったが、 とある出会いにより自分の価値を知った時、再び立ち上がる事を選択する。 後悔の言葉など全て無視する決意と共に、生きていく。

【完結】婚約者と養い親に不要といわれたので、幼馴染の側近と国を出ます

衿乃 光希
恋愛
卒業パーティーの最中、婚約者から突然婚約破棄を告げられたシェリーヌ。 婚約者の心を留めておけないような娘はいらないと、養父からも不要と言われる。 シェリーヌは16年過ごした国を出る。 生まれた時からの側近アランと一緒に・・・。 第18回恋愛小説大賞エントリーしましたので、第2部を執筆中です。 第2部祖国から手紙が届き、養父の体調がすぐれないことを知らされる。迷いながらも一時戻ってきたシェリーヌ。見舞った翌日、養父は天に召された。葬儀後、貴族の死去が相次いでいるという不穏な噂を耳にする。恋愛小説大賞は51位で終了しました。皆さま、投票ありがとうございました。

陛下を捨てた理由

甘糖むい
恋愛
美しく才能あふれる侯爵令嬢ジェニエルは、幼い頃から王子セオドールの婚約者として約束され、完璧な王妃教育を受けてきた。20歳で結婚した二人だったが、3年経っても子供に恵まれず、彼女には「問題がある」という噂が広がりはじめる始末。 そんな中、セオドールが「オリヴィア」という女性を王宮に連れてきたことで、夫婦の関係は一変し始める。 ※改定、追加や修正を予告なくする場合がございます。ご了承ください。

婚約者を奪っていった彼女は私が羨ましいそうです。こちらはあなたのことなど記憶の片隅にもございませんが。

松ノ木るな
恋愛
 ハルネス侯爵家令嬢シルヴィアは、将来を嘱望された魔道の研究員。  不運なことに、親に決められた婚約者は無類の女好きであった。  研究で忙しい彼女は、女遊びもほどほどであれば目をつむるつもりであったが……  挙式一月前というのに、婚約者が口の軽い彼女を作ってしまった。 「これは三人で、あくまで平和的に、話し合いですね。修羅場は私が制してみせます」   ※7千字の短いお話です。

ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?

ルーシャオ
恋愛
完璧な令嬢であれとヴェルセット公爵家令嬢クラリッサは期待を一身に受けて育ったが、婚約相手のイアムス王国デルバート王子はそんなクラリッサを嫌っていた。挙げ句の果てに、隣国の皇女を巻き込んで婚約破棄事件まで起こしてしまう。長年の王子からの嫌がらせに、ついにクラリッサは心が折れて行方不明に——そして約十二年後、王城の古井戸でその白骨遺体が発見されたのだった。 一方、隣国の法医学者エルネスト・クロードはロロベスキ侯爵夫人ことマダム・マーガリーの要請でイアムス王国にやってきて、白骨死体のスケッチを見てクラリッサではないと看破する。クラリッサは行方不明になって、どこへ消えた? 今はどこにいる? 本当に死んだのか? イアムス王国の人々が彼女を惜しみ、探そうとしている中、クロードは情報収集を進めていくうちに重要参考人たちと話をして——?

【12話完結】私はイジメられた側ですが。国のため、貴方のために王妃修行に努めていたら、婚約破棄を告げられ、友人に裏切られました。

西東友一
恋愛
国のため、貴方のため。 私は厳しい王妃修行に努めてまいりました。 それなのに第一王子である貴方が開いた舞踏会で、「この俺、次期国王である第一王子エドワード・ヴィクトールは伯爵令嬢のメリー・アナラシアと婚約破棄する」 と宣言されるなんて・・・

婚約破棄、ありがとうございます

奈井
恋愛
小さい頃に婚約して10年がたち私たちはお互い16歳。来年、結婚する為の準備が着々と進む中、婚約破棄を言い渡されました。でも、私は安堵しております。嘘を突き通すのは辛いから。傷物になってしまったので、誰も寄って来ない事をこれ幸いに一生1人で、幼い恋心と一緒に過ごしてまいります。

処理中です...