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本編 この度、記憶喪失の公爵様に嫁ぐことになりまして

パリスの決断

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 最近、アシュリーはよく昼寝をしている。もうすぐ安定期に入るから、多少は移動が出来る。だが本音は、いくら国王の命令だとしても王都に連れて行きたくないのだ。

 全ての煩わしいことから隠して、このレグナの屋敷の中で過ごさせたい。

 そんな思いを巡らせながら、ラインハルトはある男を執務室に呼んだ。

 「殿下、お呼びでしょうか?」

 「ああ、すまないが、君に償いのチャンスを与えようと思うんだ」

 「本当ですか?」
 
 「嘘はつかない」

 嘘はつかないと言ったが、昔から本音も言わないのがラインハルトという人物だ。

 「パリス、私が害虫駆除をしている間、最愛の妻アシュリーの護衛を頼む」

 「よろしいのですか。俺は殿下の意思を無視してあんなことをしたのに…」

 「だからそれを償う機会を与えてやろうと言っているのだ」

 「畏まりました。この命に代えましても奥様を守って見せます」

 ラインハルトが執務室に呼んだのはロータスの息子パリスだった。

 彼は5年前、ラインハルトの意思に背いてあの卒業パーティーの時、思わず止めようとした。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ラインハルト殿下は学園に入学してから、人が変わったように側近候補たちから距離を置いたのだ。勿論、俺もその一人だった。

 父のロータスからは殿下を支え、守る様に言われていたのに、学園に入学してからの殿下は、婚約者であるアデイラ嬢を遠退け、おかしな男爵令嬢と素行の悪い貴族令息たちを連れ歩く様になっていた。

 しかし、学業や生徒会の仕事はしっかりと熟されていたので、俺も当時は息抜きをされているぐらいにしか思っていなかったのだ。

 俺の判断は甘かった。殿下は従兄弟であると共に幼馴染の気安から自分を信用して打ち明けてくれると信じていた。

 「僕は君と距離を置こうと思っている。他の生徒会のメンバーにもそう伝えている。だから、君もそうしてほしい」
 
 殿下にそう告げられても俺は納得がいかなかった。

 父に言われたからではない。殿下に手を差し延ばさなければこれからの未来も捨ててしまう。そんな気がしたからだ。

 そしてあの日、俺は壇上でアデイラ嬢に婚約破棄を告げようとしていた。だから俺は、殿下の未来を守ろうと止めに入った。

 すると、俺の行動を見透かしていたのか。殿下の取り巻きの一人。エメット・ブラウン伯爵令息が足を引っ掛けてきた。

 俺は勢い余って、殿下が「こ…」と言いかけた時に押してしまったのだ。

 殿下はとっさに男爵令嬢を掴んだが、彼女はその手を無理やり突き放した。そのせいで階段から落ちた殿下は頭を打って意識を失った。

 殿下が倒れて血を流している姿を見ながら、

 俺はなんてことをしたんだろう……。

 と後悔した。

 目覚めた殿下は5才までの記憶しかなかった。それは殿下の中で王妃殿下が生きていた頃の幸せな記憶だった。母親を失ってからの殿下は、常に暗殺を警戒しなければならないような殺伐とした日々を過ごしていた。

 心のどこかでもしかしたら神が与えたやり直しの機会なのかもしれない。そんな風に自分に都合よく考えていた。

 陛下から処分を言い渡される時に、体は18才、中身5才の殿下が俺を庇った。

 「記憶が戻った時に自分で処罰します」

 そう嘆願してくれた。

 殿下の命に背いて、勝手な行動をした俺の命を助けてくれた。

 だから、殿下についてレグナに来たんだ。いつか罪を償う為に……。

 その機会は来た。

 殿下の大切なものを今度こそ守って見せると心に誓ったのだが……。

 「パリスさんはハルト様の従兄弟なんでしょう。子供の頃の話を聞かせて下さい」

 「あの…。話すのはいいんですが、どうして隣に座ろうとするんです?」

 「えっ!だってこの方がよく聞こえるからです」

 ニコニコと期待を込めた顔に目をキラキラと輝かせながら俺を見ている奥様。

 後ろから物凄い殺気を感じてギギッとぎこちなく振り向くと、執務室の窓から中庭のガゼボを見ながら微笑んでいる殿下を見た。俺は知っている。昔からあの張り付けたような笑みを浮かべている時は物凄く怒っている時だ。

 チクチクと刺す様な視線を背後に感じ、横からは期待に満ちた視線を感じていた。

 板挟みになった俺は、殿下から無理難題を押し付けられるかもしれない。

 でもなあ……あんなに他人に興味も示さなかったのに、奥様は特別なんだなあ。やっと殿下も人間らしい感情が芽生えだしたんだ。喜ばしい事には違いない。

 背後に鬼気迫る殺意を向けられ、殿下の余裕のなさに思わず笑いそうになる。

 残念な事に、この奥様には何故か殿下の想いが伝わっていない。こんなに分かりやすいのに。

 まだ始まったばかりの夫婦。これからも色々な事もあるだろう。俺はどんな時も殿下と奥様の味方でいよう。

 少し高くなった青空を見上げながら俺はそう決心したのだった。

  


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