17 / 48
本編 この度、記憶喪失の公爵様に嫁ぐことになりまして
ニックの憂鬱
しおりを挟む
最近、俺の心の娘アシュリーお嬢様もといアシュリー奥様が厨房に来なくなった。いや来れ無くなったのだが、その理由が『ご懐妊』だ。
大変喜ばしいのだが、心は複雑な心境だ。俺はまだ40前の独身。愛する女に先立たれ、その娘をずっと見守っていた。
だからなのか、何だか本当に娘を遠くに嫁にやった気分と孫?が出来る喜びが入り混じって何だか不可解な心持ちだ。
それにアシュリー奥様が厨房に来なくなってから心にぽっかりと穴が開いたような気がする。
だが、寂しいとは言っていられねえ。
毎日が以前に増して騒がしい。
何故かって言うと、それはこの御仁。エステル公爵家のご当主様が毎日の様に厨房にやってくる。
「今日は何を作るんだ。僕にも作り方を教えてほしい」
「公爵様のような方が厨房に出入りするところではありませんが…」
「ならアシュリーは構わないのか?」
「そ…それは…いけません」
「この屋敷の主は誰だい?」
「それは貴方様です」
「なら問題はない。作業を続けてくれ」
「畏まりました」
これは最近のこの御仁とのやり取りだ。
どうしてこうなったのかは分からないが、この御仁はどうやら手料理をアシュリー奥様に食べさせたいらしい。
「何が好きなのか」「嫌いなものは何なのか」
といつもしつこく聞いてくる。
公爵家のご当主様なら暇じゃあないだろうに、アシュリー奥様への愛が重くて怖い。
それは、俺がちょっと冗談で「俺が若ければアシュリー様を攫って逃げたんですけどね」なんて言ったことがある。そしたら、このお人形のような顔には似つかわしくない程のドスの聞いた低い声で「へえ──っ、そんなことを考えていたんだ」と殺気の籠った笑顔を向けられた。
とっさに「殺される」と感じるくらいの敵意を向けられたのだ。
人は見かけによらぬもの。
アシュリーお奥様。あんたの夫はきっととんでもない粘着執着男に違いない。
そういえば以前よくお屋敷に来ていた。ちょっとチャライ八百屋の丁稚を最近見なくなったよな。厨房でアシュリー奥様をメイドと勘違いして口説きまわっていたんだが……。
「なあ、そういえばあの八百屋の丁稚が最近来ないよな。他の奴は見るけれど」
同僚に何となく聞いてみた。
「ああ、お前知らないのか。なんでも海岸で真っ裸になって寝っころがっていたんだとしかもしこたま飲んでいたのか記憶が無くなっていたらしい。今では人が変わったみたいに大人しくなったらしいぜ」
その言葉を聞いて何となくピンッときた。
これは公爵が関わっていると、きっとアシュリー奥様に手を出したから制裁されたんだ。
何をされたのかまでは分からないが、もし危害を加えたら、生きたままサメの餌食にするくらいの事はやってのけるだろう。
隣でニコニコとアシュリー奥様の為に甘いお菓子を作っているこの御仁。とんでもない危険人物だと俺はその時に認定した。
暫くすると、鬼のような形相のロータスさんとルファスさんが公爵を引き取りに来てくれた。
ああ、これで厨房の平穏は保たれる。くそ忙しい昼時に自分の都合でやってくる公爵が恨めしい。そして何の障害も無くアシュリー奥様の隣に居られる事を羨ましくも思っていた。
それは俺が叶えられなかった子供の頃に描いた幸せな日々。
だから今日も俺は願う。愛しい心の娘がどうかずっと幸せでいてくれますようにと……。
大変喜ばしいのだが、心は複雑な心境だ。俺はまだ40前の独身。愛する女に先立たれ、その娘をずっと見守っていた。
だからなのか、何だか本当に娘を遠くに嫁にやった気分と孫?が出来る喜びが入り混じって何だか不可解な心持ちだ。
それにアシュリー奥様が厨房に来なくなってから心にぽっかりと穴が開いたような気がする。
だが、寂しいとは言っていられねえ。
毎日が以前に増して騒がしい。
何故かって言うと、それはこの御仁。エステル公爵家のご当主様が毎日の様に厨房にやってくる。
「今日は何を作るんだ。僕にも作り方を教えてほしい」
「公爵様のような方が厨房に出入りするところではありませんが…」
「ならアシュリーは構わないのか?」
「そ…それは…いけません」
「この屋敷の主は誰だい?」
「それは貴方様です」
「なら問題はない。作業を続けてくれ」
「畏まりました」
これは最近のこの御仁とのやり取りだ。
どうしてこうなったのかは分からないが、この御仁はどうやら手料理をアシュリー奥様に食べさせたいらしい。
「何が好きなのか」「嫌いなものは何なのか」
といつもしつこく聞いてくる。
公爵家のご当主様なら暇じゃあないだろうに、アシュリー奥様への愛が重くて怖い。
それは、俺がちょっと冗談で「俺が若ければアシュリー様を攫って逃げたんですけどね」なんて言ったことがある。そしたら、このお人形のような顔には似つかわしくない程のドスの聞いた低い声で「へえ──っ、そんなことを考えていたんだ」と殺気の籠った笑顔を向けられた。
とっさに「殺される」と感じるくらいの敵意を向けられたのだ。
人は見かけによらぬもの。
アシュリーお奥様。あんたの夫はきっととんでもない粘着執着男に違いない。
そういえば以前よくお屋敷に来ていた。ちょっとチャライ八百屋の丁稚を最近見なくなったよな。厨房でアシュリー奥様をメイドと勘違いして口説きまわっていたんだが……。
「なあ、そういえばあの八百屋の丁稚が最近来ないよな。他の奴は見るけれど」
同僚に何となく聞いてみた。
「ああ、お前知らないのか。なんでも海岸で真っ裸になって寝っころがっていたんだとしかもしこたま飲んでいたのか記憶が無くなっていたらしい。今では人が変わったみたいに大人しくなったらしいぜ」
その言葉を聞いて何となくピンッときた。
これは公爵が関わっていると、きっとアシュリー奥様に手を出したから制裁されたんだ。
何をされたのかまでは分からないが、もし危害を加えたら、生きたままサメの餌食にするくらいの事はやってのけるだろう。
隣でニコニコとアシュリー奥様の為に甘いお菓子を作っているこの御仁。とんでもない危険人物だと俺はその時に認定した。
暫くすると、鬼のような形相のロータスさんとルファスさんが公爵を引き取りに来てくれた。
ああ、これで厨房の平穏は保たれる。くそ忙しい昼時に自分の都合でやってくる公爵が恨めしい。そして何の障害も無くアシュリー奥様の隣に居られる事を羨ましくも思っていた。
それは俺が叶えられなかった子供の頃に描いた幸せな日々。
だから今日も俺は願う。愛しい心の娘がどうかずっと幸せでいてくれますようにと……。
応援ありがとうございます!
11
お気に入りに追加
2,444
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる