上 下
5 / 48
本編 この度、記憶喪失の公爵様に嫁ぐことになりまして

可哀想なのはどっち?娘〜護衛騎士〜

しおりを挟む
 春の日差しを受けながら、仲良く公爵夫妻は畑を耕している。

 「えっ、貴族なのに……」

 おそらく殆どの人がそう言うだろう。だが、これも仕方がない。この夫婦は変わっている。

 まず、公爵である元王太子ラインハルトは記憶喪失の外見23才、中身10才の子供という触れ込みで周りを偽っている。

 本当は3年前から記憶が戻り始めて、今は完全に23才の大人・・の男なのだ。長年、王太子を辞めたがっていた事を知っている近習の使用人達はこの事実を黙認している。

 何故なら、彼は本当に子供時代をやり直しているからだ。特別社交も必要なくなり、王子としての務めも果たさなくてもよくなった。

 彼は5才の時、母親である王妃殿下が亡くなった後、第一王子という立場の所為で何度も暗殺されそうになったのに、父である国王は放置した。いや正確には見捨てられていたのである。

 そして5年前の時もそうだった。明らかに第二王子ジークハルト殿下が仕掛けた罠なのに、彼には何のお咎めもなかった。

 だから、神が天罰を与えて、流行病にかかったのだと思っている。そうでも思わなければやり切れない。

 元々ラインハルト様は優秀な王子だったので、この領地に来てからも勤勉で領地経営にも精を出しているせいか、段々山積みの問題も無くなりつつあった。

 加えて今は新しい奥方様に夢中だ。彼女は世間知らずなところがあり、その純粋な反応が男心を擽るのかもしれない。

 その新しい妻が強請ったのが「畑で野菜を育てたい」といったのだ。ドレスや宝石、化粧品ではなく、どうして「菜園」なのかと聞くと本人曰く、「ここを出ていく時に自力で生きていくための手段だと言ったのだ。

 「出ていく?」どうしてそうなるのか?あんなに想われてはたから見れば愛されて仲良く見えるのに……?

 まあ、今までどんな令嬢が来ても、3か月とも持たないラインハルト様の相手なのだから、そう考えるのも無理はないだろう。

 しかーし、現実にはラインハルトはこの奥方を大層気に入っている。この奥方に怪我の一つでもさせれば冷血非道な処罰があることは間違いない。ああ怖い。


 「アシュリーの大好き・・・なミミズがいたぞ。ほーら……」

 「やってくれたわね──」

 「おおっと」

 「待ちなさい!!お仕置きよ!」


 何やらラインハルト様は畑のミミズを奥方様に放り投げたようだ。怒った奥方様に追いかけられている。傍で見ていた犬たちが自分も一緒に仲間に入れてとばかりに駆け出した。

 犬に後ろからタックルされて二人とも泥だらけになってしまった。隣の侍女たちを見てみると、遠い何処かの空を見ている。きっと現実逃避をしているのだろう。

 彼らが汚した服を洗濯するのが仕事だが、あの汚れた服で屋敷の中をうろついたらもう一度掃除しなくてはいけない。

 彼女らの苦労が窺い知れる。憐れ侍女たちは心を遠い何処かに置いてこないとやり切れないのだろう。元気で楽しく仲が良いことなのは良いことなのだが……もうちょっと使用人の事も考えて欲しいと思っていたら、

 「アシュリー、一緒に風呂に入ろうか」

 「はっ!な…なにをい…いっているの」

 「だって、俺たち夫婦なんだろう?」

 「そうですよ。のね。旦那様は10才なので一人でお入りください!」

 ラインハルト様は奥方様の言葉で撃沈した。『仮』という言葉にショックを受けているようだ。激鈍、奥方様はなかなか手強そう。

 でも、ラインハルト様も負けてはいない。

 「じゃあ、夜は一緒に寝ようね。暗いところは苦手だから」

 「わかったわ。一緒の部屋・・で寝ましょう」

 にっこり笑って一件落着とはいかない物で、この夜、真夜中の仁義なき夫婦の戦いが攻防されようとはこの時誰も想像しなかった。

 どうでもいいから寝かせてくれ────っ!!!

 屋敷の使用人らは心の中で盛大に叫んだのである。
 

 
しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜

凛蓮月
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】  公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。  だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。  ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。  嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。  ──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。  王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。  カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。 (記憶を取り戻したい) (どうかこのままで……)  だが、それも長くは続かず──。 【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】 ※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。 ※中編版、短編版はpixivに移動させています。 ※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。 ※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)

(完結)婚約者の勇者に忘れられた王女様――行方不明になった勇者は妻と子供を伴い戻って来た

青空一夏
恋愛
私はジョージア王国の王女でレイラ・ジョージア。護衛騎士のアルフィーは私の憧れの男性だった。彼はローガンナ男爵家の三男で到底私とは結婚できる身分ではない。 それでも私は彼にお嫁さんにしてほしいと告白し勇者になってくれるようにお願いした。勇者は望めば王女とも婚姻できるからだ。 彼は私の為に勇者になり私と婚約。その後、魔物討伐に向かった。 ところが彼は行方不明となりおよそ2年後やっと戻って来た。しかし、彼の横には子供を抱いた見知らぬ女性が立っており・・・・・・ ハッピーエンドではない悲恋になるかもしれません。もやもやエンドの追記あり。ちょっとしたざまぁになっています。

私の婚約者が、記憶を無くし他の婚約者を作りました。

霙アルカ。
恋愛
男爵令嬢のルルノアには、婚約者がいた。 ルルノアの婚約者、リヴェル・レヴェリアは第一皇子であり、2人の婚約は2人が勝手に結んだものであり、国王も王妃も2人の結婚を決して許さなかった。 リヴェルはルルノアに問うた。 「私が王でなくても、平民でも、暮らしが豊かでなくても、側にいてくれるか?」と。 ルルノアは二つ返事で、「勿論!リヴェルとなら地獄でも行くわ。」と言った。 2人は誰にもバレぬよう家をでた。が、何者かに2人は襲われた。 何とか逃げ切ったルルノアが目を覚まし、リヴェルの元に行くと、リヴェルはルルノアに向けていた優しい笑みを、違う女性にむけていた。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

永遠の誓いを立てましょう、あなたへの想いを思い出すことは決してないと……

矢野りと
恋愛
ある日突然、私はすべてを失った。 『もう君はいりません、アリスミ・カロック』 恋人は表情を変えることなく、別れの言葉を告げてきた。彼の隣にいた私の親友は、申し訳なさそうな顔を作ることすらせず笑っていた。 恋人も親友も一度に失った私に待っていたのは、さらなる残酷な仕打ちだった。 『八等級魔術師アリスミ・カロック。異動を命じる』 『えっ……』 任期途中での異動辞令は前例がない。最上位の魔術師である元恋人が裏で動いた結果なのは容易に察せられた。 私にそれを拒絶する力は勿論なく、一生懸命に築いてきた居場所さえも呆気なく奪われた。 それから二年が経った頃、立ち直った私の前に再び彼が現れる。 ――二度と交わらないはずだった運命の歯車が、また動き出した……。 ※このお話の設定は架空のものです。 ※お話があわない時はブラウザバックでお願いします(_ _)

処理中です...