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sideブライアン
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俺は、マシュー侯爵家に嫡男として生まれた。
他に兄弟もなく一人息子の俺は盛大に甘やかされていたと思う。
そんな俺には幼馴染がいたのだ。
それがイエニー・フラウ侯爵令嬢だった。
父レーガン・マシュー侯爵の親友の娘で、よくフラウ侯爵家に遊びに連れて行かされた事は覚えている。
だが、俺にはイエニーの幼い頃の暗い陰気な顔しか思い出せない。
そのくらい、彼女に関心がなかった。
処刑場に立つ彼女を見た時に、彼女が着ていたドレスが結婚式で使用したウェディングドレスだと気付かなかったくらいだ。
彼女の手記を読むまで、俺は自分の過ちにさえ気付かなかった。
今は、処刑台に立った時のイエニーの微笑みが脳裏に焼き付いている。
他人が言うように、俺は高貴な身分の妻がいながら別の女を愛して、妻を蔑にした愚かな男なのだ。それは認めよう。
どうしてそこまでメリルに溺れたのか分からない。
本に書かれている事は事実だ。正気だったとは思えない。こんな残酷な事が出来る自分をこの身に宿している。
俺には彼女の言う一度目の記憶はない。しかし、今の記憶は鮮明だ。
確かに学園で出会ったメリルに心惹かれて共に学園生活を楽しんだ。
友人や両親がそれをどんなに諭されても俺は素行を改めようとはしなかった。
イエニーはそんな俺に一度も咎めなかったのだ。今思えばきっとこの時、彼女の俺への愛情は徐々に失われていたのだろう。
それでも結婚したのは、書かれた通り復讐からなのか。聞こうとしても死んだ相手は答えてはくれない。
この国の花嫁衣装は母親が嫁ぐ娘の為に用意するものだ。きっと彼女が着ていた物も死んだ母親が用意したものだったのだと思う。
彼女の母親は早くに亡くなった。途中まで作っていた物を自分で完成させたのだろうか。誰にも頼らずに、俺の花嫁になる日を指折り顔えて待っていたのかもしれない。
そんな彼女の想いを俺は踏み躙った。
これは俺への罰なのだ。
俺が密かに彼女の墓に行くと、沢山の花が墓前に供えられていた。逆に俺の墓には石が投げられたのか所々、欠けている箇所があった。
ある日、イエニーの墓の前に一人の男が佇んでいた。見覚えがある男だった。
──グレゴリー・キングスだ。
彼は確か司法官になった、キングス公爵家の次男だったはずだ。
イエニーとはどんな関係だったんだ。親しいとは聞いたことがない。もし、特別な関係なら婚約を解消していたはずだ。
俺が近くにまで歩いていくと、ガサッという音に反応して振り返った。
「お前、やっぱり生きていたのか」
「あんたこそなんでこんな所に居るんだ」
「こんな所か…」
俺を見るグレゴリーは蔑むような冷たい視線を向けた。
「僕はイエニーに花を添えに来ただけだ。生前は彼女に贈る事さえ赦されなかった」
「あんたとイエニーはどういう関係だったんだ。まさか浮気…」
俺が言い切る前にグレゴリーは俺の胸座を掴んで、
「彼女を貶めるのはよせ!皆がお前と同じ考えではない。下種な勘繰りは止めろ」
「は…離せよ…苦しいだろう。俺を殺す気か」
「ああ、殺してしまいたいよ。どうせお前は死んでいるんだからな。ブライアン・マシュー」
グレゴリーの血走った目が俺を睨んでいる。
「やれるものならやってみろ」
俺は安い挑発をしてしまった。
「イエニーがそれを赦さない。でなければ僕は…」
グレゴリーの手が緩んだのを確認した俺は、その手を払いのけた。ゲホゲホと咽る俺を後にグレゴリーは立ち去った。
グレゴリーは墓前に百合の花を供えていた。
百合はイエニーが好きだった花だ。
そんな事すら俺は忘れていた。
随分とイエニーの墓の前で立っていたと思う。
──ドスッ
何か鋭い痛みが走って後ろを向くと、
「お前の所為で娘はイエニーは……」
シドニー・フラウが刃物で俺の脇腹を刺していた。
一瞬何が起きたのか分からなかった。腹に手を当てると真っ赤な血がべっとりと付いた。
「気持ち悪い…」
そう感じて倒れ込んだのだ。イエニーの父親シドニー・フラウは自らの咽喉を掻っ切って死んだ。
その一部始終を俺は倒れながら見ていた。
イエニーの墓は俺とシドニー・フラウの血で赤く染まったのだ。
そして、血を吸った花弁が空を舞うのを見て、俺はイエニーが死んだ日、雪が彼女の血を吸って赤い風花となって舞っていたのを思い出した。
やり直しの人生でその意味を知ることになる。
こうして、俺は人生の幕を閉じたのだ。
他に兄弟もなく一人息子の俺は盛大に甘やかされていたと思う。
そんな俺には幼馴染がいたのだ。
それがイエニー・フラウ侯爵令嬢だった。
父レーガン・マシュー侯爵の親友の娘で、よくフラウ侯爵家に遊びに連れて行かされた事は覚えている。
だが、俺にはイエニーの幼い頃の暗い陰気な顔しか思い出せない。
そのくらい、彼女に関心がなかった。
処刑場に立つ彼女を見た時に、彼女が着ていたドレスが結婚式で使用したウェディングドレスだと気付かなかったくらいだ。
彼女の手記を読むまで、俺は自分の過ちにさえ気付かなかった。
今は、処刑台に立った時のイエニーの微笑みが脳裏に焼き付いている。
他人が言うように、俺は高貴な身分の妻がいながら別の女を愛して、妻を蔑にした愚かな男なのだ。それは認めよう。
どうしてそこまでメリルに溺れたのか分からない。
本に書かれている事は事実だ。正気だったとは思えない。こんな残酷な事が出来る自分をこの身に宿している。
俺には彼女の言う一度目の記憶はない。しかし、今の記憶は鮮明だ。
確かに学園で出会ったメリルに心惹かれて共に学園生活を楽しんだ。
友人や両親がそれをどんなに諭されても俺は素行を改めようとはしなかった。
イエニーはそんな俺に一度も咎めなかったのだ。今思えばきっとこの時、彼女の俺への愛情は徐々に失われていたのだろう。
それでも結婚したのは、書かれた通り復讐からなのか。聞こうとしても死んだ相手は答えてはくれない。
この国の花嫁衣装は母親が嫁ぐ娘の為に用意するものだ。きっと彼女が着ていた物も死んだ母親が用意したものだったのだと思う。
彼女の母親は早くに亡くなった。途中まで作っていた物を自分で完成させたのだろうか。誰にも頼らずに、俺の花嫁になる日を指折り顔えて待っていたのかもしれない。
そんな彼女の想いを俺は踏み躙った。
これは俺への罰なのだ。
俺が密かに彼女の墓に行くと、沢山の花が墓前に供えられていた。逆に俺の墓には石が投げられたのか所々、欠けている箇所があった。
ある日、イエニーの墓の前に一人の男が佇んでいた。見覚えがある男だった。
──グレゴリー・キングスだ。
彼は確か司法官になった、キングス公爵家の次男だったはずだ。
イエニーとはどんな関係だったんだ。親しいとは聞いたことがない。もし、特別な関係なら婚約を解消していたはずだ。
俺が近くにまで歩いていくと、ガサッという音に反応して振り返った。
「お前、やっぱり生きていたのか」
「あんたこそなんでこんな所に居るんだ」
「こんな所か…」
俺を見るグレゴリーは蔑むような冷たい視線を向けた。
「僕はイエニーに花を添えに来ただけだ。生前は彼女に贈る事さえ赦されなかった」
「あんたとイエニーはどういう関係だったんだ。まさか浮気…」
俺が言い切る前にグレゴリーは俺の胸座を掴んで、
「彼女を貶めるのはよせ!皆がお前と同じ考えではない。下種な勘繰りは止めろ」
「は…離せよ…苦しいだろう。俺を殺す気か」
「ああ、殺してしまいたいよ。どうせお前は死んでいるんだからな。ブライアン・マシュー」
グレゴリーの血走った目が俺を睨んでいる。
「やれるものならやってみろ」
俺は安い挑発をしてしまった。
「イエニーがそれを赦さない。でなければ僕は…」
グレゴリーの手が緩んだのを確認した俺は、その手を払いのけた。ゲホゲホと咽る俺を後にグレゴリーは立ち去った。
グレゴリーは墓前に百合の花を供えていた。
百合はイエニーが好きだった花だ。
そんな事すら俺は忘れていた。
随分とイエニーの墓の前で立っていたと思う。
──ドスッ
何か鋭い痛みが走って後ろを向くと、
「お前の所為で娘はイエニーは……」
シドニー・フラウが刃物で俺の脇腹を刺していた。
一瞬何が起きたのか分からなかった。腹に手を当てると真っ赤な血がべっとりと付いた。
「気持ち悪い…」
そう感じて倒れ込んだのだ。イエニーの父親シドニー・フラウは自らの咽喉を掻っ切って死んだ。
その一部始終を俺は倒れながら見ていた。
イエニーの墓は俺とシドニー・フラウの血で赤く染まったのだ。
そして、血を吸った花弁が空を舞うのを見て、俺はイエニーが死んだ日、雪が彼女の血を吸って赤い風花となって舞っていたのを思い出した。
やり直しの人生でその意味を知ることになる。
こうして、俺は人生の幕を閉じたのだ。
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