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記憶の底… ※レイモンド視点
しおりを挟む大切な何かを忘れている…。俺はずっとそんな気がしていた。
初めて父に連れられて、シュメール侯爵家を訪れた時、赤毛で大きな釣り目の少女に出会った。
彼女は、俺が泣き虫だと言って揶揄ってきた。毛虫やバッタを投げて来た事もある野生児だ。
初顔合わせで会って以来、サブリナは幼い俺にとっては天敵のような存在で、いつしか彼女をぎゃふんと言わせることが目標になっていた。
その為に父の厳しい扱きにも耐えていた。
今でも覚えている13才になったサブリナが母親を亡くして、領地から王都に帰って来た日のことを…。
空から降って来た赤毛の少女は、体つきも顔も何もかも思い出とは違っていた。
でも、その負けず嫌いの性格はそのままで、いつも俺と競い合っていた。
デビュタントの日もそうだ。
綺麗に着飾った彼女は誰よりも綺麗で…俺は言葉を失った。いつからかどうしても彼女の前だと素直になれない。
懸命に俺の足を踏もうとしている姿が可愛かった。
そのくせ、誰かがサブリナを気にかける事に軽い嫉妬を覚えた。
自分でも矛盾していることは分かっている。
でもそれでもサブリナが俺を慕ってくれている事だけは分かっていた。
彼女は家族の前よりも俺と一緒の時の方が生き生きしている様に思えた。
僅か5才で父親や兄達と離れて交流がなかった所為か、甘える様に俺の前では素を出していたのだろう。
彼女をエスコートする時はいつも緊張して、思わず早歩きになってしまうし、体が触れると変に意識して男の事情もあり、距離を取ってしまう。
でも、サブリナの屈託のない笑顔を見ていると、疲れも癒されるし、何より一緒にいて楽しい。
従兄弟の王太子が彼女の事を話すと、つい睨んでしまうが、
「心配しなくてもサブリナ嬢の様な令嬢を好むのはお前だけだよ。レイモンド」
と言われ、納得いかない。が、彼女の魅力を知っているのは俺だけでいい。
そんな時、あの反乱があった。
俺と父公爵は、国境沿いに出兵した。
そこで起きた事は地獄のような光景だった。
初陣を飾っても褒められるようなものではなかった。
ただただ、人を殺す事の罪深さと怖さで、必死だった。
彼女がくれたお守りだけが、段々、血の臭いになれて感覚おかしくなる自分を引き戻してくれた。
父公爵が敵の襲撃に遭はったと報告を受けて、俺はすぐさま駆け付けた。
天幕の中は血飛沫と臭いで充満していた。血塗れの父を抱き起すと「箝口令を布け」と命じられた。
外部に情報が漏れている可能性がある為、末端騎士の身元を直ぐに調べる様に指示していた。
そして、死んだ男には娘が一人いる事がわかり、父は娘を監視するために公爵家に引き取る事を告げたのだ。
父は先に帰り、俺は事後処理をしてから帰還することになった。
早く帰ってサブリナに会いたい気持ちだけが先走って、遂に反乱を唆した人物には辿れ付けなかった。これ以上、この場に居ても何も出来ない俺達は、王都に帰る事にした。
公爵家に帰って、次の日には王宮に報告に行くことになったのだが、王太子から娘に残党から接触があるかもしれないから監視を怠らない様に注意を受けていた。
ところが、屋敷に帰ってみると、どういう訳かその『シュゼット』と名乗る少女は、俺に纏わりつくようになった。
父からも命じられて、シュゼットと親しくなり、彼女が何か知っているか聞き出す様に言われた。
「それでは、婚約者との時間がなくなる」
と言えば、
「心配はいらない。侯爵家には王家から事情を隠して、レイモンドが特殊任務に就くことを伝えてあるし、早まって婚約解消を申し出ない様に言ってある」
と言われた。
王家の命令では仕方がない。王太子も他の騎士を宛がおうとしたが、肝心のシュゼットは簡単に靡くことがなかった。
俺の身分の事もあるのだろう。
俺がもし、一介の騎士だったならきっとこの女は俺に愛しているとは言わない。
次第に任務なのに、心が重くなっていく。
サブリナに会うと、罪悪感に苛まされるようになり、忙しい事を理由に彼女を避けていた。一番大きな理由は事情を知らせて彼女に危害が及ぶことが怖かった。
父が亡くなり、俺に対する監視の目が緩んだ頃に、シュゼットを離れに移して、サブリナを妻に迎えた。
式の間中も俺はサブリナにどう説明しようかと頭の中で何度も何度無繰り返し、シュミレーションをした。
最後の口付けをサブリナに躱された時、驚いた。
俺は、気付いていなかった。いや、分かっていなかったんだ。
サブリナの気持ちを…。
一刻も早く、サブリナをこの腕に抱いて、自分の物になったという実感が欲しかった。
でも、初夜の寝台で彼女の言葉が俺に「貴方を愛する事はありません」と告げられて、ショックを受けた俺は、無様にもサイドテーブルの角に頭をぶつけて意識を失った。
サブリナの言葉を信じたくなかった俺の心が、任務に関する事を忘れさせていった。
これは罰だ。サブリナをおざなりにしてきた俺への罰。
王太子の話を聞いて、サブリナは俺のことをどう思っただろう。
怖くて…怖くて…聞けない。動けない。
次々と頭の中で甦る記憶に混乱しながらも、目を覚ましたらサブリナに正直に打ち明けて、全身全霊で謝ろう。そして、許して貰えるまで、努力する。
いつか彼女が本当に俺を許してくれたなら、俺も少しは自分を許せる気がする。
まずは、きちんと俺の口から言わなければ…。
──サブリナ…ずっと君を愛していた。今も変わらずに愛している。愛しのサブリナ。君は俺の唯一なのだと…。
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