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誰でもない私
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サフィニア・ミシェルウィー公爵令嬢が死んだ。その訃報は王都中に駆け巡り、多くの人はその令嬢を『幸薄き、悲劇の令嬢死す』そんな見出しの新聞が出回っていた。
私の所にも侍女が持ってきている。
内容は、元王太子殿下の婚約者で、バルコニーから転落した『ブラディ・マンデー』の令嬢サフィニア・ミシェルウィー公爵令嬢が王太子妃ローズマリア殿下の葬儀の後、領地に帰る途中、馬車が崖から転落してその下敷きになった。発見されたのは事故が起きてから、五日経ってからの事。森に棲む獣に食い荒らされた無残な遺体として発見された。相次ぐミシェルウィー公爵家の不幸に国民は哀悼の意を示した。
等と大きく紙面を飾っている。私が想像していた以上にローズの遺体は酷い状況の様だった。
こんな事が出来る殿下が怖いと思いながら、殿下に頼るしかできない私。
私は今、誰でもない人間になってしまった。自ら選んだ結果だが、サフィニアではなくなった事が寂しい。
今の私はただ殿下の訪れを待っているだけの女。
あの伯爵夫人と同じなのだ。公爵家にいる使用人らとも連絡は取れない。
会いたい。ラナに会って話がしたい。でも会えない。会って彼女らを巻き込みたくない。
そんな思いを抱えながら、殿下を待っていた。
「サフィ。明日ティエリティーからの使者が来る。その中に王女の身代わりがいるから、その者と入れ替わるのだ。分かっていると思うが君は明日からクロア・ティエリティーだ」
そう告げられ、私は頷いた。
「これでやっと君を妻にできる」
私に向けられる殿下の視線が怖い。以前は嬉しいと感じていたのに……。
今はその眼差しが恐ろしい。うっとりと私の顔を見つめながら、額に口付けする。
その日、殿下は珍しく自室に帰って行った。見送りながら、安堵している私がいる。
あんなに求めていた殿下を今は恐ろしく感じている。でも、もし殿下が他の人に目移りしてしまったら、私はどうなるのだろう。今までは公爵家の娘という立場があった。でもこれからは何もないただの女。隣国との調整で偽りの身分を手に入れるだけ。後ろ盾もない私は殿下の愛に縋るしかないのに。
昔の純粋な想いは無くなっていた。冷たい王宮で、これからどうやって生きていくか手段を模索しなければならない。
次の日、使者が訪れた。まだ喪が明けていないことで、公には発表していない。ただ隣国の王女が暫く滞在すると貴族達に予め説明していた。これが何を意味するのかは解っている。
隣国から来た使者に私の教育係兼侍女が来て、挨拶を交わすと簡単な礼儀作法を教えてくれた。彼女の名はエバと言った。
「エバ、これからもお願いね」
「はい、王女様」
慣れない呼び方に戸惑いを見せながら、私は異国の衣装を身に付け、臣下の居並ぶ謁見室に歩いて行く。
もう後戻りはできない。私が選んだ道なのだ。
例えそれが棘の道でも殿下と歩んで行くしかないのだと覚悟を決めて……。
私の所にも侍女が持ってきている。
内容は、元王太子殿下の婚約者で、バルコニーから転落した『ブラディ・マンデー』の令嬢サフィニア・ミシェルウィー公爵令嬢が王太子妃ローズマリア殿下の葬儀の後、領地に帰る途中、馬車が崖から転落してその下敷きになった。発見されたのは事故が起きてから、五日経ってからの事。森に棲む獣に食い荒らされた無残な遺体として発見された。相次ぐミシェルウィー公爵家の不幸に国民は哀悼の意を示した。
等と大きく紙面を飾っている。私が想像していた以上にローズの遺体は酷い状況の様だった。
こんな事が出来る殿下が怖いと思いながら、殿下に頼るしかできない私。
私は今、誰でもない人間になってしまった。自ら選んだ結果だが、サフィニアではなくなった事が寂しい。
今の私はただ殿下の訪れを待っているだけの女。
あの伯爵夫人と同じなのだ。公爵家にいる使用人らとも連絡は取れない。
会いたい。ラナに会って話がしたい。でも会えない。会って彼女らを巻き込みたくない。
そんな思いを抱えながら、殿下を待っていた。
「サフィ。明日ティエリティーからの使者が来る。その中に王女の身代わりがいるから、その者と入れ替わるのだ。分かっていると思うが君は明日からクロア・ティエリティーだ」
そう告げられ、私は頷いた。
「これでやっと君を妻にできる」
私に向けられる殿下の視線が怖い。以前は嬉しいと感じていたのに……。
今はその眼差しが恐ろしい。うっとりと私の顔を見つめながら、額に口付けする。
その日、殿下は珍しく自室に帰って行った。見送りながら、安堵している私がいる。
あんなに求めていた殿下を今は恐ろしく感じている。でも、もし殿下が他の人に目移りしてしまったら、私はどうなるのだろう。今までは公爵家の娘という立場があった。でもこれからは何もないただの女。隣国との調整で偽りの身分を手に入れるだけ。後ろ盾もない私は殿下の愛に縋るしかないのに。
昔の純粋な想いは無くなっていた。冷たい王宮で、これからどうやって生きていくか手段を模索しなければならない。
次の日、使者が訪れた。まだ喪が明けていないことで、公には発表していない。ただ隣国の王女が暫く滞在すると貴族達に予め説明していた。これが何を意味するのかは解っている。
隣国から来た使者に私の教育係兼侍女が来て、挨拶を交わすと簡単な礼儀作法を教えてくれた。彼女の名はエバと言った。
「エバ、これからもお願いね」
「はい、王女様」
慣れない呼び方に戸惑いを見せながら、私は異国の衣装を身に付け、臣下の居並ぶ謁見室に歩いて行く。
もう後戻りはできない。私が選んだ道なのだ。
例えそれが棘の道でも殿下と歩んで行くしかないのだと覚悟を決めて……。
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