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ローズマリア視点5
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あの夜会で、私が訴えた腹部の痛みは嘘だったのに、一週間後から傷みが増していく。まるでそれは私が犯した罪を罰する様に。
「い…痛い…は…早く医師を……」
私は傍仕えの侍女に命じて、医師を呼びに行かせた。
「お産が始まりました。これは陣痛です。普通の事なので、気をゆったり持って…」
「ううっ…こんなに痛いのに…、何とかしなさい!!」
呻くような唸り声を挙げながら、私は医師を怒鳴り散らす。
話に聞いたけど、お産がこんなに苦しいなんて、でも出産で亡くなる人は多いはず、もし私がこのまま死んだら、この苦しみから解放されるかも…
痛みからか私の頭の中は、『死』が唯一の逃げ道の様に感じていた。
段々、腹部の痛みが激しくなっていく。何度も気を失いかけては、侍女達に声を掛けられる。
どの位そうしていただろう。最後に身体が軽くなって、傷みが引くような感覚を覚えた瞬間、小さな泣き声が聞こえてきた。
「ふぎゃー、おぎゃー」
ああ、やっとこの苦しみから解放されるのね。
安堵した私とは裏腹に、医師の顔色が蒼くなっていく。
「こ…これは、陛下に知らせないと」
慌てて、医師が侍従に陛下への謁見を願い出ている。
一体、何事なの?
私の汚れた体を侍女達が綺麗にしてくれたが、肝心の殿下はその後も訪れなかった。
生まれた赤子も顔を見てから、私の元には連れてこなかった。
何処かおかしい?何か変だわ。
お産から三日経った頃、突然騎士達が私の部屋に押しかけて来た。
「ここを何処だと思っているのです。立場を弁えなさい」
侍女が咎めると騎士の一人が
「王命です。妃殿下の身柄を拘束せよと、大人しく従ってもらいます」
「王命ですって?!」
王命と聞いて、私の盾となっていた侍女たちも一気に怯んでしまった。
産後まもない私を大勢の騎士達が取り囲んで、北の塔に幽閉した。
何故、私がこんな扱いを受けなければならなの。
北の塔に連れてこられてから、数時間後に殿下が騎士たちとやってきた。連れてきた侍女が赤子を抱いている。
「殿下、お会いしたかった。これは何事なのですか?私を早く出してください」
強請る様な仕草で殿下に言った。しかし、殿下の私を見る目は冷たい氷の様で、殺気立っている。
こんな殿下を見るのは初めてだった。いつも沈着冷静な殿下が私を蔑むように見下ろしている。
「ローズマリア、お前は自分がどんな罪を犯したのか分かっているのか?」
「な…何のことですか?私は貴方の妻です。子供も産みましたわ。男の子だと聞いています。可愛いでしょう」
「王族への偽証罪、侮辱罪、姦通罪そして元婚約者サフィニアに対する殺人未遂だ。どれもこれも心当たりがあるだろう?全てお前が犯した罪だよ」
私は焦った。何故発覚したのか分からない。誰が告発したの。まさかあの平民上がりの騎士なの。
そういえば彼を見たこともないし、殿下の乳兄弟アルゾも見ない。
私は殿下の顔を見ながら、何とか言い逃れる術を模索していた。
「まだ白を切るというなら、証人をこれへ」
「はい、殿下」
鎖に繋がれたアルゾと騎士が連れてこられて、殿下の前に跪かせられた。
その時、初めて私は知った。殿下は全て知っていたのだ。私のしたことを。
でも、何故子供のことが分かったのか不思議に思っていると、殿下の顔が近づいてきて耳元で囁く。
「王家の子供は皆、例外なく銀髪なのだよ。残念だったな」
殿下は恐ろしいほど美しい顔と声で
「やっと、お前を罰することが出来る」
そう言って、アルゾ達を連れてまた塔から出て行った。私は粗末な衣装に着替えさせられ、世話をする下女を与えられた。下女は口が利けない様で、お喋りの相手にもならなかった。
粗末な食事は口に合わなかったが、無いよりはまし。冷たくなったスープと一緒に固いパンを飲み込んだ。
一体、何日経ったのかも忘れるくらい。塔の中は薄暗かった。一つしかない窓も蔓草で覆われている。
朝日も夕日も差し込まない。私は寝台に寝ている方が多くなっていく。
何処で間違えたのだろう。どうすれば良かったのか。
今の私には分からない。今は静かに死を待っているだけ。
姉を苦しめるはずだったのに、結局私が自身の破滅を呼び込んだ。
これこそ、まさに自業自得よね。
乾いた笑みが浮かび、幼いころを思い出す。
あの日、お母様にお願いしてお姉様と一緒過ごして来たらこんなことにならなかったのかもしれない。
姉は何時だって、勉強が出来ない私に親切に教えてくれていた。癇癪を起しても静かに笑ってくれていたのだ。
ああ、私はどこまで愚かなのだろう。
誤ればきっと姉は許してくれるだろう。
でも、そんなことは私のプライドが許さない。最後まで私は姉にとって嫌な女であり続けよう。
それが残されていく者の救いとなる様に。
決して姉が私を憐憫に思わない様に、後悔しない様に、いつも通り傲慢で意地の悪い女でいられる様に、神に祈ろう。
それが私の最後の姉に対する詫びなのだから……
「い…痛い…は…早く医師を……」
私は傍仕えの侍女に命じて、医師を呼びに行かせた。
「お産が始まりました。これは陣痛です。普通の事なので、気をゆったり持って…」
「ううっ…こんなに痛いのに…、何とかしなさい!!」
呻くような唸り声を挙げながら、私は医師を怒鳴り散らす。
話に聞いたけど、お産がこんなに苦しいなんて、でも出産で亡くなる人は多いはず、もし私がこのまま死んだら、この苦しみから解放されるかも…
痛みからか私の頭の中は、『死』が唯一の逃げ道の様に感じていた。
段々、腹部の痛みが激しくなっていく。何度も気を失いかけては、侍女達に声を掛けられる。
どの位そうしていただろう。最後に身体が軽くなって、傷みが引くような感覚を覚えた瞬間、小さな泣き声が聞こえてきた。
「ふぎゃー、おぎゃー」
ああ、やっとこの苦しみから解放されるのね。
安堵した私とは裏腹に、医師の顔色が蒼くなっていく。
「こ…これは、陛下に知らせないと」
慌てて、医師が侍従に陛下への謁見を願い出ている。
一体、何事なの?
私の汚れた体を侍女達が綺麗にしてくれたが、肝心の殿下はその後も訪れなかった。
生まれた赤子も顔を見てから、私の元には連れてこなかった。
何処かおかしい?何か変だわ。
お産から三日経った頃、突然騎士達が私の部屋に押しかけて来た。
「ここを何処だと思っているのです。立場を弁えなさい」
侍女が咎めると騎士の一人が
「王命です。妃殿下の身柄を拘束せよと、大人しく従ってもらいます」
「王命ですって?!」
王命と聞いて、私の盾となっていた侍女たちも一気に怯んでしまった。
産後まもない私を大勢の騎士達が取り囲んで、北の塔に幽閉した。
何故、私がこんな扱いを受けなければならなの。
北の塔に連れてこられてから、数時間後に殿下が騎士たちとやってきた。連れてきた侍女が赤子を抱いている。
「殿下、お会いしたかった。これは何事なのですか?私を早く出してください」
強請る様な仕草で殿下に言った。しかし、殿下の私を見る目は冷たい氷の様で、殺気立っている。
こんな殿下を見るのは初めてだった。いつも沈着冷静な殿下が私を蔑むように見下ろしている。
「ローズマリア、お前は自分がどんな罪を犯したのか分かっているのか?」
「な…何のことですか?私は貴方の妻です。子供も産みましたわ。男の子だと聞いています。可愛いでしょう」
「王族への偽証罪、侮辱罪、姦通罪そして元婚約者サフィニアに対する殺人未遂だ。どれもこれも心当たりがあるだろう?全てお前が犯した罪だよ」
私は焦った。何故発覚したのか分からない。誰が告発したの。まさかあの平民上がりの騎士なの。
そういえば彼を見たこともないし、殿下の乳兄弟アルゾも見ない。
私は殿下の顔を見ながら、何とか言い逃れる術を模索していた。
「まだ白を切るというなら、証人をこれへ」
「はい、殿下」
鎖に繋がれたアルゾと騎士が連れてこられて、殿下の前に跪かせられた。
その時、初めて私は知った。殿下は全て知っていたのだ。私のしたことを。
でも、何故子供のことが分かったのか不思議に思っていると、殿下の顔が近づいてきて耳元で囁く。
「王家の子供は皆、例外なく銀髪なのだよ。残念だったな」
殿下は恐ろしいほど美しい顔と声で
「やっと、お前を罰することが出来る」
そう言って、アルゾ達を連れてまた塔から出て行った。私は粗末な衣装に着替えさせられ、世話をする下女を与えられた。下女は口が利けない様で、お喋りの相手にもならなかった。
粗末な食事は口に合わなかったが、無いよりはまし。冷たくなったスープと一緒に固いパンを飲み込んだ。
一体、何日経ったのかも忘れるくらい。塔の中は薄暗かった。一つしかない窓も蔓草で覆われている。
朝日も夕日も差し込まない。私は寝台に寝ている方が多くなっていく。
何処で間違えたのだろう。どうすれば良かったのか。
今の私には分からない。今は静かに死を待っているだけ。
姉を苦しめるはずだったのに、結局私が自身の破滅を呼び込んだ。
これこそ、まさに自業自得よね。
乾いた笑みが浮かび、幼いころを思い出す。
あの日、お母様にお願いしてお姉様と一緒過ごして来たらこんなことにならなかったのかもしれない。
姉は何時だって、勉強が出来ない私に親切に教えてくれていた。癇癪を起しても静かに笑ってくれていたのだ。
ああ、私はどこまで愚かなのだろう。
誤ればきっと姉は許してくれるだろう。
でも、そんなことは私のプライドが許さない。最後まで私は姉にとって嫌な女であり続けよう。
それが残されていく者の救いとなる様に。
決して姉が私を憐憫に思わない様に、後悔しない様に、いつも通り傲慢で意地の悪い女でいられる様に、神に祈ろう。
それが私の最後の姉に対する詫びなのだから……
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