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王太子視点3
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事故から私はサフィニアの傍を離れなかった。執務や公務をこなしながら、合間で彼女の様子を見に行った。もしかしたら、目覚めているかもしれない。そんな淡い期待を抱きながら、眠っている彼女に会いに行く。
思い起こせば長い婚約期間の中、彼女と話せたのはどのくらいだろう。考えれば考える程、私はなんと愚か者だったのか思い知らされる。
彼女の声が聞きたくて、いつも聞いている自分の声は雑音にしか聞こえず、口を閉じていた。碌に会話もままならない私達の歪な関係は、周囲を勘違いさせるのに十分な要素だった。
ただ、ユリウスだけは解ってくれていて、いつも苦言を呈してくる。
「殿下、サフィニア嬢がお好きなのは分かますが、きちんと接しないと愛想を尽かされますよ。それになんです。直接、手も握れないなんて、お子様ですか」
同い年で、王族の一員である彼は、二人だけになるとよくこうやって私を揶揄ってきた。唯一の親友であり、頼もしい部下だった。
私は知っている。ユリウスもサフィニアを気に入っている事を。
だから私は警戒した。王位継承権を持っているし、私を出し抜いて、彼女を攫ってしまうのではないかと不安に駆られていた。
彼女と手を繋いで抱きしめてしまえば、きっと私の理性は何処かに飛んで行ってしまうだろう。自制が利かず彼女を寝所に閉じ込めるかもしれない。それ程、彼女が欲しかった。あの唇に触れ、味わい、犯したかった。自分色に染め上げていく彼女を堪能したい。
抑えの利かなくなった私は、眠っている彼女に触れながら夜を共にした。
早く目覚めて欲しい。その瞳に私を映して、あの美しい声で私の名前を呼んでほしい。
ああ、私は何処かおかしくなっているのかもしれない。
彼女と過ごす夜は、私に希望を与えてくれていた。
しかし、医師から王宮ではなく実家に還した方が良くなる可能性があると言われ、確かに王宮よりあのような家でも彼女が安らげるのならそうした方がいいのだろう。
私はサフィニアを抱いて、公爵家の門を潜った。
前々から感じていたが、この家は何処かおかしかった。娘がこんな目に遭っているのに心配する様子のない父親、狼狽している母親に、姉の婚約者に執着する妹。使用人らも彼女のこんな状態を見ても顔色一つ変えない。
この家から彼女を離す為に結婚を急いだのに、それがこんな結果になってしまっている。どこまでいっても己の不甲斐なさに腹が立ってしかたがない。
彼女の部屋の寝台に彼女をそっと下ろして寝させた。彼女の寝顔を堪能していると、ユリウスが彼女も部屋に似つかわしくない箱を見つけて訊ねている。
「殿下、あれはなんでしょう」
彼女の専属の侍女が
「これはお嬢様の宝物入れです。ご覧になりますか」
侍女が蓋を開けると、中には見覚えのあるものがあった。
これは私がサフィニアに贈ったものだった。
「ああ、サフィニア嬢はこんなものまで大切にしていたのだな」
思わず呟いてしまった。
その箱の中には、包み紙やリボンが綺麗に整頓して、メッセージカードや手紙と一緒に入れてあった。
私は大切な宝物だと言った侍女の言葉が嬉しくなり、早く彼女の目覚めをより一層願うようになった。
だが、公爵は私の気持ちとは別の言葉を投げかけた。
「殿下、残念ですが、ここへは来ない様にお願いします。いつ目覚めるか分からない娘の事は一刻も早くお忘れになり、先にお進み下さい。娘も臣下としてそう望んでいるでしょう」
公爵の言葉は、私が持っていた最後の希望の欠片を砕いたのだ。
「わ、分かった。一応換言はありがたくもらっておくよ。だが、婚約は続行する」
私は糸の切れた人形の様に王宮を彷徨い、ある場所に行き着いた。
そこはかつて、嫡子に恵まれなかった国王が、伯爵家の未亡人を死ぬまで閉じ込めていた離宮だった。亡くなった夫を愛していた未亡人は、国王の子供を産んでも救われなかった。彼女が男子を産んだ後に王妃が懐妊し、嫡男を儲けてしまったことで、無理やり妾にされた彼女の心は壊れた。死ぬまで離宮から出ることは許されなかった。
サフィニアと見に行った観劇は、この話を元にした悲劇の物語だった。
彼女の産んだ王子がミシェルウィー公爵となり、サフィニアの曽祖父である。
私は、荒れている離宮にサフィニアの肖像画や彼女との思い出の品を全て移した。公務が終わると私は離宮に閉じこもる様になっていった。
もう会えない彼女との思い出に浸るしか今は方法がなかったからだ。ユリウスは心配していたが、私にはまだ先に進む事は出来なかった。
そして、父から次の婚約者が見つかるまで、彼女の妹ローズマリアとの話が決まった。ローズマリアに決まった理由は他に候補がいなかったことと、ローズマリアは公爵家の跡取りとしての申請を、提出して受諾されている。もし、別の令嬢か他国の王女を娶る際にも簡単に解消できるからだった。
父王から公爵には婚約の意図は説明してあったにも関わらず、ローズマリアは私の正式な婚約者として振る舞った。夜会でエスコートしてもしな垂れかけて、体を密着してくる姿は、『殿方の女神』そう呼ばれる訳がわかる程、淑女らしくなかった。
何故、同じ姉妹なのにこれほど違うのだろう。
公の場では、仮面を付けローズマリアを大切にしているように心掛けた。その度に心の中でサフィニアへの思いが膨れ上がっていく。
そして、段々その思いを誤魔化す為に寝酒を飲む様になっていった。
あれは、何時目覚めるか分からないサフィニアとの関係に絶望し始めた頃、少しいつもより酒量が増えて、気分が沈んでいた。
侍従にもう休むから水を頼み、それを飲んで眠ってしまったのだ。
気が付いたら朝で、隣にはローズマリアが居た。事情を聴くと私が昨夜、彼女と一夜を共にしたと言うのだ。慌ててシーツを見ると血痕が付着している。
昨夜、ローズを部屋に呼んだ覚えもない。侍従に水を持ってこさせたが、その後の記憶がない。どうなっている。
しかし、一晩私と一緒にいる事を侍女たちや侍従らに目撃されている。
項垂れて、昨夜の記憶を辿っても分からない。取りあえず侍従に命じてローズを部屋から出して、考えていると、ユリウスがやってきて、事の顛末を打ち明けた。
二度とサフィニアに触れる事が出来ない。
私には最早絶望しか残されていなかった。
思い起こせば長い婚約期間の中、彼女と話せたのはどのくらいだろう。考えれば考える程、私はなんと愚か者だったのか思い知らされる。
彼女の声が聞きたくて、いつも聞いている自分の声は雑音にしか聞こえず、口を閉じていた。碌に会話もままならない私達の歪な関係は、周囲を勘違いさせるのに十分な要素だった。
ただ、ユリウスだけは解ってくれていて、いつも苦言を呈してくる。
「殿下、サフィニア嬢がお好きなのは分かますが、きちんと接しないと愛想を尽かされますよ。それになんです。直接、手も握れないなんて、お子様ですか」
同い年で、王族の一員である彼は、二人だけになるとよくこうやって私を揶揄ってきた。唯一の親友であり、頼もしい部下だった。
私は知っている。ユリウスもサフィニアを気に入っている事を。
だから私は警戒した。王位継承権を持っているし、私を出し抜いて、彼女を攫ってしまうのではないかと不安に駆られていた。
彼女と手を繋いで抱きしめてしまえば、きっと私の理性は何処かに飛んで行ってしまうだろう。自制が利かず彼女を寝所に閉じ込めるかもしれない。それ程、彼女が欲しかった。あの唇に触れ、味わい、犯したかった。自分色に染め上げていく彼女を堪能したい。
抑えの利かなくなった私は、眠っている彼女に触れながら夜を共にした。
早く目覚めて欲しい。その瞳に私を映して、あの美しい声で私の名前を呼んでほしい。
ああ、私は何処かおかしくなっているのかもしれない。
彼女と過ごす夜は、私に希望を与えてくれていた。
しかし、医師から王宮ではなく実家に還した方が良くなる可能性があると言われ、確かに王宮よりあのような家でも彼女が安らげるのならそうした方がいいのだろう。
私はサフィニアを抱いて、公爵家の門を潜った。
前々から感じていたが、この家は何処かおかしかった。娘がこんな目に遭っているのに心配する様子のない父親、狼狽している母親に、姉の婚約者に執着する妹。使用人らも彼女のこんな状態を見ても顔色一つ変えない。
この家から彼女を離す為に結婚を急いだのに、それがこんな結果になってしまっている。どこまでいっても己の不甲斐なさに腹が立ってしかたがない。
彼女の部屋の寝台に彼女をそっと下ろして寝させた。彼女の寝顔を堪能していると、ユリウスが彼女も部屋に似つかわしくない箱を見つけて訊ねている。
「殿下、あれはなんでしょう」
彼女の専属の侍女が
「これはお嬢様の宝物入れです。ご覧になりますか」
侍女が蓋を開けると、中には見覚えのあるものがあった。
これは私がサフィニアに贈ったものだった。
「ああ、サフィニア嬢はこんなものまで大切にしていたのだな」
思わず呟いてしまった。
その箱の中には、包み紙やリボンが綺麗に整頓して、メッセージカードや手紙と一緒に入れてあった。
私は大切な宝物だと言った侍女の言葉が嬉しくなり、早く彼女の目覚めをより一層願うようになった。
だが、公爵は私の気持ちとは別の言葉を投げかけた。
「殿下、残念ですが、ここへは来ない様にお願いします。いつ目覚めるか分からない娘の事は一刻も早くお忘れになり、先にお進み下さい。娘も臣下としてそう望んでいるでしょう」
公爵の言葉は、私が持っていた最後の希望の欠片を砕いたのだ。
「わ、分かった。一応換言はありがたくもらっておくよ。だが、婚約は続行する」
私は糸の切れた人形の様に王宮を彷徨い、ある場所に行き着いた。
そこはかつて、嫡子に恵まれなかった国王が、伯爵家の未亡人を死ぬまで閉じ込めていた離宮だった。亡くなった夫を愛していた未亡人は、国王の子供を産んでも救われなかった。彼女が男子を産んだ後に王妃が懐妊し、嫡男を儲けてしまったことで、無理やり妾にされた彼女の心は壊れた。死ぬまで離宮から出ることは許されなかった。
サフィニアと見に行った観劇は、この話を元にした悲劇の物語だった。
彼女の産んだ王子がミシェルウィー公爵となり、サフィニアの曽祖父である。
私は、荒れている離宮にサフィニアの肖像画や彼女との思い出の品を全て移した。公務が終わると私は離宮に閉じこもる様になっていった。
もう会えない彼女との思い出に浸るしか今は方法がなかったからだ。ユリウスは心配していたが、私にはまだ先に進む事は出来なかった。
そして、父から次の婚約者が見つかるまで、彼女の妹ローズマリアとの話が決まった。ローズマリアに決まった理由は他に候補がいなかったことと、ローズマリアは公爵家の跡取りとしての申請を、提出して受諾されている。もし、別の令嬢か他国の王女を娶る際にも簡単に解消できるからだった。
父王から公爵には婚約の意図は説明してあったにも関わらず、ローズマリアは私の正式な婚約者として振る舞った。夜会でエスコートしてもしな垂れかけて、体を密着してくる姿は、『殿方の女神』そう呼ばれる訳がわかる程、淑女らしくなかった。
何故、同じ姉妹なのにこれほど違うのだろう。
公の場では、仮面を付けローズマリアを大切にしているように心掛けた。その度に心の中でサフィニアへの思いが膨れ上がっていく。
そして、段々その思いを誤魔化す為に寝酒を飲む様になっていった。
あれは、何時目覚めるか分からないサフィニアとの関係に絶望し始めた頃、少しいつもより酒量が増えて、気分が沈んでいた。
侍従にもう休むから水を頼み、それを飲んで眠ってしまったのだ。
気が付いたら朝で、隣にはローズマリアが居た。事情を聴くと私が昨夜、彼女と一夜を共にしたと言うのだ。慌ててシーツを見ると血痕が付着している。
昨夜、ローズを部屋に呼んだ覚えもない。侍従に水を持ってこさせたが、その後の記憶がない。どうなっている。
しかし、一晩私と一緒にいる事を侍女たちや侍従らに目撃されている。
項垂れて、昨夜の記憶を辿っても分からない。取りあえず侍従に命じてローズを部屋から出して、考えていると、ユリウスがやってきて、事の顛末を打ち明けた。
二度とサフィニアに触れる事が出来ない。
私には最早絶望しか残されていなかった。
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