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妹との対面
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北の塔。
そこは過去に罪を犯した王族が閉じ込められていた場所で、長く使われていなかった。その場所に妹は投獄されている。
向かう間も殿下は一言も喋らない。私は彼の後ろから黙ってついて行く。昔からそうなのだ。彼は婚約していた時から無口で、静かな人だった。
だから、彼とあんなに喋ったのも初めてで、少し戸惑いがあった。もし、婚約時代にあんな風に話せていたら、私達はすれ違うことなくあの事故は起きなかったかもしれない。そう思うと言いたいことを我慢し、殿方を立てる様に教育する淑女とは無意味な様な気がする。しかし、国同士の駆け引きには必要なこと。全てを否定する訳ではないが、もう少し柔軟性があった方が良いのでは、そう思う自分がいる。今までの私では考えられないが、こんなことがあったからこそ、そう思えるのかもしれない。
自分の中で自答自問をしている内に私達は塔に着いた。
塔は長く使われていなかった為、外側には蔓草が巻き付いて、窓から射す日の光さえも遮っているようだった。中に入ると薄暗く、ランタンに明かりを灯さなければ見えない程だった。護衛騎士らに守られながら、塔の最上階に行くと黴臭さの湿った空気が漂う部屋に、古びた寝台がポツンとあるだけの鉄格子の付いた部屋にローズマリアはいた。
自慢だった髪も肌も乱れていて、粗末なワンピースを纏っている彼女にはかつての華やかな姿はなかった。
「ローズ。大丈夫なの。私よ姉のサフィニアよ。返事をしてちょうだい」
寝台に横たわっている彼女からは返事がない。
「殿下、妹はまだ産後間もないのです。こんな不衛生な所に放っておけば病気になってしまいます。どうか御慈悲を与えて下さい。せめて部屋を掃除して清潔にして世話をする者を与えてやって下さい。仮にも殿下の妃だった者です」
私がそういうと突然ローズマリアが身を起こして、私に掴みかかってきた。それを庇う様に殿下に抱きしめられ、ローズマリアは護衛騎士らに難なく取り押さえられた。
「相変わらず、お姉様は鼻に付く女ね。そうやって自分がいかに殿下に愛されているかを見せつけにきたの?それとも変わり果てた私を嘲笑いにきた。ふふ、殿下。私は貴方の妻でしょう。何故こんな酷い事をされるのです。それに生まれた子供は何処ですか。貴方に良く似て可愛らしい子でしょう。一目会わせて下さい」
甘えた様な声を出して、縋る様な眼差しを殿下に向けている。違っているのは妹は人を虜にしたようなかつての美しい姿ではなく、みすぼらしい姿に変わったことだけだった。
「黙れ!お前は何処までサフィニアを侮辱すれば気が済むのだ。ここへ来たのは、サフィニアがお前に話があると言うから連れて来たのだ。私はお前の顔等二度と見たくもない!!」
まるで唾棄すべき人間であるかのように、殿下は唸り声をあげていた。
こんな殿下を初めて見る。冷静沈着な殿下は物静かで静寂を好んでいた。だから、私はいつも余計な事を言わずにいつも傍で見つめていた。その殿下が怒りに任せて感情を顕にしている。
「殿下、妹と二人きりで話させて下さい。お願いします」
殿下は私の顔を見ながら、渋々許してくれた。護衛騎士に言いつけローズマリアが危害を加えない様に、彼女に鎖と足枷を付けた。
憐れな姿の妹に私はかける言葉を失いかける。
「それで、お姉様は一体何をしにいらしたの。まさか本当に私の惨めな姿を見にいらした訳ではないのでしょう」
皮肉気に私に牙をむき続けるローズマリアを見ている内に私は、今まで彼女を恨んでいた心が萎えていくのを感じていた。
「体は大丈夫なの?辛い事があるなら話して欲しいの。貴女が何も言わなければ私には分からないわ」
「ふん、いつもの偽善者ぶりに拍車がかかっていらっしゃるのね。虫唾が走るわ。私はお姉様のそんな所が大っ嫌い。いつも平然として涼しい顔を見せているお姉様がね」
「何故、そんなに私を憎むの?貴女は両親の愛も何もかも持っているじゃない。私がどんなに望んでも得られないものを与えられている貴女が私はずっと羨ましかった。貴女になりたかった…」
それは私の本当の気持ちだった。厳しいレッスンを抜け出し、母親に甘えられる妹が羨ましかった。私がどんなに切望しても与えられなかった愛情を独り占めする妹が憎かった。やはり最後には憎め切れなかったのだ。
「はは、お姉様が私になりたいですって、嘘よ!そんな事を思うはずはないわ。だってお姉様は誰にも愛されているはずじゃないの。お姉様は『社交界の女神』でも私は『殿方の女神』そう呼ばれて蔑まれているのを知っているわ。頭の悪い私でも理解できる。その呼び名の意味をね。そんな私になりたいだなんてどうかしているわ」
「今、言ったことは本当の気持ちよ。嘘偽りのない私の本心よ。お願い信じて、きちんと話し合いましょう。ローズマリア、貴女のこれからの事を…」
「五月蠅い!五月蠅い!黙れ!!この偽善者が!!お姉様のせいで私は何もかも失ったのよ!何が話し合いましょうよ。ふふ、私がお姉様にしたことを知ってもそんなことが言えるのかしら。教えてあげるわ。あの日、お姉様のグラスに薬を入れたのは私よ。まさかベランダから落ちるとは思っていなかったけれど、お姉様なんて目覚めなければよかったのよーーーー」
泣き叫んでいるローズマリアを前に私は告げられた真実に絶望した。だが、更に追い打ちをかけるようにローズマリアから聞かされた言葉に心を抉られることになる。
そこは過去に罪を犯した王族が閉じ込められていた場所で、長く使われていなかった。その場所に妹は投獄されている。
向かう間も殿下は一言も喋らない。私は彼の後ろから黙ってついて行く。昔からそうなのだ。彼は婚約していた時から無口で、静かな人だった。
だから、彼とあんなに喋ったのも初めてで、少し戸惑いがあった。もし、婚約時代にあんな風に話せていたら、私達はすれ違うことなくあの事故は起きなかったかもしれない。そう思うと言いたいことを我慢し、殿方を立てる様に教育する淑女とは無意味な様な気がする。しかし、国同士の駆け引きには必要なこと。全てを否定する訳ではないが、もう少し柔軟性があった方が良いのでは、そう思う自分がいる。今までの私では考えられないが、こんなことがあったからこそ、そう思えるのかもしれない。
自分の中で自答自問をしている内に私達は塔に着いた。
塔は長く使われていなかった為、外側には蔓草が巻き付いて、窓から射す日の光さえも遮っているようだった。中に入ると薄暗く、ランタンに明かりを灯さなければ見えない程だった。護衛騎士らに守られながら、塔の最上階に行くと黴臭さの湿った空気が漂う部屋に、古びた寝台がポツンとあるだけの鉄格子の付いた部屋にローズマリアはいた。
自慢だった髪も肌も乱れていて、粗末なワンピースを纏っている彼女にはかつての華やかな姿はなかった。
「ローズ。大丈夫なの。私よ姉のサフィニアよ。返事をしてちょうだい」
寝台に横たわっている彼女からは返事がない。
「殿下、妹はまだ産後間もないのです。こんな不衛生な所に放っておけば病気になってしまいます。どうか御慈悲を与えて下さい。せめて部屋を掃除して清潔にして世話をする者を与えてやって下さい。仮にも殿下の妃だった者です」
私がそういうと突然ローズマリアが身を起こして、私に掴みかかってきた。それを庇う様に殿下に抱きしめられ、ローズマリアは護衛騎士らに難なく取り押さえられた。
「相変わらず、お姉様は鼻に付く女ね。そうやって自分がいかに殿下に愛されているかを見せつけにきたの?それとも変わり果てた私を嘲笑いにきた。ふふ、殿下。私は貴方の妻でしょう。何故こんな酷い事をされるのです。それに生まれた子供は何処ですか。貴方に良く似て可愛らしい子でしょう。一目会わせて下さい」
甘えた様な声を出して、縋る様な眼差しを殿下に向けている。違っているのは妹は人を虜にしたようなかつての美しい姿ではなく、みすぼらしい姿に変わったことだけだった。
「黙れ!お前は何処までサフィニアを侮辱すれば気が済むのだ。ここへ来たのは、サフィニアがお前に話があると言うから連れて来たのだ。私はお前の顔等二度と見たくもない!!」
まるで唾棄すべき人間であるかのように、殿下は唸り声をあげていた。
こんな殿下を初めて見る。冷静沈着な殿下は物静かで静寂を好んでいた。だから、私はいつも余計な事を言わずにいつも傍で見つめていた。その殿下が怒りに任せて感情を顕にしている。
「殿下、妹と二人きりで話させて下さい。お願いします」
殿下は私の顔を見ながら、渋々許してくれた。護衛騎士に言いつけローズマリアが危害を加えない様に、彼女に鎖と足枷を付けた。
憐れな姿の妹に私はかける言葉を失いかける。
「それで、お姉様は一体何をしにいらしたの。まさか本当に私の惨めな姿を見にいらした訳ではないのでしょう」
皮肉気に私に牙をむき続けるローズマリアを見ている内に私は、今まで彼女を恨んでいた心が萎えていくのを感じていた。
「体は大丈夫なの?辛い事があるなら話して欲しいの。貴女が何も言わなければ私には分からないわ」
「ふん、いつもの偽善者ぶりに拍車がかかっていらっしゃるのね。虫唾が走るわ。私はお姉様のそんな所が大っ嫌い。いつも平然として涼しい顔を見せているお姉様がね」
「何故、そんなに私を憎むの?貴女は両親の愛も何もかも持っているじゃない。私がどんなに望んでも得られないものを与えられている貴女が私はずっと羨ましかった。貴女になりたかった…」
それは私の本当の気持ちだった。厳しいレッスンを抜け出し、母親に甘えられる妹が羨ましかった。私がどんなに切望しても与えられなかった愛情を独り占めする妹が憎かった。やはり最後には憎め切れなかったのだ。
「はは、お姉様が私になりたいですって、嘘よ!そんな事を思うはずはないわ。だってお姉様は誰にも愛されているはずじゃないの。お姉様は『社交界の女神』でも私は『殿方の女神』そう呼ばれて蔑まれているのを知っているわ。頭の悪い私でも理解できる。その呼び名の意味をね。そんな私になりたいだなんてどうかしているわ」
「今、言ったことは本当の気持ちよ。嘘偽りのない私の本心よ。お願い信じて、きちんと話し合いましょう。ローズマリア、貴女のこれからの事を…」
「五月蠅い!五月蠅い!黙れ!!この偽善者が!!お姉様のせいで私は何もかも失ったのよ!何が話し合いましょうよ。ふふ、私がお姉様にしたことを知ってもそんなことが言えるのかしら。教えてあげるわ。あの日、お姉様のグラスに薬を入れたのは私よ。まさかベランダから落ちるとは思っていなかったけれど、お姉様なんて目覚めなければよかったのよーーーー」
泣き叫んでいるローズマリアを前に私は告げられた真実に絶望した。だが、更に追い打ちをかけるようにローズマリアから聞かされた言葉に心を抉られることになる。
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