8 / 57
夕暮れのナイチンゲール
しおりを挟む
一週間後、ネグローニ公爵令息がシャグリア夫人を伴って見舞いに来てくれた。ネグローニ公爵令息とは家同士の付き合いで良く見知っている。
アルベルト・ネグローニ公爵令息は騎士団に所属している。そして、夫人のシャグリア様とは領地が隣同士だった事から二人は幼馴染みの恋人同士だった。
でも、王太子の婚約者が決まらない内は随分と辛かっただろう。どんなに思い合っても王命ならば逆らえないからだ。
彼女は三人に残らなかった。それは彼女の母親がデントロー公爵令嬢で、祖母は降嫁した王女だから、血が近すぎるという理由から外されたのだ。
お陰でアルベルトはシャグリアに思いを伝えて結婚することが出来た。
「気分はどうだい?」
「ええ、順調に回復しているわ。最近ではつたい歩き位なら出来る様になったし、食事も普通に摂れる様になったわ」
「それは宜しゅうございましたわ。私達も心配していたものですから…」
「ありがとうございます。シャグリア様、それにご結婚おめでとうございます。幸せそうで良かったですわ」
二人を別邸のサロンに案内してお喋りを楽しんでいる。
本邸では、苦しい思い出しかない為、自分らしく振る舞う事は出来ない。常に使用人等に見張られている生活は息苦しかった。
「それにしてもここは意外と涼しいな」
「本当に」
「ここは曾祖父が異国から来る曾祖母の為に建てた屋敷ですから、この国にはない仕組みが沢山あるんですのよ」
「ほう、そうなのか?」
「ええ、屋敷一体に風通しを良くしている為、夏でも快適に過ごせるようになっているの」
「まあ、我が国にも取り入れたら良いのにね。アルベルト様」
「そうだな、我が家にも欲しいな」
「ふふ、そういえばおめでたと伺っていますが」
「ああ、春には生まれる」
「まあ、おめでとうございます。楽しみですね」
「ええ、楽しみです」
仲の良い夫婦は顔を赤らめて照れている。そんな姿を微笑ましく見ていると私も何だか幸せな気分を分けて貰った様だった。
「そう言えば、『夕暮れの小夜啼鳥』は君のことだろう」
「何ですか?それは」
「あら、ご存知ないのですか?王都では知らない者がいないほど有名になっていますわよ」
「公爵家から夕暮れ時に美しい歌声が聞こえると、その歌声を聞くと心が癒されると噂になっている」
「そんな大袈裟な、ただ好きな歌劇の一節を口ずさんでいるだけですが」
「何の歌劇ですの」
「それは…」
「ああ、以前王太子殿下と一緒に見に行った時の歌劇のか」
「ええ、そうです」
「では、あまり人前では、言えませんね」
「そうだな、誰が聞いているとも分からないしな」
私達の間には微妙な沈黙が漂った。私が口ずさんでいるのは、戦争で亡くなった恋人を懐かしむ悲恋の歌劇の一節だった。つまり私はかつての婚約者を懐かしんで歌っているのだ。こんなことが知られれば大きな醜聞となる。実の姉妹が一人の男を巡って争っていると。
「そう言えば、貴女が目覚める前に式典があったんだが、妃殿下の様子が何処かおかしかったな」
「そう言えばそうですね。何かに怯えている様に見えましたが」
式典、それは建国記念日の事だ。あの妹が怯えていたのなら、それは私が落ちた瞬間に立ち合っていたからだろう。実の姉がバルコニーから転落する様を見て、動揺しない家族はいない。例えそれが見せかけだけだとしても。
それに王太子妃となればあのバルコニーに立たなければならない。彼女にとっても悪夢の式典となったのだろう。
アルベルト・ネグローニ公爵令息は騎士団に所属している。そして、夫人のシャグリア様とは領地が隣同士だった事から二人は幼馴染みの恋人同士だった。
でも、王太子の婚約者が決まらない内は随分と辛かっただろう。どんなに思い合っても王命ならば逆らえないからだ。
彼女は三人に残らなかった。それは彼女の母親がデントロー公爵令嬢で、祖母は降嫁した王女だから、血が近すぎるという理由から外されたのだ。
お陰でアルベルトはシャグリアに思いを伝えて結婚することが出来た。
「気分はどうだい?」
「ええ、順調に回復しているわ。最近ではつたい歩き位なら出来る様になったし、食事も普通に摂れる様になったわ」
「それは宜しゅうございましたわ。私達も心配していたものですから…」
「ありがとうございます。シャグリア様、それにご結婚おめでとうございます。幸せそうで良かったですわ」
二人を別邸のサロンに案内してお喋りを楽しんでいる。
本邸では、苦しい思い出しかない為、自分らしく振る舞う事は出来ない。常に使用人等に見張られている生活は息苦しかった。
「それにしてもここは意外と涼しいな」
「本当に」
「ここは曾祖父が異国から来る曾祖母の為に建てた屋敷ですから、この国にはない仕組みが沢山あるんですのよ」
「ほう、そうなのか?」
「ええ、屋敷一体に風通しを良くしている為、夏でも快適に過ごせるようになっているの」
「まあ、我が国にも取り入れたら良いのにね。アルベルト様」
「そうだな、我が家にも欲しいな」
「ふふ、そういえばおめでたと伺っていますが」
「ああ、春には生まれる」
「まあ、おめでとうございます。楽しみですね」
「ええ、楽しみです」
仲の良い夫婦は顔を赤らめて照れている。そんな姿を微笑ましく見ていると私も何だか幸せな気分を分けて貰った様だった。
「そう言えば、『夕暮れの小夜啼鳥』は君のことだろう」
「何ですか?それは」
「あら、ご存知ないのですか?王都では知らない者がいないほど有名になっていますわよ」
「公爵家から夕暮れ時に美しい歌声が聞こえると、その歌声を聞くと心が癒されると噂になっている」
「そんな大袈裟な、ただ好きな歌劇の一節を口ずさんでいるだけですが」
「何の歌劇ですの」
「それは…」
「ああ、以前王太子殿下と一緒に見に行った時の歌劇のか」
「ええ、そうです」
「では、あまり人前では、言えませんね」
「そうだな、誰が聞いているとも分からないしな」
私達の間には微妙な沈黙が漂った。私が口ずさんでいるのは、戦争で亡くなった恋人を懐かしむ悲恋の歌劇の一節だった。つまり私はかつての婚約者を懐かしんで歌っているのだ。こんなことが知られれば大きな醜聞となる。実の姉妹が一人の男を巡って争っていると。
「そう言えば、貴女が目覚める前に式典があったんだが、妃殿下の様子が何処かおかしかったな」
「そう言えばそうですね。何かに怯えている様に見えましたが」
式典、それは建国記念日の事だ。あの妹が怯えていたのなら、それは私が落ちた瞬間に立ち合っていたからだろう。実の姉がバルコニーから転落する様を見て、動揺しない家族はいない。例えそれが見せかけだけだとしても。
それに王太子妃となればあのバルコニーに立たなければならない。彼女にとっても悪夢の式典となったのだろう。
7
お気に入りに追加
820
あなたにおすすめの小説

番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。

裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?



皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる