婚約者は妹をご所望のようです…

春野オカリナ

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35.初めてのお茶会

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 レスティーナは今まで自分でお茶会を開いた事はない。

 何故なら、彼女がお茶会を開こうとすれば当然、アマンダがシャシャリ出て、あれこれと指図するに違いないからだ。

 当然、始まればきっとマリアンヌがやってきて、またいつもの仲の良い母娘ごっこが始まる。そしてレスティーナは蚊帳の外で、誰が本当のお茶会の主役なのか分からなくなる事は容易に想像がついた。

 その上、クロイツェルが参加でもしたら、マリアンヌは彼の隣を陣取って、何があろうとそこから動かない事も……。

 今回は内々のお茶会なので、『ローズ・ザ・エデン』で学んだ人たちしか呼んでいない。

 だから、クロイツェルは今回いないのだ。

 それに今会えばきっと罵ってしまうかもしれない自分がいる事も確かなのだから……。

 咄嗟の事で、対処が出来なかったとしてもクロイツェルは、あの時マリアンヌを優先した。すぐそばにいたから仕方のなかった事なのかもしれないが、その行動はレスティーナの心に昏い影を落とした事だけは間違いない。

 更にクロイツェルの従兄妹であるエルリアーナが参加する以上何事もないはずもない。彼女はきっとあの日の行動をクロイツェルに糾弾するだろう。

 そうすればまた蓋をしたばかりの傷口が開いてしまうかもしれない。

 唯一レスティーナの救いになったのはカインデルと自分レスティーナに血の繋がりがないという事だけ……。

 だからと言って、その後何か進展があった訳でもなく。今まで通りに過ごしている。

 (本当はどうなの?お兄様と兄妹以上の関係になりたいの?分からない。今はまだ何も考えたくない…)

 レスティーナは頭を横に振って、まだ分からない未来の事をあれこれと考えるのを止めにした。

 (そういえば、ソニア様から『案ずるより産むが易し』という諺が異国にはあると言っていたわ。先の事を深く考えずに今を大切に生きよう。そうすればきっと未来も……)

 気が付くともうお茶会の時刻になっていた。

 レスティーナは慌ててエントランスホールに向かった。

 ホールには、昨日そのまま別れた友人たちが到着して、家令のテレンスが対応してくれていた。

 レスティーナは開口一番に昨日の挨拶もないまま帰った事を謝罪した。

 「そんな事はいいのよ。それよりも今日、お招きいただいて光栄だわ」

 そう言ったのはユーミリア。

 「そうそう、実は公爵邸に来たことがなかったから興味があったのよね」

 エルリアーナとは同じ爵位の令嬢だが、彼女は筆頭公爵家。レスティーナのサトラー公爵家とは、あまり付き合いがなかった。

 サトラー家は元々セガールからの移住民で、今も貴族の間では距離を取られがちな一族。

 もう一人はロザンヌ。キョロキョロと辺りを見回しながら、

 「ねえ、今日はお兄様はいらっしゃらないの?」

 美形好きのロザンヌは、既にカインデルをロックオンしているのか。令嬢らしからぬ行動をしている。

 「兄なら、用が終われば顔を見せるそうよ」

 その言葉を聞いたロザンヌとユーミリアが手を取り合って、ぴょこぴょこと飛び跳ねていた。その隣で呆れ顔のエルリアーナが「はしたないですわよ」と咎めたので二人は急に静かになったのだ。

 中庭に用意してもらったお茶席に案内すると、そこにはカインデルの姿があった。

 「ようこそ、お待ちしておりましたよ令嬢方。昨日は急な事で名乗ることが出来きませんでした。無礼をお許し下さい。カインデル・サトラーです。よろしくお願いします」

 優雅な仕草でお辞儀をすると、令嬢達も急に畏まって、カーテシーで返した。

 「ではお席にどうぞ」

 レスティーナが促すと、皆それぞれの席に座って、お喋りを始めたのだ。

 何気ない会話が続いている内に、話題がカインデルの事になった。

 「レスティーナ、貴女のお兄様って、どういった女性が好みなの?」

 「さあ……」

 カインデルから直接告白されたわけではないが、昨夜『レスティーナと公爵家を継ぎたい』と言っていた。なら、カインデルはもしかしたら自分と結婚するつもりなのだろうか。そんな疑問が頭をよぎったが、早とちりはいけない。そう思い直したのだった。

 「あの…公子様。昨日の服は…」

 恐る恐る訊ねているのは、ユーミリアで、

 「昨日のあの服は、セガールの学院の首席卒業した者だけが着られるものですよ。急いで帰国したもので、着換えずに行ったのです。申し訳ない」

 「いいえ、とーーっても素敵でした。あの服がどこで売られているのか知りたかっただけです」

 そう言って、目を爛々と輝かせながらユーミリアが話している。

 レスティーナの隣に座っていたエルリアーナが「また始まった」と呟いたので、ロザンヌとレスティーナにひそひそと小声で、

 「ユーミリアはね…軍服オタクなの…。昨日、公子が着ていた服に一目惚れしたみたいね。あの後、あの服を自分も着てみたいと興奮していたから…」

 なんだか残念な者を見る様な遠い目をしながら、エルリアーナは「ふうっ」とため息をついていた。

 ロザンヌは、美形情報収集家で、美しい男女を見ている事で満足している変わり者。

 今日もテーブルの下で、カインデル情報をメモ書きしている姿を見たレスティーナは額に指を当てて揉んでいる。

 そして、お茶会も終盤に差し掛かった頃に、エルリアーナが、

 「そう言えば、クロイツェル殿下……。昨夜から高熱を出されて臥せっているそうですよ」

 そうレスティーナに耳打ちしてきた。

 クロイツェルの名前を聞いて、レスティーナは昨日の出来事を思い出して顔を青くした。

 レスティーナの様子がおかしい事に気付いたカインデルは、早々にお茶会を打ち切ったのだった。

 皆が心配そうにレスティーナを気遣う中、レスティーナは昨日、クロイツェルがマリアンヌを庇う姿を思い出し、

 ──もし…カインデルお兄様が助けてくれなかったら私はどうなっていたのだろう?

 抱き合った二人の姿がどうしても頭から離れないレスティーナは、

 (早く殿下が早く体調あお回復して、私との婚約を解消します様に…そうすれば殿下も愛するマリアンヌと幸せになれるわよね。愛し合う者を引き裂き悪女の様な立場はごめんだわ)

 そう心の中で呟いていた。
 
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