上 下
32 / 44

30.ゲイルの決意

しおりを挟む
 馬車が公爵邸に着いた時には、陽が傾きかけていた。

 「着いたよ」

 カインデルの優しい声で目を覚ましたレスティーナはまだ眠いのか瞼を手でこすっている。

 屋敷に着くとカインデルは別棟にレスティーナを連れて行こうとしたが、本館前で家令のテレンスに呼び止められた。

 「奥さまがお呼びです…」

 テレンスの様子から碌でもないことだとは想像できたが、仮にも公爵夫人が呼んでいるのだ、無視するわけにもいかずテレンスの後をついて行った。

 カインデルが想像した通り、アマンダは顔を真っ赤にして怒りを顕にしていた。

 その矛先は言わずと知れたレスティーナに向けられたのだ。

 「レスティーナ!どうして母の言いつけを破って祭りに参加していたのです。豊穣祭では神殿に籠って祈りを捧げることが貴女の務めだと言ったでしょう」

 「そ…そんなことは神官様たちも言っていませんでした。それはお母様が勝手に決めた取り決めなのでしょう?友人たちも聞いたことがないって…」

 その言葉に逆上したアマンダは、

 「貴女って子は、母の私の言葉より他人の言葉を信じるの?マリアンヌは素直ないい子なのに貴女ときたらなんて意地の悪い娘なのかしら」

 「義母上、誰に聞いても貴女の方が間違っている。それにマリアンヌはいい子ではありませんよ。いい子なら勉強をさぼって、祭りに参加したり、他の者宛ての手紙を盗み見たりしないでしょう」

 カインデルに図星を付かれてカッなったアマンダは、手を頭の上まで上げ、レスティーナの頬に向かって振り下ろした。

 さっとカインデルはレスティーナの前に出る。しかし、その手が振り下ろされることはなかった。

 「何をしている!!アマンダ!これがどういう状況か説明しなさい」

 振り下ろそうとしたアマンダの手首を、帰宅したゲイルが掴んだからだ。

 静かな口調でアマンダを制止しているゲイルだが、その眼には怒りの色が見て取れた。

 「あ…あなた…これは…」

 言い淀み、目を右往左往に彷徨わせている。

 何とか言い逃れようとアマンダは思考を巡らせていた。

 そんなアマンダを他所にゲイルはレスティーナとカインデルに声をかけた。

 「大丈夫かい?今日暴走馬に出くわしたと聞いて、慌てて帰ってきたのだが、帰ってみればこの騒ぎだ。二人とも怪我はしていないか」

 いつもと変わらレスティーナらに向けられる声は穏やかで慈愛に満ちていた。

 「アマンダ…?君は母親失格だな。どうして帰ってきた子供達に無事かどうかを確認もせずに怒鳴るという行為が出来るんだ?君は私に約束しただろう。子供達の母親になると…。だが、今までの事を考えても君は私との約束を守ってはいない。これ以上、この子たちを君には預けておけない。君とは離縁する」

 「待って…ゲイル……。態とじゃあないわ。つい感情が高ぶって…」

 「君は感情が高ぶるとまだ未成年の子供に手を挙げるというのか?それが君の言うところの躾けなのか。なら自分のマリアンヌには同じ扱いをしないのはどういう事なんだ」

 「私の娘…。何を言っているの。私達の娘でしょう」

 「私達の娘…か。ははっ笑えるな。私には血の繋がった子供等いはしないよ。そんな事は誰よりも君が知っているはずだ。そんな私の結婚相手は君しかいなかった。ただそれだけだ。君が私の周りに群がる令嬢達を排除したからね」

 「排除だなんて…」

 「ああ、貶めたんだったよね。私との結婚も君の妄想癖のおかげで実ったんだよね。私が君に求婚したと言いふらし、次々と縁談を壊したのだから…」

 「そ…そんなことはしていないわ」

 「もうそんなことはどうでもいい。もうじき君のご両親が君とマリアンヌを迎えに来る。荷物を持って一緒に行くがいい。誰か奥方様への最後の奉しだ。荷造りを手伝ってやりなさい」

 ゲイルは恐ろしい程、冷たい目でアマンダを見ていた。

 未だかつてそんな目で夫に見られたことのないアマンダは困惑した表情で放心状態になっていたが、ゲイルがカインデルとレスティーナを連れて、別棟に歩きだした途端、金切り声をあげて何度も「ゲイル愛しているのよ。私は貴方と別れないわ。絶対に離れないわよ!」としきりに譫言の様に叫んでいた。

 ゲイルは一度も後ろを振り向くことなく、別棟に向かった。

 「よろしいのですか?」

 カインデルは今までとは違うゲイルの態度に違和感を覚えた。

 「本当は、もう少したってからきちんと話すつもりだったが、これ以上、お前達にアマンダを関わらせたくないんだよ」

 そう呟いたゲイルは何処か寂しげな表情を浮かべていたのだ。


 数刻後、陽が沈みきった頃にアマンダの両親がアマンダとマリアンヌを迎えに来たのだった。

 最後まで離縁状にサインを拒否していたアマンダもマリアンヌが修道院に行かされるかもしれないと言われ、渋々自身でサインしたのだ。

 二人は迎えに来た伯爵家の馬車で、公爵家から出て行った。

 その際、何度も伯爵夫妻はゲイルに頭を下げた。ゲイルは離縁した後は連絡無用と関わりを断固拒否したのだ。

 レスティーナはマリアンヌまで切り捨てたゲイルが、自分を愛してくれる優しい父親と同一人物なのかと疑った。

 ゲイルはその次の日、レスティーナとカインデルに、二人の出自について話したのだ。

 

しおりを挟む
感想 53

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

愛なんてどこにもないと知っている

紫楼
恋愛
 私は親の選んだ相手と政略結婚をさせられた。  相手には長年の恋人がいて婚約時から全てを諦め、貴族の娘として割り切った。  白い結婚でも社交界でどんなに噂されてもどうでも良い。  結局は追い出されて、家に帰された。  両親には叱られ、兄にはため息を吐かれる。  一年もしないうちに再婚を命じられた。  彼は兄の親友で、兄が私の初恋だと勘違いした人。  私は何も期待できないことを知っている。  彼は私を愛さない。 主人公以外が愛や恋に迷走して暴走しているので、主人公は最後の方しか、トキメキがないです。  作者の脳内の世界観なので現実世界の法律や常識とは重ねないでお読むください。  誤字脱字は多いと思われますので、先にごめんなさい。 他サイトにも載せています。

もう尽くして耐えるのは辞めます!!

月居 結深
恋愛
 国のために決められた婚約者。私は彼のことが好きだったけど、彼が恋したのは第二皇女殿下。振り向いて欲しくて努力したけど、無駄だったみたい。  婚約者に蔑ろにされて、それを令嬢達に蔑まれて。もう耐えられない。私は我慢してきた。国のため、身を粉にしてきた。  こんなにも報われないのなら、自由になってもいいでしょう?  小説家になろうの方でも公開しています。 2024/08/27  なろうと合わせるために、ちょこちょこいじりました。大筋は変わっていません。

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

処理中です...