婚約者は妹をご所望のようです…

春野オカリナ

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23.イフェルとクレマンテ

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 アーロンが国王エドウィンに執務室で逆行前の事柄を話したのは陽が西に沈みかけた頃だった。

 『一体、何用だ?』

 『父上、お人払いを…』

 『聞かれては拙いことなのか』

 『はい、二度目と言えばお分かりでしょうか』

 『……あい分かった。すまぬが書記官長を呼んでくれ』

 国王は書記官長を連れてこさせ、事情をアーロンから聞いた。

 『では話せ。ここで話した内容は全て記録されることになる。嘘偽りがないよう、心して話すのだ』

 『何故、二度目という言葉でそこまで信用されるのですか?』

 『それはお前の手に刻まれた文様が示している。それは石版を使った者を特定するために付ける印なのだ。お前の右手の手首に数字が浮かんできている。『1』とな…二度目三度目になればなるほど濃く数字が増えてくると言われているが、同じ人間が何度も時を戻したことないから、真実かどうかは分からぬが』

 アーロンは右手首に薄らと浮き上がっている数字を見た。確かに前の時にはなかった痣が今はある。

 『実は……レスティーナが死んだのです。その後王国が傾き始めて時を戻すことになったのですが…』

 アーロンは国王に詳しく説明するように言われ、自分が今知っている事を全て話した。

 だが、国王に深く探りを入れられる様に質問されてもまだ5才のアーロンには上手く説明できない。しかも時を戻そうとしたのはカインデルなのだ。

 そもそもアーロンは、王太子にしか伝えられない石版の秘密を彼が知っていること自体、今になって不審に思い始めた。

 『父上、石版で時を戻そうとしたのは、実は僕ではないのです。カインデル兄上が……』

 兄の名を出した途端、父の表情は更に厳しいものになった。

 『お前はカインデルを何故、兄だと知っている』

 『それは10才の時に父上が教えてくれたからです。そして、彼が何故かあの時急に王城に現れて僕に石版の在り処を訊ねて、僕と一緒に石版に触れました』

 『な…石版に触れられたのか…カインデルが……信じられん。そんな事が有りえるのか』

 国王エドウィンが何に慌てているのかアーロンには不思議で堪らなかった。

 アーロンは知らないカインデルが隣国セガールの守護神イフェルの加護を受けている事を──。


 女神クレマンテと全知全能の神イフェルは双子神。

 創造神イデアから生まれたとされている。

 イデアの頭から生まれたイフェルと心臓から生まれたクレマンテは仲が悪いと伝えられている。

 イフェルは心を持たない神でその心臓は空洞として生まれた。その為、合理的で無慈悲な神としても知られ、一方で学問と商売の神として崇め立てられてもいる。

 セガールではこのイフェルの加護を受けて生まれた王族は必ず俗世から切り離し、神殿の奥深くで過ごすことになっている。決して玉座に就かせる事はない。

 200年程前に玉座に付いたイフェルの加護を持った王は、誰の意見も聞かない絶対権力者となり、暴君でもあった。王の意志に異を唱えれば処刑して、多くの人々の命が失われた。

 だが、同時に商業や文化は栄えたのだ。

 イフェルの加護を持つ者は、『神眼』を持って生まれ、その眼は過去と未来を写し、今を見ない目とされている。今生きている者の姿を映し出さない。心を持たないイフェルは人の心に痛みや苦しみ喜び悲しみも分からない。加護を受けた者も同じように心に空洞を持って生まれる。

 その為、未来が見える為、疑心暗鬼となり人を寄せ付けない。心を持たないから慈しみや愛が分からない。

 そんな者を王に据えることはできないと判断したセガールでは、生まれれば何かに興味を持つ前に隔離するしかないのである。

 しかし、その眼に見える未来予知は重宝されるもので、時に国政に悩んだ国王に助言し、正しい判断を促している事も事実だった。

 本来、カインデルは生まれた時から神殿で俗世から切り離されて過ごすべきだが、神殿は女神クレマンテのもので、カインデルを拒絶したのである。

 そのカインデルが障れるはずもない女神の石版に触れ、時を戻したと聞き、国王エドウィンが驚くのも無理はない。

 直ぐにサトラー公爵にカインデルを王城に連れてくる事を命じたのだ。

 今まで過去にも一度も直接会ったこともないエドウィンとカインデルの初の父子の対面が行なわれようとした。

 
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