25 / 44
23.イフェルとクレマンテ
しおりを挟む
アーロンが国王エドウィンに執務室で逆行前の事柄を話したのは陽が西に沈みかけた頃だった。
『一体、何用だ?』
『父上、お人払いを…』
『聞かれては拙いことなのか』
『はい、二度目と言えばお分かりでしょうか』
『……あい分かった。すまぬが書記官長を呼んでくれ』
国王は書記官長を連れてこさせ、事情をアーロンから聞いた。
『では話せ。ここで話した内容は全て記録されることになる。嘘偽りがないよう、心して話すのだ』
『何故、二度目という言葉でそこまで信用されるのですか?』
『それはお前の手に刻まれた文様が示している。それは石版を使った者を特定するために付ける印なのだ。お前の右手の手首に数字が浮かんできている。『1』とな…二度目三度目になればなるほど濃く数字が増えてくると言われているが、同じ人間が何度も時を戻したことないから、真実かどうかは分からぬが』
アーロンは右手首に薄らと浮き上がっている数字を見た。確かに前の時にはなかった痣が今はある。
『実は……レスティーナが死んだのです。その後王国が傾き始めて時を戻すことになったのですが…』
アーロンは国王に詳しく説明するように言われ、自分が今知っている事を全て話した。
だが、国王に深く探りを入れられる様に質問されてもまだ5才のアーロンには上手く説明できない。しかも時を戻そうとしたのはカインデルなのだ。
そもそもアーロンは、王太子にしか伝えられない石版の秘密を彼が知っていること自体、今になって不審に思い始めた。
『父上、石版で時を戻そうとしたのは、実は僕ではないのです。カインデル兄上が……』
兄の名を出した途端、父の表情は更に厳しいものになった。
『お前はカインデルを何故、兄だと知っている』
『それは10才の時に父上が教えてくれたからです。そして、彼が何故かあの時急に王城に現れて僕に石版の在り処を訊ねて、僕と一緒に石版に触れました』
『な…石版に触れられたのか…カインデルが……信じられん。そんな事が有りえるのか』
国王エドウィンが何に慌てているのかアーロンには不思議で堪らなかった。
アーロンは知らないカインデルが隣国セガールの守護神イフェルの加護を受けている事を──。
女神クレマンテと全知全能の神イフェルは双子神。
創造神イデアから生まれたとされている。
イデアの頭から生まれたイフェルと心臓から生まれたクレマンテは仲が悪いと伝えられている。
イフェルは心を持たない神でその心臓は空洞として生まれた。その為、合理的で無慈悲な神としても知られ、一方で学問と商売の神として崇め立てられてもいる。
セガールではこのイフェルの加護を受けて生まれた王族は必ず俗世から切り離し、神殿の奥深くで過ごすことになっている。決して玉座に就かせる事はない。
200年程前に玉座に付いたイフェルの加護を持った王は、誰の意見も聞かない絶対権力者となり、暴君でもあった。王の意志に異を唱えれば処刑して、多くの人々の命が失われた。
だが、同時に商業や文化は栄えたのだ。
イフェルの加護を持つ者は、『神眼』を持って生まれ、その眼は過去と未来を写し、今を見ない目とされている。今生きている者の姿を映し出さない。心を持たないイフェルは人の心に痛みや苦しみ喜び悲しみも分からない。加護を受けた者も同じように心に空洞を持って生まれる。
その為、未来が見える為、疑心暗鬼となり人を寄せ付けない。心を持たないから慈しみや愛が分からない。
そんな者を王に据えることはできないと判断したセガールでは、生まれれば何かに興味を持つ前に隔離するしかないのである。
しかし、その眼に見える未来予知は重宝されるもので、時に国政に悩んだ国王に助言し、正しい判断を促している事も事実だった。
本来、カインデルは生まれた時から神殿で俗世から切り離されて過ごすべきだが、神殿は女神クレマンテのもので、カインデルを拒絶したのである。
そのカインデルが障れるはずもない女神の石版に触れ、時を戻したと聞き、国王エドウィンが驚くのも無理はない。
直ぐにサトラー公爵にカインデルを王城に連れてくる事を命じたのだ。
今まで過去にも一度も直接会ったこともないエドウィンとカインデルの初の父子の対面が行なわれようとした。
『一体、何用だ?』
『父上、お人払いを…』
『聞かれては拙いことなのか』
『はい、二度目と言えばお分かりでしょうか』
『……あい分かった。すまぬが書記官長を呼んでくれ』
国王は書記官長を連れてこさせ、事情をアーロンから聞いた。
『では話せ。ここで話した内容は全て記録されることになる。嘘偽りがないよう、心して話すのだ』
『何故、二度目という言葉でそこまで信用されるのですか?』
『それはお前の手に刻まれた文様が示している。それは石版を使った者を特定するために付ける印なのだ。お前の右手の手首に数字が浮かんできている。『1』とな…二度目三度目になればなるほど濃く数字が増えてくると言われているが、同じ人間が何度も時を戻したことないから、真実かどうかは分からぬが』
アーロンは右手首に薄らと浮き上がっている数字を見た。確かに前の時にはなかった痣が今はある。
『実は……レスティーナが死んだのです。その後王国が傾き始めて時を戻すことになったのですが…』
アーロンは国王に詳しく説明するように言われ、自分が今知っている事を全て話した。
だが、国王に深く探りを入れられる様に質問されてもまだ5才のアーロンには上手く説明できない。しかも時を戻そうとしたのはカインデルなのだ。
そもそもアーロンは、王太子にしか伝えられない石版の秘密を彼が知っていること自体、今になって不審に思い始めた。
『父上、石版で時を戻そうとしたのは、実は僕ではないのです。カインデル兄上が……』
兄の名を出した途端、父の表情は更に厳しいものになった。
『お前はカインデルを何故、兄だと知っている』
『それは10才の時に父上が教えてくれたからです。そして、彼が何故かあの時急に王城に現れて僕に石版の在り処を訊ねて、僕と一緒に石版に触れました』
『な…石版に触れられたのか…カインデルが……信じられん。そんな事が有りえるのか』
国王エドウィンが何に慌てているのかアーロンには不思議で堪らなかった。
アーロンは知らないカインデルが隣国セガールの守護神イフェルの加護を受けている事を──。
女神クレマンテと全知全能の神イフェルは双子神。
創造神イデアから生まれたとされている。
イデアの頭から生まれたイフェルと心臓から生まれたクレマンテは仲が悪いと伝えられている。
イフェルは心を持たない神でその心臓は空洞として生まれた。その為、合理的で無慈悲な神としても知られ、一方で学問と商売の神として崇め立てられてもいる。
セガールではこのイフェルの加護を受けて生まれた王族は必ず俗世から切り離し、神殿の奥深くで過ごすことになっている。決して玉座に就かせる事はない。
200年程前に玉座に付いたイフェルの加護を持った王は、誰の意見も聞かない絶対権力者となり、暴君でもあった。王の意志に異を唱えれば処刑して、多くの人々の命が失われた。
だが、同時に商業や文化は栄えたのだ。
イフェルの加護を持つ者は、『神眼』を持って生まれ、その眼は過去と未来を写し、今を見ない目とされている。今生きている者の姿を映し出さない。心を持たないイフェルは人の心に痛みや苦しみ喜び悲しみも分からない。加護を受けた者も同じように心に空洞を持って生まれる。
その為、未来が見える為、疑心暗鬼となり人を寄せ付けない。心を持たないから慈しみや愛が分からない。
そんな者を王に据えることはできないと判断したセガールでは、生まれれば何かに興味を持つ前に隔離するしかないのである。
しかし、その眼に見える未来予知は重宝されるもので、時に国政に悩んだ国王に助言し、正しい判断を促している事も事実だった。
本来、カインデルは生まれた時から神殿で俗世から切り離されて過ごすべきだが、神殿は女神クレマンテのもので、カインデルを拒絶したのである。
そのカインデルが障れるはずもない女神の石版に触れ、時を戻したと聞き、国王エドウィンが驚くのも無理はない。
直ぐにサトラー公爵にカインデルを王城に連れてくる事を命じたのだ。
今まで過去にも一度も直接会ったこともないエドウィンとカインデルの初の父子の対面が行なわれようとした。
6
お気に入りに追加
2,713
あなたにおすすめの小説
愛を語れない関係【完結】
迷い人
恋愛
婚約者の魔導師ウィル・グランビルは愛すべき義妹メアリーのために、私ソフィラの全てを奪おうとした。 家族が私のために作ってくれた魔道具まで……。
そして、時が戻った。
だから、もう、何も渡すものか……そう決意した。

お飾りな妻は何を思う
湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。
彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。
次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。
そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

恋という名の呪いのように
豆狸
恋愛
アンジェラは婚約者のオズワルドに放置されていた。
彼は留学してきた隣国の王女カテーナの初恋相手なのだという。
カテーナには縁談がある。だから、いつかオズワルドは自分のもとへ帰って来てくれるのだと信じて、待っていたアンジェラだったが──

新しい人生を貴方と
緑谷めい
恋愛
私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。
突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。
2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。
* 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。

高いお金と引き換えに家族から売られた私ですが、どうやら最終的には過去一の幸せが待っているようです。
加集 奈都
恋愛
「2つも同じ顔など、我が家に必要はない。」
そう言われ、高いお金と引き換えに子供好きと噂される変態伯爵の元へと売られた男爵令嬢のアイヴィ。
幸せとは程遠い生活を送り、いやらしい要求を嫌々のむ毎日。
まだ愛玩動物としての価値があるだけ喜ばしいことなのか。それとも愛玩動物としての価値しかないことに絶望するべきなのか。
そんなことを考えていたアイヴィだったが、助けは突如としてやって来た。
助けられたことをきっかけに、高名な公爵家とされるウィンストン家の養女となったアイヴィ。そしてそこで出会う、3人の兄弟+1人の王太子。
家族に捨てられ、変態伯爵に可愛がられてしまったことで、すっかり感情を表に出すことが苦手になってしまったアイヴィと、そんなアイヴィを可愛がりたい兄弟達+王太子+大人達の物語。

やり直し令嬢は本当にやり直す
お好み焼き
恋愛
やり直しにも色々あるものです。婚約者に若い令嬢に乗り換えられ婚約解消されてしまったので、本来なら婚約する前に時を巻き戻すことが出来ればそれが一番よかったのですけれど、そんな事は神ではないわたくしには不可能です。けれどわたくしの場合は、寿命は変えられないけど見た目年齢は変えられる不老のエルフの血を引いていたお陰で、本当にやり直すことができました。一方わたくしから若いご令嬢に乗り換えた元婚約者は……。

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】
雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。
誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。
ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。
彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。
※読んでくださりありがとうございます。
ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。
(完結)「君を愛することはない」と言われて……
青空一夏
恋愛
ずっと憧れていた方に嫁げることになった私は、夫となった男性から「君を愛することはない」と言われてしまった。それでも、彼に尽くして温かい家庭をつくるように心がければ、きっと愛してくださるはずだろうと思っていたのよ。ところが、彼には好きな方がいて忘れることができないようだったわ。私は彼を諦めて実家に帰ったほうが良いのかしら?
この物語は憧れていた男性の妻になったけれど冷たくされたお嬢様を守る戦闘侍女たちの活躍と、お嬢様の恋を描いた作品です。
主人公はお嬢様と3人の侍女かも。ヒーローの存在感増すようにがんばります! という感じで、それぞれの視点もあります。
以前書いたもののリメイク版です。多分、かなりストーリーが変わっていくと思うので、新しい作品としてお読みください。
※カクヨム。なろうにも時差投稿します。
※作者独自の世界です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる