婚約者は妹をご所望のようです…

春野オカリナ

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18.仮面を付けた王太子妃①

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 青い顔をしたままその場で固まっていたクロイツェルは、護衛騎士に促されて、馬車で王城に帰城した。

 先ほど対峙したあの男の声が耳にまだ残る。

 彼が誰なのかクロイツェルは知っている。

 知っていて当然だ。彼はこの国の王子…自分の兄、第一王子カインデルなのだ。

 その男がレスティーナを「俺のお姫様」そう呼んだ。

 握りしめた両手の拳が小刻みに震えている。

 ──また奪われる……。誰から……。取り戻せないならまた・・……。

 何かに取りつかれた様に頭の中の自分が囁きかける。

 私は一体どうしたのだろう。何にそんなに怯えているのだ。

 仮にレスティーナが彼を好きになったとしても、不貞の末に生まれ、捨てられた王子と結ばれる等ということはないだろう。

 クロイツェルは頭を左右に振って否定した。

 だが、彼が帰り際に囁いた言葉が頭に過って来る。何度考えない様にしても追いかける様に思い出す。

 ──何度・・、時間を戻しても無駄だ。お前は呪われているんだから、素直に自分が選んだ相手マリアンヌ幸せ・・になればいい。レスティーナの事は諦めろ!

 どうして、あんな奴にそんな事を言われなければならないんだ。

 それに何度でも・・・・と言った。

 どういう意味なんだ?何度も時間が巻き戻っているような言い方をして……。

 惑わされるな!

 あんな男のいう事を真に受けるなんてどうかしているぞ!それに誓ったではないかレスティーナを今度こそ幸せにしてみせると……それは誰にだ……何時そんなことを誓った……自分が傷つけたくせに…裏切ったくせに…命を助けてもらったくせに別の誰かに愛を囁いただろう。その結果…どうなった?全てを失って狂ったくせに……。

 頭の中で何か警告音の様な物が聞こえてきて、クロイツェルはそのまま意識を失った。

 その日からクロイツェルは夢を見る……。それは失われた過去・・の出来事。最初の始まりに意識だけが戻っていく。


 



 誰かが微笑んでいる。顔を黒く塗りつぶされた少女が微笑みを浮かべていた。口元だけが笑っているからだ。

 その少女は自分の名前を呼んでいる。

 
 ──クロイツェル様……。


 ああ、少女はレスティーナだ。私に微笑みかけてくれている。違う、よく見ろ!考えろ!レスティーナは一度たりとも名前で呼んでくれたことなどなかっただろう。

 『名前で呼ぶな!お前に名前で呼ぶ事を赦した覚えはない!!』

 あれは誰なのだ?私に似ているが、背も今よりも高く、体つきもがっしりとしている。それに服装は高等部のもののようだ。

 そうか、あれは成長した自分の姿なのか?なら、俯いて震える手でスカートのすそを握りしめているのはレスティーナなのだろうか?

 成長した私の傍に居るのはマリアンヌ…だが彼女の顔は黒く塗り潰されている。これはどういう事なんだ。何故?マリアンヌの顔を思い出せない。

 それにマリアンヌの身体から出ている禍々しいほどのどす黒い糸が、何本も束になってうねりながら私に巻き付いている。まるで、私の身体を縛る様に……。

 『お前の陰湿な顔を見ると吐き気がする。ここには顔を見せるなと言っただろう。お情けで婚約者のままにしておいているだけだ。私とてあの事が無ければ醜くなったお前との婚約など直ぐにでも解消したい!さっさと何処かに行ってしまえ!!』

 俯きながら何かを言おうとしたが、レスティーナは上手く言葉が出ない様だった。無表情のままレスティーナは去って行ってしまった。

 その光景を何人もの学生が見ているのに誰もレスティーナを助けない様にしていた。

 その内の誰かが呟いた。

 ──王太子殿下の所業は人道に劣っている。婚約者の妹と密会している時に暴走馬に襲われ、レスティーナ様が庇ったから無事でいられたのに……。その恩を仇で返している。きっとよくない事が起こるんじゃないか。

 王太子…?私が……。

 どうやら夢の中では私は王太子で、レスティーナは豊穣祭の時に私を庇って酷い怪我をして、言葉も表情も上手く出せないでいるらしい。

 それなのに、王太子となった私は彼女を罵倒し、蔑んでいた。そして当たり前の様にマリアンヌを傍に置いている。
 
 これは過去の出来事なのか?それとも未来に起こりうる出来事なのか分からなかった。

 ただ、私の中で深い後悔の様なものが押しよせてくる。

 後悔だとしたら、私の前の記憶なのだろうか。だとしても酷い…自分でも吐き気がする程の行いに段々気分も悪くなる。

 

 場面は変わって王城の中だ。

 弟のアーロンとは母親が違っても上手くやっていたはずなのに……。

 『兄上は何故?自分の婚約者を蔑にされるのです。そんなに嫌なら婚約を解消したらいい。そしたらカインデル兄上がレスティーナを娶って大公家を再興されるでしょう。その方が国にとって安全な道なのです。兄上も好きな方と結婚できて一挙両得でしょう。例え中身のない人形・・・・・・・だとしても兄上がお好きなら……』

 『駄目だ!そんな事をしたら恩知らずの王太子と罵られる』

 『今更ですか?もう皆そのように噂されていますよ。そんなに気にするのなら何故行いを改めないのですか?』

 『分かっている。レスティーナが庇ってくれたおかげで今の私があるのは…でも分からないのだ。自分でも何故かマリアンヌの顔を見るとレスティーナの事が憎く思えてしまうんだ。自分でも自分が分からない。どうすれば感情を抑えられるのか…』

 『兄上…最後の警告です。手遅れにならないうちにレスティーナを解放してあげて下さい。出ないと女神の怒りを買う事になります』


 アーロンの忠告も虚しく、私は次々とレスティーナを傷つけて行く。

 心のどこかでは分かっていたのだが、レスティーナの左顔面の仮面を見ると罪悪感と同時に恩を着せられているようで、何処か歪な醜い感情が湧きあがってくる。

 そんな感情を一時でも忘れたい為にマリアンヌを傍に置いていた。

 そして、決定的な事件が起きた。

 マリアンヌのたった一言によって、レスティーナはこれまでにないほどに追い詰められていく。

 
 ──クロイツェル様にとってマリアンヌは癒しなのですね。おかしいですね。女神の代弁者でない私にはそんな力はないですよ。でもお姉様なら使えますよね?


 無邪気な微笑みを浮かべながら、残酷な言葉を吐いたマリアンヌ──。

 その言葉を別の意味でとらえた人々によってレスティーナは、女神の代弁者を騙る偽物扱いをされていくことになる。

 レスティーナは、最初の時間では癒しの能力は使えなかった。女神の力を使える様になるには、他人からの愛情が必要だったからだ。

 誰からも必要とされず侮蔑と恥辱にまみれた最初の一生で、レスティーナはその力を発揮することはできなかった。

 こうして、どんどん私や周りが彼女を追い詰めて行ったのだ。
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