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16.愛を与えられる者と愛を乞う者⑤

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 豊穣祭の初日、レスティーナは朝早くから神殿に向かった。

 一日目の式典がつつがなく終わると、クロイツェルが会いに来たのだ。

 「5日目の豊穣祭には行けそうだから、皆と街に繰り出すのはその日にしないか」

 「良かった。とてもお忙しそうなので今年は無理だと諦めていました。でも豊穣祭は毎年あるので、今年はダメでも来年一緒に良ければなあと思っていました」

 「ああ、そうだね。来年も再来年の一緒に行けたらいいね。クロードに連絡して集合場所を決めてもらおう」

 レスティーナとクロイツェルは未来の約束をし、他愛のない話して別れた。


 祭りの賑やかな様子は、小高い丘に建てられた神殿にも聞こえてくる。皆が今年の豊作を女神に感謝していた。

 レスティーナは早く5日目が来ないかと心待ちにしていたのだ。


 そして、5日目の祭りの日、レスティーナはエルリアーナらの迎えで待ち合わせの場所に向かう事になった。本当は、クロイツェルが迎えに来ることになっていたのだが、急用が出来て集合場所で会う事になったのだ。

 キャッスル公爵家の馬車で移動する間、エルリアーナやクロードとお喋りをする時間は楽しかった。あっという間に待ち合わせ場所に着くとユーミリアやロザンヌらがもう既に到着していた。

 それぞれの護衛に距離を置いて付いてくるように指示すると、レスティーナ達は早速露店巡りを開始した。

 どうやらユーミリアやエルリアーナにはお目当ての露店がある様で、慣れた様子で一目散にそこに向かおうとして、クロードらに「勝手な行動は慎む様に」と叱られていた。

 「それにしてもクロイツェル殿下は遅いな」

 「そうね。約束の時間はとっくに過ぎたわ」

 「あの…私が待っているので皆は先に行ってて下さい」

 「でもそれじゃあ、なんのために来たのか分からないでしょう?」
 
 「そうよ、貴女の為にみんなで来たのに」

 「大丈夫です。殿下が来たら一緒に行きますから」

 エルリアーナは「気を利かせてあげましょうよ。二人っきりで回った方がいいかもね」と小声で言って、護衛を数人残して皆は祭の喧騒の中に消えていった。

 一人ぽつんと残されたレスティーナは、クロイツェルが来るのを待ち合わせ場所の時計台のある噴水広場でただ待っていた。

 待つのは慣れている──。

 父の帰りも兄の帰りもいつも待っているのはレスティーナだった。待たせた事など一度もない。

 母の愛情が自分に向けられる日が来るのも待っている。

 でも…待ちくたびれたらどうしたらいいのだろう。

 ふとそんな考えが頭に浮かんできた。

 今も殿下を待っている自分が逆に誰かを待たせる事があるなんてとても信じられなかったのだ。

 一時間ほどすると、エルリアーナ達は帰って来た。

 やっぱり心配だから一緒に回ろうと──。

 レスティーナの代わりに護衛がその場に残る事になったのだ。

 だが、皆で楽しく回っている祭の露店巡りも何処か寂しく思えるのは、クロイツェルがいない所為なのだろうか。そんな事を考えていると急にクロードが喉が渇いたからそこのカフェに入ろうと言い出した。

 「ここは今街で有名なカフェなんだ」

 「そ…そうよ、早く入りましょう」

 そう言って、エルリアーナに背中を押される様にレスティーナは中に強制的に入らされた。

 カフェの中はとてもおしゃれな雰囲気で、飾られている物もレスティーナの好みの物ばかりでだった。

 レスティーナは美味しそうなフルーツが盛り沢山のロールケーキと紅茶を頼んだ。

 カフェで楽しくお喋りをしている内にさっきまでの憂鬱な気持ちが少し薄れた様な気がしたのだ。

 お茶も飲み終えて外に出た途端、クロード達が急に立ち止まり「別の道を行こうか」と踵を返そうとした途端、よく知った声がレスティーナを呼びとめたのだ。

 「あら、お姉様ではないですか。こんなところで会うなんて…」

 妹マリアンヌの両腕がしがみ付く様にしている相手は云わずと知れたクロイツェルだった。

 チッ…。

 誰かの舌打ちした音が聞こえた。

 どうやらアイゼンがしたようだ。他の皆の表情も同じで、マリアンヌと一緒にいるクロイツェルを侮蔑の籠った目で見ている。

 「殿下の急用はそう言う事ですか?」

 クロードの冷たい言葉にクロイツェルの顔が青くなった。

 「ち…違う。偶然彼女に会っただけだ。本当に別に用があった」

 この状況で、言い訳をすればする程、見苦しくなるだけで、他から見れば疾しい事があると勘ぐられるだけなのに、クロイツェルは必至で言い繕うとしていた。

 急に気分が下降したレスティーナは自分でも驚く程冷たい言葉を発していた。

 「そんなにその子マリアンヌがいいなら、婚約者を代えたらどうですか?よくお似合いですよ二人とも」

 そう言われ、クロイツェルは自分とマリアンヌがお互いの色の服を纏っており、ペアルックの様になっている事に今更ながら気付いた。

 マリアンヌは嫌味を言われているのに気付かず、嬉しそうに恥らっている。何故こんな茶番に付き合わされなければならないのかという理不尽な想いだけがレスティーナの心を支配していく。

 ただ長い沈黙だけが流れて行った。

 その沈黙を破ったのは突然の出来事だった。

 急に馬の嘶きが響いたと思ったら、大きな男の声が聞こえてきた。

 「暴走馬だ!!逃げろ──っ!!!」

 ドスドスと大きな蹄の音が近付いている。だが、誰も動けないままになっていた。

 馬はレスティーナ達の前で前足を高く上げ、今にもその足を振り下ろそうとしていた。

 咄嗟にクロイツェルは、隣のマリアンヌを庇い抱き寄せている。その光景を何度見ただろうか…。おかしな思考がレスティーナの中に生まれるのと同時に目を閉じた。

 死ぬかも知れないと覚悟していたが、何も起こらない。

 そっと瞼を開くと、そこには暴れ馬に飛び乗って、馬を宥めている人物がいる。

 いつの間にか馬は段々と落ち着いて、人物が護衛騎士に馬の手綱を渡し、ゆっくりとレスティーナの方へ歩いて来た。

 レスティーナはここにいないはずの人物の名を声に出して呟いた。


 ──カインデルお兄様……。


 そう呼ばれた人物は輝くばかりの微笑みをレスティーナに向けながら、

 「ただいま、ティーナ。俺のお姫様」

 レスティーナの髪を一房とって口付けたのだった。



 
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