13 / 44
11.運命の糸車⑤
しおりを挟む
王城に着くと侍従の案内で、王の執務室に案内された。
「よくきたな、待っていたぞ!ゲイル」
部屋に入ると先に声を掛けたのは国王エドウィンだった。
部屋には嫌そうに王妃に連れられてクロイツェルもその場に居合わせた。
王妃に突かれる様に嫌々レスティーナの方に向き直り、張り付けた様な笑みを見せた。顔が若干引き攣って見えたのはゲイルの偏った目の所為ではないだろう。
隣にいるレスティーナは最初は嬉しそうな表情を見せたが、その後すぐに顔を曇らせ俯いた。
驚いた事に国王夫妻に挨拶をし、次にクロイツェルと挨拶をした途端、口を開いたのはレスティーナだった。
「国王陛下にお願いがございます」
「なんだ?」
初めてこの国の王を間近で見たレスティーナの手は震えながらドレスの裾を固く握っていた。しかし、何かを決心したかのようにレスティーナはその赤い瞳を大きく明け、国王の方を見ながら懇願したのだ。
「第二王子クロイツェル殿下との婚約は発表しないで下さい。猶予期間が欲しいのです。そして、殿下に他に気になる方がおいでなら、婚約を解消してください」
はっきりとした口調で、何かを決意した表情を見せ、レスティーナはクロイツェルとの婚約を躊躇っている事を国王夫妻に告げたのだ。
勿論、その場にいたクロイツェルが目をこれ以上ない程大きく開けていた事をレスティーナは知らない。
王妃グレイシスは、顔を青ざめさせ何か言おうとしているが声が出ない様であった。10才の幼い令嬢からこのような申し出をされるとは誰もが思いもしなかった事だった。
クロイツェルに至っては、自分が王子という身分上、大切にされる事はあっても、拒絶されるという初めての経験に驚き戸惑っていた。
しかし、ここではっきり言うほどレスティーナの心に数日前のクロイツェルの態度や向けられた眼差しが怖かった。
それはかつて、アマンダにされたレスティーナの経験からなのだが……。
マリアンヌが生まれるまでは、確かにアマンダは優しかった。それが例え人形遊びの延長のような関係でもレスティーナにとっては数少ない母親との思い出だった。
だからこそ、心の何処かでアマンダを慕って、その愛情を求めてしまっている。イレーネやソニアから与えられていた愛情よりも母親であるアマンダに認めてもらいたいそんな思いで『ローズ・ザ・エデン』での勉強を熟していた。
しかし、どんなにレスティーナが努力してもアマンダの愛情はマリアンヌだけにしか注がれない。
カインデルの様に割り切れないレスティーナは、これ以上心を傷付けられるのを拒んだのだ。
あの日、理由を聞かずにマリアンヌの元に寄り添ったクロイツェル……。
──きっと殿下も変わられる…今はまだ二人とも子供だが、大人になれば母の様にマリアンヌを好きになるかもしれない。だって今もとても嫌そうなお顔を見せたわ。私の事が嫌いになったに違いない……。
レスティーナは心の何処かで、クロイツェルを諦めようとしていた。
だが、肝心のクロイツェルは、初めての拒否に戸惑いながら、
「婚約は解消しない。自分で選んだ人だ。真偽を見極める為にも続行する」
そう断言してきた。
そこで王妃グレイシスはある提案をした。
「まだ、出会ってそんなに経っていないのだから、お互いを知る為と妃教育のこともあるし、このままレスティーナ嬢を私に預けて貰えないかしら」
王妃の発言に意外なことにエドウィンも賛成した。
「そうだな。余もその方がいいと考える。この問題は早急に答えを出すものではないし、一緒に暮らせば相手の良い所も悪い所も見えてくる。今見えている事が全てではないのだからな。それから考えてもよかろう」
「し…しかし、陛下……」
ゲイルからすれば愛する愛娘レスティーナを取り上げられる事は辛くて悲しい。確かに会えない訳ではないが、それでも仕事で疲れて屋敷に帰った時、レスティーナの「お父様、おかえりなさいませ」と言って笑顔で出迎えてくれる時の癒しや朝夕の挨拶。
毎日、家令にレスティーナ情報を聞く楽しみが無くなってしまう。
そんなゲイルの思考を呼んだようにエドウィンが、
「それほど心配なら、毎日レスティーナと過ごせばよかろう……この親馬鹿が」
最後の言葉は小声でゲイル以外は聞き取れなかったが、明らかに王妃グレイシスは何かを察していた。
グレイシスとアマンダは従姉妹同士で、アマンダの性格をよく知っているグレイシスは、屋敷に残しておくとアマンダによって性格をな路曲げられるかもしれないと考えたからなのだ。
しかも、今はカインデルがいない……。
今の状況ではこれが最善だと考えていた。
だが、それが愚策であった事は、一週間後に思い知らされる事になる。
それは、マリアンヌが父ゲイルと姉に会うと言う大義名分で、王城に意味もなく通い始める事になるからだ。
そして、公爵家だけならまだ良かったが、王城には貴族や官吏・武官なども大勢出入りしている。そんな彼らが婚約者ではない別の女性を常に傍に置く第二王子クロイツェルの姿を目撃する事にもなったのだ。
噂は時に真実よりも真実味を帯びて広がるもの──。
──第二王子クロイツェル殿下は、婚約者の妹、マリアンヌ嬢を溺愛している……。
そう囁かれる様になるのは、この話し合いの一月後の事だった。
「よくきたな、待っていたぞ!ゲイル」
部屋に入ると先に声を掛けたのは国王エドウィンだった。
部屋には嫌そうに王妃に連れられてクロイツェルもその場に居合わせた。
王妃に突かれる様に嫌々レスティーナの方に向き直り、張り付けた様な笑みを見せた。顔が若干引き攣って見えたのはゲイルの偏った目の所為ではないだろう。
隣にいるレスティーナは最初は嬉しそうな表情を見せたが、その後すぐに顔を曇らせ俯いた。
驚いた事に国王夫妻に挨拶をし、次にクロイツェルと挨拶をした途端、口を開いたのはレスティーナだった。
「国王陛下にお願いがございます」
「なんだ?」
初めてこの国の王を間近で見たレスティーナの手は震えながらドレスの裾を固く握っていた。しかし、何かを決心したかのようにレスティーナはその赤い瞳を大きく明け、国王の方を見ながら懇願したのだ。
「第二王子クロイツェル殿下との婚約は発表しないで下さい。猶予期間が欲しいのです。そして、殿下に他に気になる方がおいでなら、婚約を解消してください」
はっきりとした口調で、何かを決意した表情を見せ、レスティーナはクロイツェルとの婚約を躊躇っている事を国王夫妻に告げたのだ。
勿論、その場にいたクロイツェルが目をこれ以上ない程大きく開けていた事をレスティーナは知らない。
王妃グレイシスは、顔を青ざめさせ何か言おうとしているが声が出ない様であった。10才の幼い令嬢からこのような申し出をされるとは誰もが思いもしなかった事だった。
クロイツェルに至っては、自分が王子という身分上、大切にされる事はあっても、拒絶されるという初めての経験に驚き戸惑っていた。
しかし、ここではっきり言うほどレスティーナの心に数日前のクロイツェルの態度や向けられた眼差しが怖かった。
それはかつて、アマンダにされたレスティーナの経験からなのだが……。
マリアンヌが生まれるまでは、確かにアマンダは優しかった。それが例え人形遊びの延長のような関係でもレスティーナにとっては数少ない母親との思い出だった。
だからこそ、心の何処かでアマンダを慕って、その愛情を求めてしまっている。イレーネやソニアから与えられていた愛情よりも母親であるアマンダに認めてもらいたいそんな思いで『ローズ・ザ・エデン』での勉強を熟していた。
しかし、どんなにレスティーナが努力してもアマンダの愛情はマリアンヌだけにしか注がれない。
カインデルの様に割り切れないレスティーナは、これ以上心を傷付けられるのを拒んだのだ。
あの日、理由を聞かずにマリアンヌの元に寄り添ったクロイツェル……。
──きっと殿下も変わられる…今はまだ二人とも子供だが、大人になれば母の様にマリアンヌを好きになるかもしれない。だって今もとても嫌そうなお顔を見せたわ。私の事が嫌いになったに違いない……。
レスティーナは心の何処かで、クロイツェルを諦めようとしていた。
だが、肝心のクロイツェルは、初めての拒否に戸惑いながら、
「婚約は解消しない。自分で選んだ人だ。真偽を見極める為にも続行する」
そう断言してきた。
そこで王妃グレイシスはある提案をした。
「まだ、出会ってそんなに経っていないのだから、お互いを知る為と妃教育のこともあるし、このままレスティーナ嬢を私に預けて貰えないかしら」
王妃の発言に意外なことにエドウィンも賛成した。
「そうだな。余もその方がいいと考える。この問題は早急に答えを出すものではないし、一緒に暮らせば相手の良い所も悪い所も見えてくる。今見えている事が全てではないのだからな。それから考えてもよかろう」
「し…しかし、陛下……」
ゲイルからすれば愛する愛娘レスティーナを取り上げられる事は辛くて悲しい。確かに会えない訳ではないが、それでも仕事で疲れて屋敷に帰った時、レスティーナの「お父様、おかえりなさいませ」と言って笑顔で出迎えてくれる時の癒しや朝夕の挨拶。
毎日、家令にレスティーナ情報を聞く楽しみが無くなってしまう。
そんなゲイルの思考を呼んだようにエドウィンが、
「それほど心配なら、毎日レスティーナと過ごせばよかろう……この親馬鹿が」
最後の言葉は小声でゲイル以外は聞き取れなかったが、明らかに王妃グレイシスは何かを察していた。
グレイシスとアマンダは従姉妹同士で、アマンダの性格をよく知っているグレイシスは、屋敷に残しておくとアマンダによって性格をな路曲げられるかもしれないと考えたからなのだ。
しかも、今はカインデルがいない……。
今の状況ではこれが最善だと考えていた。
だが、それが愚策であった事は、一週間後に思い知らされる事になる。
それは、マリアンヌが父ゲイルと姉に会うと言う大義名分で、王城に意味もなく通い始める事になるからだ。
そして、公爵家だけならまだ良かったが、王城には貴族や官吏・武官なども大勢出入りしている。そんな彼らが婚約者ではない別の女性を常に傍に置く第二王子クロイツェルの姿を目撃する事にもなったのだ。
噂は時に真実よりも真実味を帯びて広がるもの──。
──第二王子クロイツェル殿下は、婚約者の妹、マリアンヌ嬢を溺愛している……。
そう囁かれる様になるのは、この話し合いの一月後の事だった。
11
お気に入りに追加
2,713
あなたにおすすめの小説
愛を語れない関係【完結】
迷い人
恋愛
婚約者の魔導師ウィル・グランビルは愛すべき義妹メアリーのために、私ソフィラの全てを奪おうとした。 家族が私のために作ってくれた魔道具まで……。
そして、時が戻った。
だから、もう、何も渡すものか……そう決意した。

お飾りな妻は何を思う
湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。
彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。
次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。
そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

恋という名の呪いのように
豆狸
恋愛
アンジェラは婚約者のオズワルドに放置されていた。
彼は留学してきた隣国の王女カテーナの初恋相手なのだという。
カテーナには縁談がある。だから、いつかオズワルドは自分のもとへ帰って来てくれるのだと信じて、待っていたアンジェラだったが──

新しい人生を貴方と
緑谷めい
恋愛
私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。
突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。
2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。
* 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。

高いお金と引き換えに家族から売られた私ですが、どうやら最終的には過去一の幸せが待っているようです。
加集 奈都
恋愛
「2つも同じ顔など、我が家に必要はない。」
そう言われ、高いお金と引き換えに子供好きと噂される変態伯爵の元へと売られた男爵令嬢のアイヴィ。
幸せとは程遠い生活を送り、いやらしい要求を嫌々のむ毎日。
まだ愛玩動物としての価値があるだけ喜ばしいことなのか。それとも愛玩動物としての価値しかないことに絶望するべきなのか。
そんなことを考えていたアイヴィだったが、助けは突如としてやって来た。
助けられたことをきっかけに、高名な公爵家とされるウィンストン家の養女となったアイヴィ。そしてそこで出会う、3人の兄弟+1人の王太子。
家族に捨てられ、変態伯爵に可愛がられてしまったことで、すっかり感情を表に出すことが苦手になってしまったアイヴィと、そんなアイヴィを可愛がりたい兄弟達+王太子+大人達の物語。

やり直し令嬢は本当にやり直す
お好み焼き
恋愛
やり直しにも色々あるものです。婚約者に若い令嬢に乗り換えられ婚約解消されてしまったので、本来なら婚約する前に時を巻き戻すことが出来ればそれが一番よかったのですけれど、そんな事は神ではないわたくしには不可能です。けれどわたくしの場合は、寿命は変えられないけど見た目年齢は変えられる不老のエルフの血を引いていたお陰で、本当にやり直すことができました。一方わたくしから若いご令嬢に乗り換えた元婚約者は……。

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】
雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。
誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。
ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。
彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。
※読んでくださりありがとうございます。
ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。
(完結)「君を愛することはない」と言われて……
青空一夏
恋愛
ずっと憧れていた方に嫁げることになった私は、夫となった男性から「君を愛することはない」と言われてしまった。それでも、彼に尽くして温かい家庭をつくるように心がければ、きっと愛してくださるはずだろうと思っていたのよ。ところが、彼には好きな方がいて忘れることができないようだったわ。私は彼を諦めて実家に帰ったほうが良いのかしら?
この物語は憧れていた男性の妻になったけれど冷たくされたお嬢様を守る戦闘侍女たちの活躍と、お嬢様の恋を描いた作品です。
主人公はお嬢様と3人の侍女かも。ヒーローの存在感増すようにがんばります! という感じで、それぞれの視点もあります。
以前書いたもののリメイク版です。多分、かなりストーリーが変わっていくと思うので、新しい作品としてお読みください。
※カクヨム。なろうにも時差投稿します。
※作者独自の世界です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる